本当の俺
ベッドに寝そべって天井をぼんやり眺めていた。
そうしてからどのくらい時間が経ったのだろう。
頭の中は同じことがグルグル回っているだけ。
「紫苑……」
さっきから何回も呟いているその言葉。
この響きが俺を更なる深みへと突き落とす。
「あかん。ちょっと夜風に当たろかな」
上着を羽織って出かける準備をする。
コンビニでなんか菓子でも買おうかな。
ポテチでも食べたい気分だ。
玄関まで行って靴を履く。
すると、ドアがおもむろに開いた。
「ただいま」
「おかえり。今日は早いな兄貴」
この人は俺の兄貴で秀一という。
なんと会社を経営している。
といっても親父の会社を1つ任されただけだが。
実は俺の家は金持ちで、親父は3つもの会社の社長をしているのだ。
本当は4つだったが、兄貴が1つだけ請け負うことになった。
兄貴はとても優秀で期待されている。
その反面俺のことは目もくれない。
だが、俺は別にこれでいい。
過度の期待を背負うのは苦手。
だからこの状況にむしろ感謝しているぐらいだ。
「今から出かけるのかい?もう10時だよ?」
「ちょっとコンビニ行ってくるだけやから」
「そうか。気をつけてね」
「へいへい」
兄貴は話し方が弟である俺に対しても偉そうではない。
もともと気が弱いのだ。
すぐ弱音を吐くのが兄貴の癖なんだよな。
「うわっ。さぶぅ」
ドアを開けると予想以上に肌寒かった。
ま、これぐらいなら平気か。
「ありがとうございましたぁ」
店員の営業スマイルに見送られながらコンビニを出る。
学生は10時までしか外出できない。
さっさと帰ろう。
ふと、わき道から声が聞こえてきた。
「へっへっへ。ちょっとぐらい良いだろ?」
「そうそう。ちょっと付き合ってくれればいいんだからさぁ」
そんな声が聞こえてきた。
アホな連中はどこにでもいるもんだな。
下手に関わりたくないし、気にしないでおこう。
「ちょっと!何すんのよ!」
ん?この声まさか……。
改めて連中のほうを凝視した。
男が3人とその向こうにいるのは……。
紫苑がいた。
「あ、あいつ!」
気づいたら俺は走っていた。
あれこれ考える暇なんてない。
俺が助けないと!
3人組みの連中の間をすり抜けて双方の間に立つ。
不意の登場に驚いたのか、相手の目がかなり開いていた。
「な!?何だお前はっ!?」
「か、カズっち!?」
さて、割り込んだはいいとして、どう切り抜けようか。
最低でも紫苑だけは守らないとな。
後ろのほうは行き止まりだし。
やっぱ、喧嘩しかないのか。
「こいつ俺の友達なんで止めてくれんか?」
「はあ?お前には関係ねぇーだろ」
「そうだそうだ。早く帰って寝てろ、ガキ」
ん?なんかこいつら見たことあるぞ。
「そうか。ボウリングの時の奴らやな。1人余分やけど」
「……あんときのガキか」
「こんどは容赦しないぞ、ガキ」
1対3で守り抜くのか。
ただ戦うだけなら大丈夫だが、紫苑を庇いながらってのはキツイ。
どのみち不利でも、背に腹は代えられないがな。
「紫苑。少し離れてろ」
「う、うん」
「おーおー、ヒーロー気取りだねぇ、ガキのくせに」
「じゃあそのヒーロー君にはぶっ倒れてもらおっか」
「なんや?3人がかりじゃないと俺と戦えんのか?情けない奴らやな」
ちょっとドスの効いた声で挑発してみる。
「あんだとゴラァッ!!」
大振りの右ストレートがくる。
素人のパンチだ。
これくらいなら余裕だな。
さっと避けて腹に叩きこむ。
ドスッ!!
「がはぁっ!」
まずは一匹めだ。
少しずつ相手の戦力を削るしかない。
「ちぃ……こいつ……。今度は2人がかりで行くぞ!」
「おう!」
2人が同時にパンチを繰り出してきた。
俺はとっさにそれをガードする。
が、対処しきれない。
「ぐはっ!」
「そらそらどうしたヒーロー君?」
1つは防いだが、もう1つを顔に食らった。
唇が切れたかもしれない。
「くそったれ」
「はっ!まだまだいくぜ!」
ボディにさらに一発食らってしまった。
まずいな。このままじゃ……。
「安心しな、ガキ。お前をぶちのめしたら、俺たちがその女と遊びまくってやるからよ」
プチンッ
俺の中で何かがキレた。
どす黒い怒りがこみ上げてくる。
俺は鋭い視線で睨み付けた。
「貴様ら。こいつに手を出すんじゃねぇっ!!!」
狙う相手は1人だけ。
標的に渾身の一撃を放つ。
俺の拳は敵の腕をえぐっていく。
「ひいぃぃっ!!」
おそらく骨が折れたのだろう。
相手の腕はあり得ない方向に曲がっている。
それを見て連中は真っ青になり、情けない声をあげて逃げて行った。
ふう、なんとか収まったか。
「カズっち!!」
奴らが去っていくのを見て、紫苑が駆けつけてくる。
俺も紫苑の方へ歩こうとするが……
「あれ?」
足元がふらついた。
さっきのダメージが足にきたようだ。
思わず崩れそうになる。
「っとと。だ、大丈夫カズっち?」
突然甘い匂いが俺を包み込む。
紫苑が受け止めてくれた。
ちょうど俺が紫苑を見上げる形になっている。
「どうしてさっさと倒さなかったのよ!?あんたなら……」
「アホ。相手を倒すことだけが勝ちやない。本当の勝利はお前を守り抜くこと」
「何で……何であたしなんかを………」
紫苑の目から涙が溢れてきた。
こぼれた雫が俺の頬に落ちて伝っていく。
「……ごめんね。あたし………」
「何でそこで謝るねん?ありがとうぐらい言えへんのか?」
その言葉に紫苑はハッとした顔になった。
彼女は涙を拭き、改めて俺に向かう。
「ありがと、カズっち」
綺麗な笑顔だった。
それはもう、見惚れてしまうぐらいに。
「お、おう。どういたしまて……つぅ」
「どうしたの!?……あ、唇から血が出てるじゃない!」
「さっき殴られた時に切ったみたいやな」
「じっとしててね」
そう言って紫苑は顔を近づける。
え?おい?
これって、このままだと……
「……んぅっ」
口と口が優しく触れ合った。
柔らかい。
紫苑の唇ってこんなに柔らかいのか。
「……ちゅ。れろれろ………」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
突如、ぞわぞわとした感覚に陥る。
これはまさか、紫苑の舌が俺の唇を這いずっているのか?
さっきので負傷した口を舐めているらしい。
やっぱりこいつは猫みたいなやつだ。
それにしても、気持ちいいなこれ。
だが、それ以上に恥ずかしかった。
俺は名残惜しいけれど、紫苑から逃れようとする。
少し抵抗すると顔が離れた。
「あ、こら!動いちゃダメ!大人しく舐められなさい!」
どんな命令だよ、それは。
有言実行とばかりに、紫苑は俺の顔を掴んでもう一度キスをする。
このままじゃ、またあの舌の感覚が……。
あれは色んな意味でやばい。
こうなったら俺も負けてられない。
そっと紫苑の顔を掴んで更に引き寄せる。
これなら舌も使えまい。
「んんん!」
どうしたんだろう。
なんだか体が熱くなってきた。
紫苑の匂いが、感触が、温もりが、俺を沸騰させる。
痛みさえも忘れていく。
気付けば俺はただ紫苑を求めていた。
「……ふ……んんぅ………ぷはっ」
息苦しくなってきて離れた。
唇には熱い余韻と感触が残っている。
「………バカ」
照れた顔でそんなことを言う紫苑。
俺はようやくこいつが好きなんだとはっきり分かった。
あいつらの言葉にキレた時にも思ったんだ。
紫苑には俺だけが触れていいんだと。
だから……
本当の俺のままでこの想いを……
「遅れてごめんな」
「え?」
「俺、お前のことが好きだ」
「あ………」
「ずっと側にいたい」
「……ずるいよ。急にそんな声で、そんな口調で言うなんて……」
「本気だからな」
「うん。私も好きだよ、カズっち」
こいつだけは、ずっと守ろうと思った。
何があっても紫苑だけは……。




