挑発
「a number of と the number of の区別は大事」
「ふむ」
「a number of は『たくさんの〜』という意味で a lot of の"lot"を変えただけと覚えるの」
「なるほど」
「the number of は『〜の数』となるから、そこは暗記」
「流石やな。その辺の教師より分かりやすいわ」
「あのねぇ。カズっちは文系でしょ?英語できなくてどうすんの?」
「まあ、なんとかなるやろ」
学校に着いてから英語の予習をしていた。
俺たちが真面目だからやっているわけではない。
先生が言うには『英語は予習が命!』らしいので、家でやってこいと言われている。
それをやってこないで紫苑にヘルプを求めている俺は、むしろ不真面目だった。
それにしても自業自得とはいえ、朝から英語は面倒だ。
ため息をついて視線を適当に移していると教室の入り口に知っている顔が2人いた。
「おはよう一也、紫苑さん」
「おはようございます」
挨拶してきたのは荻野裕樹と千堂里佳。
校内のベストカップルと言って差し支えないかもしれない。
何せ体育館に大勢いるなかで2人は告白しあっていたのだ。
こいつらを知らない生徒はいないだろう。
「相変わらずアツアツだねー。2人とも手なんか握っちゃって」
「正直言って俺は恥ずかしいんだけどな」
「いいじゃないですか。皆さんもご存じなんですし」
「っていうワケで里佳さんが離してくれない」
なんて贅沢な。
モテない男が今のセリフを聞いたら何と思うだろうか。
まあ、俺もそんなにモテないけど羨ましいとは感じない。
もしかしたら俺は草食系男子というやつかもしれない。
特定の人に目が行くということもないし、女なら誰でもということもない。
どうしてだか、興味が無い。
「裕樹は将来、尻に敷かれる生活やな。ま、頑張れや」
「里佳さんとなら、そういう生活もいいかもな」
その言葉で千堂の顔はトマトみたいに赤くなる。
「もう。裕樹さんったら……」
なんていうか、仲睦まじいのは良いがバカップルっぽくなってきてないか?
「いいねぇ。あたしもそんな恋してみたいよ」
「紫苑さんにも近くに関西弁の色男がいるだろ?」
………おい。
何故そこで俺の名前が出てくる。
仮にそう思ったとしても心のなかにしまっといて欲しかった。
もうちょっと空気読めるようになろうよ。
裕樹があんな発言したもんだから紫苑がじっとこちらを見ている。
正直紫苑にじっと見られると居心地が悪い。
只でさえ美人だというのに、改めて、しかも黙って凝視されると気恥ずかしい。
澄んだ瞳、引き締まった唇、艶やかな髪。
普段は何気なく見ているが、改めて見ると彼女がいかに魅力的かが分かる。
だが、絶対に視線をそらさない。
ここで恥ずかしくなって横を向いたらなんだか負けのような気がする。
俺も負けじと紫苑を見つめ返してやる。
沈黙が流れて何秒たった時か、急に目の前の女はため息をついた。
「カズっちはケンカ友達って感じだし、もうちょっと頼りがいのある人がいいね」
あっそ。
「あと、もうちょっと頭が良くないとねぇ」
ぬ……。
「それにカズっちと勝負しても白熱しないしなぁ」
ぬぬぬぬ……。
「結婚とかしても、あたしが働いてカズっちは子守りしてそう」
ぬぬぬぬぬぬ………。
さっきから黙って聞いていれば好き放題言いやがって。
流石に温厚な俺でもカチンときた。
「俺だってお前の望む彼氏になれるわっ!!」
そう力一杯叫んでやった。
「「「……………」」」
3人は口を開いたまま固まる。
え?何この空気?
俺、そんな変なこと言ったか?
気づけばクラスの皆も俺をじろじろと俺を見ていた。
「付き合ってもいいよ」
「……え?]
突然、紫苑が言葉を発した。
確かにその口からは『付き合ってもいいよ』と。
「いや、ちょっと待っ……」
「ただし!次の中間テストであたしに勝ったらね」
「は?」
「カズっちが勝ったらあたしは彼女になってあげよう」
「いや、そやから待っ……」
「でも、あたしが勝ったら1つだけ何でも言うこと聞いてもらおうかな」
「いや、全然つりあってないやん。別にお前が彼女ってそんなん……」
「あれぇ?勝負から逃げるのかなぁ?」
「ぬ……」
「まあ、そりゃそうだよねぇ。いつもあたしに負けてるもんねぇ」
明らかに挑発だということは分かる。
だけど、ここで引いてはプライドが粉々だ。
はっきり言って俺は負けず嫌いなのだ。
「ええやろ。その勝負、受けたる」
紫苑がニヤリと不敵に笑った。
だが、それでいい。
その溢れる自信を木っ端微塵に砕いてくれてやる。
「中間テストはあと11日だから頑張ってねー」
そう言って席を立って教室から出て行った。
余裕綽々の発言だった。
こうなったら絶対に負けるもんか。
「お、おい一也。無理しないほうが良いんじゃないか?」
「そうですよ。負けちゃったらどうするんですか?」
紫苑、絶対にお前を打ち負かしてやる!
「だめだ。こいつ全然聞いてない」
「まあ、そっとしておいてあげましょう」
「触らぬ神にたたり無しだな」
こうして俺は紫苑に打ち勝つために猛勉強を開始した。




