出会い
なんだかんだできちんと更新してしまう俺。
『それじゃあ、またね』
「ああ、じゃあな」
ふぅ、とため息をついて電話を切った。
なんだか猛烈にイライラする。
どうして兄貴はいつもああなのか。
「驚いたなぁ。大原君、猫かぶってたんだ?」
その言葉に勢い良く振り向いた。
「こんにちは、一之瀬紫苑だよん。シオンって呼んでね、転校生君」
一瞬、呼吸をするのを忘れたかもしれない。
今の通話を聞かれたかもしれないということと。
声をかけてきた女が美人だったからだ。
「よ、よろしゅうありがとうございますっ!」
とっさに返事をしたら、意味不明な日本語になってしまった。
顔から火が出てきそうだ。
目の前の女も口に手を当てて笑いだした。
「ぷ、くくくっ……。君、おもしろいねぇ」
「む……。まあ、大阪人やでな」
「へぇ。じゃあさっきの会話は何だったのかなぁ?普通に標準語話してたよね?」
「あ、あれはやな。………只の練習や!」
「練習?」
「そうや。こっちに来たからには標準語も練習せんとなぁ。ははは」
「ふぅ〜ん。なるほどねぇ」
なんだか俺を見る一之瀬さんはジト目だ。
まあでも、初めて会った相手にこれ以上言及してこないだろう。
と、思っていたが彼女の一言でそんな淡い期待は砕けた。
「その割には随分と流暢に話してたね」
どうやらこの女は少々Sっ気の持ち主らしい。
ニヤニヤしながらこちらの反応を見ている。
「こっち来る前にもちょっと練習してたんよ」
なにが可笑しいのかニヤニヤからニヤリとした顔になった。
しかし、一之瀬さんから全く嫌味を感じないとはどういうことか。
その妖艶な笑い方は彼女の雰囲気とマッチしている。
どうやらDNAからして相手を苛めるのが好きなのだろう。
ある意味で天才というべきか?
「練習……ねぇ。まあ、そういうことにしておこうか」
「しておこうやなくて、実際そうなんやけどな」
「はいはい。ところで、もう部活とか決めた?」
なんだか俺の主張を無視されたようで気に食わなかった。
が、これ以上蒸し返すと墓穴を掘りそうなので仕方なく流すことにする。
「う〜ん、料理部やろか。家では料理やってるし、割と好きやしな」
失礼なことに今度は驚いた顔になった。
まあ、俺が料理の話をすると皆以外そうな顔をするので慣れっこだが。
それにしても彼女の表情はよく変わる。
「料理部か………」
そう呟いて一之瀬さんは腕を組んで考え込んでいる。
俺の入る部活で何を彼女がそんなに悩むのか。
すると彼女はひらめいたように顔をあげた。
「よぅし、あたしもその部活に入ろう!」
「はあ!?」
一体さっきの思考で何を思い描いていたのだろうか。
彼女の頭の中を覗けるのなら見てみたい。
「別にあたしが料理部に入っても文句ないでしょ?あたしの勝手だしねぇ」
「一之瀬さんって料理できるんか?」
「ちがーう。一之瀬じゃなくて紫苑と呼んで。シ・オ・ン!」
「………紫苑は料理できるんか?」
瞬間、彼女はちょっと驚いた後、またニヤけ顔になった。
なんかすげぇ嫌な予感がする。
「おおぅ。いきなり呼び捨てとは大胆だねぇ」
「な………。さん付けにせなあかんだ?」
「ふふふ。別に紫苑だけでいいよ?」
会話の主導権は完全に彼女のものだ。
なんだか手のひらの上で踊らされている気分。
「じゃあ、紫苑と呼ぶわ」
「あら?結局呼び捨てなんだ?」
一体俺に何をさせたいのか。
苛めるならもっと他にいるだろうに。
どうして俺がターゲットになったのだろう。
「じゃあ私はカズっちと呼ぼうか」
「カズっちぃ!?何やそのケータイのペットみたいな呼び方は?」
「いいじゃん、カズっちで。はい決定」
俺に反論の余地はなかった。
彼女はなんとも傲慢な性格らしい。
「で、紫苑は何で料理部に入ろうと?」
俺が料理部に入るからなんて言ったら今度は逆にからかってやろう。
この女がどんな恥じらいをするのか楽しみである。
「最近になって料理の腕を上げたいと思ったけど、入るタイミングを逃したんだよねぇ。だから君と入る」
俺のささやかな願望は、完璧な答えの前に崩れ去った。
なんて話術の巧みな奴だ。
「そうでっか」
紫苑の顔を見ると、またニヤニヤしていた。
おそらくこちらの思考を読まれていたのだろう。
やっかいなことに洞察力が高いらしい。
苦し紛れに話題を変えることにした。
「そういえば、何であんたここに来たんや?」
「あ、すっかり忘れてた」
彼女は後ろの方にある机の中をごそごそと手探りしていた。
どうやらあそこが彼女の席らしい。
てか、俺の斜め後ろじゃないか。
こんなに目立つ人なのに何故気付かなかったのか。
なんだかんだで緊張してたのかな。
……ふと、あることを感じた。
さっきまでのイライラがすっかりなくなっている。
いつの間にか俺の中にあった毒気が抜かれていたようだ。
一之瀬さんのおかげか?
「あった!これこれ、ケータイ忘れちゃったんだよねー」
「ケータイを机に入れるなんてアホやなー」
「かっちーん」
擬音語をわざわざ口にした紫苑。
どうやらキレたらしい。
また変なことを考えなければいいのだが。
「ここって職員室に結構近いんだよねぇ」
「うん?」
「あたしが叫んだら先生たちが駆けつけてくるんだよねぇ」
「ああああああ。頼むでそれだけは勘弁!」
なんてことを考えるのだろうか。
転校初日からそんなことになっては非常にまずい。
変態のレッテルを貼られ、下手をすれば停学、最悪の場合は退学だ。
「ふふ、君の慌てっぷりに免じて許してあげよう」
なんだか疲れがどっと出てきた。
もうヤダこの女。
さっさと話を打ち切って帰りたい。
「あ、そろそろ帰らないと」
俺の願いが叶ったのか、どうやら帰るらしい。
ようやく解放されるのか。
「帰るんか?ほんじゃ、さようなら」
「あれ?君は帰らないの?」
「この後ちょっと寄るとこあるでな」
まあ、そんなの嘘だがな。
とにかくこの女とさっさと離れたかった。
この後、一緒に帰ろうなんて言われたらまっぴらだ。
「そっか。バイバーイ」
「さいなら」
顔をなんとか笑顔にして手を振った。
紫苑は教室から出て行った。
「……はぁ」
疲れた。




