急展開
「はあ?ヨーロッパで料理の修業をしてくる?」
「ああ」
紫苑はどういうことなのよそれ?って顔で俺を見ている。
まあ、当然そうなるわな。
「ちょっと待って……。絶対おかしい、理解できない。あんたバイトの面接に行ったんでしょ?一体何をどうしたらそんな話になるの?」
声が少々ヒステリック気味だった。
どうやらかなり困惑しているようだ。
「順を追って説明する。まず、軽く面接終わった後に色々料理を作らされたんだよ。まあ、厨房で働くのを志望したからさ」
「だからあたしを先に帰らせたの?」
「ま、時間かかりそうだったし、実際帰るのが遅くなったし」
現在の時刻は11時過ぎだった。
面接、料理、話でいつの間にかかなりの時間が経ってしまったのだ。
「それで?」
「んで、適当に1品作ってそれを店長が食べたんだが、随分と気に入ってくれたみたいでな。
それから色々と作らされては店長が食べての繰り返しだった。
で、君の素質をこのままにしておくのは勿体ないと言われ、その話を持ち出された。」
「それで修業してこいって?でも、あんたお金はどうすんのよ?」
「契約を結ぶんだとさ」
「け、契約?」
「ああ。なんでも店長が顔の利く人でさ、高級レストランのオーナーに俺のこと紹介してくれたんだ。
この近くに住んでるからあの店に来てもらって俺の料理を食べてもらったんだ」
「すごい展開ね……」
「で、その高級レストランで料理人として条件付きで働いてもいいと言われてな」
「その条件っていうのがその修業ってこと?」
「ああ。費用は向こうが半分出してくれて、後は働いて返すんだってよ。これが契約の内容」
「……修行する期間はどれくらいなの?」
「3年間だ」
「3年か……。長いね」
「そうだな」
せっかく恋人同士になれたのに、海外に行ってしまえば簡単には会えなくなる。
要するに遠距離恋愛になってしまうのだ。
俺も紫苑もそれを分かっている。
分かっているだけに、今この雰囲気は少し重かった。
「まあ、まだ決めたわけじゃないんだ」
「どういうこと?」
「何しろ急な話だったから5日以内に答えを出せばいいってさ」
「…………」
「だからその間、じっくり話し合おうぜ?」
「……行ってきなよ」
「え?」
「あたしのせいでカズっちの可能性を潰したくない」
「でも……」
「それに出世するチャンスじゃない?偉くなって帰ってこい!」
「紫苑……」
「あたしは平気だよ……うん。きっと平気だからさぁ……」
紫苑は俺に寄りかかってきた。
肩が震えている。泣いているのか?
そんな様子を見て辛いと思う反面、泣いてくれたことが嬉しかった。
ちゃんと俺のことを想ってくれているのだと。
「……あの店に連れて行かなければ良かったかなぁ」
「…………」
「そしたらこんな板挟みにならずに済んだのに」
「まだ4日あるんだ。焦らなくてもいいだろ?」
「……うん」
それから早くも2日が過ぎてしまった。
一緒に家にいるのになんだか距離が離れているような感じ。
一昨日から色々考えた。
遠距離恋愛にするか、修業を諦めるか、それとも紫苑と別れるか。
もしかしたら別れる方があいつにとっても俺にとっても良いのかもしれない。
もし俺が別れを告げたら、あいつは一体どんな顔をするだろう?
きっとあいつは泣くのかもしれない。
でも、3年間も離れ離れになるほうがあいつにとって酷だろうか。
それに俺も自信が無い。
かといってこんな良い話を逃したら、2度と機会がないかもしれない。
俺は一体どうすればいい?
「やっぱり年長者に訊いてみるか……」
極力相談したくはなかった。
でも、この1件は間違いなく俺の人生を左右するだろう。
だったら仕方がない。
俺はケータイを手に取った。
「…………………もしもし。一也か?」
「ああ」
「着信拒否にしてたくせに、そっちから掛けてくるってことは相当困ってるね?」
「困ってるというかなんというかな」
「まあいい。話を聞かせてもらおうか……」
…………
………
……
…
「なるほど。恋人と料理とで葛藤か」
「兄貴はどうすればいいと思う?」
「さあ?」
「さあっ、て……。アドバイスが欲しいんだけど」
「お前が納得するほうを選べばいい。なんにせよ後悔しないようにな」
「でも、どれも捨てがたいんだよ」
「甘えるな。幸せを掴むには何かを犠牲にしなければいけないんだ」
「兄貴はいつもそうやって強気で話せばいいのに」
「余計なお世話だよ……」
「とにかくサンキュ」
「関西弁は使わないのかい?ずっと普通に喋ってたけど」
「家を出た手前、話をするからには自分を偽ってはいけないと思ってな」
「なんだ……。もう答えは出ているじゃないか」
「は?」
「自分を偽るな、ということだ。じゃあね一也、これから会議なんだ」
「え?おい!」
プツッ………ツー、ツー、ツー。
電話切りやがった。
もう一度、発信履歴から掛けてみたが今度は向こうが着信拒否をしていた。
これが最後ってことか。
さよなら、兄貴。
後は自分で考えるよ。
短編第2弾『夏色の海』もどうぞ。




