3話 プラネルト
高橋は両手で三度、激しく尻を叩いた。
その音は会場である東京国際尻叩きホール全体を振動させ、ビリビリと雷鳴のような鋭さで轟いた。
尻を叩いたことで発生する衝撃もものすごく、まるで大波のような風が観客席へ押し寄せた。
「うわっ!」
「汚い!」
「不衛生な風だわ!」
などの声が乱れ飛ぶ。
プラネルトは尻風(注6)で乱れた前髪を整えながら、じっと高橋の演奏を見つめていた。
「なるほど、ダブル(注7)か」
高橋の打撃は、自分の演奏に心酔していた会場の空気を一瞬で覚ましてみせた。舞台袖からしょぼくれた顔で出て来た時は、まさか負けを認めてしょっぱい演奏をするんじゃないかと心配したけれど、これなら大丈夫そうだ。
始めて高橋の演奏を聞いたときから決勝に上がって来る事は分かっていた。彼の音色は誰も見いだせない程鮮烈だ。全参加者の中でも一撃のパワーが桁違いなのは間違いない。
しかしその一方で彼の演奏からは年月を経た芳醇さも漂ってくる。まるで何十年も尻を叩き続けた手練れ奏者の音を聞いているような、不思議で懐かしい気持ちにさせてくれる。
大したものだ。あの尻は大会規定ギリギリの調律をされていて、今やダイヤモンドよりも硬いとスタッフから聞いた。その尻が高橋の手に叩かれるたび波紋を作っているのだから、彼の一撃にどれほどの威力があるのか想像に容易い。
プラネルトの叩く尻が宇宙の不変、悠久、永久の真理を見出しているのだとすれば、高橋の尻は破壊。
プラネルトの作り上げた宇宙を片っ端から壊して、壊して、壊しつくすようなストロングヒップ。彼の叩くあの尻はまるでブラックホール。いや、ア※ホールなのか。
何よりも大きな音を出して観客の注目を自分に引き戻す。高橋のその作戦は成功したのだろう。だが……。
プラネルトはにやりと笑った。
今の観客は無理やり心地よい夢から起こされた子供のようなもの。
不機嫌で寝ぼけまなこで、とても尻の音を聞く態勢に入っていない。
君に出来るかい?
寝覚めの憂鬱を音楽の快楽で塗り替えることが。
ペチペチ音だけで僕の提供した宇宙の官能を超える事が。