期待してはいけない
ギリギリで保っていた集中が完全に切れ、乱雑に書いたノートにシャーペンを投げ出した。その音で周りの生徒の視線を一瞬感じた。
自分が真剣な時に隣で怠けられたらそりゃ気が散るかと、少し刺のあった視線に申し訳なさを感じた。
教科担当の教員は前の教卓で提出させたノートをチェックしていき、残された生徒達はそれぞれで今やるべき自習に励んでいる。
でも、俺は今、勉強に集中できるような状態じゃなかった。
後のことを気にしすぎだとは解っているが、それで後一週間の出来が決まる。
一応いくつか案は考えてあるが、どれも相手を考えると現実的じゃない。不安だけが募る。
復習は頭が回らないし、暗記は全然入ってこない。
結局特に何もできないまま四時間目終了を告げるチャイムが鳴り、やるせない気持ちで天井を仰ぎ見た。
無駄な一時間を過ごしてしまったな。とりあえず深く息を吸って存分に溜息を付く。
「あーあ、最後の授業終わってもうたなぁ」「えー、もう終わり」「全然実感ないわ」「クラス替え嫌やなあ」「はいはい、挨拶お願いします」
一斉に賑やかになる教室で学級代表の声を合図に終わりの挨拶をし、クラスメイトの面々に一部の開放感と、これからの切迫感が入り混じる。
今はテスト期間中で明日はいよいよテストだ。
授業を持っていた教員が私物を纏めて教室から出ると、外で待っていた担任に挨拶がてら少し談笑を交わし終えると、担任が中に入って来る。
「はいみんな席ついてや」
生徒に席に付くよう促す。
手には折られたプリントの束が……五つもある。B5の小さいプリントも合わせればもう少しある。
結構な枚数だ。テスト前日前に配ることはできなかったのだろうか。
頭に浮かんだ側から話を紡ぐ生徒の会話は収拾がつかなそうだ。途中参加の、それも教員の用件なんて聞くことを知らない。
終礼くらい早く終わらせてほしいのに今も談笑が止まらない。
中学からこんなクラスばかりだ。でも、それが他が羨む最高のクラスだった。
そりゃこっちの都合なんて解らないよな。
それに、俺も本来は同じ側だった。
いつも通りおざなりな長ったるい終礼を終え、同じ方面や自転車組や部活仲間、それぞれで固まって帰り始める。
俺はもう少し後で行こう。今行ってもそこにいるとは限らないだろうし。
荷物を鞄に詰めて時間が過ぎるのを待っていると担任が近づいてくる。要件は解るが。
「鈴雲くん、小倉先生のところ行った?」
ん?
「小倉?大竹先生だと聞いていましたが」
「ううん、小倉先生」
「…………そうですか。まだ行ってません」
「早めに行きや」
「はい」
思わず舌打ちしそうになったが、堪えて承諾した。ここでどう言おうとこの担任に何の力もないことは解っているし、そもそも融通のない教員陣が自らの意思を変えるとは思えない。
何で勝手に変える……。
大竹だと聞いていたから僅かながらに期待はしていたんだが、もうそれすらも砕かれた。
あの言い方だと小倉は既に職員室にいるだろう。ならさっさと行って適当に終わらせよう。
廊下ではまだお帰りの生徒がごった返している。
流されるように足を進めた。
階段を降り、まっすぐ職員室に向かう。
溜息が出る。
どんな不運でも三回同じことが起きればそれは馬鹿だったということだろう。
下に見て舐めてかかっていた節はあった。俺も向こうも知能としては変わりないのに。この傲慢が自分の馬鹿さだ。
誰かを見下すことを覚えた時点でこの結果はすでに決まっていたのかもしれない。