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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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それぞれの2

「そんなところまで、似なくていいのに」


白くなる程握り締められていた拳を解かれ、表情が緩められる。


「本当にそっくりだ」


嬉しそうで、だけども寂しそうな眼差し。


「……本当に良く似ていらっしゃるんですよ。悪戯がバレたら早い逃げ足で駆け出したりとかなんてのはその筆頭でした」

「はは、それはイリーナだけではなく妻もそうだったからな」

「そうでしたね。学園へ通われていた頃は良くそのようなお姿も拝見致しましたね」


誰を思い浮かべているのかがわかるヒルマの声。続くお爺様とダニエルさんの話に耳を欹てる。


「幼少期のイリーナはそれはそれはお転婆娘で困ったな。ミーナはどうだった?悪戯して捕まってもうふふって嬉しそうにしているタイプだったか?」

「ええ、まさに」

「そうかそうか」


張り詰めた空気が一瞬にして霧散し、気の置けない会話をし始めるお爺様とヒルマ。


彼女は良くわたしとお母様が似ていると話すことがあったけれど、まさかそんなところまで継いでいるとは。


そしてそれがよもやお婆様から受け継がれたものなんてと感慨に耽ていたら、そんなわたしをじっと見つめていたお爺様が深く頷いてから再び窓の外へと向けてぽつぽつと話をしてくださった。


今日みたいな良く晴れた日のこと、鉛のように重い曇天の顛末を。



約二十年前、ヒルマとダニエルの間に授かった男の子の名前はテオドール。両親に愛されながら健やかに育っていたその子はある日、二人が目を離したほんの僅かな隙を狙ってこの屋敷から連れ去られた。


お爺様の全協力の元捜索するも、三日後に下街の路地裏で亡くなっているのが発見される。


屋敷から連れ去ったのはかつて侯爵邸に勤めていたメイドで、事件の少し前に辞職していたがその日は忘れた荷物を取りに来たと訪れテオドールを誘拐。


金銭に目が眩んだ、ただの平民で野蛮な冒険者であったヒルマが貴族籍であるダニエルと縁を結んだことが妬ましかったと話し、二人の子供を疎む人間から頼まれたと話すも法廷で開かれるはずだった裁判が行われる前に自死。


二人を応接間へと呼び出す役目を担い間接的に誘拐へと関与した人物、お母様の元婚約者も即行方知れずとなり事件の当事者は全て消えた。


残るのは誘拐の理由、貴族の血筋に連なるテオドールが伯爵家を継ぐ可能性を潰したかった線が濃厚。そしてそれを望むのが現伯爵だけであるということ。


品行方正とは言い難い自分よりも昔から有能であったダニエルを伯爵に、という声が大きくなっていた中、そうなれば後継

としてテオドールが選ばれる可能性が高いからと。


無論、ここまでは憶測にしか過ぎない。いくら人間の掃き溜めみたいな存在であってもまだ信じたかったとダニエルさんは言った。


「だから聞いてみました。お前ではないだろうな、と」


苦々しく顔を歪めることから、お爺様のお言葉からして答えは想像に難くない。


「あいつは何とも答えませんでした。ただ、路地裏で死体が見つかるなんて珍しいことではないだろうと笑うだけで」


何処で息子が見つかったのかなんて、教えていないのにと。


「……でもまだ、それだけならまだ、彼奴の気にするなという言葉を信じられたのかもしれません」


実際、孤児や浮浪者の少ない領地であるとはいえ、それらがゼロな訳ではないからと。余所からやって来たならず者、表では活動出来ない者達が街角の路地で見つかることもあるからと。


「旦那様。あちらをお預かりしても?」

「ああ」


ダニエルさんの呼び掛けに立ち上がり、胸元から小さな鍵束を取り出したお爺様が鍵の掛かった机の引き出しを開けるような動作を取る。


暫く何かを探すようにして、目当てのものが見つかったのか白い布に包まれたそれをテーブルの上へと置いた。


「……カフス?」


無言で解かれた布の中から出て来たのは、小さな宝石が中心にある宝石を囲むようにして鏤められた一つのカフス。


ごてごてと飾り立てられるそれは控えめに言って趣味が悪い、下品だと思えてしまう出来ではあるけれど、使われている素材は決して安いものではなく寧ろ良いものである。


王家や公爵家、上位貴族が使うような代物ではないにせよ一介の貴族がカフスとして使用するには贅沢なものである素材を殺すような仕上がりのそれが一体何なのだろうと見つめていれば、趣味の悪いカフスでしょう、と零された暗い声。


「昔から彼奴はそうでした。派手なものを好み、素材本来の美しさは二の次で、金を使えば使う程良いものであるという思考の持ち主で。カフスを含めこうした装飾品、服が好みで」


目の前のカフスを見ているはずなのに遠く見ている彼が思い起こすのはきっと、親戚である伯爵のこと。


「……これは、テオが見つかった場所に落ちていたものです」


瞬き一つ躊躇う沈黙の中で絞り出される言葉ひとつひとつに強い感情が滲む。


「……けれど、決定的な証拠ではないことはわかっています」


私も、ヒルマも、旦那様も。


「だから、彼奴を法廷で有罪にすることは叶いませんでした。全ては憶測に基づくものでしかない。それを証明する手段は何一つない。実行犯もいなければ被害者も生きていないのだから」


無念さを噛み締めた声。


状況は、現伯爵が最も疑わしいことを示している。だがそのどれもが、伯爵が直接的に子を殺めたと証明するものではない。


現場に落ちていたカフスが伯爵の物であると証明されたとしても、それだけでは足りない。


ダニエルさんやヒルマに恨みを持つ者が、二人と良好な仲とは言えない伯爵に罪を被せたくてカフスを落とした可能性だって考えられるから。


せめて実行犯である片割れ、お母様の元婚約者である彼が、自死したメイドが黒幕は伯爵であると証言出来ていたのなら。


「今でも、あやつを探している」


そしてそれは、お爺様も当然わかっている。だからまだ行方不明の元婚約者を探していると溜め息交じりに話す。


「疑わしきは罰せず、ですか」

「王国の言葉か?」

「はい」


疑わしいだけで罰を与えては冤罪を助長するのではないか。国を支える民を無益に殺してはならない。こんな貴族社会では罪なき人間が罪人に仕立て上げられるのは簡単なことなのだから。故に告発者は、万人が納得する証拠を提示せよ。


それが何代か前にこの言葉を、法を作り出した聖女の言い分であった。


「最もだ。最もだが……」


苦い顔で仕事と私情を天秤に掛けてわたしを見るお爺様に頷く。


初めは位の高い貴族が腹いせのためだけに下位の者を貶めていた事実を知った聖女が、下位の者を守るために考えた法だった。


しかしいつしか、証拠が不十分なら罰せられないと考えた者達が悪知恵を働かせて様々な悪事に手を染めるようになった。


これが深刻化している王国では昔のように王の一存で罪は裁かれるべきという意見も出始めていて、色々と難しい状態にある。


「ミーナはどう思った?」


教会、貴族派、国王派。様々な利権が絡むあの場所を思い出してぐっと眼を瞑ったそのとき、お爺様から問い掛けられた。


「この話を聞いたミーナの意見を聞かせて欲しい」


この話、というのは当然裁判自体に対するものではなく現伯爵が二人の子を、そのものの話だろうと察して頭の中に散る言葉を纏めた。


「……平等に物事を多角的に見なければならない立場にあるとしたのならば、現伯爵を罪に問えないと答えます」


私情を抜きに、ダニエルさんの家の都合を抜きに、ヒルマの立場の都合を抜きとした上で答えるのならば。


わたしは二人の事情を知ってしまっている。だから二人に肩入れするし、会ったこともない伯爵が悪く思えてしまう。


だけど貴族として、それをしてはならない。


中立を保たなければならないプリシュティー侯爵家は、どちらかに偏ってはいけないから。


「もうそこまで学んでいるのか」

「一通りは、です」

「そうか」


意図を汲み取り答えたわたしへ首肯したお爺様。来るべき社交界へ向け揺れ動いている帝国の社会情勢も頭に入れ始めていて良かったと安堵しつつ、また沈黙が占める室内。


「ミーナ様のお爺様、いらっしゃいます?」


何を切り出せば良いのか、そもそも話を切り出して良いのかと考えあぐねていたとき、不意なノック音と軽快な声に振り向く。


「あ、ミーナ様もいたの?丁度良かった、話があるんだけど……今大丈夫でした?」


ダニエルさんが戸を開き、お爺様へ頭を下げた後にわたしへと視線をずらしたディルクは微妙な空気を悟りながらも明るく話を続ける。


「問題ないよ。ミーナに用事か?」

「はい、前にお話させていただいた子のことで」

「ああ。それならミーナ、また後でな」


先程の様子を一切残さないお爺様に見送られながらヒルマと共にディルクへ着いて行く。


「前に話した子って」

「うん、アズールのこと」


歩きながら、ロスパロットの街で別れた彼の近況を聞く。宿に泊まるアズールの様子をカールが定期的に見に行っていること、訳あって最近は酒場で働いていること。


酒場の手伝いが終わったらこの侯爵家の使用人として働き始めること。


「この間ミーナ様に話そうと思ってたんだけどさ、あんなことがあったからすっかり話しそびれちゃって今話してる」

「いえそれはその、全然構わないわ。でもそっか、そのうちアズールと会えるのね」

「うん、一月くらい先みたいだけどねー」


楽しみな半面何となく気まずい心持ちが残った頃に自室へと辿り着き、まだ何かあるのだろうと部屋へ招き入れようとすればディルクがふるりと頭を振った。


「実は話ってこれだけなんだよね」

「あらそうなの?もっと何かあるのかと」

「んーん、ミーナ様がなんか困ってそうだったから連れ出しただけだよ。ヒルマもいるのに珍しいなって思ったけど、ミーナ様のお爺様も何か見計らってみたいだからさ」


じゃ、と手を挙げて去っていったディルク。


引き止める暇もなく、こちらの返事を待つこともなく姿を消すその背を少しばかり不思議に思いながらもヒルマに向き直った。


「中で、お茶でもしない?」

「喜んで。それならばファティも誘って休憩と行きましょうか」

「ええ、そうしましょう」


ちょっと硬くなってしまった誘いの言葉に快く頷いてくれるヒルマ。


そして今は業務に勤しんでいるであろうファティもこの場に呼びながら、彼女の用意してくれたティーセットで小さなお茶会を開き始めた。


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