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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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57/63

それぞれの

ディルクと話をしてから数日後、未だにカールとの関係に答えが出ないまま、そして顔を合わせないまま過ごしていた日々のある朝、纏まった時間が取れるからとお爺様からお茶へと誘われていた。


お仕事が忙しく近況報告でさえ交わせなかったここの数日をどのようにして過ごしていたのかを話して一段落ついた頃。


不意に、お爺様が険しい顔をなさる。


「ミーナ。あの、手紙のことなんだがな」

「はい」


ここ最近ずっと忙しくさせていた一因であろう話。


王国にいた頃お爺様へ出したはずの手紙に一切返事を頂いたことがなかったことからわたしが単に嫌われていると思っていたけれど、実は手元に届いていなかったから返信のしようもなかったという話。


そしてそれに関連するのがかつてお母様の婚約者であった方との間に子を為した元ご友人とその娘で、この二人がわたしの手紙だけを処分していた事実関係の元、それらに絡む様々な問題をお調べになっていた。


「以前も言った通り、手紙を捨てていたのはあの親子で間違いない。何度確認してもその辺りの意見を翻すことはなかった」


わたしが伏せていた中、寝起きに部屋へとやって来た彼女。騒ぎが伝わりカールがお爺様の元へお連れした後に判明したその事実は今も変わらないそうで、その話題を続ける顔色は渋い。


「尋問の中、受領印のことも明らかになったよ。あれは母からもらったもので()()()がくれたんだと教わったそうだ」

「お爺様……」


語られる人物は当然自分のことではないと首を振ったお爺様にわたしはふと心当たりを上げる。部屋へ来た彼女が、ここは私の場所だったと叫んだ際に出て来た人物ではないか、と。


「……そうか、そんなやり取りがあったのか。彼女本人がそのお爺様に会ったのは幼少の一度きりだそうだから、その最中に言われたセリフなのかもしれんな」

「だとして、その方は一体何方なのでしょうね。名称から考えれば妥当に彼女の母の父に当たる方だとは思うのですが」

「ああ、私もそう思って身辺を調べようした。しかしだな、イリーナとの騒動の末当主は代替わりしていて今はダニエルでさえその当主に関わりがないものだから、まだ話せることは何もないんだ。この辺りは何かわかったら必ず知らせるよ。唯一その存在を知っているメイドも深く帽子を被っていたし顔等は覚えていないとの話だから、時間は掛かるかもしれないがな」


首肯と共に話は一度途切れる。その最中に紅茶を口に含みつつ頭の中を整理する。


メイドの彼女がお爺様と呼んでいた方は現状その通り母方の祖父である可能性が高いが、騒動の際当主の座を辞したため今何をしているかがわからない。


お相手の方と親戚の関係に当たるダニエルさんも今は現当主と連絡を取る手段はなく、取っ掛かりがない。


そして受領印を誰が偽造したのかを掴むための情報を持っている娘の方も肝心の相手の容姿がわからない。


この問題の中で一番簡単に手を伸ばせるのはダニエルさんがお相手の家系の当主と連絡を取り前当主の居場所を聞くことだろうけれど、それをしていないということは何かしらの大きな弊害があると見て間違いないだろう。以前、お爺様が一悶着あったと仰ったように。


「……僭越ながら、宜しいでしょうか?」

「駄目だ」


ならばあえてそれを掘り下げることもないと思考し終えたところで、ダニエルさんがわたしを見つめながら声を上げる。そして何を言うのか見当が付いたのであろうお爺様はそれを一蹴。


「旦那様。優先するものを間違えないでください」

「ええ、私も同意致します」


けれども尚も意見を述べようとするダニエルさんと、突然言葉を発したヒルマ。顔を顰めるお爺様に、何故か深い悲しみが見える。


「……」


ゆっくり二人を見やって、その決意に触れて、緩く首を擡げる。楽しい話ではないと察する。そして恐らく、わたしに聞かせて良い話なのかを悩んでいる。


「……いいのか、ミーナに聞かせて」

「お嬢様が知りたいと望むのなら、ではありますが」


重く口を開いたお爺様にヒルマが答える。ついと向けられた視線に、遅くも確かに頷く。


先日、ヒルマとファティのことを知りたいと言った。例えそれがどんなことだとしても、もっと二人のことを知りたいと。


「私が話しても良いが、どうする?二人のことだろう」

「一連の流れを説明するのであれば旦那様にお願いした方が良いでしょう。あくまでも私達の話は結果であって、思い出話をする訳ではないのですから」

「そうか」


重い口振りと緩慢な動作が相俟って、それ程までに気落ちのする話なのかとお爺様を窺う。


「……繰り返すが、聞いて、話して、気の良い話ではない。イリーナの話よりも更に気を悪くするような話だが、良いのか?」


念を押す、硬いお爺様の声。以前聞かせていただいたお母様のお話をなさるときよりも暗い雰囲気に一度息を呑む。 

 

軽々しい気持ちで聞く気なんて端からなかった。


だからそれが、どんなに気分を害すような話であったとしても知りたいと深く頷く。


意思を試すかのような鋭い視線と暫く見つめ合い、不意に眼が逸らされた後、お爺様は静かに語り出す。


「……思ったことだろう。前当主の行方が知れないのであれば、現当主に伺い立てれば良いのではないかと。それが、遠いとはいえダニエルと親戚だと言うのなら尚更と」

「はい」


虱潰しに捜索を行うよりは一番取っ掛かり易く確実であろう案。しかしそれがされていないということがこの雰囲気の正体なのだと察する今は、ただ次の言葉を待つだけ。


「まどろっこしく話しては伝わらないだろうから端的に伝える」


疑問の確認だけ行い、また少しの間口を閉ざしていたお爺様はその一言で口火を切った。


「あの女の伯父に当たる現当主はな、ヒルマの……ヒルマとダニエルの子を殺しているんだよ」


一気に告げられた内容に理解が追い付かず、何の反応も出来なかった。


言葉を反芻して呑み込むのにどれ程の時間が掛かったのかわからないが、その間は誰もが無言でその空気に圧し潰されそうだった。


ヒルマに子がいたというのは薄々というか、わたしの乳母である以上その過去があったのは想像出来ていた。しかし彼女から自身の子について話をされたことはなく、また傍にはいないことから聞いて良いようなことでもないと考えていた。


社交界では何処其処の夫人が御懐妊した、または春の庭へ旅立ってしまったなんて話は嫌という程に聞いてきた。その出来事に一喜一憂される夫人、或いはストレスから身体をも壊してしまったという夫人の話も、教訓として何回も聞かされてきた。


祝福出来ない話を聞く度に当事者ではない自分でさえ胸が痛くなるような話の数々の中にでさえ他人に生を奪われたなんて話は聞かない。


「お嬢様」


ヒルマがそっと頬に添えたハンカチで、自分の状態に気付く。この話を思い出してしまう彼女はもっと辛いだろうにいつも通り微笑みを向けてくれることが申し訳なくなって、頬を押さえる手を取った。


「……ごめんなさい。わたしがヒルマのことを知りたいって言ったから」


傍でずっと支えてきてくれたみんなのことを、わたしは何も知らなかった。


だから今、王国から離れた今、ヒルマとファティがかつて過ごしていた場所で過ごせる今、二人のことをもっと知れる機会だと思って口に出した言葉が、こんなにも辛い過去を思い出させてしまうなんて思いもしなかった。


「いいえ、お嬢様。お嬢様は何も悪くありませんよ」


申し訳ない気持ちで一杯の中、包み込まれる自分の手。でも、と続けようとしたその前にヒルマが微笑む。


「このお屋敷に戻ってきて、お嬢様に私達のことを知りたいと言われたとき、私は嬉しかったのですよ。いつも控え目でいらっしゃるお嬢様が私達に一歩踏み込んでくださったことが、とても」


幼子を諭すかのような柔らかい声音と眼差し。いつも通り、何も変わりなどしないのに、その先にいるのがわたしであるということの重み。


「……無論、当初はこの話をお聞かせするつもりはありませんでした。けれどもお嬢様がプリシュティー侯爵令嬢として生きて行かれることを決意されたのであれば、いずれ必ずこの話をしてくる存在がいたでしょう。その前にきちんと説明させていただきたかったのです。ですからこれは、私達の望みだったのです」


このような話を聞かせてしまって申し訳ありませんでした、と最後にヒルマは頭を下げた。


「……どうする、続けるか?もうやめようか」


何を言っていいのかわからなくて黙り込んでしまったわたしを気遣って、お爺様がそう声を掛けてくださる。


ヒルマから向けられる目線も無理に聞くことはないと告げているのがわかる。


「いいえ」


だからわたしは首を振って心配ないと意思を示す。

 

ここで引いたらきっと、お爺様はもう二度とこの話をしてくださらない。それによってこれまでの態度を翻すなんてことはないだろうけど、あれ程葛藤して決意して話をしてくださったお爺様のお心から、ヒルマの過去から目を逸らしたくない。


「続きを、お願いします」


手から伝わる温もりを握り返し、真っ直ぐ正面を向いたままそう答えれば、仄かにお爺様が目を細めた気がした。


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