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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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たいせつなもの3

カールとの話を終えた翌朝、また一睡もすることなく迎えた朝。


「おはよミーナ様。良く眠れたかなって聞こうと思ったけど、そんな必要はなさそうだね」


身支度の際、心配そうにわたしを見ていたファティとヒルマにお願いして少し厚めの化粧を施してもらったけれど、それでも尚隠し切れていないらしい目の下の隈をディルクにそう指摘される。


「朝食取ったらさ、少し時間もらっても良い?」

「ええ」


未だ多忙が続いているとのことで食堂にはいらっしゃらないお爺様、姿の見えないカールを抜いてこの後の予定を合わせ、二人で食事を取る。


ヒルマとファティが気を利かせてくれたのか、いつもよりも少ないけれど丁度良い朝食を終えてディルクと並び食堂を出た。


「僕から話そうか」


部屋に戻り互いにソファへ腰を掛け、切り出す機を見計らっていれば話を切り出してくれる。


「ミーナ様はさ、もうカールの気持ちには気付いているんだよね?」


そして切り込まれた質問。若干躊躇いながらも小さく頷き、見返す。


「そっか。でもカールが直接伝えた訳ではないよね、ヒルマとファティが謝りに来たときの様子から想像するに。でもミーナ様を大切に想ってるってことくらいは……言ったんだね。顔真っ赤だよミーナ様」


深夜のことを振り返りながらディルクの話を聞いていたからか、じわじわと熱を持つ顔。それを指摘されたのが尚気まずくて視線を逸らす。


「そう、そうだよねえ。いくらミーナ様が鈍いからってそこまで伝えれば察するよね流石に。カールは気付く訳ないって思ってたけど。いや、そう思い込んでるだけなのかな」


頬を緩ませつつわたしを見ていた眼は不意に窓へと向けられ、ぽつぽつと言葉が零れる。


「カールはさ、ミーナ様から離れるつもりだよ。王国に戻ってあの国で生きて行こうとしてる。それがどうしてなのかも……そうだよね、もうわかるよね。その様子だとあの感情何一つ隠していないんだろうから」


紡がれる言葉に、向けられた想いを図るような問い。


「そうだよ。ミーナ様を、守るため。ミーナ様が大切にしてきたけれど残してきてしまったものを守るため。ここで生きて行く覚悟を決めたミーナ様の手から零れ落ちてしまうものを守るため。もう傍で見守ることの出来ない自分にとって出来る唯一のことがそうだって、カールは思ってる。……ここまでしようとしておいてさ、この感情がただの一人の友人に向けるものだって誤魔化すだなんて阿呆だよね」


聞けば聞く程、考えれば考える程に深いことを知るカールの感情。


「馬鹿だけどさ、カールの言い分はわかるよ。この国では完全に立場の違う自分とミーナ様に今更想いを伝えたって迷惑でしかないっていうのはさ。だから王国に戻って自分の出来る形でミーナ様の憂慮を払いたいっていうのもさ。でもさ、正直卑怯なやり方だと思わない?」

「……ひきょう?」


何処か感慨深そうなトーンから、一気に嘲るような声音に変わったディルク。その意図をいまいち良く掴めなくて首を傾げれば見慣れた微笑が弧を描く。


「うん。ミーナ様のことを本当に思うのなら、その感情が迷惑だと思うのならそれを一切悟らせないのが優しさじゃない?だって現にこうしてミーナ様は眠れなくなる程に考え込んじゃってるんだから。幾らでも誤魔化しようなんてあったのに、態度で全てをバラして言葉は飾るなんて最低だよ最低」


辛口な意見、しかしそれに同意するようにディルクを見ているヒルマとファティ。


「僕がカールの立場だったら絶対に悟らせないよ、そんなの。だってさ、気持ちは知っているのに当の本人はそれを認めていないなんていうの、一番ミーナ様が答えを出せなくて困っちゃうじゃん。せめてカールが想いを伝えて、ミーナ様が答えを出せたのならまた話は違うと思うけどさ」


足を組み、わたしの横を見やったディルクの先を追えば頷き合う二人。


「だからさ、本当にミーナ様が気にすることなんてないんだよ。カールが自己満足で勝手にやりたいことやってるだけだから。と言っても気にしちゃうのがミーナ様だよねえ、ねえ?」


わたしを気遣う言葉。そしてカールを詰りたそうな冷えた眼差しを空に向けるディルク。とても深く首を傾けるヒルマとファティ。


「ミーナ様、無理して答えを出す必要はないんだよ。ミーナ様自身だって……まだ、何もわからないでしょ」


一つ大きな溜め息を吐き、表情を繕った彼は自分の目元を指差しながらそう話す。


それに同じるよう、心配そうにわたしを見つめる二人を見上げてから俯いた。


「……そう、ね。どうしたらいいのか、わからない」


そして、どうしたいのかも。


ドレスの上で重ねた手を握り、言葉になることなく消えていった矛盾するぬるい欲望。


どんな顔してカールに会えばいいのかわからない。望む通り、何事もなかったかのように振る舞えばいいのだろうか。


それが一番であるような気もする。当の本人が()()を望んでいるのだから。


でも、だけど。


わたしは、どうしたいのだろう。


「さみしい」


そう思考して、考えるまもなく滑り落ちていった言葉にはっとして下げていた目線を正面に移せば、先程とはうってかわって緩やかに微笑むディルクがいる。


「……ミーナ様。さっき言ったことと相反するんだけどその言葉、良く考えてみてよ。そうすればきっとどうすればいいのか、ミーナ様がどうしたいのかがわかるはずだよ」


組んだ脚を解き、何かへ導くようにそう残して立ち上がる。


そして最後、久し振りに彼はわたしの頭を撫でてから部屋から立ち去っていった。


「……珍しいわね、ディルクがこういうことをするなんて。子供の時以来かしら?」


一瞬だけ触れて離れていった温もりを追い掛けるように手を頭へと乗せ、記憶を辿ってもここ数年には引っ掛からない行動に首を傾げ不意に浮かんだはずの情景は何処かへ霧散していく。


「むかしは……」


でも良く、頭を撫でてくれていた気がする。


それはどうしてだっけと思い出そうとするも、靄が掛かる頭では理由を見付けられない。


しかしそれが決して悪い理由ではないということだけは何故かわかるから、行動を意図を探るのを止めた。


「ねえヒルマ。今日から真剣にマナーレッスンの類いをおさらいしておこうと思うのだけれど、このお屋敷にそういったものはあるかしら?」

「教本ですか。イリーナお嬢様がお使いになっていたものが残っているかもしれませんからダニエルに確認致しましょう」

「お願いね。本当は直接動きを見ていただけるような講師の方にお願いするのが一番なのだけれど、まだ難しいものね」


人の座らない対面から目を逸らし、横に立つヒルマに問い掛ける。


茶会の前に少しでもこの国に準じたマナーは身に着けたいというわたしの希望に頷いてくれた二人と本日の予定を話し合いながらどうにもならないことを漏らせば、ヒルマとファティが微妙に違う雰囲気を纏わせた。


「ヒルマ?ファティ?どうかしたの?」


そんな不思議な二人を見上げても、何かを言いたそうなファティは何も答えない。


「……お教え、出来ます。この国の一通りのマナーは」


ならば無理に聞き出すことはないだろうと何事もなかったように話を切り上げようとしたとき、息交じりの返答を彼女は紡いだ。


「こう見えても上位貴族に生まれ、それ相応に仕込まれましたので。変遷することのない貴族社会のマナーには慣れております」

「……ファティに教えてもらえるのならばとても心強いけれど、無理はさせたくないわ」


侯爵令嬢であったお母様の侍女が貴族の息女だということは何ら不思議なことではない。でも、愉快とは言えなさそうなファティの顔色を見るにその生活が恵まれたものであるとは考えにくいし、わたしを指導することでその嫌な思い出を触発されるのならば無理をしないで欲しいと告げる。


「いいえ。ミーナお嬢様のお役に立てるこの術を持っている以上、使わない訳には参りません。ご安心ください、これでも皇族へ嫁ぐ使命を課されたこともあるのですから」

「皇族、に?」

「はい」


突然明かされた話にただ驚くわたしと、微笑むファティ。彼女の所作が綺麗なのは昔からだけど、まさかその裏にそのような理由があったとは。


「古い話でございます、機会があればいつかお話致しましょう。まずは教本を探さなくてはね、イリーナお嬢様と私が使っていた教本を。旦那様のことですから蔵書室の方で保管していらっしゃると思うので、少しそちらへ行って参ります」


今、深堀はされたくなさそうに逸らされた話を追うことはなく、教本を探しに行ってくれたファティを見送る。


ヒルマの雰囲気が変わった理由はあれだったのかと理解すると同時に、余計なことを言ってしまったかと俯くわたしの背にそっと手が添えられた。


「お嬢様がお気になさることでは。あの話をしたのはファティですし、講師をすると決めたのもファティですから」

「……ヒルマは知っているのよね」

「はい。以前、彼女から直接聞いております。聞いていて気の良い話ではないですので今お嬢様にお聞かせするのも、と思ったのでしょう」

「そう、そのような話なのね」


首肯したヒルマに、わたしもそれ以上尋ねるのをやめた。


「いつかちゃんとふたりのこと聞いてみたい。そのときは話してくれる?」

「ええ、勿論でございます。折を見て……お話させていただければと」


だけど二人のことはもっと知りたいと思うから、そうお願いしてみれば指を取られ静かに約束が結ばれた。


「必ず」


そして何冊かの本を抱えて戻って来たファティにもそう問いかけをしては、同じように約束をしてくれたのだった。


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