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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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たいせつなもの

想定外の出会いを得て自室へと戻り、鎧とも言えるドレスを脱いで一息吐く。


ドレス、装飾品、化粧とは不思議なものである。


一度それを纏えばまるで自身が遠くなり公爵令嬢であった頃の自分が出て来る気がして、そのときは本当に意識が切り替わったかのような感覚を覚える。


だけどそれは衣を剥がしたときも同じで、全てを落として寝間着に着替えると心構えすらなくなってベッドに埋もれることが至上にさえ思えてしまう。


何かを忘れているような気もするけれど長時間に及ぶ打ち合わせとある種の安心感によって枕を抱え込めば、眠気が襲ってきた。


「あ」


霞む意識の中、今日の出来事を辿る中で思い出した存在。


「ファティ。カールが昼頃に部屋に訪れていたけれど、何の用件だったか聞いている?」


そう、カールのことである。


お昼寝の前、ファティに社交界へ戻ると告げる前に部屋に来ていたが、そのまま就寝して時間が取れないままになっていたから結局彼の用事を聞いていなかった。


「ああ……あの後一度会った際に尋ねてはみたのですが、直接お話したいと言っておりました」

「もう遅いけれど今日の方が良いかしら?」

「急ぎの用だとは聞いておりませんが、聞いて参りましょうか」

「そうね。軽くノックだけして反応がなかったら戻って来てくれる?寝ているかもしれないから」

「かしこまりました」


どっぷりと陽が落ち、皆が眠りに就く頃合いの時間。今から呼び出して話を聞くには少々遅すぎるとはいえ、用件は気になる。


確認してきてくれるというファティにお願いして彼女を送り出し、わたしは眠気に負けないようソファへと移動した。


「ヒルマ」

「はい、お嬢様」


ブランケットを肩に掛けてくれるヒルマを呼び止め、横に座ってくれるよう隣を叩けば何かを察するように彼女は一度頷いて腰を下ろした。


「ファティから聞いているかもしれないし、何ならお爺様とのお話で気付いていると思うけれど。わたし、ちゃんと社交界へ戻ることに決めたの」

「はい」


お昼寝の前、ファティには話していたことをヒルマにも自分の口から伝えておきたかった。


ドレスを仕立てる前にお爺様と交わしていた会話の中でも知られてしまっているけれど、これは決意表明のようなものだから。


「ファティから、聞いております。ベルホルトもそのときにおりましたので彼も知っていますが、カールとディルクはまだ知らないと」

「ええ。まだちゃんとは言っていないわ、集まった際に言わなければね」


目を伏せ、あの後共有されたことを告白するヒルマ。


「二人は王国へ帰すのですか?」


そして向けられた問いに、わたしは首肯する。


「プリシュティー侯爵家の養子として入れば彼等の任務は終わるから、傍にいられる理由はなくなる。そうなれば二人は国に戻らなくてはならないでしょう?」


ヒルマ達三人は既に職を辞してわたしの傍に来てくれて、旧知の多いこの場に勤めている。


けれど二人は未だにミゼルバー王国の国王補佐で、そもそもはミーナ・ダルスサラムの捜索をするために国を出ているのだ。


そんなわたしが他国の侯爵令嬢ともなれば国へ連れ戻すことなど不可能という決断しか出来ないから、二人はもう王国へ戻らなければならない。


「あの二人はとても優秀だからわたしを連れ戻せなくたって国王補佐をクビになることはないでしょうし態々、その場所を捨てることないものね」

「いえ、それは……」


王国に居場所がある二人、努力して得た地位を捨てるなんて有り得ないからと同意を求めるが、ヒルマは語尾を濁して何とも言えない顔でわたしを見る。


「昔からわかりにくいとはいえ、こうも何も伝わっていないのを目の当たりにするといっそ哀れに思えてくるような……いや、しかしそもそも何も言わないのが悪いのではあるのですがいやしかし、こんなにも伝わらないものですか?」

「ヒルマ?」


俯き、早口で何かを呟く彼女を覗き込むが視線は合わない。


わかりにくい、伝わらない。


話の前後的にカールとディルクが関係しているのだろうけれど、思い当たることは一つしかなくて更に首を傾げる。


「二人は、わたしが言い出さなくても傍にいようとしてくれているってこと?」


流れ的にこれしかないだろうと口に出す疑問に、ヒルマは一瞬呼吸を止めながらも最終的に首を縦に振った。


「……」


二人が付いてきて来てくれるのはずっと、わたしの安全を見守るためだと思っていた。幼馴染みとして、当初の目的通りお爺様の庇護を得て王国の脅威から逃れるのを見送ったら役目を終えるものだと。


勿論二人が優しいことは知っているからもし仮にお願いをすれば多少は傍にいてくれるかもしれない、だけどそれはヒルマ達と違って永久ではないとも決め付けていたから、少々思考が停止した。


「ほんとう、に?」


当人ではない彼女に聞いたって仕方ない。だれど聞かずにはいられずに零れてしまった確認の言葉に再度ヒルマが頷くから、目を瞬かせる。


「だってカール、国の未来を背負いたいからって国王補佐になったのよ。ディルクだってこの国をより良くするにはこれが手っ取り早いからって、まさかそれを手放すなんて」


かつて二人が語っていた努力をわたしは知っている。知っているからこそ、たかがわたしのためにそれを捨てるなんて有り得ないと思っていた。だから二人とは、ここでお別れなのだと。


俄かには信じられず言葉を失うわたしと、それを見つめるヒルマとの間に暫しの沈黙が満ちる。


「お嬢様、只今戻りました。今日はもう遅いから話は明日で良いとのことで……どうされました?」


そうしてファティが戻ってくるまでの最中、ずっと思考を整理して黙していたわたしを不可思議そうに彼女が尋ねるのは当然のことと思うけれど、未だ整理しきれない頭では上手く返せずに見上げるだけに留まった。


「ねえ、ファティ……?」

「はい、お嬢様」


しかし漸く纏まって来た考え、それを待ってくれていた彼女を呼んで吐露する。


「ディルク、がね、カールの横にいるのは簡単に想像出来るの。二人は親友以上に深い繋がりを感じさせる間柄で、カールがここに残るつもりであったのならそれに倣うのもまた、これまでのことからしても想像に容易いの。でもそもそもそれはカールがわたしの傍にいようとしてくれていたってことが前提で、だけどわたし、それがどうしても理解出来ない」

「何故カールがそこまでしてくれるのか、と?」


思考を纏めたはずなのに、口から零れ落ちる言葉達は支離滅裂でこの心情を表せない。自分でも何を言っているのだろうかと疑問に思うそれを二人は丁寧に拾い上げ、結果簡単に核となった疑問に小さく頷いた。


「……逆の立場だったらわたしきっと、同じことは出来ない」


もしもまだ次期王妃という立場を賜っていて、その立場や国を全て捨ててまでカールとディルク二人の傍を選ぶかと聞かれたら首を縦に振ることはないだろうと。


「お嬢様とあの二人では、あそこで一番大切にしていたものが違います」


だからか、俯くわたしへファティはそう言った。


私が大切だったもの。


ミーナ・ダルスサラムという存在が大切に抱え込んでいたのはきっと、立場と責務。


次期王妃という価値、その価値から生まれる責務によって私は成り立っていたから。


ならば二人が大切にしているものは何だっただろうかとこれまでを漠然と振り返ってみれば、思い当たる話が幾つかあった。


ディルク。


彼は、国王補佐を目指したのは前述の通り国を良くしたいという理由も確かだと思う。けれどそれ以上に、以前カールがその仕事に就くからと話していたことがあった。


家族は好きじゃないから家督を継ぐなんて支えるなんて冗談じゃない、なら丁度良いからカールの傍でずっとからかってやるんだと。


だからきっと彼の一番大切なものは、家族でも国でもなく友人であるカールなのだろう。


でもカールは国を支えたいとしか話していなくて、だからディルクとは違って友人や人々が暮らす王国を守るという意味合いで国王補佐という職を選んだのだと思っていた。


けれどその前提が違っていたのだとすれば、彼の一番大切なものは何だったのだろうか。


職を捨て、国を捨て、結果として全てを捨てるかのような選択肢を選ぶその先には、何があるのだろう。


「……」


ここまで考えて、もう既にないに等しい選択肢の中で何もわからない程愚鈍ではない。


ではないけれど、それを口に出して二人に尋ねることは憚れた。


「お嬢様、ひとまずは寝台へお戻りなられるか……若しくはもう夜も更けておりますが、入浴などは如何でしょうか」


遠く、離れていく思考を捕まえて引き戻すファティへぎこちなく向き直り、一度目を閉じてから立ち上がる。


「入浴を、お願い。少し熱めに」

「承知致しました」


すっかり眠気の消えた頭を抱えたままでは流石に眠れない。ならば少しでも気分転換に湯浴みをした方が良いと考えて、支度を始める二人を横目にソファで待った。


しかし暫くの時を経てから入浴を終え、深夜となってヒルマとファティが自室から出て行ってもあれ程強かった眠気は帰ってこない。


冴えた頭でベッドに潜っていてもあれやこれやとまた思考を深めてしまうだけで、わたしは明け方頃に布団から抜け出し未明の空を窓から眺める。


つい先日もこうしてタッセルを握り考え事をしていた。そのときの悩みは既に解決しているのにどうして今日もただ外を見上げているのだろう、と窓へ背を預ける。


下がった視線の先、見える中庭には流石に人影は見えず薄暗い昏い色を纏う花達。


お日様の下では色とりどりに輝く彼女達も月明りだけではぼんやりとした色彩を放つから、それが妙に心地よくてただ眺めていた。


「かっ……」


いたら、そこに良く見知った姿を突然見つけて名前が零れる。


今も思考と感情を乱す当人であるカールはいきなり現れたにも関わらず確かにこちらを見ており、何ならこっちへ来いと手招きをしているような動きさえしている。


こんな時間に誰も傍に置かずとして動いて良い訳がない、しかしこのまま見て見ぬふりをしてベッドに入っても眠れないことは確実で、迷った末にカーテンを開けたままにして彼の元へ向かうことに決めた。


「やあミーナ様、悪い子だね」


部屋の扉を開け、いるような気がした存在が廊下でからかうように微笑む。


「カールのところに行くんでしょ?僕も行ってあげる、お爺様には内緒でね」


まあ知られても良いんだけどさ、と小さく呟いて、わたしが片手に持っていた燭台を代わりに掲げてから先頭を歩き始めたディルク。


「ほら悪い子ミーナお嬢様、早くしないと置いて行っちゃうよ」

「……うん」


何故か、何処か既視感のあるその後ろ姿に気を取られて数歩分開いた距離。それを立ち止まることで埋めてくれた彼の背を追って、中庭へと向かう。


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