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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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心と準備3

「……何故、そちらを?」


重ねた手が震え、共に振れる声に起き上がってファティを見つめる。


「わたし、ね?これからもみんなと旅を続けたい気持ちは確かにあるのよ。けれど、侯爵令嬢という恩恵を受ける立場を得ながらその義務を果たさずに旅を続けることは、出来ない。それは何回思考をやり直しても、何度理由付けをしてみても、変わらなかった」


昨夜から考え抜いて、先程出した結論を告げて、それでも未だ繋がれる手をそっと握り返して笑い掛ける。


「変わらずにまた、私の傍にいてくれるのでしょう?なら、変わることなくまた、あの世界で生きられるなって思ったの」


その生き方を望む訳ではない。


しかし幼い頃から染み付く慣習は今も褪せず我が身であるし、慣れない帝国という場所で一人きりで立たなければならない訳ではないから、この決断をした。


そう説明すればファティは少し眼を眇めぽつりと冗談のように溢す。


「即ち、侯爵令嬢でなければ良いということですね?旦那様に言って庇護下へ入れて下さるだけに留めるよう進言致しましょうか」

「ふふ、聞いてファティ」


軽口のような気安さであるのに、視線だけは鋭い彼女を窘めそれだけではないと話す。


「わたし、お爺様に養子として……孫として認めてもらえたこと、本当に嬉しいのよ。だってもう出来ることはないと思っていた家族が出来る訳じゃない?」


一度家族と共に記憶を失い、年の近い従姉妹は義父と義母の振る舞いを覚えてわたしを虐げ、決して家族と言えるようなものではなかった。


そこから救い上げてくれた慕うレオン様と築くはずだった家庭も全て消え去り、ああもう傍にはみんなしかいない、ならばそれだけで良いと思っていたわたしをお爺様があたたかく出迎えて下さったことが、また家族の輪に入れたことが嬉しいのだと伝える。


「勿論ファティが、ベルホルトが、ヒルマがわたしのことを娘のように思ってくれているってことは伝わっているのよ。カールとディルクは兄のようで、みんな大切なひと」


家族を亡くしたとはいえ、傍で支えてきてくれたみんなは家族同然の存在であること。それだけは伝わって欲しいと言葉を重ねながら、だけど、とも続ける。


「……血の繋がりがあるひとに、わたしを認めて欲しかったの。ミーナというこの存在を、血を分けた人達に」


それはこの血統主義な世界の中、幼い頃からずっと押し付けられた価値観の中、否定されてきたからこそのささやかな願い。


ミーナ・ダルスサラムという存在は不要だと、そう繰り返されてきた過去の先で、今お爺様に受け入れていただいたということで救われた部分があるから。


「心配しないで、決して誰かに脅されて選ばされた訳じゃないの。わたしがちゃんと考えて下した、結論なの」


それに報いたいという思いもまた、一つだと。


「……それに、ね。カールとディルクはそろそろ、戻らなければならないでしょう?」


一つ一つの心情を吐露した最後、頭に掠めたこのことは話さないでおこうかとも考えたけれど、ただでさえ勘違いをさせてさまいそうな話題で誤魔化すのは良くないだろうと触れる。


「ヒルマと二人で旅をしていたとき、それは勿論楽しかったわ。だけどね、みんなで集まってあれやこれやと過ごしていた時間の方がもっと楽しかったから、あの二人がいなくなってしまった先で旅を続けたとしても前のことをばかり考えてしまいそうで……」


カールがディルクにからかわれている見慣れた景色、二人で改訂したポーカーで日がな一日遊んでいる風景、他愛もないことを話ながら肩を並べている姿。


そんな日常がなくなってヒルマ達と再度旅に出たとしても、もしここに二人がいたのなら、と、そう常に考えてしまうだろう。


慣れるのかもしれない、みんなと旅をすることが日常になったように。


けれどそれは、きっと違う。


わたしはみんなで、六人で旅を続けたかったのだと言うことに気が付いたから。


だからここで終わりにする、六人で帝国までやって来た旅路を美しい思い出として残すために。


「……お嬢様が仰れば、あの二人は傍に来るのではないでしょうか?」

「ふふ、そうかもしれないわね。だけどそんなことを言ってしまったらあの二人の優しさに漬け込むことになるから、これはわたしとファティの秘密よ?ヒルマとベルホルトには言っても良いけれど」


確かに、態々わたしの調査と偽ってここまで着いてきてくれたのだから、お願いすればこれからも傍にいてくれるかもしれない。


しかし国に家族を残す二人に、国王補佐として在る二人にそんな我が儘はこれ以上、言えない。


「……承知致しました、お嬢様。ひとまずおやすみになりましょう」

「ええ。おやすみなさい、ファティ」


繋がれる手の温もりが心地好い。きっと眠るまでそうしてくれていたことで得た安心感によってうとうととするわたしは、ファティがどんな表情で寝顔を見つめていたのかなんて知らない。


「また間違えた、のでしょうか」


ただ小さくそう呟かれた気がする言葉にそんなことなどないと言ってあげたかったけれど、虚ろな意識ではそれが夢か幻かの区別が付かずにそのままずるりと意識を手放した。




「ファティ。お嬢様はお眠りに?」

「ええヒルマ、たった今」


規則正しい寝息にはそぐわない白い肌に浮かぶ隈が消えてくれるように、と手を離した頃、静かに扉が開いてヒルマが入室する。


「良かった。遅くまで起きていらっしゃったようだから心配だったのですよ……ってファティ、何かありましたか?」


足音なく寝台際へやってきて、眠るお嬢様に安堵の息を漏らす彼女を見上げれば鋭くそれを察した視線がこちらに向けられた。


「あちらへ行きましょう。起こしてはいけませんから」

「……ええ」


自分でも顔が険しいのは理解している。


だからそれを見て不安そうにヒルマが眉間を寄せ重たい返事をさせてしまうことに申し訳なさを覚えながらも、天蓋を垂らしてから部屋の反対側に位置するクローゼットの方へ移動した。


「お嬢様が、貴族界へ戻られると」


懐かしい景色、胸に込み上げる郷愁よりもずっと深い後悔を吐き出す。


そして先程までの会話を共有し、二人で顔を見合わせた。


「そうですか……やっぱりそちらを、選ばれたのですね」


寂しそうに一度目を細め、お嬢様の眠る方を見やったヒルマは諦めに近い悲しみが浮かぶ声で溢す。


「朝、お嬢様が起床されて身支度の最中、雰囲気が段々と変わって行ったのを目の当たりにしたとき、そうなるような気はしていたのです。良く知った、ミーナお嬢様がいらっしゃると」


ドレスは女性にとっての鎧。その言葉の通りお嬢様はドレスを身に纏っている際は貴族淑女としてあるべき手本となる姿を、私も間近で見てきた。


しかしそれは社交界へ出るようなときくらいで、私達といる場合には普通の女の子であるというのに長く仕えていヒルマは、その違和感を察知していたという。


「イリーナ様に関することは私だって貴女に敵いませんでした。それはずっと傍にいた時間に比例することで、あれ以来誰よりも近くにいた私が気付くのは当たり前のことではないでしょうか。それに気付いていたとしても結局は、何も出来なかったのですから」


それを見抜けずに不甲斐なく頭を垂れる私を慰める言葉と自責の言葉。


お嬢様が悩み、決めたことへ異を唱えたい訳ではないけれど、再びあの世界へ戻られるということへ賛同しかねる心情があるのもまた一理。


「今回は、私達が手を引くべきだったのでしょうか。私達と旅を続けましょうと、そうお伝えするべきだった?」


心情を交わし合い、苦く残る過去を引き合いに出すかのような私の言葉にヒルマは俯きそのまま首を横に振った。


「お嬢様を守るために侯爵令嬢という立場を授かる以上、どのみちこうなったのではないのでしょうか。義務と責務に関してはずっと最初の方から気にしていらっしゃいましたから」


リライスへ移動し、立ち並ぶデザート専門店にて一休憩入れていた頃、公爵令嬢としての義務を全て放棄し城を逃げ出したことをずっと気にされていたと聞かされたことを思い出した。


そして以降、時が経つに連れて少しずつ明るく朗らかに笑うようになったこれまでのことも。


「薄れている、なんて錯覚だったのですね。あの日々は」


旅を続ける最中で増えた笑顔も、昔のようなお茶目な一面も、お嬢様が持つ一面に変わりない。けれどそれと同じようにまた、あの暮らしで培われた貴族令嬢の面も決して消えはしないのだろう。


「カールとディルクを交えて旦那様に相談すると共に、二人にこれからのことを聞きましょうか。先日は挨拶をしただけで長くは話せませんでしたから」

「そうですね」


遅い気付きを得た私とヒルマ。


それでも悔いているだけでは何も変わらないと彼女がそう提案することに頷き、昨夜の話し合いの最中で乱入してきた二人を交えて話し合いをする時間を作るためにヒルマが部屋を去る。


「イリーナ様。ご息女様は本当に貴女様に良く似ていらっしゃいます」


かつてこの部屋で何度も交わされたことを思い出しながら、眠るお嬢様とイリーナ様の姿を重ねる。


跡取りのいないこの家を出て他国へ嫁ぐということ。


それが難点となりフィデリオ様の求婚を中々受け入れられず泣いていたお嬢様の背中を押したのは、幼少の砌から付き合いのあった現皇帝陛下。


『好きならば着いて行けば良い、嫌いになったのなら帰ってくれば良い。後のことなど私がどうにかしてやる』


そう言い放つ程に懐が広く慈悲溢れるあのお方と謁見することが良き刺激となることを祈りながら、お嬢様が目覚めるまで傍に控えるのだった。



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