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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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46/63

策と始まり

カール達と別れた夕食後、ヒルマと別れた深夜時。


月の明かりだけが差し込んで部屋を照らすその時間帯に、わたしは一人でぼうっと窓の外を眺めていた。


「……カール達には、気付かれてるわよね」


思い出すのは、先程みんなで集まったときのこと。


カールがわたしの答えに対して何も言及して来なかったのを良いことにそのまま退室したけれど、きっとわたしの答えなど見透かされているのだろう。


この決まり掛けている答えをはっきりと口に出せなかったのは、まだ迷っているから。


そんなことは、絶対にバレてしまっている。


「どうしたら、良いのかしら。お爺様がこの侯爵家に迎え入れてくださったこと、それにはきちんと応えたい。侯爵令嬢という地位を得た以上、必ず責務が発生するのだから。……でも、わたしはもうあそこには戻らないと、決めたのではなかったの?みんなと旅をして、一人で生きていけるようになると、決めたのではなかったの?」


ぽつぽつと思考を整理するために溢れ落ちる言葉。まるで呪縛のように解けずに絡み付く公爵令嬢として育てられた過去が、何処までももう片方の選択肢を認めない。


けれど、この旅の中で芽生えてしまった自我はまだみんなと旅を続けたいと主張する。


もっと世界を知りたい。もっともっとみんなと色んな物を見て知って、笑い合いたい。そしていつか一人で、生きていけるようになりたいと。


「……もう、あの場所には戻りたくない」


ぎゅっと目を瞑り、用意された選択肢を拒絶しても、未だ消えない公爵令嬢としての教えはそれを許さないから、わたしの言葉は誰かに届くことなくただ虚空に溶ける。


ヒルマに、ファティに、ベルホルトに、カールに、ディルクに。


この言葉を告げられればきっと、みんなは受け入れてくれる。


捨てれば良いだけである、こんな擦り切れてぼろぼろになってしまった公爵令嬢の過去なんて。


でも、こんな立場になって漸く気が付いたのだ。


公爵令嬢であった自分は、今も半身。


いくらこの数か月それから離れたとしてもミーナ・ダルスサラムはそう簡単に消えやしなくて、思っている以上にその立場が思考に根付いているのだと。


だから、そう簡単にみんなの手を取ることが出来ない。みんなと旅を続けたいと言い出すことが出来ない。選択肢を用意してくれたお爺様に、甘えることが出来ない。


「……わたしだって、みんなと旅を続けたいよ」


そんなわたしに出来ることは、こうして誰もいない、誰も聞いていない場所で本心を吐露することくらい。


「もっと……でも、出来ないよ」


空想でこれからを描いても、突き付けられる現実。定まっている心を誤魔化すように描く空想に浸るまま、わたしはひとり夜を明かす。



一方。



「旦那様、やり過ぎにございます」

「やはりそうだったか?」


皆が寝静まる深夜、私とファティ、ベルホルトは遅くまで政務をこなす旦那様の部屋を訪れていた。


「お嬢様の過去との決別に必要なことだとは存じておりますが、あれでは逆効果かと」

「ううむ……選択肢は複数あった方が良いかと思ったのだが」

「今まで友好的に過ごしてきたならばまだしも、お嬢様と旦那様の仲は未だ深いとは言えません。お嬢様が本音をお話しするには、少し関係が浅いかと」

「うむ……」


辛辣なファティの言葉に唸る旦那様が、救いを求めるように私とベルボルトを見やる。概ね彼女に同意である私はそっと視線を窓の外に向け、横に立つベルホルトも同じように向こうを見ていた。


「なるべくして王太子の婚約者になったミーナが、自分の欲を押さえ付けて義務を果たすべくまた貴族令嬢の身に戻ることを選ぶのは想像出来た。しかし、それを越えて彼女自身がきちんと己の欲求を口に出せなければ意味がないだろう?何処で生きて行くに、しても」


誰一人自分の味方がいないということを察した旦那様は、一つの咳払いで場を整えてから考えを話す。


「旦那様の言い分は最もです。しかし、お嬢様を嵌め込む枠は想像以上に強固で、根深い。この旅の最中で幾らか柔軟になっていたものが、一瞬で元通りになってしまうくらいに」


ファティがお茶の支度を進める最中、私は旦那様のお考えを踏まえた上で見てきたことを告げる。


過去のこと、私達が隠すことを知りたいと目の前からいなくなって真綿から飛び出していったことは、お嬢様にとっても転機だっただろう。


あれ以来、大丈夫と誤魔化すよりも少しずつ本心を教えてくれるようになって、一歩引いていたような態度が軟化し昔のような距離感が戻ってきていた。


今日、旦那様にイリーナお嬢様のことを知りたいと言えたこともこれまで積み重ねてきた少しずつの結果だった。


だからこそ、急いたことを悔やむ。


お嬢様が自分のお考えを言えるようにと、あえて選択肢を用意したことを。


「……完全に、貴族令嬢へ戻るつもりでしたものね、お嬢様」

「ええ。ご自身のお考えを私達に話すことすら、ないでしょうね」


就寝前にお嬢様が見せたあの見慣れた押し殺すような完璧な微笑みと、静かな声。きっと内にある葛藤なんて私達には見せもせずに明くる日を迎えるのだろう。


「そうか、早まってしまったか……」


囁くような旦那様の言葉に私達も黙り込む。


王国での出来事を旦那様に共有し、次期王妃候補として徹底的に育てられたが故、あの忌々しい義理の家族に引き取られたが故に自分を押し殺すようになってしまったお嬢差が、自らのお考えを言い出せるような場を整えたところまでは順調であったと思う。


「なあ、ヒルマよ」

「はい、旦那様」


王国での過去を思い返せば自分を恨み続ける。そう悔恨に埋め尽くされていたとき、ふと旦那様がこちらを見て私を呼ぶ。


「ミーナの大方の過去は聞いたが、詳しいところはまだ聞けていなかっただろう。もっと詳細を頼めるか?」

「承知致しました」


イリーナお嬢様とフィデリオ様が亡くなった後、お嬢様がどのように過ごされていたのか、何故この帝国に来ることになったのかは凡そお伝えしていた。


しかし、お嬢様を養子として受け入れる準備や手紙の後始末の件で旦那様が忙しなかったこともあり時間が取れず、要所要所しか共有していなかった結果夕食時の出来事を起こしてしまった。


その反省を踏まえ、私達は最も悔いるその過去を偽り一つなく、話し始めた。



『……ねえ、ヒルマ。お父様とお母様、亡くなってしまったんだってね』


思い起こし、話すのは、お二人が亡くなられた数日後のこと。屋敷が焼失し、以降ずっと気を失っていたお嬢様が目覚めて、先にその場に居合わせたカールとディルクが泣きながら私達を呼んでいたときの、こと。


『カールとディルクにもね、言ったのだけれど……ふたりのこと、何も覚えてないの。ねえヒルマ、どんな人たちだったのかしら?』


光が溢れ出さんばかりに輝いていた紫眼は昏く虚ろで、感情が削ぎ落されたかのような張り付いた笑みが余計にその眼を引き立てるから、私達はただお嬢様を抱き締めることしか出来なかった。


『どうしたの、みんな。わたし、寂しくなんてないよ?ふふ、でも、あたたかいね』


そう無邪気に、幼く笑うのに、沈むような紫眼が、人形のように美しいお嬢様の顔が、今でも忘れられない。


「……先日申し上げました通り、恐らく()()を目撃されたお嬢様は、お二人のことを一切覚えていらっしゃいませんでした。私達のこと、幼馴染みである二人のこと、他屋敷に勤めていた使用人のこと。誕生日のパーティを開いたことも、誰かのちょっとした話のことも全て覚えているのに、イリーナ様とフィデリオ様お二人のことだけが記憶から抜け落ちていたのです……」


まるで最初から、いなかったかのように。


その言葉は呑み込んだけれど、当時のお嬢様の様子を知っているファティとベルホルトは一瞬言い淀む私からそれを察して、目を伏せた。


「私達は、お嬢様が治療院から退院なされるまで毎日通いました。日常の些細な出来事、お二人には触れない過去の話。そんな風に過ごしていればお嬢様にも少しずつ笑顔が戻ってきて………順調であった折りに、お嬢様が未だ未成年であること、記憶を無くしておりまともに家督を継げるような状態ではないことから公爵家を現当主が継ぐ決まりが発表されたのです」

「……そうか。我が帝国でも幼い令息令嬢が家督を継ぐことは珍しくもないが、実際はその後ろ楯である人間が管理し、当主はただの飾り物なっていることも多い。それを踏まえれば、端から当主など継がずに淑女として生きていく道を用意してあげるのも一手だろうな」


悔恨に溢れる日々を送ることになるきっかけの話。段々と暗く淡々とする私の口調から何かを察し始めた旦那様がそうフォローをしてくれるものの、私達は頷けないまま続ける。


「お嬢様は、退院を機に公爵家に戻ることになりました。現当主の元、新たに。…………ひとりで」

「待て、何故だ?お前達は着いて行かなかっ……」


怪訝な顔で私達の言葉を聞いていた旦那様は、最後の言葉を聞いて即座に声を張る。そして至極当然な疑問を言い終えるところで、全てを察されたのだ。


「許されませんでした。私達が、イリーナ様とフィデリオ様へ仕えていた者達が新しい公爵家に足を踏み入れることは。幼いお嬢様が、記憶をなくされたお嬢様が事件当初のことを思い出さないように、と。そう、お嬢様のことを考えてくださってのことなのだろうと」


彼等は言った。


昔フィデリオ様と仲違いをしてしまい疎遠であったが、ずっと溝を埋めたいと思っていたと。


きっかけが掴めずに先延ばしにしてしまっていたが、彼等の娘であるお嬢様は大切にしたいのだと。


だから暫く、お嬢様の傍から離れて欲しいのだと。


「……愚かにも私達はそんな言葉を、呑み込んでしまったのです」


拳を握り込む。


何も、何も疑いもしなかった訳ではない。


ただ、私達が傍にいることでお嬢様の忘れたいと願う程の記憶を何かのきっかけで思い起こさせてしまうかもしれない。


ご家族を亡くされたお嬢様の傍にいるべきは家族ではない私達ではなく、血の繋がりがある彼等が適任であるのかもしれない。


学園へと通う年となり傍を離れてしまうカールとディルクに代わるような年頃の従姉妹と親しくする方が、お嬢様にとって良いことになるのかもしれない。


結果ただの言い訳でしかないけれど、私達はそんなことを思いながらお嬢様の傍を離れた。


寂しそうにだいじょうぶと、そう微笑んだお嬢様の手を、私達は離した。


そう。


離して、しまったのだ。


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