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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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45/65

未確定の

「……無論それ以降、顔など合わせることもないし使用人の管理はダニエルへと任せていたから、私もつい先程までは彼女がここに勤めているのかどうかさえ知らなかった。ミーナの部屋へ押し入ったのがその娘だと知って漸く、彼女のことを尋ねたくらいにね」


わたしに並々ならぬ敵意を持っていた方のことを話す度に若干お爺様の目が鋭くなる。


それ程までに嫌っていれば百人は優に越えるであろう使用人一人のことに気を割くことさえも煩わしいだろうから、現在のことを知らない、知りたくないという感情も理解出来た。


「それで、そう……今、彼女がどうしているかだったな。彼女、あの娘の母親は既に死んでいるそうだ」

「……亡くなった、のですか?」


告げられるその言葉に反応したのは、わたしではなくヒルマ。


「ああ。三年程前、身体を壊した末に病で、と先程ダニエルから聞いた。それ以前は二人でミーナの手紙を破棄していたが、一人になって以降は娘がずっとそれを続けていたことは確認した」

「そう、でしたか……」


お爺様の言葉に苦々しく唇を噛み締めたヒルマを見てふと思い浮かんだ疑問は、するりと口から溢れる。


「何故、わたしの手紙だけだったのでしょうか?」


そんな何気ない、疑問。


「ヒルマやファティ、ベルホルトの手紙は破棄しなかった理由があるのでしょうか?」


そして尽きない、謎。


会ったことのない人間に嫌われているということも、わたしの手紙だけが捨てられているいうことも、あの少女の不可思議な態度や言動も含め、どうにも謎の多いこの件に首を傾げる。


「……尋問した程度で得られた情報は、先程言ったくらいのものだ。更に過激な方法を用いれば多少は口も割るだろうがな」

「わたしの手紙がただ破棄されていただけなのであれば、先の情報だけで済ませても良かったのでしょうが……」


言い合って、お爺様と視線を交わす。


受領印が偽られていた、という点さえなければ、この件はわたしが呑み込めば全て終わっていた。


けれど、扱い方によっては大罪を塗り付けられることさえもある偽の受領印の存在がある時点で、それだけでは済まされない。


何故ならば貴族の受領印を偽ることは決して簡単ではなくて、正式に作るときでさえ厳重に慎重にことが進められる。


そう、例えばわたし達がいたミゼルバー王国の形式に則るのならば、まず王家へ届け出を出してから許可後に王室が管理し製造の許可を出している場所でしか作ることは許されず、何時誰が作り引き渡しをしたかまでを詳細に書いてそれを再び王家に報告し、不足がなければ漸く手にすることが出来る、という面倒な手続きを踏まなければならない程。


王国と帝国、国が違えば管理の方法も異なるだろうけれど、重要な機密を取り扱う際にも使うはずの受領印はそう簡単には作れないはずだろう。


「旦那様。その受領印というのは、容易く作れるものなのでしょうか?」

「いや、面倒だ。行う事柄を上げれば申請、手続き、受け取りの三種類だけだが、その一つ一つの内容を揃えるのが手間過ぎる。細かく決まった形式に則って準備を進めなければならないし、何より時間が掛かる。更にそれを私の預かり知らぬ場所、即ち偽物を作るとなればその手間は計り知れないな」


ヒルマとお爺様の間で交わされる会話はわたしの思考を肯定して、この件がより厄介なことを思い知らせる。


「まあ何れにせよ、もう少しきつく尋問をするしかないな。それで何も得られないのであれば……それまでだな」


吐き捨てるようなお爺様の言葉に一度頷き、もうすっかり冷えてしまった紅茶で重たい感情も流し込む。


そうして空になったカップに紅茶を注いでくれようとするヒルマを制止すれば、わたしと同じようにカップを空にしたお爺様が場の空気を変えるように明るく、声を張った。


「さて、ミーナ。この話、今日のところはこれで終いにしよう。それ以外に話さなければならないことが沢山あるだろう?」


先程の張り付くような雰囲気をがらりと変え、わたしを出迎えて下さったときの柔らかい空気を纏って、微笑むお爺様。


そうだ、確かにこの場はわたしとお爺様の誤解を解き合うためのもので、謎解きをするため、息苦しくなる会話をするために顔を合わせている訳ではない。


「ああ。これまでの話、これからの話。聞かせておくれ」

「はい……お爺様」


引き摺るような重たい気持ちを切り替え、ヒルマの新しく淹れてくれた紅茶を手に、わたしとお爺様は笑い合ったり驚き合ったりと様々な会話を弾ませる。


「旦那様、お嬢様。そろそろお夕食の時刻ですよ」

「もうそんな時間か?」


そうしていくつもの話をしたりしてもらったりしている間、いつの間にか陽はすっかり落ちていて窓の外は真っ暗に。


どれくらい話し込んでいたのだろうとお爺様と顔を見合わせて笑い合えば、ヒルマも微笑ましそうに目元を緩ませてこちらを見つめていた。


「はは、ミーナの友達も随分待たせてしまったかな?」

「みんなとはいつも一緒にいたんですよ、今日くらいお爺様とずっと一緒にいたって怒られたりしないはずです」


応接間から食堂へと向かう最中、先を行くお爺様のお茶目な言葉にわたしも軽く返す。先程の時間、これまでの溝を取り戻すように会話を交わした時間のお陰でお爺様の性格を結構理解出来たからこそ出来たやりとり。


ヒルマ達以外でこんな風に接することが許されることに感謝しながら、食堂へと踏み入れたお爺様の後に続く。


「すまない、待たせてしまったね」

「大丈夫ですよ旦那様。……お嬢様と仲睦まじいようで、何よりでございます」


一歩踏み出し謝罪を口にするお爺様に答えたファティは、ヒルマと同じ色を滲ませる瞳でわたし達を見る。


そしてその後、何かを伝えるように後ろに控えるヒルマを一瞥して、こくりと頷いた。


「旦那様、お嬢様、只今お食事をお持ち致しますね」


それが何であったのかを知る前にファティが話を切り出し、テーブルに付いたわたし達に背を向けて給仕へと戻っていく。


「……そういえばお爺様、どうしてヒルマとファティ、それにベルホルトは給仕服を着て給仕をしているのですか?」

「当人達の望みだ。強制した訳ではないぞ」

「これから再びお嬢様に仕えるのにも関わらず、腕が鈍っているので旦那様に申し出ました」

「同上です」

「同じく」


他のことで頭が一杯になっていたのと、その姿を見慣れているが故に今の今まで触れずにいたけれど、去り行く背中を眺めて漸くその違和感を尋ねた結果、まるで示し合わせたかのように揃う意見が返ってきた。


「そうだミーナ、侯爵家(うち)に入るのだろう?所作を見る限りはミーナ自身は望みさえすれば社交界に戻れれど、ヒルマ達は思うところがあるそうでな」


音一つ立てず、優雅に食事をするお爺様からさり気無く告げられた言葉にわたしの手が止まる。


「……わたしを、プリシュティー侯爵家として迎えて下さるのですか?」


そして揺れる声と共に、目を見開く。


「勿論だとも。……む、なんだ、もしやミーナにそういったつもりはなかったのか?」

「い、いえ、ただ……そこまでしていただけると、思っていなくて」


そんなわたしの問いに寸分の迷いもなく首肯し、逆に案じて下さる言葉に急いで首を振って本心を告げる。


これから先、何処へ向かおうにも身分を証明出来なければ憚る壁が多い。だから、お爺様に身元を保証してもらえればただそれだけで充分であったというのに、更にはわたしを侯爵家へと迎え入れて下さると言う。


「まあもう社交の場には出たくないというのであれば、今までと同じようにヒルマ達と旅に出ても構わない。ただ、いつでも帰って来てくれて良いからな」


そして選択肢さえ、わたしに与えて下さるのだ。


「……はい、お爺様。ありがとうございます」

「ああ」


その言葉を良く呑み込み、頷いたわたしに、お爺様は微笑み掛ける。



「ではまた明日」

「はい」


夕食後、カール達に客間を使うように伝えてお爺様は食堂を後にされた。


残るわたし、カールとディルクもヒルマとファティ、ベルホルトに屋敷を案内されて、客間の方へと移動する。


「で、ミーナ。どうするんだ?」


宛がわれた部屋にてみんなで集まり、開口一番カールが切り出した。


「目標としていた身分証明証、それに関しては問題なく手に入ることがわかった。でついでに、ミーナが望めば新しい場所で貴族令嬢として生きて行く選択肢も与えられた」

「うん」

「どっちを選ぶんだ?」


雑談一つなく、早急に急かされる回答。


何かを試すように向けられる視線と、並べられた選択肢。


そんな彼から少しだけ視線を逸らして、わたしは決めていた答えをなぞる。


「……まだ。もう少し、時間が欲しいわ」


答えた声は、震えていなかっただろうか。


わたしがもう、旅を続けないということ。


その選択肢を、選べないということ。


「そうか」


曖昧に、保留にした返事。


それを問い詰めることなく引いていったことに安堵の息を吐き、わたしはみんなと談笑することなくそのままお母様のお部屋へと戻った。



「相変わらずさ、真面目だよねミーナ様って」

「不器用の間違いだろ」


寂しそうに揺れて扉の奥に消えていく銀髪を見送ったカールが、僕の言葉に噛み付くようにして振り返る。


「本当はミーナ様、旅を続けたいんでしょ?でも、侯爵家の一員となったのなら、その責務を果たさなければならないって考えてるんだろうね」

「誰もそんなこと、求めてねえだろうにな」

「あはは」


きっと誰が見てもわかる、わかりきったミーナ様の思考。


ヒルマも、ファティも、ベルホルトも、カールも僕も。呑み込んだ言葉を知っているからこそ、口に出さざるを得ない。


「ねえ、ミーナ様のお爺様に直接言ってみる?余計なお世話ですって」

「それでミーナと仲が拗れたらどうするつもりだ」

「えー、そしたらさ、何とかして身分証だけ用意してもらって旅続けようよ」

「……ミーナの帰る場所がなくなるだろ」


一瞬、それも良いと考えたであろうカールの思考を理性が抑え込んで、至極真っ当にミーナ様を思う返答が戻って来る。


そこは俺が作ってやるとでも格好付けられたらもっとミーナ様に近付けると思うんだけど、それが似合わないのもカールという難儀。


「でもこのままじゃミーナ様、またあの場所に逆戻りだよ?」


あ、違う、そうじゃなかったと逸れた思考を戻すために、それならばとこちらもこの先の現実をカールに突き付ける。


「後継者のいない名門プリシュティー侯爵家にふと現れた人間。当然調べられるだろうし、そうなれば王国でのことが知れ渡るのなんて時間の問題なんてもんじゃなくすぐだよ。矢面に立つミーナ様を貶める言葉は王国にいたときの比じゃないだろうね」

「……」


わかってると言いたげにこちらを睨むカールに肩を竦めて返せば、大きな溜息が聞こえて来る。


「考える」


そしてそう一言残し、隣の部屋に戻って行った。


「まあ真面目で不器用なのは、カールも同じだよねえ」


あからさまに不機嫌な幼馴染みを見送り、一人残された僕もまた、彼と同じように思考を巡らす。



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