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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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聖女の誤算

ミーナとヒルマがハシュート辺りで観光していた頃の王国の様子。



「レオンさま?」

「……ああ」


夏の昼下がり。あたしがこの世界にやって来て、ミーナさまを追い出して、初めて迎えるレオンさまとの夏。


元の世界、夏といえば海やらプールやら川やらキャンプやらの予定を詰め込んで遊び倒すものだから、あたしは楽しみにしていた。


「もう!聞いてるの?」

「ああ。すまない、ミナ」


けれど、ミーナさまをこの城から追い出して以来()()()()しまったレオンさまは全然あたしを城から出してくれないし、遊びにも付き合ってくれない。


それどころか、以前であればあたしの話に適当な相槌だけで済ませて、ぼうっと考え事をするような時間なんてなかったはずなのに。


いつだってあたしの傍にいて、ことあるごとに愛していると語るくらいだったのに、最近はもうずっとその言葉を聞いていない気がするのは気のせいだろうか。


「失礼いたします。聖女様、教養のお時間でございます」

「もう?まだいいでしょ」


だから、とりあえず上の空状態のレオンさまの気を引こうと執務室の椅子に座る彼の方に凭れ掛かったとき。まるでずっと監視していたかのようなタイミングで入って来たあたし付きの侍女、センテがやって来た。


「困ります。先週もそう仰って講師を務めてくださっている夫人を追い返したでしょう。聖女として、皆の国母となるよう……」

「あーもううるさい!行けばいいんでしょ行けば!!」


いつものように意味のわからないことを言い始めたセンテの小言が鬱陶しくて、あたしはレオンさまの傍を離れて教養のお時間とやらに向かうことにする。


「いってらっしゃい」


去り際、覇気のないレオンさまに見送られて、あたしはセンテに連れられ執務室を出た。


「聖女様、何度も注意して参りましたが殿下にあのような態度を取られるのは困ります」

「どうして?ミーナ様はもういないし、わたしは聖女でレオン様の婚約者でしょ?」


学習室と呼ばれるこの部屋。ダンスや楽器の練習などもするからか異様に広い部屋内を半分で区切り、実技と座学で別けられたスペースの片方、座学を行う席に渋々着けば早々にセンテが口うるさく何度も繰り返す言葉をまた掛けて来た。


その度にあたしは同じことを言っているというのに、センテは毎日毎日こうして飽きもせずに続ける。


「だからこそ聖女としての品格、殿下のお傍に立つものとしての教養を……」

「品格品格教養教養うるさい!どうしてあたしがそんなくだらないことを気にしなきゃいけない訳?好きでこの世界に来た訳でもないのに!」


口を開けば品格だの教養だのとうるさい彼女へ、喰って掛かる。この世界に来たのは本意じゃないし、聖女やら国母やらになりたい訳でも、レオンさまと結婚したい訳でもない。


ただ向こうが遜ってここにいて欲しいというからここにいるに過ぎないのに、彼女はそれをわかっていないのだ。


「それに、あたしに何たら言う前にメイドを躾けたら?最初の方こそあたしを敬ってたみたいだけど、最近なんて言うこと聞かなくて困ってるんだけど?」

「申し訳ありません。その件に関しましては教育を再度見直し、徹底している最中ですので」


けれど、一応世話になってるはなってるからそんなことは直接言わず、ひとまずは人にどうたらこうたら言うなら最近指示に従わないメイド達を何とかしろと言って誤魔化せば、センテは恭しく形だけの口上を述べて部屋を出て行った。


「はーめんどくさい」


漸く一人きりになれた部屋で溜息を吐く。


隣国の皇子であり、ここに留学してきたユリウスと共謀して目障りなミーナさまを追い出したところまでは良かったのに、何故かその後は上手く行かないことばかりで嫌気が差してくる。


レオンさまの様子がおかしいこともそうだし、口うるさいセンテが益々うるさくこうして部屋に閉じ込めることも、メイド達が言うことを聞かないのも。


ミーナさまを追い出したらすっきりして彼女に()()()()()()と思ったのに、全然そんなことなくて本当に嫌になる。


「……聖女、ねえ」


椅子に深く腰掛けて、猜疑的で自分を評価するための言葉を口に出す。


以前大聖堂で叫び散らし、自分の価値を改めて確認したことで多少現状の鬱憤は晴れたにせよ、未だにあたしはこの力が弱まった理由に付いて理解できていなかった。


ミーナさまになりたいと思ったときに一番強く効果を発揮したこの力は、ミーナさまが城を立ち去ると共に弱っていってる。


大聖堂の人間にも城の人間にもまだ聖女の力は覚醒していないと貫き通しているけど、その真っ赤な嘘はいつかバレてしまうだろうからどうにかしてこの力をもう一度復活させて聖女っぽい力だと信じ込ませなければいけない。


だというのに、一向に全くそんなことが出来る気配すらないこの力も、本当に煩わしい。


「あーもうめんどくさい!ホントに嫌!」

「ごきげんよう、聖女様」

「はあ……」


幼い頃に誰もが一度は夢見たであろうお姫様な生活も、蓋を開けてみればただただ面倒が詰まっているだけのものだった。


何もかもが上手く行かないこの状況に苛立って声を荒げても何も解決しないことに更に苛立ちながら、今日もかったるいマナーだかなんだかの授業をサボろうと席を立ち上がると同時に、センテが勝手に付けた何処かの家の夫人が部屋に入って来て、あたしはサボることが出来なくなってしまった。


退屈で、面白くないこんなことをどうして皆やっているのか不思議で仕方ないけど、センテにまたうるさく言われるのは怠いから仕方なく適当に取り組む。


「それではまた来週、この時間に。お会い出来る事を楽しみにしておりますわ、聖女様」

「はいはい」


そうして教養のお時間に取り組むこと数時間。


無駄にしか思えない時間を乗り越えたあたしは堅苦しい挨拶をしてくる夫人と別れ、今度こそ部屋を立ち去ってその足でレオンさまがいるであろう執務室の方へと向かった。


「レオンさまー?」

「……ああ、ミナか」

「まだお仕事中なの?こっちに来てお茶しようよ」


あたしがセンテに連れられて部屋を去ったときよりかは幾分減った書類の山に囲まれるレオンさま。


部屋に入り、声を掛けられて漸くこっちを向く彼に少しだけムカつきながらもソファに座って一緒にお茶をしようと誘う。


「すまない、少し待ってくれ」

「もう!そう言って昨日もずっと待ってたのよ!」


前ならあたしがこうして誘えばすぐに応じてくれたのに、レオンさまからだって何度も何度もお茶を誘ってくれていたのに、今となっては全然傍に来てくれなくてあたしは座ったばかりのソファを立ってレオンさまの前に立って文句を言う。


「すまない、ミナ。これだけ終わらせたら向かうから、部屋に戻っていてくれないか?」

「……約束だからね!」


字の読めないあたしは、その紙達に何が書いてあるのかわからない。


言葉が理解出来るのなら読み書きが出来るようにしておいて欲しいと最初の方こそ思ったけど、あのうざい教養のお時間以外では何かを書くことも読むこともないあたし的には今となってはどうでもいい。


それに、今何をしているのかわからないレオンさまに構ってもらえないこの部屋にいては退屈で仕方ないから、あたしはレオンさまの言葉に従ってレオンさまの部屋で彼を待つことにした。


「ミナ」

「遅い!どれだけ待ったと思ってるの!?」

「すまない」


夕方頃にレオンさまと別れたのに、彼は結局陽が完全に落ち、とっぷりとした静けさに包まれる夜半近くまで戻ってこなかった。


迎えに行こうとしても部屋の前で待機していた騎士達に閉じ込められて行けなかったし、この時間からではもうお茶会という時間でもない。


「ハーブティだけでもどうだ?」

「いらない!」


あたしの機嫌を取ろうと声を掛けて来るレオンさまを突っ撥ね、入りそびれたお風呂に向かうと告げれば、彼はもう一度だけ謝ってから部屋を出て行ってしまう。


こういうとき、食い下がってくれたのなら多少この溜飲も落ちるというのに、レオンさまはそれをわかってくれない。


「センテ、お風呂を用意して」

「かしこまりました」


しかし、後を追うのは何となくみっともない気がするから、そのやりとりをずっと部屋の外で聞いていたであろうセンテを呼び出して、入浴の準備をさせる。


城というだけあって一階の奥に大浴場があることだけはありがたいけど、ドライヤーも何もないこの時代にこの長い髪を維持するのは難しくて毛先が段々傷んで来ているのがまたムカつくポイント。


ミーナ様が一体どうやってあの髪を維持していたのかが不思議な程に傷んでいく毛先を弄びながら時間を潰し、準備を終えたセンテと一緒に浴場へと向かう。


他人に身体を洗ってもらうなど気持ち悪くて出来ないあたしは、いつも一人で身を清めて場に浸かっていた。


入る度にシャンプーやらトリートメントやらが欲しくなるけど、一応持たされた石鹸で汚れを落とすことは出来るしトリートメントの代わりとしてオイルを塗ることで多少髪に軋みは緩和するからまあいいかと思って、一応毎日お風呂に入ることにしている。


この時間は唯一何も考える必要のない時間。だから、この時間だけは好きだった。


「……つまんない」


けれど、そんな癒しの時間でさえも最近ではあたしの心を埋めてはくれなくて、ぽつりと本音が零れる。


おかしくなったレオンさまも、うるさい周りも、全て上手く行かないこの現状が、面白くない。


かといって元いた場所に帰るための手段もないし、今更あそこに戻りたいとも思えないから結局あたしはここにいるしかない。


「はあ……かえりたい」


行き先も、戻る先もないというのに無意識に滑り落ちた言葉を抱えて、あたしは湯から上がる。


戻ったらレオンさまとお茶でもして、少し酷い態度を取ってしまったことは謝っておいた方が良いだろうと、考えながら。


また、面白くない朝が来ることに嫌気を覚えながら。



あたしは今日も、つまらない日々を過ごしている。



次話から侯爵領編に参ります。

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