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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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お茶会と出立

「おはようございますお嬢様」

「おはよう……」


肩を叩かれ、霞む目を擦って起き上がれば同じように日の出と共に起き出した二人と挨拶を交わす。


わたしよりも早く起きているというのに準備は既に終えている二人を尊敬しつつ、渡される水の入ったコップで喉を潤した。


「どうされますか、支度なさって市場でも回りましょうか」


冷たい水を飲み干しても、未だにぼんやりとする思考の中に入ってきたヒルマの提案に頷き、回りたいと答えてからのそのそとベッドを抜け出す。


そろそろ長かった夏も終わりを迎え、初秋の風へと変化してきたから、もう朝方や夕方は昼に比べれば幾分も涼しい。寝巻きとして着ていた長袖のワンピースから外着の袖のないワンピースへと着替えれば、少し肌寒いくらいに。


「お嬢様、こちらを」

「ありがとう」


腕を擦り、何か羽織り物を、と思って視線をさ迷わせれば聡くわたしの意図に気付いてくれたヒルマが、以前ハシュートで購入したそれを差し出してくれる。


「少し、傷んできましたね」

「そうね。でもまだ着れるわ」


比較的新しい羽織りではあるけれど、好んで使っているからか所々傷んできている。このままヒルマに何も言わなければそのうち荷物から消えていそうな羽織は一応捨てないで欲しいと告げ、わたしは二人と共に部屋を出た。


「……カール達、戻っているのかしら?」

「予定とは違って夜中に戻ってきたようですよ。物音がしましたから」

「そう、それならまだ寝かしてあげましょう」


対面の扉を眺め、気になって誰かに問い掛ける訳でもなく口から溢れた呟きは、ヒルマが拾い上げて答えてくれる。


カールが予定を崩すなんて珍しいなとも思いつつ、寝ているところを起こしてまで二人へ報告することでもないだろうと、わたし達は既に一階のロビーに下りていたベルホルトにだけ街へ出ると告げて、手始めに広場を目指した。


「昨日とはまた雰囲気が違うわね」


貴族区と市井区を結ぶ大きな広場。港から一本広く繋がって合流するこの場所は、メインストリート同様にいくつもの出店が並ぶ。


昨日の夕方と違い、出歩く人々の多くが女性、若しくは下働きの男性、使いであろう少年少女といった見慣れた風景。


昨夜の光景よりもこちらの方がずっと安心出来る辺り、やはり賭場に行かなくて正解だったのかもしれないと、歩を進める。


「あらお嬢様。あちらに菓子の店がありますよ」

「本当ね。道中、みんなで食べましょう」


さくさく広場を進み、目ぼしいものを見繕いつつ寄り道をしていればいつの間にか冷たかった大気も暖まり、街もどんどん活気に溢れてくる。


「人が多くなってきましたね……」


手に持つ籠の中、菓子やパン、果物等を整理していたヒルマが大分人の多くなってきた広場を見渡す。


早朝はお使いといった街の人々が多かったけれど、今は港が動き出しているからか旅人や商人達の姿も多く、合わさって広場には多様な人々がそれぞれ歩いていた。


これくらいならばまだ散策は可能だろうけど、体力を消耗し過ぎてはいけないという二人の言葉に頷いて、わたし達は宿へ戻ることにする。


道中この人波に呑まれ、はぐれてしまうのは困るからと三人で手を繋ぎ、貴族区の方へ歩を向ける。


市井区と貴族区を繋ぐ広場に人は多けれど、貴族区自体へ入っていく人はそう多くない。だからか、貴族区で一度途切れた波に、わたしは一息吐いた。


「馬車の時間までまだありますから一旦休憩を取りましょう」

「ええ。紅茶も淹れましょうか」

「ふふ、そうね。そうしましょう」


短い道中、身体を休めるための案を出し合って、小さな茶会を開くことにする。


ヒルマやファティに紅茶を淹れてもらうのは本当に久し振りで、楽しみにしながら辿り着いた宿の扉を開いた。


「おや、おかえりなさい」

「おかえりミーナ様」

「ああ、おかえり」

「ただいま」


宿のロビー。留守を頼んでいたベルホルト、起き出してきたカールとディルクに出迎えられてわたしはテーブルの方へ寄った。


「お嬢様、私は湯をもらってきますね」

「私は部屋に戻って支度を」

「わたしも」


籠を置き、茶会の支度をし始めるヒルマとファティ。何かが始まるのだと察したディルクは首を傾げてわたし達の方を眺める。


「お茶会をしようかと」

「あ、なるほどね。それじゃあミーナ様が淹れてくれるの?」

「……わたしは構わないけれど、ヒルマとファティに要れてもらった方が美味しいわよ?」

「あはは、ミーナ様に淹れてもらいたいな。ねえカール?」


視線に振り向き、予定を告げれば至極楽しそうに表情を緩めたディルクは、何故かカールへと話を振る。


「……ああ、そうだな」


通常ならば、ディルクのこうした意図不明な発言には大概どうでもいいと返すカールが素直に頷くのは珍しい。けれど、そんな様子のカールを見れたディルクは満足そうにわたし達を見送ってくれた。


「カール、体調でも悪いのかしら?」

「いえお嬢様、あれは……」

「あれは?」


階段を上がりながら、何処か様子のおかしそうなカールはやはり不審でファティへ尋ねる。


「……賭場で、少し疲れているのかもしれませんね。あとでリラックス出来るハーブティーでも淹れて差し上げましょう」

「そっか、夜遅くまで賭事をしていたのだからそうかもしれないわね」


何か心当たりがありそうなファティはわたしの視線に一瞬黙ったものの、その後はにこやかに心当たりを教えてくれた。


旅路のため、みんなのために頑張ってきてくれたカール達に感謝しつつとても美味しい紅茶を淹れて少しでも気持ちを返せたらと進むわたしを、ファティは少しだけ微笑んで見ている。


「どうかしたの?」

「いえ。……大変だな、と」

「うん?」


生暖かい、わたしを見ているようで見ていないその目が不思議で問い掛ければ、ファティは再度気にしないでくださいと宿室の扉を上げて室内へと促す。


切羽詰まっているならまだしも、そうは見えない彼女が何もないというのならば本当に他愛のないことなのだろうと納得したわたしは室内に入ってファティとベルホルトが持ってきてくれた荷物の中身を探る。


わたしとヒルマは最低限の手荷物だけを持ってあの場所を出たから、今生活で使うものの殆どはファティ達が後で持ってきてくれたもの。


今回使う予定のティーセット等もあると聞いたときは重たいから良かったのにと言ってしまったけれど、お嬢様が大切になさっていたから、と持ってきてくれたことに今は感謝。


「傷んでいないと良いのですが」

「味は落ちているかもしれないけれど大切なのはお茶会の時間だもの、何も問題ないわ」


布にくるまれたティーセット、缶に保管される茶葉を荷物の中から出して、二つの状態を確認する。幸いティーセットの類いに傷や割れ等はないし、茶葉の香りもそこまでは飛んでいない。


多少味は落ちるだろうけど、元が充分に美味しいのだから何も問題はないとわたし達はティーセットを持って部屋を出る。


ロビーに戻り、湯を用意してくれたヒルマからそれを受け取ってポット、カップに注いで温めている間に茶葉の用意と買ってきたパン菓子類をお皿に並べる。


ポットとカップが温まったら中の湯は捨て、茶葉とまだ冷えていない湯とポットに入れてから蓋をして蒸らし。


砂時計があればそれを使うけれど、今回は持ってきていないので体感で何となく待って茶葉が開いたような気がしたらカップに注ぎ始める。


半透明の水色と嗅ぎ慣れた香りにほっとしながら人数分注いで渡し、ポットが冷めないようカバーを掛ければ一応終わり。


「……どうかしら?」


あまりに久々過ぎて、美味しく淹れられたかわからないわたしは各々口にカップを運ぶみんなを眺める。


「変わらず美味い」

「うん、美味しいよミーナ様」

「良かった。……ヒルマ達は?」


こうして集まった場で手ずから紅茶を淹れるのは本当に久し振りだから、美味しくなかったらどうしようと思っていれば最初にカップに手を伸ばしてくれたカールが褒めてくれて、それに続いてディルクも頷きながらそう微笑んでくれた。


しかし、問題はここから先。


尋ねたように、普段はわたしに甘いヒルマ、ファティ、ベルホルトは、公爵令嬢の侍女、城のメイド長、及び執事長を勤めていただけあってこういったことにとても厳しい。


婚約者であったレオン様に紅茶を振る舞いたい、という今となっては些細で可愛らしいと感じる望みを三人へ告げた後、とんでもない回数をやり直させられた過去は忘れられないのである。


故に、不安になりながら尋ねれば、吟味し終えたヒルマがふっと息を吐いて、微笑む。


「悪くはないです」

「そうよね、やっぱり完璧とは言えないわよね」

「温度には問題ないですから、やはり茶葉の蒸らしが足りなかったのではと」

「ええ、あと十数秒程のことでしたが、惜しかったですね」


優しい表情を浮かべながら手厳しい評価を下すヒルマ、失敗点を教えてくれるファティとベルホルト。


失格と言われなかっただけ全然マシだと思いつつ自分で淹れた紅茶を口に含めば、やはり香りも味を三人が淹れてくれたものには負けてしまう。


当然といえば当然のことではあるけれど、わたしの目標は三人から美味しいと言ってもらえること。この程度で妥協せず、これからはこうした時間を取ることが出来るときは積極的にお茶会を開こうと決心する。



「そろそろ良い時間ですかね」

「そうですね、片付けをして門の方へ参りましょう」


何度かみんなに紅茶を注ぎ、合間にお腹を満たしていればいつの間にか出立の時刻が近付いていた。


間もなくこの宿へと集合するであろうアズールを、既に門の外で待機しているであろう侯爵家からの者をあんまり待たせてはいけないと、わたし達はお茶会を切り上げて早急に支度を始める。


「おはよう、アズール」

「ああ、おはよう」


支度が終わって程なくアズールと合流し、貴族区の端、広場とは反対側に存在する門へと向かう。


馬車を用いて移動することの多い貴族と、徒歩で移動することの多い民と出入口を一緒にしては不便ということで分けられていると聞いたけれど、実際にそれを目にすればその意味を理解出来た。


「結構並んでいますね」


門の外、と言っても街の中ではあるその馬車が待機するこの場には、侯爵家の紋章が入る馬車以外も複数存在してぱっと見ただけではどれが目的の馬車かわからない。


確かにこの混雑に加えて出入りの徒歩の人間が加わっては検閲するのも大変だと納得しつつ、みんなで侯爵家の馬車を探す。


「あ、あちらです」


といってもその紋章をを見慣れているヒルマ、ファティ、ベルホルトがすぐに見つけてくれて、然程迷うことなくわたし達はプリシュティー侯爵家の紋章が入っている馬車、その傍へ立つ御者の人間へと近付く。


「失礼。こちらはプリシュティー侯爵の馬車と見受けます。貴方の名前をお聞きしても?」

「ああ、ヘンリーだ。そっちも悪いが手紙を出してもらっても?」

「ええ」


ヒルマが、ヘンリーと名乗る御者と待合の決め事交わす。名前を、予め用意していた侯爵からの手紙を、紋章を、言葉を。そんな風にいくつも前に決めたやり取りを行えなければ、わたし達は馬車に乗ることが出来ない。


「……ねえ」

「……ああ」

「……こんなこともあるんだね。いや、そもそもこれが目的だったのかも?」

「どうしたの?」


漸く確認が終わり、互いに当人だと認めた二人を後目に、カール達が何かを話し合っている。何か気になることがあるのかと首を傾げても三人から答えが語られることはなく、不可思議に思いながらもヒルマとファティに続いて馬車へと乗り込んだ。


「あ?昨日の小僧達じゃねえか!」

「……お知り合い?」

「……まあ」


そして最後、カール達が乗り込もうとしたところで、全員が乗車したかを確認しに来た御者はカール達を見て声を上げる。一体何の関わりなのだろうと聞く前に扉は閉められ、遮断された会話。


そんなカールの対応に御者は笑いながら台の方へと移動し、出立の合図と共に馬車は侯爵家へと駆け出した。


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