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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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賭博と再会

「うわぁ」


無法地帯に等しいそのカジノへ足を踏み入れた俺の横で、ディルクがこの坩堝の状況を説明するに一番わかりやすい反応を示した。


「……良い金蔓だな」


港で行われていた賭博よりも種類が増え、ディーラーが増え、人が増え、イカサマが闊歩するこの場内で上がりを出せるのは極一部。


にも関わらず、身形からして裕福ではない人間ばかりが集まるこの場所は、貴族向けの賭場とはまた違う雰囲気を放つ。


「あっちもそっちもこっちも皆イカサマだね。客もグルで、良い形態システムだ」

「関心するな」


余裕のある人間、管理の人間達から探るような視線を受けながら周りを見渡しつつ、それぞれのテーブルの様子を眺めていたディルクが密かに零す。


金を落とさせるため、回すために配置された人間の演技にどうのこうのなどとどうでも良いことを話し掛けて来る隣の存在を無視してぐるりと一周回れば、この賭場にまともなテーブルはないという結果を得た。


「まあ、想像通りか」

「そうだね。勝ちも負けも仕込まれてて、荒稼ぎするならとっとと逃げるのが吉って感じ」

「どうするんだ?」

「適当に負けて勝ってを繰り返して上がりを出す。采配は任せるが視線を一身に集めるのだけはやめてくれ。あくまでも、運の良い旅人って体で頼む」


偵察を終えた俺達はひとまず飲食を提供する一角に集まり、酒を呷りながら喧騒に紛れて段取りを組んでいく。


夜はまだまだ長いのだから、先程のように短時間で稼ぐ必要はない。故に時間を掛けてでも怪しまれないように、と二人にもう一度言葉を重ねて、俺達は分かれた。


「ディルクは変わらずポーカーか。アズールは……まあ、ルーレットも似たようなものか。出来ればもう少し運頼みのゲームの方が良い気もするが。ああでも、勝ち過ぎると問題だからあれぐらいで良いのかもな」


二人の着いたテーブルを視界に映しつつ、この賭場に出入りしている人間の顔を覚えていく。


もう少し草臥れた服装の方が溶け込めて良かったかと辺りの客を見て思うが、こうした少し良い所風の坊ちゃんと見られた方が逆に侮られやすくて良いという点を鑑みるとどちらとも言えない。


「……あ?」


不味い酒を飲み干して、観察から行動へ移そうとしたとき。ふと、見慣れた黒髪が視界を掠めた。


「何してんだ、アイツ」


何故ここにいるのかという疑問は持たない。粗方船にでも紛れ込んで共に来たのか、先に来ていたかの違いしかないからである。


しかし、そんな人間がこんな人目の付く場所で珍しい黒髪を揺らし、如何にも見つけてくれと言わんばかりに自分の目の前を通ったら気になるというもの。


観察対象であろうミーナはここにはいない。ならば個人的な用かとも思うが、辺りをうろうろするだけでゲームに参加する訳ではないその姿は、やけに不自然に映った。


「おい」

「あ。カール」


物珍しい黒髪で、それなりに整った顔立ちをしている諜報員ことゼロ。どうせ俺達がいることも知っているのだろうと思い声を掛ければ、案の定何喰わぬ顔をして俺を見上げる。


「楽しそうなところだね」

「何処が」


きょろきょろと見渡しながら、勝手に人目を惹く彼女は淡々とした声で、けれども漆黒の瞳は輝かせて呟く。


こういった場所は初めてでないだろうに、瞬きと共に溢れる感情は好奇に溢れていて、冷たく言い放った言葉を少しだけ後悔する。


「みんな、騙されてるって知ってるのに楽しそう」

「……そういう娯楽だからな」


いとも容易くこんな場所の真理を悟り、だからこそ人の集まる場所はやはり不可思議で理解出来ないのか、好奇の裏に隠れる侮蔑にも似た嫌悪を孕む声で続けられた言葉へ唸るように返せば、彼女はその嫌悪だけを滲ませて嗤う。


「ばかみたいだね?」


喧騒に掻き消されてしまう程の声には確かに軽蔑が含まれているのに、何故か彼女は俺の手を引いて一つのテーブルへと近付いていく。


「おい」

「あれ、やりたい。カールが外でやってたやつ」

「はあ……」


どうせ知っている。そうだとわかっていても自分の知らぬところで見られているのは良い気がしないというのに、彼女は何の衒いもない笑みを浮かべてそのテーブルに着き、いつの間にか金の使い方を覚えたらしく一人で遊び始める。


「カップルか?若いねえ」

「そんなんじゃない」

「つれないなあ」


席に座った彼女の後ろに立って進行されるゲームを眺めていれば、横で大敗したと思しき男が声を掛けて来る。


否定し、素っ気なく視線を外した俺にはそもそも興味はないであろう男は、初心者であることが丸わかりなゼロを見てまた口を開く。


「あーあ、いいの?負けちゃうよ?」

「構わないだろう」


一組、二組までを情けで揃えさせてもらった彼女は、予想と違わず大敗を喫した。だというのに、性懲りもなく再度ゲームを始める彼女の対面に座り、動向を視界の中に入れながら俺も賭博を始める。


「お、兄さんは強いな」


何故か、共に付いてきた男と。


「おー強い。何かコツがあんのか?」

「ない」

「つめたい」


初戦を勝利で飾り、きっちり半分のペアを組み終えたカードをディーラーへと返す俺を興味深そうに見る男は、未だ隣にいる。そんな男に勝利のコツを聞かれたとしても本当に何もない俺は素直にそう返した。


「……ホントに何もない訳?」

「ない」


しかし、十のゲームのうち半数は必ず勝つ俺は流石に変なのか、テーブルから追い出された俺の後を追って訝しそうに首を傾げる男。


「まだやるのか?」

「うん?ん?いや、もういい」


一方で、見ている限り一度も勝てていないゼロへ一応そう聞きに行けば、彼女はこれまで賭けた金に頓着なく席を立って、俺の横に並んだ。


「次はあっちに行きたい」

「……一人で行けよ」

「だってわからないし」

「そうだそうだ、こんな可愛い女の子を一人にするつもりか?」


何故か付いてくるゼロ、名前の知らない男を振り払う体の良い口実を思い浮かばなかった俺は彼女の指差す方へ進む。


「ありがと、楽しかった。またね」


そうして一頻り回って遊んだゼロは唐突に切り出して、こちらが何かを言う前にまた消えた。


「わお、()()()か何かなのか、彼女?」

「そんなモンいるかよ」

「ええ、いるよ?」

「……そんなことより、いつまで付いてくるつもりだ?」


既に深夜へ食い込む時間だというのにゼロと一緒に付いてきた男の言う不思議な存在を多少頭の隅に置いた俺は、心の底からの本心を投げ掛ける。


「ああ、そろそろ帰るかな。明日も仕事あるし」


そんな俺の言葉にはたりと今の時間を鑑みた男は、じゃ、と気安く手を上げて颯爽とカジノから出て行った。


「あは、カールは優しいね」


一体全体これまでの時間は何だったのだろうと溜め息を吐いた俺の横に、今度は見知った幼馴染みが立つ。


入って来た当初はそれなりに膨らんでいる程度だった麻袋をパンパンにして話し掛けて来たディルクへ溜め息で返し、俺は休憩を取るために飲食の一角へと向かう。


「何だかんだ付き合ってあげるの、昔から変わらないよね」


不味い酒と軽食で腹を満たす俺にからかいの色が強い眼を向けるディルクの言葉を全て無視し、賑わうテーブルに目を向ければ、一際騒がしい。


「すげえ、アイツほぼ勝ってんぞ」

「な、ちょっと俺達も行ってみようぜ」


深夜を迎え、大分人も捌けたというのに未だに人の絶えないその場所には、当然勘で勝利を重ねるアズールがいる。


ディーラーの裁量次第で升目なんてコントロール出来るというのに何故か常勝を続けるアズール。そしてそんな状態に釣られて俺も勝てると思い込み散財する人間達を何人か見送り続けること数十分。


そろそろ頃合いかと、席を立った。


「予定を変えた方が良さそうだな」

「そうだね、さっきから管理の人間が集まって来てるみたいだし、出て適当に撒いた方が良いかも」


余りにも利益を出し過ぎているアズールは、運営に目を付けられ始めている。


俺達程度の稼ぎならば運の良い素人と見逃してもらえるだろうが、その程度を越えて来ているアズールをこのまま放っておけば何かしらの騒動は免れない。


忍びで行動したいというのに目を付けられて追われるようなことは本望ではない。故に、あと一稼ぎしてこの場を出るという方向に定めた。


「何だよ、帰んのか?」

「ああ、明日も仕事なの忘れてた」


アズールに目が向いているのを良いことに、多少荒稼ぎをさせてもらった俺達は再び彼の対面を通って宿に戻ることを知らせる。


人目を集めていても周りは見ていることには感心しながら、俺とディルク、アズールとバラけて賭場を出た。


「悪い、待たせた?」

「構わない」


アズールに賭場の人間が付いていないことを確認し、人気の少ない方向へと進んだ俺達は先程時間を潰した路地裏に集合する。


「……さっきよりは控えたつもりなんだけど、目立ってた?」

「ああ、あれでもやりすぎだろうな」

「そう、ごめん」

「いや……巻き込んでんのは俺達だからな。お前が謝ることじゃない」


バツの悪そうな顔をして謝罪するアズールに、俺は首を振る。


人目を集めても結果的に当初の目的であった資金調達は出来たのだから、この話にはもう触れないことにした。どうせ明日この街を発ち、もう来ることはないのだから。


「俺達は宿に戻る。お前も明日の昼過ぎになったらこっちに来いよ」

「……うん」


無事に資金も貯まったし、追っ手も撒いた。ならばここにいる意味はもうないから宿へ戻ると告げれば、曖昧に頷くアズール。


「あの、さ」

「なんだ?」


踵を返して宿へと戻ろうとしたとき、躊躇いがちな声が俺達を止める。そして何処か不安そうにこっちを見て、消え入りそうな声が路地裏に響いた。


「……俺、何処まで着いていって良いの?」


宛を失ったかのような、目的のない言葉。さ迷うように向けられた視線に、俺はずっと放置していたその問題と向き合う。


「そうだな。侯爵領までは連れていけても、客人である俺達がお前をプリシュティー侯爵の屋敷に連れていく訳にもいかない。だから、望むのなら共にここを出て侯爵領で一旦別れることになるだろう」

「……そう」


ヴォルフに頼まれたのは、アズールをあの国から連れ出して欲しいという点だけ。以降については特に交渉の材料に含まれていないし、俺が気にすることでもない。


しかし、あてどないその眼が一瞬だけ曇ったのを見れば、アズールが何を望んでいるのかは多少察せた。


「侯爵の屋敷の傍辺りに宿を取れば良いだろ。で、その後のことは向こうの出方次第で決まるからそんときに決めれば良いんじゃねえか」

「……うん」


早くこの場所から出たいような、けれども一人きりにはなりたくなさそうなアズールへそんな話をする。


実際、この後のことはプリシュティー侯爵の態度次第で如何様にも変わるのだから、確定した未来など提供出来ない。


故にこれが、精一杯の提案だった。


「ありがと」


少し曇りの晴れた顔を向けてから、アズールは去って去っていく。何を抱えてんのかは知らないが、厄介事だけはもう勘弁して欲しいと願いながらその背を見送れば、隣に立つディルクがぽつりと呟く。


「やっぱり優しいよねえ、カールってば」


宿へ足を向ける俺は、そんなディルクの言葉を無視する。否定しようが肯定しようが何一つとして意味などないのだから、相手をするだけ労力の無駄だと知っているからだが。


「…………本当に、お人好しなんだからさ」


足音に紛れた言葉は聞き取れない。けれど、どうせ大したことではないだろうと、俺は聞き返すことなく歩を進めた。


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