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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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34/63

繁華の港街

「明日、か」


あの日以来、アズールをデッキで見なくなってから十日。一人で夜の時間を過ごすことになっても変わらず今日もデッキへといるわたしは、昼頃に船頭から聞いた言葉を思い出す。


明日には目的地であった帝国の港、ウェンゴへと辿り着く。そうすればここまでお世話になった船員の方とも別れ、皆は準備をしてからヴォルフのいるハシュートに戻るとのこと。


『ありがとうございます、本当に』

『いえ、命令に従ったまでですから』


と、最初に会った頃から寡黙な船頭。わたしを担いで森を下り、モードディッシュからハシュートへ移動した際にもこんな会話をしたななんて懐古していれば、じっと見られていることに気が付く。


『……どうかされましたか?』


寡黙で、表情の変わらない船頭にそう何も言わずに見られていると、何かしてしまったのだろうかと不安になる。もしそうならば感謝ではなく謝罪を告げなければならないと思い見返せば、船頭の目が眇められた。


『うちのアズールが、お嬢に何かしましたか?』

『え?』

『ここ最近、様子がおかしかったものですから』


本当に何か気に障ったてしまったのだろうかと思い固唾を呑み込んでいたわたしは、想定とは全く違う名前が出されてぱちぱちと瞬きを繰り返す。


そんな様を見て、重ねて子細を説明してくれた船頭の言葉を呑み込んでから、わたしはゆったりと首を振って否定した。


『いいえ、そんなことは』

『……そうでしたか。申し訳ありません、忘れてください』


どちらかというとわたしの方こそアズールの何かに触れてしまったような気もするけれど、当人のいない場所でそういうことを口に出すのも良くないだろうとただ否定を重ねる。


そうすれば船頭はそれ以上を追及することなく引き下がり、ロビーから出ていった。


「うん……避けられているような気はするけれど」


回想しながら、どうもあの日以来そんな感じのするアズールの行動を不可思議に思う。こうして例えるのも微妙ではあるが、なんだか折角少し懐いてくれた猫がまたそっぽを向いてしまったような、そんな寂しさ。


「考えても仕方ないわよね」


しかし、そうは言っても原因がわからずに無理に距離を詰めるのも得策ではないだろうと考え、今日もこうして思考を放棄した。


「……考えなければならないことは、こればかりではないしね」


そうしてこれから先、今一番考えなくてはならないことを再び呼び起こし、暫し夜風に当たりながら何度繰り返したかわからない想像を広げて夜を更かす。





繁華を極める国、ウェンゴ。


その呼び名の通り、既に夜の気配を感じさせる港で、わたしは立ち竦んでいた。


「おにいさん、あそんでいってよ」

「イカサマだろうがよ!?」


これまでの港街で見てきた人間とは全く色の違う人々が行き交うストリートは甘い声と怒号に支配されていて、ただただ呆気に取られながらそれらを眺めていた。


船上からでも活気は伝わっていたけれど、降りてそれを目前にすれば更に濃い夜の色が一層深まっているような気がして、港から通りへ入れない。


「随分、変わったな」

「……カール」


そんな情けないわたしをはぐれないよう、腕を掴んでいてくれるカールに甘えながら人の流れの早い往来を見つめる。


確かに、これはみんなの言った通りわたしはカジノなんて出来ないだろうと。


「お嬢様、あちらに貴族区の宿があります。私達の身なりならば問題なく入れると思いますので、移動しましょう」


ぼうっと雰囲気に呑まれていたわたしを尻目に、船員達と最後の挨拶を交わしてから先に港へ降り、宿を探してくれていたヒルマとファティが戻ってきて人並みの右方を指差す。


ウェンゴの街は、この繁華街を中心に右に貴族区、左に市井区と区画を分けてあるという。貴族区の入口には門番が立っており、街に住宅を持たない人間はその門番に()()()を払って通行許可証をもらわなければ入れないという仕組みである。


それ故、市井区の宿数日分の値段で一泊しか出来ないという単価の高さではあるけれど、その分ある程度の安全が保証されるという話。


そんな道程を経て、貴族区の中央辺り、開けた広場のすぐ近くの宿を取ったらしいヒルマは扉を開けてくれた。


「いらっしゃいませ」


これまで泊まってきた宿もヒルマがそれなりの質のものを選んできてくれていたから、そんなに不便はなかった。しかし、今回取った宿は貴族区に存在するだけあって内装も接客もこれまでの宿とは比較にならず、わたしはこの貴族の色を若干懐かしく思う。


「食事も美味しいそうなので、期待しましょう」

「ええ」


ずるずると無駄なことを考えそうな思考に蓋をしてから五階建てのうち、取った三階の部屋へ移動する。そして荷物を置いてから、再びロビーへと下りた。


「お嬢様、後でお時間をいただけませんか?」

「うん?ええ、良いわよ?」

「ありがとうございます」

「ミーナ様、こっちこっち」


最中、そんな約束をヒルマと交わせば、先に下りていたであろうカールとディルクがロビーに併設されている食堂の椅子に腰を掛けながらわたし達を手招く。


「先にご飯食べよう?」

「ふふ、そうしましょう」

「ごめんなさい、お待たせしましたか?」

「いいえ、わたし達も今来たところよ」


並べられた四人掛けのテーブルを宿屋の人間に許可を得てから二つ合わせ、待っていればファティとベルホルトも下りてきた。


そうして六人揃ってから料理を注文し、それなりに美味しい食事を終えたわたしはヒルマとファティに連れられて夜の街を歩いていた。


「何処へ行くの?」

「着いたらわかりますから」


と、宿を出てから何回目かになるやり取りをぼんやりとした灯りの下で繰り返す。


貴族区の街路は、流石というべきかぼんやりながらも灯りが左右に設置されていてレステルやリュペンの街と比べても大分歩き易い。それでも人の往来は多いとまでは言えないけれど、疎らに出歩く人は窺える。


「こちらです」


宿から出て十数分程だろうか。目前には煌びやかなタイル張りの外装と数人の門番、そして女性の出入りが多い気がする建物があった。


「……ここ、は?」


女性の影が多いから少し変わったブティックか何かかとも思ったけれど、なんだか楽しそうなヒルマの様子から察するに違うような気もする。


「とりあえず中へ」


門番に貴族区への通行許可証を見せてから建物の中へと入り、ロビーに存在する広場で『三人』と受付をするヒルマ。


本当に何なのだろう首を傾げていれば、ふと嗅ぎ慣れた香りが鼻を掠めてわたしは気が付く。


「まさか……」


主人と思わしき女性に付き従うメイドらしき女性。火照った身体からすれ違い様に香るそれは、かつては自分も使っていた貴族御用達の石鹸とオイル。


「はい、大浴場です」


辺りを見回す様子からここが何処なのか理解出来たわたしの思考をヒルマが肯定した。


「貴族といえども、屋敷に浴場を備えている家はそう多くはありません。なので大きい街では大概区毎にこうした大衆向けの浴場があることが多いのです」

「成る程」


噂には聞いていた。しかし、公爵家には井戸があってそこで身を清めることが出来ていたし、ましてや王城には専用の浴場がいくつもあってそれを使っていたから、こうしたところへ来ることもなかった。


「貴族区の宿に泊まっている場合は少しではありますが安くなるとのことでしたので、お連れしたかったのです」

「ありがとう、ヒルマ、ファティ。嬉しいわ」


ハシュートでの宿探しの際、わたしが湯に浸かりたいと言っていたことを覚えてくれていたのだろう。そんな大したことのないような言葉をいつも覚えていてくれる二人に感謝を告げながら、わたしは大浴場へと足を踏み入れた。



湯船に浸かる前に洗い場で身体を流すのが先ということで、ヒルマがわたしにバレないようにこっそりと荷物から持ってきてくれていた石鹸へと手を伸ばしたけれど、その手はさっと捕まれてくるりと反対側を向かされてしまう。


「……あの、ヒルマ?ファティ?わたし、もう一人で」

「いえいえ、お気になさらず」

「ええ、甘えてくださいな」


慣れているその状態に二人が何をしてくれていようとするかはわかるので、大丈夫と断ろうとしたその次の瞬間には石鹸を泡立てているファティが横にいた。そしてヒルマは、潮風でべたべたになってしまっている髪を梳き始めていた。


「……出来るんだけどなあ」

「久し振りですもの。お手入れをさせてくださいな」

「ええ、ええ」


にこりと頬を緩めながらそう言われてしまっては断るのも忍びなくて、わたしは二人に久々に身を預けて手入れをしてもらう。


湯を何回か頭から被り、軽く汚れを落としてからファティがもこもこに泡立ててくれた石鹸を髪に付けていく。流石にずっと手入れをしていなかった髪は一度や二度では綺麗にならず、洗って流すを何度か繰り返して漸く普通に泡立つように。


そこまで終えれば髪の水気を切り、仕上げにオイルを塗って終わり。


「本当は保湿用のオイルも欲しいところでしたが、あれは嵩張るので置いてきてしまったのですよね」

「ええ、それにこうして浴場がある街も多い訳ではありませんから、仕方ないかと思って」

「こちらの香油で代用しましょう。何も付けないよりは良いかと」

「ではこちらの目の粗い櫛で」


なのだが、その仕上げにも手を抜かない二人は先程洗う前に使った櫛とまた別の、もっと目の粗い櫛で髪に付けた香油を伸ばしていく。


「如何でしょうか?」

「うん、完璧よ。ありがとう」


蒸気に紛れて香る匂いを懐しめば、久方振りにさらさらに纏まる銀の髪が視界に入ってくる。多少傷みはいているものの、後でヒルマに切ってもらえればそんなに気にならないくらいに仕上げてくれた二人にお礼を言う。


「さ、次はお身体ですね」

「あ、オイルのマッサージは大丈夫よ?また暫く流せないのだから」

「……それは仕方ないですね」

「……ええ」


大浴場の一角、金属の台が置かれた場所を一瞥していた二人へ一応そう声を掛けたら、何処か残念そうに頷いたヒルマとファティは手早くこの身体を清めてから先に湯に浸かっているようにと告げ、自分達の身も清め始めた。


「わたしのときと違い過ぎないかしら?」

「あらお嬢様、私はお嬢様を美しくするのが楽しいから手を掛けるのであって、自分達にはそんな手間暇掛けませんよ」

「ええ、綺麗になれば構いませんね」

「……なんだか申し訳ないわ」


わたしに使ってくれた時間の半分も掛けずに湯船へと入ってきた二人。わたしばっかり申し訳ないと言っても、それが楽しいと言われてしまえば返す言葉もない。


「それにしてもまさか、お嬢様と共に湯浴みをすることになるとは」


敷き詰められたタイルの上、三人並んでぼうっと湯船に沈んでいれば、ふとヒルマがそう溢した。


「幼少期以来でしょうか?」


微笑みながら、何処か遠くを見る目でわたしへ問い掛けるヒルマ。確かに、記憶の隅には駄々を捏ねて共に入りたいと叫ぶ自分がいるような気がした。


「ふふ。大きくなられましたね」

「ええ、本当に」


柔らかく口元を緩めて、優しい手で頭を撫でてくれる二人。あたたかいのに、何故か少し寂しく感じる心を不思議に思いながら、わたしは二人の温もりに目を閉じた。


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