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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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32/63

リュペンと確執

「二、三日後には出れるそうですので、ひとまず宿を取りましょうか」

「ええ、そうね」


あれから何事もなくリュペンへ辿り着き、出航の日時を聞いたわたし達は最早流れ作業となっている宿探しを始める。


幸いにも、港のすぐ近くで宿を取ることが出来たわたし達は一度荷物を置くために部屋へと上がり、ヒルマとわたし、カールとディルク、ファティとベルホルトといういつものメンバーで部屋を別れた。


「こんなものかしら」

「はい、お疲れ様でした」


一通りの荷物を広げ、整理や手入れ等を行った後には絶妙な疲れが襲ってきて、労いの言葉を掛けてくれるヒルマを見上げる。


「ふふ、お疲れですか?」

「うん……少し、疲れたみたい」

「船は乗っているだけでも疲れますからね。今日はもう、おやすみになられては?」


顔に出ていたのか、見上げるわたしの頭を昔のように撫でて身を案じてくれるヒルマに首を振り、夕食の時間は出ると告げて二人で階段を下りる。


階下はちょっとした酒場とロビーが兼用になっていて、そこで夕食を取ることになっていたから、予め荷物の整理を終えたらみんなで集める予定になっていた。


「すまないね。食事分は引いておくから」


しかし、わたし達を出迎えてくれた女将が一足先に一階へと来ていたファティとベルホルトへ謝っている場に出会した。


「どうかしたのですか?」

「ヒルマ。実は……」


申し訳なさそうに頭を下げてから宿を出ていった女将を目線で追いつつ、状況の把握出来ていないわたしとヒルマは仔細をファティへ問う。


曰く、この宿の料理を仕切る女将さんが急遽私用で出なければならなくなり、料理を提供出来ないとのこと。


なので、馴染みの酒場へ言付けておくから料理はそちらで取って欲しいという内容であった。


「ふむ、仕方ありませんね。ひとまず紹介してくれた酒場の方へ行ってみますか」

「どうかしたの?」

「あ、ディルク」


ないものは仕方がない。そう諦め、女将がくれた街の簡易的な地図を広げつつ場所を確認していれば、丁度良くディルクとカールの二人が下りてきた。


「ふーん、わかったよ」


ファティから聞いたことをそのまま横に流し、頷いた二人を確認してからわたし達は貴重品類を身に付けたまま宿を出て、地図に描かれる場所へと向かう。


「あ、アズール」

「お嬢さん?」


ところで、たまたま同じように同じ宿から出てきたアズールとばったり遭遇した。


「入れ違いで宿に入っていたのね」

「……みたいだな」

「酒場に行くのでしょう?一緒に行きましょ」


どうやらわたし達が一足早く入り荷物の整理等をしている間に、アズールも宿を借りていたらしい。となれば宿から出てきた事情も一緒なのだから共に酒場へ行こうと誘う。


「……ああ」


一瞬何かを考える素振りをしつつも、最終的に受け入れてくれたアズールと共に酒場へ行くことになった。



王都違い、街路灯の類いが一切ない夜道は暗い。


朧な月明かりと手元のランタンでしか照らせず、まばらではあるものの、営業している店から流れるぼんやりとした灯りがなければ歩くのさえ億劫になる程に。


「ここかしら?」

「ええ、恐らく」


そんな夜道を数分歩き、いくつかの店を越えた先に見つけたのは一件の酒場。周りが軒並み灯りを消して終業している中、活気に溢れる声が外まで聞こえてくるくらいには繁盛していると思われる場所。


「……」

「アズール?」


女将の薦め通りその場所で夕食を取ろうと一歩踏み出したところ、背後に立っていたアズールに腕を引かれる。


「どうかしたのか?」


どうしたのだろうか、と不思議に思って見つめていれば、同様に疑問を持ったカールがわたし達へ振り向いた。


「ここは、やめよう」

「あ、あ、アズール?」


ぎゅっとわたしの腕を握り、明らかに様子がおかしいままそう呟き、ぐいぐい今通った道の方へ引っ張るアズールに困惑する。


「あら、お客さん?」


しかし、こうまでして引き留めるのならば何か確たる理由があるのだろうと理解したわたし達は頷き合い、その場所を後にしようとした。


「そんなところに立ってないで、中に入ったらどう?」


しかし、まるで見計らったかのように酒場の扉が開き、一人の女性が首を傾げて手招くという場面を作り上げてしまい、わたし達は完全に戻るタイミングを失う。


「……忘れ物をしていたみたいで、出直すわ」


一同顔を見合わせ、どうしようかと躊躇えば一歩引いて意見を主張したアズールにみんなが賛同し、ヒルマが代表して断りを入れる。


「あら、そう?でもお代は後でも構わないわよ?宿屋の女将から事情は聞いているし」

「いえ、そういう訳には」

「……そう、わかったわ」


が、更に断り辛くさせた女性の一言。それでも、強く否定するアズールの様子が気に掛かるわたし達は再度断りを入れ、女性は二度目で扉の奥に消えていった。


「戻りましょう」

「ええ」


未だ無言を通すアズールの腕を引きながら、わたし達は今仕方通ったばかりの道を引き返していく。


「……おや、お早かったですね。お口に合いませんでしたか?」


そうして会話はないまま宿へと戻ると、女将の代わりに宿を管理しているであろう男性が一人、出迎えた。


「いえ」


多くは語らず、何か言いたげな男性を尻目に二階へと上がり、みんなで少し落ち着いてきたように見えるアズールを連れて部屋に集まる。


「どうしたっつーんだよ?」


二人分が眠るスペースしかない中、七人集まっては流石に窮屈を感じる輪の中心で、カールが問う。


「……いい」

「あ?」

「今すぐ、この街から出た方が良い」


目を瞑り、震える声で吐き出された解答に、みんなで顔を見合わせた。


「どうして?」

「……」


当然であろう返しに、アズールは何かを躊躇うように口を開き掛けてきゅっと閉じる。訳は教えてもらえないものの、()()が良くない訳を孕むのは理解が出来た。


「とはいえ、いくら急いだとしても食糧類の調達は朝市が始まらない限りは無理だろう。ここから帝国まで十日以上は掛かるんだから、それなりに積み込まなければならないだろ」

「……」


という、至極全うなカールの意見を聞いても、アズールはわかっていると言いたげに首肯しただけで、結局その口を動かさない。


「正直、お前がそう言うのなら信じてやらないでもない。ミーナを助けるのに手を借りたし、それなりにお前のことも理解し始めちゃいるからな」


ぴくりとも動かなくなってしまったアズールにそんな言葉を掛けるカールを意外に思いつつも、口を出せるような雰囲気ではないと察して様子を見守る。


「だからといって、何の説明もなく信じられる程信用もしちゃいないんだよ。それくらい、わかんだろ?」

「……うん」


しかし、きっちりとそう釘を刺す辺りはいつもと同じかとアズールを見れば、彼は告げられた言葉の真意を理解して、躊躇いながらも口を開いた。


「……あの女を、見たことがある」


何処で、等と、聞く必要もないくらいには彼の過去を知っているわたし達は、同時にそれに含まれた意図を理解する。


「奴隷商の商売相手だと?」

「……恐らく」


苦々しそうに詰める問いに頷きながらも、見たことがあるだけで詳しくは知らない、と追加された情報に舌打ちをしたカール。


「ああ。なら、この宿もグルですかね」


ずっと傍観していたベルホルト。流れるような状況の転換を裏付けるかのような一言に、わたしは俯く。


何か事情が重なって、本当に宿屋の女将さんが料理を提供出来ないだけで、たまたま知り合いのお店が何かしら奴隷商と関わりのある酒場を案内しただけかもしれない。


そもそもそれ自体がアズールの覚え違いだという可能性もあるけれど、ほんの僅かでも危険だと思うのならばわたし達はここにいるべきではないだろう。


「……直ぐにでも出て行きたいところですが、酒場に寄らなかった挙げ句即宿を出ては勘付かれるでしょう。今日はひとまず泊まって、明日何かしらの理由を付けて出ていくのが良いかと」

「そうですね。部屋も、細かく分けない方が良いでしょう。お嬢様、私、ヒルマ。カール、ディルク、ベル、アズールさんで固まりましょう」

「わかった」


深夜、離れていてはもしも何かあったときに対処がしにくくなりだろうと、そう提案したヒルマ。女性組と男性組に別れて、誰か一人必ず見張りの役目をしようと確認し合う。


「俺は船頭にこのことを伝えにいく」

「阿呆。今仕方離れるなっつったばかりだろうが」


明日か明後日、少しでも早くこの街から離れるには先に事情を説明しておいた方が良いには決まっているけれど、何かあっても対処出来るようにみんたでいようと話をしていたばかりなのに、一人で宿を出ていこうとしたアズールの頭をカールが引っ叩く。


「……それはお嬢さん達の話でしょ?俺は別に」

「アズールがいなくなったら誰が船頭に説明してくれるのというのよ?」


想像以上に威力が強かったのか、叩かれたところを擦りながら俺は関係ないと言い張るアズールに何か共感を得ながらも、街を出るための説明役がいなくてはただ無茶を言っているだけの乗客になってしまうだろうと見つめる。


「……でも、今日説明しておいた方が」

「わかった。じゃあ俺も行く」


しかし、それでもそう呟いたアズールに大きな溜め息を一つ吐いたカールが、同行を申し出た。


「俺とディルク、お前。その三人で行くんなら、今出て構わない」

「……わかった」


戦力を均等に割った結果だろうか。わたしの方にヒルマ、ファティ、ベルホルトを残しつつも、それなりに腕の立つカールとディルク、アズールで行動するならば意見を受け入れるというカールに俊巡する素振りを見せたものの、最終的には意見を受け入れたアズール。


「じゃあ行ってくる」

「ええ、気を付けてね」


軽く荷物を纏め、護身程度のナイフを腰に差す三人を見送る。


「桶でも用意させますか」

「そうですね。なるべく普通に振る舞うのが良いでしょうから」


ぽっかり空いた夕食の時間。丁度良いからと湯と桶を用意してもらい、代わりばんこで簡単に身を清めて三人を待つことにした。


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