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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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31/63

船路と交流

レステルを出て、暇にも慣れて来た船路。


間もなくアントフォーメン大陸最後の港、リュペンへと入る頃。


「……」

「……」

「……おかしいわね」


今日も今日とて楽しくカードで遊んでいたわたし達は、一つの謎に悩まされていた。


「何もしてないぞ」


しれっとした顔で綺麗に最強の役が揃ったカードを放り投げたアズールは、何回目かわからない訴えを口にする。


「俺はただ、お嬢さんから配られたカードを揃えてるだけだ」

「……わたしの混ぜ方が甘いかしら?」

「ちょっとベルホルト達を呼んで試そう」


普通では有り得ない事象が起き続けている件の原因を究明するため、わたし達は水夫と仕事しているであろうヒルマ、ファティ、ベルホルトを呼びに行くことにした。


「どうされたというのですか?」


至急、来て欲しい。


そんな呼び掛けを緊急と取ってくれた三人は即座に作業の手を止めてアズール達のいるロビーへ共に移動し、少し焦りの見える顔で深刻にテーブルを見つめるカール達を見つめて問い掛ける。


「ああ……これを見てくれ」

「これは……」


カールの背に隠れて見えていなかったであろうテーブル。彼が移動することで強制的に視界に入るであろう情報を突き付けたカールの意図を察したヒルマが言葉を失い、息を呑んだ。


「同じ絵柄が五枚、かつ数字がA、K、Q、J、10ですと……?イカサマではなくて?」


頻繁にカードで遊ぶからこそ、この役の揃い方が普通ではないと理解している三人は言葉を無くして当然イカサマを疑う。


「いえ、完全なる偶然よ」


勿論、初回はわたし達もそう思った。しかし何度配り方を変えても誰が配っても一向に勝ち続けるアズールを説明すれば、三人はわたし達と同様に黙り込んで何かを悩み始めてしまう。


「成る程。つまり、彼が余りにも勝つから私達も参戦してどうなるのか試したい、ということでしょうか?」

「ええ。アズールの引きが異様に強いのもあると思うけれど、他に何か要因があるのか見つけたいのよ」

「かしこまりました。参加致しましょう」


ふとしたきっかけからアズールを誘った結果、異様な勝率を誇る彼がどのような条件でも勝てるのかという検証を行うことになった。


「……やっぱりおかしいわね」

「おかしいですね」

「ああ、おかしい」


ヒルマ達を含め、何度か普通通りにゲームを進行してみた結果、やはり一人だけ勝率の高いアズールを全員で見つめる。


「なんだよ」


ここまで常勝を続けると流石の本人も思うところがあるのか、先程よりも幾分か勢いのなくなっているアズールはそっと視線を床へと逸らした。


「こうなったらいっそのこと彼の引きが何処まで強いのか、探ってみませんか?余興ですが」


とりあえずアズールは強い。


それがわかった以上、このまま続けても不毛だろうと違う方向へ舵取りをしたヒルマに頷き、わたし達はアズールの手札をわざと弱くしたり揃わなくしたりして検証を続け、一つの結論に辿り着いた。


「何をしてもとりあえず最低限の役は揃うって、どういうことなの?」


アーズルはただただ引きが強い、という、カール以上にどうすることも出来ない天然の能力を持つということ。


「さあ……?やったの初めてだし俺に聞かれても」


何とも言えない顔でみんながアズールを見つめる中、その中心にいる彼は小首を傾げて逆にどうしろと言いたげな表情を浮かべる。


「これは、あれだな」

「そうだね、折角だからそうしよう」

「ええ、そうしましょう」


そんなアズールに向けて諦めの溜め息を吐くカール。ならば、逆にそれを生かそうと提案した彼にディルクと共に頷く。


「……なんだよ?」


しかし、一人渦中であるのに話の根幹を察することが不可能なアズールは珍しく笑みを浮かべるカールにたじろぎながらも、訝しげにそれを問うた。


「カジノだ」

「は?」

「カジノだよ、カジノ」

「は?」

「カール、それでは伝わらないでしょう」


至って端的にカールは説明したけれど、そもそも目的ではなくてその経緯を話さなければ流石のアズールとて意図を汲み取ることは出来ないだろう、と口を挟めば、ああ、と納得したカールがまた一言で簡素に説明した。


「次に寄る港、リュペンの先で寄港する最後の港であるウェンゴにはカジノがあんだよ」

「ああ……。帝国随一繁華を極める国で、酒場娼館博打の聖地だっけか」

「ああ」


帝国の入口となる港、ウェンゴには、()()()参加することの出来るカジノが存在する。といっても最低限の身嗜みを整えた人間、即ち貴族御用達のグレードと、それこそ誰でも参加することの出来るオープンなグレードはあるけれど。


「俺達が旅費を稼ぐのに、打ってつけだろ?」

「成る程ね」


そんなこと説明し終えたカールの言葉を得て、先程の発言を理解したアズールは首肯と共に一つの大きな溜め息を吐き、カールの言葉を呑み込んだ。


「俺もそれに参加すれば良いってこと?」

「ああ。無論自分の金を賭けて儲けてていいし、俺達に付き合う必要はない。ただ、その場所で遊んでてくれればいい。ミーナを連れていくにはあまりに危険だから、もう一人探してたんだよ。丁度良いだろ?」

「はあ……」


わたしも賭け事をしてみたかったけれど、様々な人間が出入りする賭場には連れて行けないという満場一致の意見でそれは阻止されていた。


賭場で勝つ人数が増えた方が人の目が捌けて色々都合が良いだろう、という主張もアズールが入ることによって通らなくなってしまったし、わたしの賭場体験は遠くの方へ消えてなくなった。


「……まあ、いいけど」

「助かる」


ちょっと落ち込む一方、カールの要求を呑んだアズールの声にふと振り向く。


「何?」

「あ、うん?いえ、なんでもないわ」

「そう」


一瞬だけ感じた違和も、いつも通りの様子に見えるアズールの姿に消える。気のせいか、と首を振るわたしから興味を失ったらしい彼は用が済んだのなら戻る、とロビーを去っていった。


「それでは、私達も戻りますね」

「ええ、ありがとう」


持ち場に戻って行ったアズールを見送り、みんなで軽く雑談をしてから三人も同じように手伝いに行く。


「何が気に掛かんだ?」


そして再びロビーにはわたし、カール、ディルクが残って、何をしようかと二人へ向き直ればカールがそんなことを尋ねてきた。


「……アズールのこと?」

「ああ。何か引っ掛かってるんだろ?」


カールの意図を直ぐには汲み取れなくて、けれども思い当たる節を手繰り寄せたわたしは頷くカールに言葉を詰まらせる。


「なんだよ?」

「……大したことじゃないのよ。ただ、カジノの話をしたときに、アズールの様子が少し変わったように見えて」


それは、気のせいで済むような本当に小さな違和感。敢えて尋ねる程確証のあるものではなくて、こうして言葉にするのも間違っているとさえ思えるくらいのもの。


「でも気になんだろ?」

「ええ、そうなんだけど……」


わたしを信じて気に掛けてくれるカールに感謝しつつも、それ以上を説明することが出来なくてただ言葉を詰まらせる。


「いえ、やっぱり気のせいだと思うわ。ごめんなさい、忘れて頂戴」

「……わかった」


だから、何も確証もないこの話はわたしとカール、ディルクの間で止めておくことにした。


「わたし、部屋に戻るわね」

「ああ。また後で」

「またねえ、ミーナ様」


手を振って見送ってくれるディルクへ笑い掛けながらロビーを出て、夕食までの時間を潰す。


ベッドの上でだらけるという時間にもすっかり慣れてしまったわたしは虚空を見つめて、ちょっと靄の掛かる頭でこの先をまた思考する。


リュペンを越え、帝国のウェンゴにさえ入ってしまえばもうプリシュティー侯爵が治める領地は馬車で一週間程。船旅よりも陸路のほうが圧倒的に慣れているからその辺りは問題ない。


問題は、ずっと引っ掛かりを覚えてしまうのは、侯爵家へ挨拶をしたその後。


わたしの後見人を、引き受けてもらえるかどうか。


今のわたしはダルスサラム公爵家から追放されたただのミーナである。ヒルマ達にずっと付いてきてもらう訳にも行かないし、そうなるとわたしはまず一人で生きていくための術を身に付けなければならない。


しかし、何処かに勤めるにしても身元不明なままでは己の身体を酷使して壊れていくような未来しか待っていないのである。


だからこそ、プリシュティー侯爵には後見人になっていただきたいもの。


だが。


「……わたし、多分お祖父様に嫌われているのよね」


そうして描いた理想図には、そもそもの欠点がある。ぽつりと溢した一言、全てを物語る一つの真実。


「お手紙を送ってもお返事を頂けたことすら、なかったものね」


季節の挨拶、生誕祭の祝辞。そういった貴族の祭事の際には欠かすことなく手紙を方々へ送っていた。公爵家からは勿論返ることはなかったけれど、その他にお付き合いのある方からは一言だとしてもお返事を頂戴していた。


けれど、唯一何もお返事がなかったのは、お母様の生家であるプリシュティー侯爵家のみ。ヒルマやファティが送ったという手紙にはお返事があったそうだから、やはりわたしが好かれていないと考えるのが妥当だろう。


「今回も、ヒルマ達がいるからこそ招いて下さったのだろうから」


そうして言葉にすると少し寂しいような気もするが、王国から出る足掛かりを作ってくれたことは事実なのだから、感謝こそすれども他意は抱かない。


都合の良い夢は、もう見ない。


何処か重なる過去を消し去るように瞼をぎゅっと瞑って、思考を放棄した。



「お嬢様、夕食のご用意が出来ましたよ」


とんとんと肩を叩かれ、優しい声に意識を手繰り寄せれば、いつの間にか眠ってしまったらしいわたしを態々呼びに来てくれたヒルマが顔を覗いていた。


「うん……今行くわね」


頭痛のする頭を抱えつつ、少し身支度をヒルマに手伝ってもらってから共にロビーへと向かう。


夢は、ただ悲しかったような気がした。


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