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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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27/63

船旅と港街

「海ね」

「そりゃそうだろうな」

「そうだねミーナ様、海だね」


寄港先のレステルを目前としたわたし達は、デッキへと出て先にレステルの街を臨んでいた。


街に溢れる活気はハシュートと変わらないものの、船着き場に泊まる船の数が圧倒的にこちらの方が多く、少し離れているこの場所でも街の賑やかさが伝わってくるようだ。


「おい、入ってないと危ないぞ」

「ええ、中に戻るわね」


停泊の準備に慌ただしく船員がデッキを駆け巡る頃、船頭の方からロープを持ってやって来たアズールの指示に従って一旦ロビーへと戻り、停泊を待つ。


「着いたみたいだね、降りようか」


怒声が飛び交う中、あれよあれよと言う間に船は着港し、荷物を下ろす船員達に紛れつつも邪魔にならないようわたし達はレステルへと降り立った。


「久々の地面ね……」


揺れない地面を踏み締め、ぐぐっと伸ばした身体。


幾つもの木箱を運んでは船へと戻り港へと降りを繰り返す船員を横目に、いつ頃再出発の目処が立つかは交易品の商売次第、という返事を船長に聞いてから、宿を探すために街を歩き始めた頃。


「あれ?」


わたしと同じような足並みで港街を探索するふたりを見てふと思い出す。


「……カール、ディルク、船酔いは平気なの?」


余りにも二人が自然にしているものだから忘れていたけれど、モードディッシュへの船路のとき、二人は大層船酔いで苦しそうだった。


しかし、今の二人からはそんな様子は見てとれず、というか乗船中でさえ普通に生活していたことを疑問に思って問えば、二人はこう言った。


「ああ、あれ、演技だからね」

「えっ」


初耳も初耳であるわたしは即座に振り返り、詳細を問う。


曰く、あのときからわたし達に混じって乗船していたという、奴隷商のアジトで出会った諜報員の女性がいたためにわたしが変に気が付いて行動しないよう、ヒルマ達保護者組が目を向けないよう、少しでも注目を逸らそうとしただけのことだという。彼女の目的が分からない以上、変に行動するよりも様子を見たかったから、ということらしい。船上であるが故に大した策が思い浮かず、苦し紛れな行動になっただけだ、と。


「モードディッシュに着いた後、ベルホルトには言ってあった。多分、そこからファティにも話は言っていると思う」


カールとディルク、ベルホルトとファティはもう過ぎたことではあるけれどもこの話を知っていて、ヒルマとわたしは知らないことであったという。


思えば、船酔いと偽ってモードディッシュで借りた宿室へと駆け込むように去っていった二人と、それを追い掛けるようにして不自然に部屋の鍵を持っていったベルホルトの姿があった。


そのときは大して気にもしていなかったけれど、こうして静かに守られていたことを知ると殊更、如何に己が甘やかされていたのかを思い知る。


「次からは相談するよ、ミーナ様」


だからそんな顔しないで、と微笑むディルクに頷き、港を進んでいく二人を追った。



「ミーナ様は刺身を食べたんだよね?美味しかった?」

「ええ、わたしは好きだったけれど」

「あ……そうなんだ」


開ける道の左右に立ち並ぶ魚介の数々。あちらこちらで客引きをする店主の声と値引き交渉をするおば様方の声に埋もれそうな程にか細く反応を寄越すディルクが不思議で見ていれば、カールはくつくつと喉を鳴らして事を説明してくれる。


「ダルスサラムの邸宅は海が遠くて魚料理が出なかっただろ?だから俺達も食べる機会なんてなかったが、国王補佐として各国を飛び回る間は当然その土地のメシを食う。最初に補佐として受けた仕事で寄ったのがこんな風な港だったんだよ。で、勿論メシはそこの土地で一番旨いとされる海鮮だった。それはもう店主が自信満々に出してきたとだけあって俺は旨かった。俺はな」


意地悪くつらつらと仔細を語ってくれるカールの一言で、わたしは全てを悟った。


「あのね、ディルク…………早く宿、取ろうね?」

「ミーナ様の優しい言葉が心に突き刺さるよ」


恐らく海鮮系が苦手であるディルクにはこの海の香りが溢れている場所は辛かろうと思ってのことだったのだが、余計にとどめを刺してしまったらしいということは一人笑っているカールの様子から窺い知れて。


「あれ?でもディルク、モードディッシュで魚の串焼きを食べていたわよね?」

「うん、焼いたモノは好みではないけれど比較的食べられるよ。ただ生が、生が………」


三人並んで歩いても一切他人と当たることのない広い路で宿を探しつつ、ぼろぼろと身を溢しながら魚を頬張っていたディルクを回想していれば、魚のように死んだ目で彼はそう言った。


まあ確かにと、ディルクの主張のように焼いた魚であればそれほど生の魚程海の香りはしない、気がする。


好き嫌い独特な苦手とそうではない区別にイマイチ共感で出来ないまま肩を下げるディルクを尻目にカールへ向き直り、わたしは一つ提案した。


「カール、宿を取った後にお刺身食べに行きましょう?」

「ミーナ様!?」

「賛成」

「あ、ディルク、ディルクは……一緒に屋台回りしましょうね?」

「ミーナ様……」


折角の港街であるのだから、特産である魚介を食べないという方向はない。しかし、魚介の苦手なディルクを連れて店に行くのは可哀想だと思っての代替案だったのだけれど、何故かディルクはより深く落ち込んでしまった。


「そうだな、魚以外のモノを扱ってる屋台があれば良いがな」


楽しそうに目を細めたカールの意図を、後に知る。


ハシュートのように夜通し屋台を営するようなところは治安の関係から少なく、特に『聖女の加護』もないような港街は夜灯を全て落として見張りの人間以外出歩かない。そしてかつ、安価で高品質な魚以外のモノを売るメリットを感じる屋台が少なく、殆どの屋台は嗜好を替えはしているものの魚料理がメインであるということを。


「……ごめんね、ディルク」

「ううん、ミーナ様は何も悪くないよ」


それを知った上ではあえて夜中に出歩こうと等は思わず、押さえた宿の近く、たまたま一店だけあった肉の串焼きを頬張りながらわたしはディルクに謝罪した。


「知ってた上で、ミーナ様が好意で僕を気遣ってくれているから断れないと分かっているのにそう仕向けたカールがいけないんだから」


そしてさして美味しくなかったお肉が刺さっていた串を真っ二つに折ったディルクの眼が鈍く光ったのを、わたしは見なかったことにした。


「やられたらきちんとやり返さないとね」


そう、小さく呟きながら宿の方を見据えた、ディルクを。



「出航まで二、三日程度掛かるようです。荷物の積み込み自体は事前に通知していたそうで準備は滞らず、積み込みも半日くらいで終わりますが、船の軽いメンテナンスと船員の休暇で中一日、潮目と風の具合によって翌日出るかどうかを判断すると」


あまり美味しくなかった串焼きをディルクと食した後。


警備隊の行燈が夜道を照らす中、適当に取った宿でヒルマ達と合流する。


「そう、無事に出れると良いわね」

「はい」


宿から提供された軽い夕食を取りながら今後の流れを相談し、大きくは崩れないことを願いながらその日は解散となった翌の日、身支度をヒルマと共に整え、すっきりとした心持ちで市場へと出ていた昼の時。


「あら、もうこんな季節ですか」


横を歩くヒルマの視界の先には、真っ赤に熟れた二なりの果実とその他季節の果物が並んでいた。


「良いわね、買っていきましょう」


ヒルマの手の中、見繕った果実は弾ける触感と甘酸っぱい味覚は夏を彩る果物で、嘗ては公爵邸の食卓上を飾っていたもの。


籠沢山に入ったそれらはわたしとカールとディルクが欲張って食べても全く減らない程に差し入れられたこともあったが、今はどうだろうか。



「こんなものでしょうか。お嬢様は何かありますか?」

「いいえ、特には」


逸れた意識の中、幾つかの果物を籠にしまい込んだヒルマがこちらを向き、辺りを見渡しながら必要なものはないかと確認し合う。


野菜、肉、果物、魚、魚、魚と並ぶ中で、まばらに服やアクセサリーを売っているテントも見受けられるが、さして手持ちのもので困っているものはないからと宿へと踵を返した。


「あ」

「どうかされましたか?」

「いえ、あのレースが綺麗だなと」


帰路の最中、視界の端、うろついていた目線の先にあったのは、幾つものリボンやレースが並んだ服飾を営むテント。他に目立つものがあった訳ではないけれど、ただ雑に並べられたその黒いレースだけが、目を引いて立ち止まった。


「良い出来ですね」


声を掛けてから手に取り、縫い目を眺めたヒルマが感嘆した声でわたしに手渡してくれたレースを、見つめる。


単色しか使っていないながら、繊細に幾つも編まれた美しいループの花弁。貴族が個人で抱えていてもおかしくない程の腕前でありながら、こうも雑に扱われていることに首を傾げていれば怠そうに店の主人が口を開く。


「それはね、忌み子の魔女が編んでんだ」

「というのは?」


格安としか言えない代金を払い、縫い目が解れないようにハンカチでレースを包めば、余りの物言いにヒルマが微かに顔を顰めたのがわかった。


「気味の悪い子供だよ。生まれた頃から髪が白くて、眼は血のように赤い。日に当たること拒んで家の手伝いも出来ない、そのくせそれみたいに何処で覚えたのかもわからないレースを編んだり夜中に抜け出しては獣の臭いをさせて帰ってくる。あれを忌み子で、魔女と呼ばないなら、何と呼ぶんだい?ああ、気味が悪い」


心底忌み嫌う声音で、老婆はそう吐き捨てた。


「……でも、とても綺麗だわ」


知り合いへと向ける言葉とは思えない口調に口を噤んだヒルマ。そんな彼女を見て重なる何かに柔く口角を上げながら、閉じたハンカチを開き中のレースを再度見つめて、そう言った。


縫い手がどんな人間であろうと、この仕上がった一巻が美しいことに変わりはない。そして、このレースに込められているであろう感情が、どんなものであったとしても。


「ふん」


買い物を済ませた人間に用はないと言いたげにしっしと手で払われる。それに逆らうことなく店から立ち去り、今度こそ宿へと戻った。


「……わたしなら、絶対に手放しなんてしないわ」


宿室の中、先程手に入れたばかりのレースを陽に翳しながらそう呟けば、ヒルマもこくりと頷いて静かに同意してくれる。


「これほどの職人は王都でも見つけるのは難しいでしょう。ましてやそれが、()()だというのなら」


嫌われる少女が誰にこういった編み方を習ったのかはわからないけれど、幼いながらもこの境地に辿り着ける腕はそう簡単に見つかるものではない。服飾店に勤め、お針子として生きて行くのなら一生困らないであろうこの腕は。


貴族の目に止まれば、専属に召されることだって普通のことだと言い張れるくらいの、素晴らしいものなのに。



「御髪に飾ってみましょうか」

「そうね、折角だもの」


二人の胸中が一致したところで、ヒルマは話を断ち切った。そしてわたしの手にあるレースを指差して櫛と用意し、手持ちの紐とリボンと黒いレースで髪を編み込んでくれる。


「良くお似合いです」

「ありがとう。でも、ヒルマの腕のおかげよ」


可愛く編んでくれたであろうヒルマに感謝しつつ崩さないように、それに触れる。


ふわふわと頭上で揺れて飾るレースの縫い手が少しでも幸福に生きれる道を見つけられることを願いながら、そっと。


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