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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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船旅と昔話2

カールに見事惨敗し、その後も勝ち越しを決めることなくお情けで勝たしてもらったようなゲームがいくつかあったくらいの勝率を持ち帰ったわたし。


宛がわれた部屋で、ふかふかとは言えないもののハシュートで寝泊まりをした宿のベッドくらいの弾力はあるそれなりに良いベッドに寝転びながら夕食のときを待っていた。


数日程すれば寄港先の街に入れるらしく、そこで一度船のメンテナンスと食糧の補充を行うために街で一泊をすることになると聞き、楽しみにしている。


「港町レステル。大きくはハシュートと変わらないけど、パンが絶品と聞いたことがあるわ」


ヒルマから借りて来た地図を広げて航海の道程を指でなぞる。ハシュートから帝国までは以前把握した通り中央に十字を引いたら右と左の枠の丁度真ん中あたりに両国は位置する。


レステルは中央の十字に差し掛かる手前の港で、そこから八日程進んで二つ目の寄港先であるリュペンに辿り着く。そして更にそこから十五日程過ぎれば漸く帝国の港、ウェンゴへ。


ハシュートからウェンゴまで約四十日程の船旅。未だ十日程しか経っていないが、これからまだまだ続く船旅にやっと慣れて来たところ。


退屈なときは寝るかお話をするか楽器を弾くか刺繍をするかに絞られてきたのが辛いけれど、それにも慣れつつある。


「そういえば、さっきヒルマとファティが話していたわね。珍しく長話をしていたみたいだけれど、何を話していたのかしら?」


ごろりと意味もなく寝返りを打ち、少し離れた場所で会話をしていた二人を思い出すと同時に、ふとした危機を感じる。


最近、あの城を出てからというもののこうして周りに人がいないという環境に慣れてついつい独り言が多くなり過ぎているのだ。


誰に聞かれることもない、ただ自分の思考を纏める役割を担う独り言をこれからも気にせず続けていいのか、それともきちんと矯正をした方がいいのだろうかなんてとてもくだらないことを考えていれば、部屋にノックが響く。


珍しい二人よりも珍しい来客のことに意識を切り替えて扉の方へ目を向けた。


「ミーナ様、入ってもいい?」

「ディルク?良いわよ、入って」

「お邪魔します」


夕食の時間には少し早い時に部屋にやって来たのは、先程カールと共にわたしを惨敗に導いたディルク。


「どうしたの?」


彼が個人的な用でわたしの元へ来るのは更に珍しい。カールと違って気安く冗談を言うような人でもないし、どちらかというとわたしの味方になってカールをからかう方が多いディルクが部屋に来るなどどれ程大切な話なのかと身構える。


「……ディルク?」


が、数秒待てど、数十秒待てど、何か用があって来たであろうディルクは何も言い出さない。ただいつものようにカールとわたしが言い合いをしている様を眺めているときのような困った微笑でわたしを見つめている。


流石にそうもじっと友達に見つめていられるの気まずくて、ふっと視線を外した。


「ミーナ様の負け」

「えっ」


突然の敗北宣言に逸らしたばかりの視線を彼に戻す。一体どういうことなのか聞き出そうとする前に、つい先程まで結んでいたとは思えない口元を動かして流暢に語り出した。


「いや、ミーナ様がお部屋に戻った後ね、カールと話をしたんだよ」

「ええ」

「向こうで、もしかしたらミーナ様は軽いパーティに誘われるかもしれないだろう?そこでミーナ様が処世術を忘れてしまっていたら侯爵家に迷惑を掛けてしまうかもしれないから、この船旅の間で少しレッスンをすることにしようって」


ディルクは、カールと違ってわたしを率先してからかうことはしない。けれど、そういえば今みたいに二人で変なことを言い出すことはあったなと、ディルクの情報を上書きした。


「見つめ続けるのも良くないけど、だからといって咄嗟に視線を外すのも失礼に当たる。さあ、どうするのが正解だったでしょう?」

「……軽く微笑んで、困ったように少しだけ目線を下に動かす。その後に相手がどう行動したかによって対応を変える」

「うん、模範解答だね」


わたしの教鞭を取っていたベルホルトを真似しているのか、若干似ていない立ち振る舞いがおかしい。


言葉遣いも、立ち方も、話し方さえ違うのにベルホルトだとわかってしまう癖を掴んで反映させているのは、彼の高い観察力と演技力の成せる技だろう。


国王補佐として、彼らは余りにも優秀。けれどその優秀さは、時として交渉の場で凶と出ることがある。端から相手がこちらを警戒してしまえば、最高の条件を引き出すことが難しい。だから、そんな時は相手の警戒を解くためのスキルが必要となってくる。


言ってしまえば、自分を無能な人間に見せてしまうのだ。


最初から聞いていた情報と実際の二人を比べて、大したことないという驕りを相手が出したのなら、その時点で交渉はもう最善を引き出したも同然。引き出せなくとも、この程度で警戒を解くような外交官なら二人の口車でどうにでもなる。


有能な人間であればこういった手も使えないからまた別の落とし方があるけれど、こういった手口は汚い罵られようが取得しておいて損はない。外交だけではなく、普通に社交界でも使える手口であるから。


ベルホルトが教鞭を取る演技練習の場で、一番上手だったのは勿論ディルク。次いでわたしで、三人の中ではカールが一番評価が低かった。といっても、ベルホルトが合格を出すくらいだから勿論高水準ではあるのだけれど。


何もない場所で一秒にも満たず泣き出し、笑い、即座に切り替えられるのにそれでいて全てが自然に見えるディルクの演技は、正直国王補佐でなく舞台の上でも生きていけたと思うくらいに飛び抜けいていた。その分、いつも何を考えているのかわからないと言われてしまうのも、仕方がないと言えるくらいに。


「出る可能性が低いとしても、やっておいて損をするようなことじゃないからさ」

「ええ、まあ、そうね?」


正直、社交界に出たくないというのが本音ではあるが、何かしらの理由で出なくてはならない事情が出来るかもしれない。故に、ディルクの言い分が間違っていないとは理解しているのだけれど。


「……」

「ん?」


どうもディルクが一人楽しんでいるようにしか見えないのは、わたしの心が汚れてしまっているからだろうか。



ディルクと懐かしいごっこ遊びを夕食前まで続け、そのふわっとした成りからは想像出来ない程のスパルタ教育を浴びたわたしは久々に楽しいはずの夕食を少しだけげんなりした気分で過ごす。


そんな様を見ても一応ヒルマ達保護者が何も口を出さないということは、ディルクが事前に通告をしているのだろう。


無論、ディルクと共に練習をすることが嫌な訳ではない。けれど、()()()にいた時に散々反芻させられた稽古は意外にも色々なことを思い出させて、精神を過去に引き擦り込んでしまうのだ。


「お嬢様、今日はもう休まれては?」


楽しかったことも当然あるのに、思い出すことは今となってはもう苦いことばかりで、どんどんどんどん芋蔓式に掘り起こされる出来事のせいで食事の手が進まないわたしを慮ってヒルマがそう助言してくれる。


「……そうね、先に部屋に戻っているわね」


咄嗟に大丈夫、と紡ぎそうになった舌を誤魔化すように席を立ち、意識を切り替えるために部屋へ戻る前に皆がいるロビーの反対側にあるデッキへと向かうことにした。


特に誰ともすれ違うこともなくデッキへと上がり、ひんやりとした夜風を身に浴びればふわふわと浮遊した意識が段々鮮明になっていく気がした。


「……もう、どうして今更思い出してしまうのかしら」


紺碧の空に、真ん丸とした金が輝く。


一人で過ごす何もない時間が増えて、とりとめのないことを考える時間が増えているからだろうか。今となってはもうどうでもいいはずの、昔話を思い出してしまうのは。


それに触発されて、殆ど関係のないタイミングで意識を持っていかれてみんなにまた心配を掛けてしまうのは。


くだらないこと。些末なこと。


()()()()にも、()()()()にも帰らないわたしにはもう、関係のない話なのに。


この場には存在しない、もう隣に立つこともないかつて共に学んだ間柄である彼のことを、思い出してしまうなど。


向ける感情など何一つ残っていない。けれど、ただただ苦くて苦くて苦しいだけの日々ではなかったそのときも、確かにあった。


ディルクとカールに混じれば必ず最下位であることにふて腐れるそんな姿が、けれども後のお茶会で大口を開けて菓子を頬張って笑う姿が、過去に存在する。


でも、それに乗じて引き出される記憶は愚かな感情で占められた日々ばかり。


「……思い出す価値すらないんだから」


靡く金の髪も、それに重なるように絡まる黒の髪も、もうわたしにとって何も関係のないこと。


そうはっきり意識を保てば、頭の上で浮かぶ過去が消化されつつある。


「はあ」


冷え込んできた夜風が海の匂いを運んで、わたしは再度息を吐き直した。


鼻腔を満たすのは、今までずっと知らなかった外の世界の香り。何かの死骸の臭いだという潮の匂いも、誰にも侵害されることなく過ごせるこの時間も、今となってはもう慣れたものだ。


寄せては返す波のように巡る思考だって、いつか擦り切れる程に反芻すれば何も感じなくなるだろう。


「戻ろうかしら」


煌々と輝く月を見上げながら吐いた言葉と裏腹に、足はその場から動かない。夜風に当たりながらぼうとなんとなく月見をして、擦り切れることを願う緩やかに流れ続ける回想をただ繰り返した。


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