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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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22/63

航海の暇潰し

「うん……」


見慣れた紺碧の水平線。嗅ぎ慣れた潮風と、髪に纏わり付く湿った空気。


「お嬢様、また帽子も被らないでデッキに出られるなんて」

「あはは、ごめんなさい」


航海から早二週間。特に大きな天候の崩れなどもなく、順調に船旅を続けている最中で、わたしは退屈という言葉を摺り切れそうな程反芻した。


母方の実家、プリシュティー侯爵からいただいた返事は、少なからず紙面上では色の良いものだった。歓迎する、と書かれた見慣れない祖父の字も、入国のための書類も全て揃った状態で渡された手紙を見て不安がったのは数日。


ヴォルフ、と名乗った青年が気を使って用意してくれた娯楽達は本や刺繍、果ては楽器など多彩なものであったけれど、そもそも一度触れたことのあるもの達なのでそれ程多くの暇は潰せず数日。


カール、ディルクと遊ぶカードゲームは二人が強すぎて全く歯が立たなくて面白くないし、結局二人が勝ったり負けたりを繰り返す試合をいつも見届けている。


そんなこんなで迎えた航海三週目。


初心に戻り、デッキから海を眺めるという無為な時間を持て余す。


「プリシュティー侯爵に渡すための刺繍も用意したし、演奏の腕が鈍っていないことも確認したし、本も粗方読み尽くしてしまったし、何もすることがないわ」


なんだかんだずっと忙しなく動いていた最近。全ての物事が一息吐いてしまって、本当にもう手持ち無沙汰なのだ。


「お嬢様……」


全く持って贅沢な悩みだが、本当に何もすることがない。息を吐く隙間さえなかった頃は休暇が羨ましいと思っていたけれど、いざそれを手にするとどう消費していいのかわからない。


そう悩むわたしを見て、ヒルマが困る。


「それならば、一緒に料理をしませんか?」

「料理?」


一瞬で心を惹かれたそんな提案に振り返れば、ちょっと目を逸らしたヒルマに近寄る。


「……はい。昔、厨房に入りたがって、良く怒られていたでしょう?今ならだれも叱る人がいませんし、お嬢様が望むなら、ですけど」

「やってみたいわ!」


ヒルマが言い出したことは、ファティやベルホルトに知られれば良い顔はされないものだろう。だから一瞬彼女は気まずそうにした訳だけれど、提案したのはヒルマである。もう後に引けないヒルマに詰め寄って、わたしは料理のお手伝いをすることを許された。



「と、このように野菜の皮を剥いてください」

「わかったわ」


陽が陰り始め、夕食の支度に混ざるわたしを若干奇異の眼差しで見る船員さん達の鮮やかな手際とヒルマの手際を真似しつつナイフで野菜の皮を剥く。


「あ、お上手ですね」


ヒルマ達程とは言えないが、それなりに皮だけを向けている。うっかりすると野菜の表面に水平線が出来るため、無駄口を叩く暇はない。


「……アズール、すごく速いわね」

「そうか?慣れだよ」


ヒルマから与えられた野菜を剥き終わり、手頃なサイズに野菜達を切り分けつつ、ふと視線を上げれば私の三倍は素早いアズールが野菜の山を作っていた。


「慣れ?」

「俺達のいたところでは、最年少が炊飯の役を担うんだ。毎日のことだったし、これくらいのことは慣れてる」


話しながらでも変わらない手際に惚れ惚れしながらアズールの話を聞く。確かに、騎士団に所属していたであろう彼が炊飯係を担っていたのなら数十人が乗っているくらいの食事の用意など造作もないか、とあっという間に下準備を終えたその山を見つめる。


「ここから先は出来ることがないので、戻りましょう」

「ええ」


煮込み、味を調える工程に入るスープと保存のために固いパンを切り分ける船員達の間に割って出来ることなどない。精々自分の配膳を持って行くくらいである。


故に用が終わっていつまでも居座っては邪魔でしかないので、ヒルマと共に厨房を去った。


「楽しかったですか?」

「ええ、良い体験をさせてもらえたわ」


厨房からみんなの待つダイニングスペースへと移動する最中、微笑み掛けてくれるヒルマにそう返した。


ヒルマは別として、手際の悪い自分を歓迎してくれた厨房の皆には感謝である。幼少の頃にお父様とお母様に自分の料理を食べさせるんだと喚いた日が懐かしい。



「おや、どちらに行っていたんですか?」


みんなの元へ戻り、ダイニングスペースでくつろぐベルホルトに出迎えられたわたしは首を振る。厳格な彼に厨房に入ったなどと知られたら、大目玉とまではいかないものの軽いお小言をいただくことは間違いないから。


「あら、ヒルマとお嬢様だけで秘密のお散歩ですか?」


口を割らないわたし達を面白がって参戦するファティ。何を言われようと秘密は秘密なのだとはぐらかし続けていれば二人は笑って諦める。


「ねえねえミーナ様、ミーナ様もやらない?」


手招きをするディルクの元に寄ってひょこりと席越しに何かと確認した後、最速でわたしは身を引いた。


「やっても勝てないからいや」


テーブルに並ぶのは薄い木札に四種類の絵と数字の描かれた、この二週間で見飽きたカード。何の遊びをしようが絶対にカールとディルクには勝てないが故に、最近は再戦すらしていないというのに。


「みんなで遊ぼうよ」


カードの強い二人と、弱いわたしと、それなりに強い大人三人組では間違いなくわたしが最初に負けることが確定している。


「じゃあわたしが配る」


しかし、一人除け者ではそれはそれで寂しいので、参加せずとも楽しめるディーラーに立候補することにした。


「配るのは上手いのにな」


この二週間で上達したのはカード捌きだけ。遠回しのカールの嫌味はばっさり切り捨てて、掛け金のないただの娯楽を始めた。


「はい、俺の勝ち」


五枚のカードのうち、より強い役を揃えるだけのゲーム。配ったA、K、Q、J、10のうち、ワンペア、ツーペア、ツーペアと並ぶ中で一人フルハウスを出して圧勝するのは他ならぬカールである。



「本当にさあ、これに関してはカールに勝てる気がしない」

「ええ、全くです」

「ブラフ、というか、引きが強すぎますよね?」

「誰がディーラーをやっても引きが強いとは?」


口々にカールの引きの良さに意を立てる中、わたしはカールがすごく強い理由に関しては薄々気が付いている。


「はん、言ってろ」


こちらへカードを渡してくるカールの特異とも言えるその才能を目指したところで真似出来るはずもないので、わたしは気にせずカードを切る。


「なんだよ?」


念入りにカードを混ぜ、その間、ずっとカールを観察する。意識がカードからわたしに移ったところで二、三回切り直してから配れば、右端から痛い程の視線を頂戴した。


「あ、勝った」


二回目のゲームは、ディルクが制した。それも、単なるツーペアで。


「あれれ?ミーナ様、何かしたの?」

「何もしていないわ」


様子のおかしかったわたしが何か仕組んだのかとこちらを見つめるディルクへの言葉通り、わたしは何もしていない。ただ、カールの意識を逸らしてカードを数回切り直しただけだ。


「気付いてるのか?」

「お陰様で」


これによってカールがこのゲームに関わらず全般的に強い理由がわかった。


「え、何々、カールの引きが強い理由がわかったの?」


ジト目でこちらを見るカールと、余裕綽々でカードを切るわたしを交互に見るディルク。しかし、わかったところで、もう対策のしようがないのだ。


「俺の勝ち」

「なんで?」


三回目のゲームは、再びカールが勝つ。四回目も、五回目も、それは変わらなかった。



「二回戦のカールはたまたま負けただけってこと?」

「さあ」


白熱したゲームは、運ばれてきた夕食によって中断された。それでも話題の止まないそれに、カールは慣れたようにあしらう。


「ねえねえミーナ様、教えてよ」


硬くて噛み切れないパンをスープに付けてふやかし、食べ易くしながら口に運ぶディルクの言葉には乗らない。


「カールは、いかさまをしている訳ではないもの」


もしも、カールがわたし達の知り得ないところで小細工をしていたのなら遠慮なくディルク達にバラしてしまうだろう。けれど、カールが異常にカードに強いのは、そんな平凡な理由ではないから。


「あーあ、今日も勝てなかった」


夕食後もディルクの希望で同じゲームをすることになった。しかし、最後の最後までカールが常勝するという結末に終わる。


「もう寝ますよ」

「はーい」


ヒルマに就寝を促されるなど、それこそ幼少期以来である。各自に振り分けられた居室に文句を垂れながらも戻っていったディルクを追って、片付けをしたいたわたしとカールも居室に移動した。


「何処で気付いたんだ?」


短い移動の最中を埋める会話には丁度いい話題をカールは持ち出す。こつこつと廊下に響く自分の足音と、横に並ぶカールの足音が同じ歩幅であることをおかしく思いながらも、わたしは答えた。


「カールが、ずっとカードを見ているなって思ったの」

「普通だろ?」

「そうだけど、みんなに配る手札までは見ないでしょう?」


カールはいつもわたしがカードを切っている間、配っている間もカードを見ていた。それがどうも不思議に思えて、わたしはそんなカールを眺めていた。


「そこでふと、思い出したの。カールが余りにも強すぎるからって、新しいカードをディルクが出して来たでしょう?そのとき、カールは一度確認するからってカードを全て出して、両面を見ていたでしょう」


その行動自体は、なんら不思議ではない。精度の問題でささくれているものはサンドペーパーでやすらないと痛いし、枚数がきちんとあるか数えるのも重要だからだ。


けれど、入念にカードを調べるカールが気に掛ったのは、一つの可能性を思い浮かべたから。


「カールは昔から記憶力が良かったでしょう?」


わたしもディルクも、決して頭が悪い方ではない。でも、幼少期共に受けていた授業では、カールが飛び抜けて暗記力が高かった。辞書を丸々一冊暗記するなんて朝飯前で、公爵邸に存在した図書スペースの本達について尋ねれば何処の列の上から何番目の左右からいくつ、と教えてくれた程。


「それなら、カードを全部丸暗記するのなんか余裕なんじゃないかって、思ったの」


そんな特異とも言える記憶力を生かして、数十枚あるカードの僅かな模様を暗記し、切られた場所を把握して、次に何が出るかがわかっている状態に持っていけるのなら。


「だから、カールの意識を逸らしてみたの。そしたら、予想以上に上手くいってびっくりしたわ」


みんながどう動くか、明確にわかる。カールのブラフと暗記力が、あのゲームにおいて異様に強い理由だ。


「意外に見てるんだな」

「ふふ、後何回かやったらディルク達も気付くわ」


そうカールと答え合わせをした回答と共に部屋の前まで送ってくれたカールに礼を言って、わたしは居室に戻る。


一歩引けば、カールが強い理由などみんな気付くだろう。そしたら、もう少しまともなゲームがわたしでも出来るかななんて夢を見ながら眠りについた。


その晩見た夢は、まさしくわたしが思い描いたカール達を負かして声高に勝利を叫んでいるものだった。


後日、夢のおかげで強くなった気がしたわたしを普通に負けに追い込んだカールの顔は絶対に忘れない。



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