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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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絡まるもの9

「さあ、行きましょう」


楽しい夕食の後、纏める物も少ない俺達の荷造りは早いもので、特に滞ることなく宿を後にした。


「ミーナ?」

「あ、うん、今行くわ」


前払い故にそのまま路地に出てメインストリートを歩いて港へと歩き出したところで、彼女が一カ所を見て立ち止まる。呼び掛ければ振り向くことなく近寄って来たために気にすることはなかったが、一応ちらりとそちらを向けばやはり何もない。


「何かあったのか?」

「いえ、視線を感じただけ。誰もいなかったから、気のせいだと思うのだけれど」


二人で歩き出して、その話題からは次第に離れていく。


「ふんふん、やっぱりもうちょっと着いていこうかな」


その後ろ姿を、黒いローブが見届けていたことも知らずに。



「おい、こっちだ」


長い下り坂を下って、何隻も船が連なる港へと辿り着く。きょろきょろと辺りを見回しながら船の前を通り過ぎて例の人物を探していれば、前から声が掛かる。


「随分デカいな」


青年が立つ後ろに聳える一隻の船を見上げて不意に呟く。ハシュートからモードディッシュへ向かうときに乗った民間船よりも一回りは大きいそれは、流石に国王などが移動する際の御座船には及ばないとはいえ、一介の騎士爵が持つには手に余る程か。


「昔功績を立てたときに直々に賜ったものだから、悪いものではないはずだ」


ファティ、ベルホルト、ヒルマ、ディルク達が船員に居室スペースへと案内されている間、俺とミーナは軽く船頭たちに挨拶をし、青年から諸事情の説明を受ける。


「こんなもんか?まあ、今回は一月だかそこらの船旅だし、海賊だのなんなの出てもこいつらに任しておけば問題ないだろう」


腕に覚えがなければ船員は務まらないという船頭の言葉通り、先程から擦れ違う船員は皆この過酷な環境で生き抜いているからか屈強だ。


「……あれ?」


一通りの航路や寄港先を聞いたところで、挨拶周りをしていたミーナの声が聞こえた。


「その節はどうも」


船員の一人、どうもミーナと知り合いらしいその人間は一際立派な体躯をしている。このような人物、擦れ違いさえすれば記憶にあるはずだが、そんな該当は見当たらない。


「ああ、お嬢さんは一回会ってるよな」


そちらに注意を向けた俺の視線を追って同じ方に目を向けた青年から事情を受けて、俺は苦々しい顔を作った。


「あっ、貴方は!」


とそこで、タイミング良く船案内から戻って来たヒルマが話題の渦中である人物を見つけて声を荒げる。


「その度は失礼した」


ヒルマと引き離すための芝居だったとはいえ、ミーナを連れ去ったという本人。決して敵ではないのはわかっているが、好感情は抱けない。それは相手も理解しているからか、ただ頭を下げてその場から立ち去った。


「まあ、信頼におけるやつなのは間違いないから」


この船に乗っている人間全て、と言い切った青年の言葉をひとまず信じることにし、その話は終わる。


そして再び散った四人と、その場に残る俺達。


「ところで、アズールは?」

「荷物の積み込み、食事の下準備をしている。もうじき来るだろう」


この船に乗ってから一向に姿を見ない少年の行方をミーナが問い掛ければ船尾の方へ視線を向ける青年。


「と、ほら、噂をすれば」


船尾の方からやって来たのは出会ったときよりは大分傷の手当てをされているアズールがこちらに向かって歩いて来ていた。


「ボス、終わりました」

「ご苦労さん」


白いシャツと紺のズボンに身を包む少年があの一等騎士の傍で学ぶ弟子だとは思えないが、そもそも師匠が名誉ある一等騎士にすら見えないのだからそれもそうかと無駄なことを納得した。


「よろしくね、アズール?」

「……よろしく、お嬢さん」


顔を合わせた二人の間には微妙な空気が流れる。ミーナは全く気にしていないし、その空気を作るのは彼女の顔を見ようとしないアズールなのだが。


「アズール、よろしくやってくれよ」

「はい」


その一方で別れの挨拶を済ませる師弟。眺め、蚊帳の外にある俺とミーナは一歩引いて別の会話を交わす。


「覚えているのか?」

「……船に乗ったこと?」


それとも、プリシュティー侯爵家に行ったこと?と目線で問い掛けるミーナに、俺はどちらも、と答える。


「なんとなく、記憶にある気はする」


いくつかの短い言葉を交わす二人を見て、忙しなく動き回る四人を見て、ミーナは目を細めてから何かを思い出すように閉じた。


「揺れる身体と、誰かがわたしの名前を呼んで、抱き留めてくれていたこと。お庭が広すぎて迷子になって、お母様が昔作って隠れていたという秘密基地で寝てしまってヒルマ達にすごく怒られたこと。ずっと夢の中の話かと思っていたけれど、本当にあったことだったのね」


彼女が思い出したそんな記憶は、イリーナ様とフィデリオ卿に関する極一部のものでしかない。もっともっと美しい昔話は沢山あるし、彼女のお転婆姫を彩る逸話はそんなことでは事欠かないくらいに。


「ミーナは、知りたいのか?」


懐かしそうに何処かを見つめる彼女に、不意に投げ掛けた言葉は取り戻せない。こちらをぱっちりと見る紫の眼に映る自分が、酷く間抜けな顔をしていた。


「知りたいのか、そうでないのかと言われたら、知りたいわよ」


そしてそんな自分をふっと笑って目を逸らした。


「でも、今回のアズールの件でわかったの。みんながわたしに隠し事をするのは、わたしを守るためだけなんだって。除け者にされてしまうのは寂しいけれど、理由があるんでしょう?それを強引に聞き出してもまた同じことになってしまうだけだし」


長い睫毛を震わせて、ぎゅっと眉間に皺を寄せながら、けれど、と付け加えられた言葉。


「まだ、覚悟がないって、気付いたの」


閉じられていた瞼に隠れていたのは、負の感情。記憶を飛ばす程の真実を、自分は知っている。それを受け入れるだけの覚悟がまだないと、彼女は続けた。


「卑怯でしょう?」


自嘲気味にそう笑ったミーナに首を振って否定しても、彼女は納得しないだろう。だから、俺は気休めでもなんでもなく、ただ思うことを告げる。


「ズルくても卑怯でも構わない。ミーナを守るためだけに俺達はいるんだから、幾らでも甘えたっていい。そうしてくれなきゃ、俺達がいる意味がない」


盲目的に甘やかしたい。彼女が望むもの、拒むもの、全て叶えてあげたい。でも、そんなことを彼女は望みなんてしないだろうから。


彼女が許してくれる限りを、俺は叶える。


「ミーナが知りたいというのなら、知っている全部を話すよ。けど、少し待って欲しいというのなら、ずっと待ってる」


こちらを窺うその変わらない紫眼を見つめ返して、俺は彼女の銀髪を一房掬う。


「どんなミーナでも、俺達のお姫様であることは変わらないからな」


彼女が公爵令嬢でなくなったとしても、彼女の容姿が変わってしまったとしても、自分の中で大切な愛おしいお姫様であることは変わりなどしない。


あの日、自分に手を差し伸べてくれたその日、から。


「カール?」


普段しないようなことをしているという自覚がある中、それを同じように感じ取るミーナが首を傾げる。


「ミーナ、頭にゴミ付いてる」

「あ、ありがとう?」


彼女の頭に手を伸ばし、何も付いていない場所を払う仕草で誤魔化した。そして、思う。


例え腕一本分離れたこの距離を縮められなくとも、見慣れた銀の髪に口付けを落とすことが許されなくとも、その身体に気安く触れることが出来なくとも。


「あ、戻って来たな」


ただ、ミーナが好きなのだと。


「あ、本当ね」


話し合いを終えたらしい二人に視線を移して、そちらへ歩み寄る。


ずっと抱えるこの感情を、彼女に告げることはないだろう。傍から見ればバレバレでしかない感情は当の本人に欠片も気付かれてさえいないし、悟らせる気もない。


ただ、彼女が幸せであってくれればそれでいい。その手伝いが出来るのなら、俺はそれで構わない。


「それじゃあ、アズールをよろしくな」


と、思っていた。


「ええ、色々とありがとう」


今、目の前でにこやかに笑うミーナの視線の先は、気に食わない黒髪のヴォルフ・シュナイダー。こいつがミーナに対して好奇心以上の感情を持ちつつあるのは言葉の端々から感じ取れる。


「あんたも、よろしくな」

「ああ」


そんな短い会話の末、ヴォルフ・シュナイダーは船から降りて行った。


「あら、降りてしまわれたのですか?」


暫くして、荷解き等を終えたであろうヒルマが俺達の元へとやって来て、もういないヴォルフ・シュナイダーの姿を探す。


「ああ、よろしく、とな」

「そうですか……」


思案顔でデッキの方を見やるヒルマへ何か用があったのかと問えば、彼女は大したことではない、と否定する。


「何故、宿にいたのかが不思議なだけです」


当初、ハシュートの宿で最初に会ったとき。ヒルマは、彼に警戒心を抱いたという。


「纏う雰囲気が一般人のように感じられなくて、何か訳のある人間なのだろうと思っていました。一等騎士という一番高い位の人間であるのだから、雰囲気が独特でも何も不思議ではないと思うのですが、それよりももっと、何か別の……」


ファティに連れられて居室スペースへと向かっていったミーナの背を見送りながら、ヒルマは言葉を濁す。


「いえ、気のせいだったのでしょう」


ささくれのように、微妙に気になる存在でありながら大したことではないような引っ掛かりは解けることがない。


「でも、全てが上手く行き過ぎているとは思いませんか?」


作業に戻って行ったアズール、船内を案内されているミーナ、この場を去ったヴォルフ・シュナイダー。


デッキに残るのは俺達二人だけで、ヒルマは意を決したようにその引っ掛かりに触れた。


「……お嬢様が路地裏に入ったこと、本当に偶然だと思いますか?」


曖昧に濁されながらも、確かに伝わる問い掛けに、俺は黙る。


風に飛ばされた帽子を追ってアズールを見つけたミーナ。彼女が奴隷商に狙われていることを知りながらも逃がし、それを元に取引を持ち掛け、彼女の身の安全を願ったアズール。不自然な俺達を疑問に思い、ヴォルフ・シュナイダーとの接触を計って奴隷商へと赴くことになったミーナ。


潜入、摘発の後、周到に用意された夜逃げの船。


「あまりにも、上手く行き過ぎではありませんか?」


誰にとって、ではない。仕組まれたように綺麗に流れるシナリオは、ヒルマの指摘通り誰かの思惑を感じられないこともない。


「まるでお嬢様を観察するかのように、物語が描かれる」


デッキから、船内の娯楽スペースで楽しむミーナを見つめながら一言一言重ねていくヒルマの意見を、考えすぎだと否定したい。けれど、同じように何処か引っ掛かるところがあるのも事実で。


「例えそうだったとして、何が目的だという?」


その事実の先には、何の意図があるのか。


「……いえ、この話は、ここだけにしてください」


ヒルマ自身、わからないのだろう。


ただ感じる勘を元に俺に話したに過ぎない。だから俺もこの話は胸にしまって、ミーナの元へ歩むヒルマの背を追う。




「目的なんて、ないよ」


夜風にはためく外套が、ただ小さく呟いた。


これで一旦序章が終了です。


次回からは帝国編に移動して、恋愛要素を絡めていく予定です。


一年程でここまで書き切るつもりでしたが、想像以上に筆が進まず半年程押してしまいました。長々とお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。


次回からは少し更新速度を上げられると思いますので、これからも読んでいただければ幸いです。


これからもどうぞよろしくお願いします。


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