表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/63

絡まるもの6

「ミーナ!!」


自分の名を呼んで、ぐらりと揺れた痩躯を抱き留める。最後に出会った時よりも痩けて薄くなっていることに一瞬顔を顰めながら、その身体を抱えた。


「不味いですね、出入口は他にもあるのでしょうか?」

「反対側に、あるにはあるらしい」


腕の中で静かに眠るミーナの心拍、顔色が病的ではないことを確認したファティとこの先の逃走経路を確認し合っている間にも、上階から煙の臭いが下りて来る。


「ただ、火の手の具合によってはこっちから出た方が賢明と言えるかもしれない」


少年の言葉を信じるのであれば、だが。


「……成程。少し、上を見てきます」


そんな目配せの意味を汲み取ったベルホルトが足早に階段を上がっていく。行動して、戻らなければならない状況が一番のタイムロスであるから、こういう先遣は怠ってはいけないと、かつて教えられた。それさえ、時と場合によるのが。


「おい、大丈夫なのか?」

「……少し疲れが出ただけだろう」


ベルホルトを待つ間、じっと落ち着かなさそうにしていたアズールと呼ばれた少年がぴくりとも動かないミーナの顔を覗き込んで、その瞳で心配そうに見下ろす。


いつの間にここまで打ち解けたのか分からないが、少年に悪意のないことを理解している俺は適当に誤魔化して強引に話を切る。


火。地下。逃走。()()()と重なる素材が多い中で、突然倒れたミーナ。気が緩んで倒れたのであってくれと、その身体を握った。



「上で、逃走出来ないことを理解した貴族が火を放ったようです。なんとかしてでも逃げてやろうとしての策でしょうが、上に戻るのは得策ではないです」


暫しの沈黙から、足早に戻って来た靴音が階段から絶望的な答えを持ってきた。


「となると、もう一つの出口から出るしかなさそうだな」


実質存在しない選択肢は、一つの結論になって決定する。


「それでは」


俺達は上の正規の入口しか知らない。それを知っているみたいであったミーナも気を失っているから、案内出来るのは当然傷だらけの少年だけだ。


「……案内する」


三つの視線をその身に浴びた少年は察し、くるりと踵を返して囚われてた牢を通り過ぎ、真逆へと進んでいく。


「人工地下ですか。比較的近年に作られたものでしょうか」


きょろきょろと辺りを見渡して、多少建築の知識があるらしいベルホルトは剥き出しになっている岩肌からここが十数年程で拡張されたものであろうということを推測している。


「俺が生まれる頃に活動が活発になったと聞いているから、多分それくらい。当時の奴隷達が掘ったって、言ってた」


無言のまま進んでいた少年が世間話をする調子でベルホルトの問いに答えている間に、先程とは異なる景色が一気に広がって、出口が近いことに安堵しながらミーナを抱え直す。


「ここを抜けて、階段を上がれば路地裏に出る。そこまで出れば幾らでも逃げ道があるから……」


大丈夫、と形を作った少年の口が途中で止まって、その青い瞳は一カ所に向けられた。


「ああ?アズール、おまえ、なんで外にいやがる?」


目の前の道を塞ぐのは、屈強な身体に大剣を腰に佩いた一人の男。


「つーか、子ネズミが増えてやがんな」


白く残るいくつもの傷跡を刻んだ身体と、威嚇するように低く響く声。上で見かけた奴隷商の小間使いとは圧倒的に違う態度が、その男を誰か理解させる。


「最悪だ」


小さくそう呟いた少年に、俺は内心同意した。



ハシュートに来て、俺は第一に少年がうろついていた周辺を聞き回って恐らくミーナを連れて行ったであろう黒髪の青年を探していた。


この国で珍しい黒髪は、比較的見つけやすい。けれど、当然自分の痕跡など残していなくて、アジトの捜索は困難を極めた。


それならば、と適当な貴族の子息を捕まえて近いうちに開かれる予定の違法奴隷売買の会場を聞き出そうとしていた所に、ソイツは現れた。


「俺を探してるって?」


漆黒のフードを被って、それよりもずっと濃く見える黒髪が零しながら、くすんだ金の眼が俺を捉えた。


「ああ、丁度良かった」


その金の眼を見て、颯爽と現れたことにこちらの情報は全て回っているのだろうと理解する。まあ、接触さえ出来ればどうでもいい俺は路地裏に連れ込んだ如何にも腐ってそうな貴族の子息を放り投げて、ソイツに近付く。


「ミーナは何処にいる?」


要件など、たったそれだけ。それは相手も分かっているから、比較的簡単に場所を教えてくれた。


「奴隷商のアジトにいるよ。で、協力してもらってる」


にこやかに告げられたそんな言葉に、俺は何かを考える間もなく胸倉を掴んで締め上げる。その言葉が理解出来ない訳じゃない。それでも、理解したくないと判断した頭が、拳に余計力を入れさせる。


「落ち着けよ。これはあのお嬢さんも承知の上だぜ?」


自分よりも高い背に、飄々とした態度全てが気に入らない。それに、何がどうなってミーナが奴隷商にいるのかも、さっぱり分からない。


「この手を放してくれるかな?」


その気になれば俺の腕など簡単に外せるだろうに、態々聞いてくる所に尚更苛立ちながら、こうしていても埒が空かない故に俺は手を離す。


「俺、こういう立場なんだわ」


乱れた首元を直して、その手はそのまま首を伝う。


そしてかちゃりと目の前に差し出されたのは、金の獅子が装飾された一枚のドッグタグ。手に収まる程度の大きさのそれは、目指す者ならば誰もが憧れる証明。


「国王直轄の、騎士団だと?」


一切、予想していなかった正体に、ただ戸惑う。


王族は、誰しもが自分専用の騎士団を擁している。身辺警護、王族のお遣い、諜報等、主に望まれたこと全て叶えることの出来る人材でなければ入ることさえ許されない、選りすぐりのエリートが、彼ら。


その中でも、現国王の傍で任を請け負うことが出来るのはその中から更に選び抜かれた、真の実力者。


王が国を滅ぼしてこいと言えばその通りに行動し、死ねと言われれば甘んじて受け入れるような王の犬。


彼等には王の騎士という名誉以外、何一つない。その代わり、そこいらの貴族よりずっと地位が高い。そしてその名誉を表すのが、王族と天を象徴する金で出来たドッグタグ。騎士であれば誰もが持つそのドッグタグには、選ばれた者しか許されない王族の紋である獅子が彫られて、首から下げることを許される。


「そういうこと。で、今回、俺らの任は奴隷商の摘発。ここまで言えば分かんだろ?」


騎士ならば誰もが羨む崇拝の対象であるタグをポケットにねじ込んだその姿は、到底権威ある騎士とは思えない。が、それは決して真似出来るような製造ではないことを知っている。しかし、信じたくない俺は半疑のまま問う。


「……待て。それが、ミーナを奴隷商に送り込んだことと何の関係がある?」


よくよく噛み砕いた彼の立場において、最も疑問な彼女との関わりを。


「お嬢さんには、アンタが最初に接触したアズールの回収を頼んでる」


フードを被り直し、少しだけ目を細めた青年が幾分が柔らかい口調で答えた。


「俺が行っても良いんだが、後始末で離れられないだろうからな」


先程の態度とは対照的に、まるで一人の大切な人間に向ける眼をした青年の言葉に、漸く俺は事態を呑み込んだ。


「ミーナのメリットは、俺達の嘘か?」


仮定通り彼らのメリットは少年の救出。なれば、ミーナが彼らに望んだのは、きっと事実の整合性だろう。


俺達の知らない間に二人は接触して、取引をしていた。


「その通り。まあ、大方予想はしてたみたいだけどな」


背を向け、立ち去ろうとした青年に一番大切なことを聞き出そうとしたとき、彼は思い出したように振り返って、一言置いていく。


「三日後、この場所に来い。お前を招待客として会場にいれてやる。で、お嬢さんと一緒にアズールを連れてこい。出来れば一人がいい。俺達が会場を占拠した後ならお仲間を連れて来てもいいから」



と、その言葉通りに行動して、ここまで来た。


ベルホルトとファティと合流して、ミーナが倒れるというイレギュラーがあったものの、あともう少しの場所まで来た。


彼の()()は役に立たなかったと言うまで、もう少しだったのに。


「一つ、言っておく。ないとは思うが、大剣を佩いた男を見掛けたら速攻で逃げろ。奴隷商の大頭で腕も立つ。ソイツと遭遇したら、お前らの逃走は命と同時に無になる」


会場に入る前に聞いたそんな言葉の意味を、状況を前にして理解する。


「カラスが胡散臭いと思って態々第三経路から入って来たが、その様子を見るに俺の勘は冴えてたみたいだな」


よいしょ、と大剣に手を掛け、抜くまでの余興として言葉を重ねていく男を前に、緊張が走る。


俺も、ベルホルトも、多少の護身術には心得がある。一対一であるのなら、逃げるくらいの隙は幾らでも作り出せる自負がある。しかし、今は状況が最悪と言わざるを得ない程に歩が悪い。


気を失っているミーナに、体力の衰えている少年、獲物を持っていないファティ。


俺とベルホルトだけで三人を逃がすには、少々無理がある。そして今来た道を戻った所で、脱出出来るかも分からない。既に火の手が回っていて、煙で窒息する恐れさえある。


「さあ、誰から行こうか?」


鈍い光を放って、どんより光る大剣。どれ程血を吸ったのか分からないくらい黒い持ち手が、男がどんな人物であるかを想像させる。


「やっぱり、銀髪の商品を殺すのは惜しいからな。それに、そっちの女も価値がありそうだ。よし、男達だけ殺して、あとは商品にしよう」


自分が圧倒的に有利だと思っているからか、悠長に語る口は閉じることがない。実際その通りで、運が悪ければ全て男の思い通りになるだろう。


それならば、と俺とベルホルトは目配せをし合って。ファティにミーナを預ける。


「お?少しでも時間を稼ごうって?泣かせるねえ」


にやりと卑しく弧を描く口元。逃がす手筈を目の前で進めても慌てる素振りさえない。


「行ってください」


ベルホルトがファティの前に立ち、彼女の背中を押す。穏やかに、いつも通り微笑んで決意を固めた主人に異を唱える程、彼女は愚かな女ではない。


どうするのが最善で、ミーナを生かす可能性が高いか。


それを理解しているファティは、今通った道を戻っていった。


「残るよ」


お前も、と口にしようとした所で、その言葉は簡単に封じられる。


「少しだけ寿命が延びただけだと思えばいい」


逃がすはずであった少年がそう口にすれば、俺はそれ以上何も言わない。こちらの生贄が増えれば増えるだけ、ミーナが助かる可能性が高まるから。


「さ、じゃあ、行くかなっと」


ミーナの命を賭けた防衛線。せめて彼女だけでも生きて欲しいなどと細やかな遺言を神に祈って、振り被られた大剣の行き先を見つめて回避行動を取る。


「あ?」


しかし、眺めていたその行動は、初動を取る間もなく地に這い蹲った。


「な、んで」


身体が動かないのか、がらりと地に転がった大剣を見つめながら、ぎぎっと俺達を見上げる巨躯。その顔には、当然困惑。それは、俺達も同じだった。


「あーあ、もうお終いか」


体重なんて鎖を一切感じさせないくらい軽やかに、何かが俺達の前に舞い下りる。


「ちょっと強いくらいで、大したことないや」


あのいけ好かない青年を思い出させる、揺れた黒の髪。平坦な口調と細い手に握られた銀色の針。


「ねえ、そう思わない?」


振り返った顔に浮かぶ落胆と、獲物を見下ろした黒の双眸。


「あ、お嬢様、追い掛ける?」


ずっと俺達を追って動いていた存在が、目の前に立つ。


「いや、その必要はないか」


国王直轄諜報部隊の一人、ゼロは、ファティが走って行った方向を見つめて呟く。


「鳥さんが、保護したみたいだし」


警戒して間を測る俺達を面白そうに見て、何も見えず、聞こえやしないその暗闇の先を見つめる彼女。そうして幾何が経ち、彼女の真意を分からないまま相手を観察していれば、唐突にくるりとこちらに向き直った。


「お嬢様によろしく伝えておいて」


にっこりと、感情のない瞳に似合わない微笑みを置いて行って、彼女は()()()。比喩でもなんでもなく、瞬きのその間に姿形、全て。


「おい!無事か!?」


今起こったことが幻ではないことをベルホルトと確認し合っていれば、彼女が見つめていた方向から黒髪の青年が現れた。


「……どういうことだ、こりゃ」


俺達が安全なことを確認し、次に地べたを這い蹲る男を視界に収めた青年が首を傾げる。


「ベル!怪我は?」

「問題ありません」


小隊くらいの人数を擁した団の中から、ファティが現れる。会話を交わす二人からミーナを預かり、状況を確認しつつも男を縛り上げていた青年を見やれば、溜め息交じりに一言零す。


「良く分からんが、ひとまず出よう」


いつまでもこんな所にいる理由はないので、ロープで縛り上げた男を軽々引き摺る青年と共に、目指していた出口で脱出。


「後程、お前達が泊まっていた宿に行く。で、多分お前達はこの路地から出れないだろうから、こいつをやる」


上るだけであった階段を上がれば、久し振りに外の空気に触れる。


終始無言である青目の少年を捕まえて逃がさないようにしている黒髪の青年から一枚の地図を受け取って、俺達はその場を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ