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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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絡まるもの5

薄暗い壇上の上に、わたしは立っていた。


()()が良く見えるように客席から一段上がった場所。縄で手を縛られて、動き拘束されるわたしを値踏みするように、いくつもの視線が絡まる。


わたしと同じように連れてこられた複数人の人達はそんな視線から逃げるよう、これから待っている未来から逃げるように、俯いていた。


「ごきげんよう、皆さん。購入するモノはお決まりでしょうか?まずは、皆様から見て左方に並ぶ少年から」


一番最初に壇上へと出て行った少年が指差され、小型銀貨一枚から競りが始まった。


雑用として扱う程度として考えているのか、皆が三枚五枚八枚と刻んでいく。最終的に、小型銀貨十枚で、少年は買われて行った。


首輪を繋がれ、引き摺られて行く少年。代金と、色を乗せて、交換された商品。


俯いたまま、こちらを振り返ることも喚くこともなくただ連れ去られた少年の背を眺めながら、ぽつりと呟く。


「……十枚」


それが、この場所での少年の価値。


一般的に言えば、小型銀貨十枚はそれほど高いモノではない。


市井で一月暮らすのに必要な金額は、小型金貨一枚と言われている。それは、小型銀貨に換算すれば約百枚。大型銀貨なら約二十枚。小銭として扱われる銅貨なら、約千枚。


彼が正当な労働力として扱われたのなら、小型銀貨十枚は、少年でも一月あれば優に稼げる金額だ。


けれど、奴隷商に捕まれば、小型銀貨十枚で、その命がやり取りされる。


「安い労働力だよね?」


もう見えなくなった背があった場所をいつまでも眺めていれば、地下で別れたはずの黒髪の女性が、いつの間にか横に立っていた。


「あの少年も、今売られた女性も、その人と恋人だった男性も、ここに来たら家畜以下の命だよ」


着々と初期の値段が吊り上がっていって、もうまもなくわたしの番が回ってくる。


「貴族はいいよね。ここに来る前に入場料を払いさえすれば、正規よりずっと安価で雑に扱えるペットが手に入るんだもん」


蝋燭の灯りさえも飲み込みそうなくらい黒を湛える彼女の眼に、わたしが映る。


何を言いたいのか理解出来ないわたしはただそんな彼女の眼を覗き返して、一気に高まった会場の熱と同時に、目を逸らした。


「続いての商品はこちら!少々汚れてはいますが、それでも尚輝きを失わない銀の髪!宝石でさえも霞みそうな程に澄んだ紫の瞳!整った顔立ちとこの場所に立っても揺れない振舞いは、本日最大の目玉商品と言えるでしょう!」


ずるずると腕を引かれ、わたししかいない壇上の中心に立たされる。


四方から向けられる社交界で良く浴びたその慣れた視線が、不愉快だった。


「では、小型金貨一枚から……ですが!」


一度切られた司会の言葉を皮切りに盛り上がる会場、釣られるわたしの価値。しかし、それを遮るように、司会者が口を挟んだ。


「この容姿、皆様一度でもご覧になった覚えはありませんか?」


何を言い出すのかと、誰もが一度に閉口した。一気に静まり返り、ざわざわとした困惑が満ちる。


銀髪紫目は、確かに珍しい色合いではある。しかし、それだけだ。そこに価値があるのは、美しいというだけ。



けれどもし、そうではなかったら?


「……っ!!」


()()でない理由を、わたしは持っている。


「聞いて思い出して!かの隣国、ミゼルバー王太子殿下の婚約者、次期王妃は、銀髪紫眼の、公爵令嬢です!」


ああ、しくじってしまったなと、どよめいた観客を前にぼんやりと思う。


次期王妃として、パーティに出たことは一度や二度ではない。けれど、正式な座ではなかったために他国で活動したことはなかったからと、油断していた。


「ミゼルバー王国、ダルスサラム公爵家の令嬢、ミーナ・ダルスサラムの競売は、大型金貨十枚からです!」


はっきりと、良く通る声で、わたしの価値は更に釣り上げられた。


大型金貨五枚。小型金貨百枚分の価値をやすやすと出せる者は、貴族といえども多くはない。しかし、ミーナ・ダルスサラムの持つ価値は、そんなものあっさりと回収出来る。


次期王妃が持つ情報は、他国の貴族が到底知り得ないものを幾つも抱えている。合法な入手手段でないからこそ情報価格は幾らでも釣り上げられるし、次期王妃に価値がなくなっても非合法に金を稼がせる手段は幾つも存在する。


それを利用すれば、大型金貨五枚など、安いと言えるだろう。



「十五枚!二十!二十五!!」


郊外であればそれなりの屋敷が買えるであろう値段が飛び交う。


「三十!三十二!!」


上がる数の少なくなった札を眺めながら、最初から競売に参加していない人間達の表情に少し安堵する。


彼らは皆、不思議そうな顔で、わたしと札を上げ続ける人間を見比べているから。


確かに、一度や二度しか参加したことのない人間なら、何の証拠もなく商品の価値がいきなり釣り上げられたら疑問にしか思わないだろう。


けれど、そんなのは、簡単な話なのだ。


何故、観客がこうも疑いもなくわたしを購入するのかと言えば、()()()()所には信用があるからだ。


商品の状態を誤魔化して高値で売りつけるような真似をすれば、二度と活動が出来なくなる。


だから奴隷商側は決して商品に対して偽らないし、確約でないものは流通させない。


だから、司会者が、わたしはミーナ・ダルスサラムであると言えば、それはほぼ正しいことであるという信用が、ここにはあるから。


それを知っている人間は、わたしを、といよりは奴隷商を信頼して、金を出すのだ。


「四十!大金貨、四十以上の方はいらっしゃいませんか!?」


と、もう着いてこれずに談笑を始めた下位貴族達を見下ろしていれば、最終的なわたしの値段が決まりそうだった。


さあ、彼らは、現れてくれるのだろうかと。会場の出入り口に視線を向ける。もし、約束なんて始めからなかったとしても、納得しなきゃと諦めて笑った。


「それでは、大金貨四十枚で……」


そして、如何にも、と評したくなるわたしを競り落とした貴族が、席を立って司会者の元へ歩もうと、したとき。


「百枚」


それまでの貴族、誰よりも通る声で、わたしの価値は更に釣られた。


「ひゃっ、百枚!二十四番の方から、百枚が上げられました!」


上位貴族でさえぽんと軽く払えない額を軽々とした声で呈す聞き慣れた声。



「……カール」


呼んだその声は、騒がしい観客の叫声に掻き消されて、きっと届いてはいないだろう。


それなのに、まるで聞こえてしまったかのようにこちらを振り返ったその眼が悲しんでいるように見えて、わたしは彼から視線を外した。



「それでは、また後日改めて……」

「ああ」


大金貨百枚など、持ち歩いている人間がいる訳がない。


故に、わたしの身は現金と引き換えという身になり、ひとまず壇上から下ろされた。


そして舞台裏で商品の受け渡し日時などを詰めている司会者とカール。


「彼女が、ミーナ・ダルスサラムだという保証はあるんだろうな?」

「勿論でございます!隣国へ渡り、彼女の肖像画を手に入れ、伝手から王城で働く人間に彼女がこちらに遊行していることも確認しております」


至って普通のぼんくらな貴族の子息を演じているカールを横目で見つつ、あの金眼の青年を探す。


シナリオ上では、そろそろ彼らが何かしらを起こすと聞いている。けれど、もう観客は捌けて、残るのはわたしを競り落とそうとした貴族と、奴隷商の人間達だけだ。


わたし達が、壊してしまったのだろうかと俯けば、甲高い何かの音が、鳴り響いた。


けたたましい警告音。王城で何度か聞いたことのある、緊急のサイレン。


「警吏だと!?」


それなりの場数を踏んでいるらしい司会者は、その音を聞いた瞬間に商品であるわたしのことは捨て置き、自分だけ逃げていった。


カールから前金として預かった麻袋はしっかりと持っていった辺り、商魂逞しいと言えるだろう。


しかし。


「警吏じゃないわ」


だから、もう見えなくなった背中に向けて小さく補足をする。


「……騎士団よ」


幕の張られた出入り口からなだれ込んで来た見慣れた軍服を視界の隅に収めて、息を吐く。


自警団である警吏達ならまだしも、国が管轄している騎士団が出向いたのであれば、彼らに逃げ場はない。


きっと先に捌けて行った参加者たちも、包囲されていることだろうから。


「……行かなきゃ」

「何処へ?」


無言でわたしを拘束する縄を解いてくれるカールが、わたしの言葉に反応して見上げる。


「約束なの」


するりと解けて地に落ちた縄。自由になった手足を軽く動かして、問題ないことを確認したら、彼に背を向ける。


「あいつらが行くだろ」


知らないうちに、このシナリオに接触していたらしいカールのセリフに、わたしは首を振って否定した。


「わたしが行くって、約束だから」


そう伝えれば、カールがそれ以上言うことはなかった。


「俺も行く」


その代わり、カールが着いてきた。



「成る程、地下ね」


行きとは逆に、長い螺旋を下る。そして扉を潜って、曲がりくねってややこしい道程を辿れば、わたしが数日過ごしたその場所に、辿り着く。



「……アズール?」


名前は知っていれど、呼ぶことはなかったその名前を口にすれば、吊るされた身体がぴくりと動いた。


「……どういこと?」


ゆったりと瞼が開いて、変わらず綺麗な青い瞳が露わになったとき。


すごく怪訝な視線が、かち合う。


「鍵は掛かってないわね」


わたしを出すとき、小柄な少年がこの牢に鍵を掛けていないのは見ていた。だから鉄格子の扉を引くだけでその牢は開いて、わたしは再び牢に足を踏み入れる。


「貸して」


アズールを吊るす縄を切ろうと、上で拝借したナイフで懸命に努力はしたものの、一向に切れないことに痺れを切らしたカールにナイフを取り上げられる。


わたしとは対照的にものの数十秒で縄を切り離すカールの華麗な手捌きを眺めているうちにその手はアズールの身体周りの縄をも切っていて、数分で彼は解放された。


「出たら説明するから」


久方振りに自由になった身体とわたし達を交互に眺めながら状況を把握しようとするアズールへそう告げて、わたしは彼の手を引いて移動を開始する。


「そっちから出るのか?」


なんとなく、騎士団が占拠しているであろう上には行かない方が良いような気がして、一番始めにこの場へと来るときに通った出入り口を目指そうとしたら、アズールがそれを止めた。


「そっちには、緊急用の逃げ道がある。出るのは早いけど、あいつらと遭遇するよりは良いだろ?」


という内部情報を元に、再び階段を上がり、商品として騎士団に保護してもらうという方向にチェンジすることに。


特に会話もなく今しがた通ったばかりの道を進んで、階段へと繋がる扉に手を掛けて引けば、嗅ぎ慣れたその臭いが、鼻腔を刺激する。


「……なんか、焼けてる?」


わたしの一歩後ろで首を傾げたアズールを振り返ることも出来ないまま、わたしはその場に立ち竦む。


『逃げて、ミーナ』

『後から行くから、ね?』


知らないはずなのに、覚えていないはずなのに、鮮明に映される情景。


囲む火の手と、わたしを導く誰かの手と、赤い、赤い、身体。


「ミーナ、急がないと……ミーナ?」


一歩も動き出さないわたしを覗き込んで、腕を引いてもう一つの方に行こう、と提案するカールが、遠い。


「……カール」


掠れた声で呼んで、抱き留められたその身体が逆さまだ、なんて気付くのは、誰かが呼ぶ自分の名前と、近付いてくるみんなの姿を視界の端に収めてからだった。



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