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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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絡まるもの3

「こっち」


真っ暗い路地を曲がりくねりながら進み、方向感覚が麻痺しそうになり始めた頃。少年は、一つの路地の入口で足を止めた。


「ここを進めば、この路地全部が縄張り。君は僕が連れてきたから僕が管理することになる」


と教えてくれつつ、彼は片手間で何かの用意をしている。


「君は、奴隷のフリをしなきゃいけないのはわかるよね?」

「ええ」


頷き、じっと待っていれば少年がこちらに手を伸ばし、その瞬間に視界は何かに覆われて見えなくなった。


「……目隠し?」

「そう。奴隷が拘束もされないで運ばれてくるなんてありえないからね。出来れば怯えたような演技もお願いね」


そう答えている間、腕を後ろに回されてそれも自由を奪われる。ついでに口に何かを噛まされて、少し息がしにくい。


しかし文句も言えるような状況でもない故に、わたしは無言で少年に担がれることとなった。



「そう、これは僕が捕まえた。手出ししないでね」


完全に拘束された姿のわたしを何処かに運びながら、少年は誰か複数人と会話を交し、恐らく路地を進んでいる。


こつこつと響く足音が変わり、恐らく野外から囲まれた空間に入ったのだと推測する。振動の掛かり方の変化的に、階段か坂道を下りているのだと思われる。暫く下って、また平坦な道を進んでいるよう。地下か何処かだろうか。などと考えていれば、ぎい、なんて耳に障る音が聞こえて、再び少年の声がした。


「代理。連れてきたよ」

「ああ、ご苦労」

「……え?」


とすっと地面に下ろされて、ひんやりとした地に手を付き、反射的に声のした方向を見る。


今仕方確かにここまで運んでくれた少年の声と、もう一つ聞き慣れた声がした。


「僕が連れてきたから、僕が好きにしていいよね?」

「ああ、そういう決まりだ」


交わされたその言葉達は、わたしの知らないシナリオ。


「じゃあ、僕は行きますね。()()

「ああ」


どくどくとうるさい鼓動を感じるままに、拘束されたわたしは疑問一つさえ口に出せないまま、引き摺られるようにしてわたしはその部屋を出ることになった。



ずるずる引っ張られてお尻が痛い。


何処に向かっているのかもわからないまま少年に引き摺られ、異議を唱えることも出来ず、ただ無言で移動している少年。


「あ、そういえば歩けないんだったね」


途中、とても静かなわたしの訴えに気が付いてくれたのか、少年がわたしの目隠しと猿轡を外してくれた。


「ここから先は牢屋。君が望む再会の相手にも会えるけど、くれぐれも自分の仕事を忘れないでね?」

「わかってる、けど」

「はいお終い」


先程の会話はどういうことかと尋ねる前に噛まされる轡。どうやらこちらの質問には答えるつもりはないらしいと諦めたわたしは、また引き摺ろうとする少年に抗議だけして、俵のように担がれることで妥協した。


けれど、その先。石畳であった道は途切れ、茶色い地面が視界に入ったことで、わたしは何となく顔を上げた。


そして少年の肩の上で、わたしは息を呑んだ。


洞窟のような人工的に掘られたと思われるその空間。左右には鉄格子の檻に囲まれた人達。彼らには総じて身体の分かりやすい位置に見知らぬ刻印が捺されてあって、その周囲は焼けただれたように痛ましい。


「……違法奴隷」


直接この目で見たのは、初めてだった。


王国を始めとした三ヵ国は、奴隷売買を禁じている訳ではない。国の管理下の元、希望する人間は一人の労働力として扱われるだけで、人間的な暮らしは保障されている。


けれどもその一方で、人攫いを中心とした違法奴隷が巷に出回っているという話も聞いていた。


合法の奴隷よりも安価で、粗雑に扱っても咎められない。使い潰しの道具として売られる商品があると。


「……」


そんな彼らをこの目に焼き付ける。ここでは何もすることが出来ないから。何かをしようとしても、ただ妨害することしか出来ないから。


口に滲んでいく赤い味を噛みながら、わたしは少年の肩で揺れていた。




「さ、ここだよ」


幾つもの檻を眺めて、ぼうっと揺られていれば。少年は漸く足を止めて、わたしを下した。


「あ……」


視界に入ってきたその情報を処理することを、一瞬頭が拒んだ。


鉄格子で区切られた区画の一部。少年は吊るされた()()に、声を掛ける。


「アズール、お客さんだよ。物好きだよね、お前に会いたいって来たんだぜ」


わざわざこんなところまで、と少年に投げ掛けたその言葉は背筋が粟立つ程に鋭い。けれども、そんな言葉はまるで聞き飽きているとでも言うように少年は緩慢な動作で首を動かした。


出会った当初よりも酷い痣。真っ青な瞳をより際立って見せる赤黒い乾いた血。腫れた顔に、傷だらけのその身体で、わたしを見据える、その瞳。


「なんで」


瞬きを忘れたように、少年のその瞳は開かれた。


「言っただろ?お前に会いたいって来たんだよ」


そんな青い目をした少年を、檻の外にいる彼は嘲ったように笑う。


「まあ、僕が頼まれたのはここまでだし?この子を檻の中に入れればいいだけだから、話したいことがあるなら話してれば?」


くつくつと喉で笑いながら腰に下げた鍵束を手に取り、重苦しい音を立てて檻を開ける。睨み付けるように自分を見る青目の少年をさぞ愉快そうに眺め、わたしを檻の中へ運んでくれた。


一応会話が出来るように轡は外してくれるらしく、楽になった呼吸で息を調える。


その間に再び閉じられた檻の外で少年が笑い、とても楽しそうに微笑んでいた。


「じゃあ、後はよろしくね?」


身動きの取れないわたしと、青目の少年。


二人をそれぞれ見やって更に口角を上げ、少年は踵を返していった。




「…………」

「…………」


さあ、何から弁明しようか。


じっとこちらを見てくる青い目から逃れながら、わたしはずっと考えていた言い訳を口に出せないでいた。


故に、満ちる沈黙がただ重い。



「…………ねえ」


どれ程そうしていたのか。日も差さず、鐘の音も届かないこの場所では目安となるものは何一つない。


そうして漸く痺れを切らした少年が一言口を開いた。


「どうしているの?」


そしてこれまでの思考時間は何だったのだろうと思うくらいに簡素で、直球な問いを投げ掛けてきた。


「あの人は、約束を守ってくれなかったの?」


天から吊られた鎖が耳障りに響く。


ある意味聞き慣れたその音に顔を歪めながら、わたしは首を振って否定した。


「カールは、何も教えてくれなかったわ。貴方のことも、取引のことも」


そう、いくら聞いたって、彼はわたしに何一つ教えてはくれなかった。だから、そのことは注釈を加えて否定する。


「ならなんでいるの?」


理解出来ない、と眉を寄せる少年に、わたしは今話せることだけを伝えた。


「…………利害が、一致したから」


理解出来ないと言いたげな少年の目を見て、もうこれ以上は話せないと告げる。


何故、あの青年がこの奴隷商で()()と呼ばれているのかも、あの青年が何故ここにいる少年を助けたいのかも、教えてはもらえなかった。


けれど一つ確かなのは、わたしと彼の利害が一致した結果、ここにいるということ。


彼の言葉に嘘は感じなかった。だから、わたしは情報という対価を受け取って少年を助ける手助けをする。


ただ、それだけではあるのだけど。


青年からは少年にこのことを告げるなと釘を最初に刺されている。故に、わたしはそれ以上話せない。


「……そう、わかった」


ふいっと逸らされた視線を追って、わたしも少年から目を離した。


少年からすれば、わたしがここにいることは迷惑以外の何物でもないだろう。


態々自分がこんな目に遭ってまで庇ったというのに、当の本人は本拠地に突っ込んで来たのだから。


いくら第三者という他人が絡んでいるとはいえ、少年の善意を踏みにじったことに違いはない。その点に関しては、わたしの我儘を突き通して申し訳ないと思う。



「…………なんとなく、上手く行かない気はしてたんだ」


身動きの取れない状態では何一つすることがなくて、ただ虚空を眺めていた時。少年が少しだけ身動いで溜め息混じりにそう吐いた。


「カール、だっけ?琥珀髪のヤツ。アイツと話をしたときに、アイツがそう言ってた」

「カールが?……なにを?」


乾いた喉を少しでも濡らそうと飲んだ唾に、こくりと音が鳴った。少年はそんなわたしを見下ろして、一つだけ、教えてくれた。



「俺達が望んだこと、叶ったことなんて一度もないって」



少年のその言葉は、何故か昔、ずっと遠い昔に笑ったカールの顔を思い出した。


それは眩しい程に純粋で、うつくしいだけの、記憶。


じんわりと胸に広がる感傷に唇を噛んで、綺麗であるように、またしまい込む。


「…………いつだって、わたしはみんなに助けてもらってるわ」


だからわたしは少年を見上げて、いつも通り線を引く。


「だから、みんな、もうわたしから離れても良いのに」


それは、そんな風に滲んで吐き出された言葉は、本心だっただろうか。


それとも、いつものようにみんなに知られたくなくて吐いていた偽りの言葉だったのだろうか。


「…………泣くなよ」

「泣いてなんかないわ」


膝を立てて、拗ねた赤子のように膝に顔を埋める。


ああ、なんでだろう。


悲しい訳でも、寂しい訳でもないのに、ワンピースに染みを作る理由はただ溢れる。


『対等でありたいって、飾りか?』


けれど、波に揺られながらこちらを覗くようにして見つめてきた青年の金の眼を思い出して、わたしは口元を歪めた。


「…………そう、ね。ただの、()()()よ」

「あ?」


一人ぽつりと呟いた言葉に首を傾げる少年。わたしは小さく首を振って、また膝に顎を乗せる。



重ねた嘘に、作り過ぎた壁に、いつしか近付くことが怖くなって()()()と突き放すようになった。


対等でありたいと願いながら、ずっと背を背けていたのはわたしであるということは、とうの昔に気付いている。


だって、怖い。


わたしが立つ場所は、たった一言の言葉だけで刈り取られる。そんな場所に彼等を連れ込んで、同じように責任を背負わせるのは。


そんな建前に、醜い本音を隠した。


本当は、いっそ美しい記憶だけを抱えて、一人でいたかった。


どれだけみんなが寄り添ってくれようとしても、いつかみんないなくなってしまうのだから。


昔みたいに、誰一人わたしの傍に、残らないのだから。


こんな、そんな寂しいだけの本音は、持っていたって絶対に叶わない。それならば、建前だけを振り翳してみんなと過ごしていれば良いと思っていた。


優しいみんなを、拒絶しているのはわたし。


みんなの優しさに甘えて、ただ心地好い関係に浸っていたかった。


だから、どうか、今度こそ本音で話すわたしを、こんな風に惨めな嘘を吐いていたわたしを愚かだと言って、きちんと突き放して欲しい。


そうすれば、みんなはわたしから離れて生きていける。


だって、公爵令嬢でもない、ただの愚かな少女に付き従う人間など、いはしないのだから。



そうでしょう?お義父様、お義母様。



連載を始めて一年が経つというのに未だ序盤……。


もう少し更新速度を上げたいところです……。



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