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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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13/63

絡まるもの

「お嬢様!!」


向けられた手を握ることは叶わなくて、ただ遠ざかる影を目で追う。


「っ、足、が」


急いで立ち上がろうとしても、もつれた足では無理があったようで、足を捻る。そして一瞬目を離したその隙に、ミーナは森の中へと消えていった。



「……お嬢様」


伸ばされたその手に、向けられたその顔の、真意を図ることはことは出来ない。


「知って、いるんですね」


けれど、瞳に滲だ愁然の色が隠れてはいなくて。


漠然と、自分達がしたことは知られているのだろうと、理解したヒルマ。


「大丈夫、あのお嬢さんに危害を加えやしねえ」


それでも彼女を追おうと立ち上がろうとしたとき、自分の肩を緩く引かれ、その行動は阻止された。


それから確かに聞き覚えのある声が後ろからして、ヒルマは振り返る。


「あの娘が望んだことを、俺の目的のついでに叶えてやるだけだよ」


けれどもそこには、誰もいない。


「……」


無言で立つ。


そして捻った足を庇いながら森へと入り、せめてどの方向に行ったのかだけでも把握しようと試みるが、いくつかにばらける足跡からそれは困難であることを理解する。


「危害を加える気はなさそうでした、が……」


手頃な木へ肩を預け、情景を鮮明に描く。


ミーナを連れ去った人間に敵意は見当たらなかった。ほんの一瞬ではあったが、確かに投げ掛けられた視線からも、それらの意は窺えなかった。


そして先程の、誰かの言葉からも。


「酒場、に、戻るしかないですか」


この足で追うことは困難。見つけたとしても、一人でミーナを連れ帰ることも不可能に近い。


それならば、今の最善は酒場に戻って情報を共有すること。


そう考えたヒルマは、時間が経つにつれて激しい痛みを帯びてく足を引き擦りながら来た道を戻って行った。



「こんなに大事にされてんのに、なんで気が付かないのかね?」


彼女の背に投げかけられた言葉には、しかと困惑が滲む。




「ヒルマ!」


強まる雨足の中、負傷した足を抱えて移動するのは楽なことではなかった。


山を下りるだけでも相当な時間を使い、平坦とは言えない道を歩んだ結果、彼女が酒場へと戻ったのはぎりぎり本格的な夜になる前の、夕暮れを過ぎた頃。


「大丈夫……ではなさそうですね」


ヒルマを出迎えたファティが彼女の異変に気が付き、ひとまず椅子へと誘導する。その間に薬やら何やらを部屋まで取りに行ったベルホルトが戻って来てしまう程、ヒルマの足は悪化していた。


「話、を」


酒場に来てから、手当てを受けている間でも、ヒルマは譫言のようにそう繰り返す。


「うん、何があったの?」


座らせ、一息付いたところでディルクがヒルマへ尋ねた。


「全部、知っている」


雨に長らく打たれて身体を冷やし、一日街を走り、かつ、ずきずきと痛みを発する足の痛みも助長して。少し靄が掛かる頭で捻り出した言葉は、皮肉にも端的に彼らが現状を理解するのに一番わかりやすい言葉だった。


「……なるほど、それで()()()


ミーナの部屋に置かれた言葉を表す()()に腑に落ちたディルクは、黙る。


そして訪れる自然の沈黙。


夜前の、酒場が活発になる時間にはそぐわない雰囲気が一角を占めて、殊更その相反さが目立つ。


「どうしたんだよ、暗いじゃねえか!」


故に宿屋とはいえ、普通に酒場と機能しているこの場で異様な場があったとするのなら、絡まれるのは必然と言えた。


「……」


ちらりと目端で状況を確認した大人二人と、外野になど一切興味のない三人。


普通であれば乗って来ないのを理由に向こう側が引いていくが、今回はその対応が裏目に出た。


「無視すんなよお!!」

「やめろって」


夜の深い時間でもあるまいに既に出来上がっている彼の神経は逆撫でされ、よりしつこく、周りの人間に止められる程絡む。


「ふう……」


慣れている。社交界の場では日常茶飯事とも言えるこんな状態に。


しかし、上手くあしらってやれる余裕は誰も持ち合わせていなかった。


「場所を変えよう」


目の前の男を物理的に黙らせても良いのなら、それで良かった。しかし、余計な波風は立てないに限る。


そう大人な判断をしたカールが立ち上がり、丁度タイミング良く通り掛かった従業員にチップを投げてその場を任せることにした。


「集まったし、部屋に上がろうか」


騒がしい後ろは振り返ることもなく、その場を後にした五人。


ここから移動するにはヒルマの負担が大きいという理由で酒場にいたが、まともに話し合いが出来ないのなら仕方がない。


やむなく、五人は二階に上がることにした。


「ヒルマ。ミーナが全てを知っているというのは、確かか?」


負傷中のヒルマをベッドに座らせ、他の四人は彼女を囲むように立つ。そして、情報の精査を始めた。


「ええ、ご存じでしょう」


直前まで話していたミーナとの会話から。最後に彼女が見せた表情から。知らない誰かの、セリフから。ヒルマは、そう断言した。


「……何処から?」


ミーナを連れて行った人間と、情報を与えた人間は同じであると理解出来る。ただその人間を特定するには情報が少なすぎる。


首を傾げた四人が向ける視線の方向には、カールがいた。


「アイツの保護者、か?」


唯一青い目をした少年との繋がりがあったカールに向けられた視線。暫し俯き、導き出した答えはそれしか見当たらない。


「その保護者の目的が少年を保護することなら、そのためにミーナを使う、と?」


全ての計画を根本からひっくり返す想定に、流石のカールも乾いた笑いが出る。



「…………ハシュートに、アジトがあるって言ってたよね?」


又聞きした内容を確かめ、頷いたカールにディルクは溜め息を吐く。


「ハシュートに戻ろう、カール」


体調の優れぬヒルマを連れ回す訳には行かない。そして万が一何かがあっても対応出来る二人は残しておいた方が良い。


そう判断したディルクがカールの腕を掴み、ごそごそと支度を始める。


「しかし、二人は船酔いが」


行きの船旅でグロッキーであった二人を行かせる訳には行かないと止めに入ったファティへ、カールが問題ないと手を振る。


「全く問題ない。()()は、単純にミーナの気を逸らすためだけのものだから」


国王補佐として動く人間が、船に弱い訳がない。いざというときに動けない人間はいらないのだから。


そう反論したカールに、ベルホルトが首を横にして彼を見る。


「気を逸らすって、何から?」


いまいち話の軸を掴めない言い回し。追及すれば、カールは一言切った。


「国王直轄の諜報員が単独で動いてる。最初から、ずっと。ただ、俺達に干渉してこないだけで」


荷物を詰め終わったカールとディルク。支度を終えた彼らはそんな言葉を残して、部屋を出て行った。





「ごめんなさい」


お腹に感じる地面の振動を噛み締めながら、わたしは遠ざかる影に呟く。


「……ごめんなさい、ヒルマ」


膝を地に着き、それでも咄嗟に伸ばされたその手を掴むことはわたしには出来ない。


あんな顔させたい訳じゃないのに、皆を苦しめたい訳じゃないのに、わたしが今から行うことはそんなことなんだって殊更強く実感して、だらりと伸ばしていた腕を下げた。



「後悔してんのか?」


いつの間にか、わたしを担いで移動する男性と並んで走っていた藍色の髪をした彼が問う。


わたしを宿から連れ出して、わたしに皆が隠していたことを教えてくれた彼の名を、わたしは知らない。


けれど、アズールと呼ばれた青い瞳をした少年の味方であるということ、わたしを使うことで利が一致するということで行動を共にすることになった彼。


そんな彼の問いに、わたしは首を振って答える。


「望んだことだもの」


覚悟している。そう内心で強がって、彼に笑い掛ければ。


「へえ」


猫みたいな金の眼を歪めて返された。だからその笑みから目を背け、ぎゅっと目を瞑るのだ。




『さあ、話をしよう』


何から聞きたい、と尋ねられたとき。


『……路地裏で出会った少年は、無事?』


わたしは初めに、少年の存在を確かめた。


『ああ、まあ、生きてる』


少し想定外と言いたげな顔をしながらも、彼は答えてくれた。だから、わたしはずっと引っ掛かっていたことを重ねる。


『あの子は、貴方達の仲間?』


ほぼ確信に近い口調。


『ああ』


少しだけ雰囲気を和らげて、彼は肯定した。


『……わたしが路地裏であの子と会ったのは、偶然?』

『それは偶然だった』

『あの子は、()()から逃げていた?』

『ああ、しくじったからな』


最悪の想定を潰すために一つ一つ繰り返す問答は、確実にわたしの思考を裏付けていく。


『カールとあの子が接触したのは、わたしのせい?』

『せいかためかは知らんが、結果はそう』

『カールは、……みんなは、あの子のことを知ってたんだよね?』

『そうだな』

『みんなが、黙っていたのは、』


そうして、積み重なる真実に、わたしは拳を握ってそれを掴む。


『……わたしのせいで、あの子が酷い目に遭うから?』


ぱちぱちと乾いた拍手が耳に刺さる。


それが、何よりも今話した過程が事実だと語るから。


『……どうして?』


そんな疑問を抱えずにはいられない。


顔を合わせたのは数分。


話したのはそれよりももっと短い時間。


そんな時間であの少年が得たものなど、得るものなどなかったはずなのに。


己の身を賭けてまで、わたしの身を案じたのは、何故なのか。


『返す』


ぱらりと、視界で何かが揺れる。


『それ、は……』


鈍い赤が滲む白地の布。良く見慣れたデザインと、小さく入るわたしの名前。


『これが、昔に重なったんだって』


と、褪せた白い布。


二つのハンカチを持って、彼は一歩わたしに近付く。


『どうせ、生きていても奴隷商に追われる身じゃ俺達に迷惑が掛かる。だから、どうせなら、俺と同じことをした少女を助けたいんだって。最初は奴隷商に差し出そうとしたのにな』


ん、と手のひらに乗せられたハンカチを受け取って、相反する彼の言葉をよくよく噛み砕く。


『……っ』


()()()()()()()()()()した。


なんとなく覚えのあるその行動に、わたしは息を呑む。


『あの子が、最初に指差した方向は、まさか……?』

『ああ、アンタに目を付けた奴隷商がいた方向。アズールが逃げてきた方向だな』


そうだったのか、と。


わたしが一人腑に落ちている間に、彼は観察対象を見る目で興味深そうにわたしを眺めている。


『ツイてんのかツイてないのか。どちらに転んだとしても、あの路地に入った段階でアンタは何かに巻き込まれる果てだったんだな』


何とも言えない二択に、考えなしに()()()へと入った自分を責める。



『さ、ここまで聞いたアンタが最後に聞くことは?』


そう俯くわたしに、彼は上から言葉を降らす。


何かを期待するその目を見据えて、わたしは彼が望むであろう答えを用意した。


『…………何をすれば、良いの?』


良く出来ました、とでも言わんばかりの笑みから告げられた言葉に、わたしは引き攣った口元で首肯した。



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