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全てを失った公爵令嬢は旅に出る  作者: 高槻いつ


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12/63

後悔とすれ違い

ミーナが部屋にいないということに気が付いたのは、カールだった。


彼女の様子を窺う為に部屋を覗いた時、窓が開いていることに気が付き、ベッドをひっくり返して、部屋を見渡して、そうして何処にもいないということに気が付いてしまった。


「なんで」


冷たくなっているシーツと、昇る朝陽にカールは絶望する。


「紙?」


ああ、動かなければ、と思う反面、胸を締める絶望に呆然と立ち竦んで、自然と下がった視線の先には一枚の紙にナイフが突き刺さっていた。


見覚えのないその筆跡。知らない字で書かれた、彼女の行く末。


「……」


カールは乱雑に紙を引き抜き、紙を握り潰して部屋を出た。



「ミーナが、いなくなった」


くしゃくしゃになったメモを持って、酒場となっている一階で昨日から時間を持て余しているディルクへそう端的に告げる。


「ああ、やっぱり、僕らはまた間違えたみたいだね」


まるで、こうなることを予想していたとでも言わんばかりの口調でディルクは呟く。


そしてカールも、彼の言葉に反論することなくメモをテーブルに投げた。


「おや、どうしました?」


そんな二人の元へ、木のジョッキを手にしたファティが近付く。いくら飲んでも酔わない体質のファティはまるで水を飲むかのように酒を身体に入れ続けていた。


夕方の出来事を酒で薄めるかのように昨夜から現在まで飲んでいるものの、朝となった今でも顔色は一切変わっていない。


「ミーナがいなくなった」


しかしそんなファティでも、娘のように愛しい彼女がいないと知れば、血相を変えてミーナが泊まっていた部屋に駆けて行った。


「物凄い勢いでファティが駆けていきましたが、何か問題でも?」


そんな彼女と入れ替わるようにベルホルトがその場に立ち、問う。


「ミーナ様が部屋からいなくなったんだ」


そして同じ事を、ディルクが言う。


「…………どちらへ?」


顔色は変えるものの、幾らかはファティより落ち着いているベルホルトへ、ディルクはテーブルに投げられた紙を差し出す。


「これは、また……」


それなりに綺麗な字で書かれた言葉に、ベルホルトでさえ言葉を失う。


「今すぐ探しに行きましょう」


二階から下りてきたファティがベルホルトの隣に立ち、声を荒げる。


「……カールとディルクはここに残ってください。私とファティとヒルマでミーナ様を探しに行きます」

「了解したよ」

「ベルはヒルマが戻り次第商店街でミーナ様を見なかったかどうかを聞いてから南の方をお願いします。私は上の方を探してきますので」

「お願いします」


留守番を任された二人に反対の声もないことからファティは一番に宿を飛び出し、早朝の人が溢れた街へ駆けていった。


「カール、僕らはここで待とう」

「……ああ」


真っ青な顔のまま、船酔いなど非ではない程に本当に青ざめた顔で力なく頷くカール。



「只今戻りました」

「ああ、ヒルマ。こちらへ」


異様な沈黙が流れる中、タイミング良く買い出しに行っていたヒルマが宿へと戻ってきた。


「いいえ、見ていませんね。南の商店街に来ていないとなればファティの方が当たりかもしれません」


ベルホルトが状況を説明し、理解したヒルマが即座に求められた答えを提示する。


「ヒルマはファティと合流して上の方を捜索して頂けますか?私が下を」

「わかりました、ではそれで」


一言二言で指針を決め、ファティが出ていってたからそう経たずして二人も宿から出ていく。そうして二人きりになったカールとディルクは、ただ静かに戻るかもわからないミーナを待つこととなった。


「ミーナ様が聞いてきたら、今度は話すの?」


メモの歪んだ文字をなぞり、カールの対面に腰を下ろしたディルクが問う。



カールが数分黙って、考えて、吐き出した言葉は、とても単調な一言だった。


「……わからねえ」


ただ、そんな一言。


でも、それ以外に、言える言葉がカールにはなかった。


だって、彼女の為だと、思っていたのだ。自分の行動、全て。



俯いたまま机の上に組んだ手に額を乗せる。そして、言うはずではなかったこんなことを、零す。


「ずっと、籠の中にいてくれれば良かったのに」


あまりにも利己的で、傲慢な呟きを。


「ただ、守られているだけでいいのに」


彼女の為と飾った言葉に嘘はない。けれど、こんな幼稚な考えだって、紛れもない本心だった。


嘘じゃない。傷付けたくない。


それなのに、彼女の為と重ねている贖罪は。


彼女が、望まないことをしている。


だったらいっそ何も知らないまま、知ろうともしないままいてくれれば、と。そう思うのは、自分のエゴでしかないということも、とっくにわかっている。


だとしても。


「知らなくて、いいのに」


絡まった思考のまま、カールはつらつらと誰に向けるでもなく誰かに問い掛ける。


「全てを話すのが正解だった?」


聖女のことも、今回の件も、彼女が全てを失うきっかけとなった火事のことも。


「何一つとして、ミーナが聞いて喜ぶ話なんてないのに」


ミーナが知らない話全て、周りの近しい人間は知っている。けれど、残酷にしか包まれていないその話を今更したところでどうなるのだと、カールは考えていた。


だから、彼女が気遣ってその話に触れて来ないのを良いことに今まで黙っていた。


「なのに、なんで、今なんだ」


以前の、公爵令嬢であったミーナなら、絶対にしなかったであろう今回の行動。それが、まるで昔の彼女に戻ったようで、カールは怖かった。


「また…………」

「カール」

「……悪い」


深く堕ちて行く思考をディルクが止める。暗い瞳のまま顔を上げて、言い掛けた言葉を飲み込んだ。


そんなカールを一瞥して、ディルクは口を開く。


「ミーナ様が望むなら、僕は今回のことは話してもいいと思う。というか、もう話すしかないよ。もしミーナ様が昔の行動力を取り戻してるなら、今度は脱走なんて可愛いものじゃないかもしれないよ?」


少しおどけて、けれども真剣な目で、幼馴染みと視線を交わす。


「…………」


外したら負けだと思っていても、カールはその薄藍の瞳から目を逸らした。同い年のくせして、いつも諭すような色をしているその目が、いつだって苦手だから。




カールとディルクが宿で待機してる一方で、ミーナを捜索していた三人は一度中央広場にて合流した。


「ミーナ様は?」

「路地裏は勿論、バケツの中や下水道などにもいませんでした」

「同じくです」


日の浅かった時間から日の高くなった時間までぶっ通しで捜索しても、探し人は見つからない。捜索場所をお互い出し合ってももう捜索していないところなどない程だというのに。


「一度、宿に戻りましょう。どのみち、この人混みでは見つけられないでしょう」


中央広場から四つに分かれているその道を見やったベルホルト。


目的に併せて東西南北に分かれているその道はどれもこの時間が一番活発で、人が溢れている。ミーナの銀髪はそこにいれば目立つが、何の対策もせずにこの街を歩いているとは考えられない。


故に、一度休息を挟もうと提案したベルホルトに、ヒルマが首を振る。


「私はもう少しだけ。でも、二人は昨日から寝ていないでしょう?どうか少し休んでくださいな。それまでに見つからなければ、夕方からまた共に」

「……わかりました。くれぐれも、気を付けて」


ヒルマの言葉通り、ずっと緊張続きで休息を取っていない二人。それでは結果的に効率が落ちることを理解している二人は素直に頷き、ヒルマと別れた。


「ふう……」


とはいえ、ヒルマも充分な休息を取っている訳ではない。夕方にあんなことがあり、自分が一緒では気を遣うだろうと、昨日は酒場で一夜を過ごしていたファティの部屋を借りはしたが、それでもまともに寝れはしなかった。


「お嬢様……」


ミーナに限って島を出たり、このまま失踪したりなどはしないとは思うが、良からぬことに巻き込まれないとは言えない。ただでさえ、良からぬことに巻き込まれているのだから。



「雨が降りそう、ですね」


空を見上げ、灰色の雲を見る。朝から薄曇りではあったが、本格的に空気が湿って来たことを察知したヒルマは捜索を急ぐ。


「お嬢様が行きそうなところ」


が、あてもなく歩き回ったところで無駄に体力を消費しては仕方がない、と一度中央広場のベンチに腰を掛けて思考を回転させる。


土地勘のない人間が行くところは限られている。それに加え人混みではない場所など、更に。


「…………高台」


ふと、遠くを見て、黒くなりつつ雲の先に小丘があることに気が付くヒルマ。


「街、以外も見てみましょうか」


港の先。街の外で、かつ小高いその場所は先程情報交換した時には入っていなかった。ベルホルトの言った通り、この時間では街中を捜索したって見つけられる可能性は低い。それならば、と、駄目元でヒルマはその場所へ向かうことにした。



大通りを抜けて、港を抜けて、森の傾斜を抜けて、漸く辿り着くその場所。


「…………お嬢様」


そんなところに、ミーナはいた。


「ヒルマね?やっぱり、わたしを見つけるのは、いつも貴女ね」


ぽつぽつと降り出した雨に打たれながらミーナは振り返る。そして、いつもと変わらない微笑みを浮かべた。


「ここね、ハシュートに着く前に登った高台から見えた景色と似てるの。だから、中々戻れなくて」


明るい声音で、ミーナは言葉を並べる。断崖に背を向け、ヒルマと向かい合うミーナは目を伏せて、問う。


「貴女も、知っていたの?」


何を、と、ヒルマが尋ねる間もなく、彼女は先を行く。


「あの子と、カール達のこと。知ってて、黙っていたの?」


知らなかったのは、わたしだけ?


と、声にしていないのに、確かに聞こえたその問いに、ヒルマは黙り込む。


「知ってるわ。みんな、優しいもの。わたしのせいで起こったことだから、黙っていたのよね」


責める訳でも、詰る訳でもない明るい声音。あくまでも明るく、ミーナは言葉を重ねていく。


「怒ったりとか、そういうのがしたい訳じゃない。ただ……」


けれど、最後に言葉が詰まって、瞼が震える。


「知りたかった」


紫眼が揺れて、変わった声音に、ヒルマは何も言えない。


「わたしのせいだとしても、いえ、わたしのせいだからこそ、わたしが知っていたかった」


強まる雨足の中で吐露される感情。


ミーナも、カールも、触れない曖昧なラインがあった。それを幸いとして、二人はこれまで過ごしてきた。でも、それではいけないと理解しているからこそ、ミーナはラインを踏み越えたくて宿から抜け出した。


結果、それがカール達の隠したいことを暴くことになったとしても、自分が傷付くだけで終わる結果になったと、しても。


「知って、いたかったの」


一通りぶつけて、ミーナは口を閉じた。雨の音だけが二人の沈黙を繋いで、最初にそれを破ったのは、ヒルマだった。


「…………この件に関して知ったのは、あの少年が宿に現れてからです」


ぽつりと、ヒルマが話し始める。それに意識を向けたミーナが、急にヒルマの腕を引いて場所を入れ替わるようにして立った。


「お嬢様!?」


唐突なその行動にヒルマは地面へ膝を突くこととなり、何事かと先程自分がいたであろう場所へ振り向けば、そこにミーナはいない。



「お嬢様!!」

「……!…!…………!!」


ただ、屈強な男に担がれて森に消えていく後ろ姿が、あっただけで。



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