9話:強けりゃ偉いのか?
「こいつに貰われるなんて」
「こいつを貰うなんて」
「「ない!」」
俺は何故かザナンと一緒に身の潔白を訴える羽目になっていた。
「…………二人が、本気なら、私は…………」
「「ない!」」
しょんもりするな、ソムラン! そして背中を押そうとするな!
くそ、余計なこと言うなって、リュナシェーラが圧さえかけて来なけりゃ、男は恋愛対象にならねぇって言うのに!
ザナンの部屋に一緒にいる所を見られてから、ソムランに邪推交じりの報告が行き、何故かこうして呼び出される羽目になった。
そして途中でリュナシェーラに捕まり、ダイエットを続けさせるために余計なことを言うなと釘を刺されている。
ソムランの体型改善にはザナンも賛成のせいで、俺はひたすらザナンとの関係を否定するしかない。
「なんでよりによって、出かける前に呼び出すかな?」
「まだボールも作ってる途中なのに、スポーツ案出すことになるとは」
そこじゃねぇよ。
ザナンは俺との関係について誤解を解くため、話し合ってたスポーツ案を半端な形で提出することになったと悔やんでる。
「っていうか、誰だよ! 適当な報告ソムランに伝えた奴! 俺がスポーツしてるの、戦奴たち見てただろうが!」
「あぁ、それな。俺との逢引の言い訳だと思われたらしいぞ。女は進んで運動なんてしないってのが、この世界の常識だから」
「するわ! 運動好きだわ! 純粋にサッカー楽しんでたわ!」
女子スポーツ推進してやろうか!
「ほら、残念美少女に磨きがかかってるぞ。出かけるんだからちゃんと顔隠せ。お前が攫われたとなりゃ、奴隷業界で戦争起こるからな」
「なんだよ、業界の戦争って」
「俺らみたいなの買ってる奴らがやるんだから、まんま戦争だよ」
「うわー」
ソムランから気に入られてるのはもう疑いようもないけど、なんか、うん、なんか…………ヤクザの抗争みたいなの起こる予感がする。
俺は体全体を覆う布を頭から被って、ザナンを護衛にソムランの屋敷から外に出た。ちなみにザナン以外にも三人、戦奴が警備についてる。
行く先はソムランの店。
俺が発案した外食店ができてすでに一カ月。
女性だけを狙ったため最初こそ珍しすぎて倦厭されたけど、試食を行ったところ徐々に女性客がやって来るようになっている。
「やっぱり客って細い人ばっかりなのかな?」
「あぁ、そう聞いてる。味の感想もさっぱりしてるだとか、もたれないだとか、狙いどおりって感じだな」
「結局は肉なんだけどな」
「鶏肉のな」
売ってる商品はサラダチキンとつくね、そしてケバブサンドだ。ケバブサンドは酢漬けの野菜と甘めにしたタルタルソースをつけてある。
この辺り、生食に耐える野菜がなかったんだよ。レタスとかキュウリのありがたみを知った。
「パンあるのに噛み切れない硬さがデフォってのには困ったけど…………ザナン?」
「店が騒がしい。…………おい、一人様子を見て来い」
ザナンが行く先を見据えて、背後からついて来ていた部下に命じた。
部下は隣家から覗き込む人を押しのけて、石造りの家に入って行く。すると、甲高い女の声が上がった。
「おい、リュナシェーラが先に店行ってるはずだろ!」
「待て、こら!」
俺はすぐに店に向かって走り出した。ザナンは筋肉のせいで走り出しが遅く、俺のほうが先に店に着く。
薄暗い室内では、男が二人、先に入ったザナンの部下を押さえ込んでいた。
「女に媚びへつらって恥ずかしくないのか! そんなだから女如きがつけあがるんだ!」
「何が女性向けだ! んなもん、いらねぇだろ! 女は黙って男のおこぼれ食っとけ!」
「おん…………?」
俺が店に入ろうとした途端、追いついたザナンが瞳孔かっぴらいて部下を押さえる男どもに低い声で威嚇した。
俺を置いて店に入ると、問答無用で部下の首を押さえて苦しめてる奴の頭を鷲掴む。
「何様のつもりだ、てめぇら? 女如きだと? お前ら誰の股から生まれてきたつもりだ、あぁん!?」
「いたたたたたた!」
骨が軋む音が聞こえるのは気のせいかな?
俺が戦いている内に、追いついた警備二人が、部下を押さえるもう一人を引きはがしにかかった。
「おう、なんだてめぇら?」
すると、店の奥にいた暴漢の仲間がリュナシェーラの髪を引き掴んだ状態で現れた。
「ちっ、それだけ体鍛えて、することは女のご機嫌取りかよ。女なんてな、すぐつけあがるバカしかいねぇんだよ。だからこうして立場ってもんを教えてんのに、お前らみたいなのがいるから」
「はん! 頭の中まで筋肉詰まってちゃ、女日照りの八つ当たりも頷けるわね!」
リュナシェーラは髪を掴んで引き摺られながら、苛烈に言い放つ。
途端に、暴漢はリュナシェーラを振って壁にぶつけた。
「黙れ、このあばずれが! おう、そこどきやがれ! これ以上この女の顔に傷をつけたくなきゃな!」
リュナシェーラを人質に取られた状態で、ザナンは歯軋りしながら掴んでいた男を放す。
下種な笑みを浮かべた暴漢は、リュナシェーラを引き摺ったまま俺のほうに歩いて来た。
「あんだ? どけよ! それとも俺と遊んでほしいのか? ぐへへ」
「アマラ!? 逃げなさい!」
気づいたリュナシェーラが俺に叫ぶと、暴漢は舌なめずりをして俺に手を伸ばしてきた。
…………あっそう? そっちがその気なら、遊んでやろうじゃねぇか。
俺は頭から被っていた布を落として暴漢に笑いかけると、伸ばされた剥き出しの腕を、自分から手を伸ばして撫でた。
「女がバカ、ねぇ? だったら、通りすがりのこの女呪術師であるあたしも、バカにしてんだろ? じゃあ、舐められないようちょっと遊んであげるよ」
俺は体に記憶された呪術を発動する。
どうも呪術使おうとすると、アマラの記憶頼りになるせいか、口調がアマラになるみたいだ。
「ねぇ、知ってる? 男と女の一番の違いは、体の作りだ。この肌の下、筋肉のさらに下にある、骨の形からして違うんだ。…………ねぇ、あたしに男らしいとこ見せてみなよ?」
「じゅ、呪術師だと? そんな脅しで…………」
「ほら、皮を剥く手伝いはしてあげるからさ」
「ひぃ!? な、なんだこれ! ぐ、か、痒い!?」
俺が触った暴漢の腕には、見る間に赤いポツポツが浮かんで広がっていく。
俺は一度放した手を、今度はリュナシェーラの髪を掴む腕に這わせた。
「ほら、痒いなら掻けばいい。そのまま自分に爪を立てて、皮膚を剥いて骨を晒せ! あんたのご自慢の筋肉なら、それくらいできるだろ? ねぇ、ほら、あたしに見せてみなよ、あんたの骨をさぁ!」
「ほ、本当に呪術師か!? なんでこんな所に!?」
痒みに堪らずリュナシェーラを放した暴漢は、腕を掻いてさらなる痒みに身もだえる。
「おや、信じてない? だったらもっといいことして遊んであげるよ。さぁ、その口開けな? あはは、いったい今までどれだけの女を不快な目にあわせて来た? あんたの周りには女の恨み辛みばっかりだ。そんなの纏いつかせてるだけじゃもったいない。その腹の中に入れてあげよう。きっと、臓腑が溶け落ちる、愉快な経験ができるよ」
「やめ…………、嫌だ、く、来るな…………!」
俺が近づくと、収まらない腕の痒みに戦いて暴漢は尻もちをついた。
「なんてうるさい口だろう? 男は無駄なことが好きなの? こんな狭い店の中じゃ逃げ場なんてないのに? ねぇ、逃げ場のない女を追い回して楽しかった? 口で敵わない女を殴って気が晴れた? さぁ、今度はその分だけこっちにもいい気分にさせてよ」
「ひ…………、ひぃ…………、ぎゃーー! お助けーーーー!」
暴漢はたった一つの逃げ道である店の出口に向かって、情けなくも四つん這いで逃げていく。
俺はザナンが手を放した暴漢に首を巡らせた。
「…………まだ二人いるからいいか」
「きゃーー!?」
「いやーー!?」
ザナンの手から逃れていた一人は、最初に逃げた暴漢と同じく這う這うの体で逃げていく。ただ、ザナンの部下二人に捕まったままの一人は置いてけぼりだ。
一人残された暴漢に、俺たちの視線が集まる。当の暴漢は涙目で俺を見てた。
ので、期待に応えて両手を上げて指をワキワキ動かして見せる。
「きゃーー!?」
「おい、アマラ。やめろ。ちょっとこいつに話聞くから、リュナシェーラ頼む」
「ん、了解」
ザナンに止められ、俺は打ちつけた体を庇うリュナシェーラに跪いた。
「リュナシェーラ、大丈夫か? うわ、痛そう。血ぃ出てるぜ?」
「アマラ、よねぇ? え、何? 女言葉喋れるの? なんで今までそれなの? ちゃんとそれっぽく喋れるなら喋りなさいよ、勿体ない。今からでもさっきみたいに」
「待って待って待って! 俺の口調より自分の身を心配しようぜ!」
「あ、そうだわ! 従業員たちも奥でやられたのよ!」
あーもー、このお節介焼き!
俺はリュナシェーラを支えながら、調理担当の従業員の安否を確認する。
一番重傷なのは、女と言うだけで標的にされ血を流したリュナシェーラだった。
「痛み紛らわせるだけはするから、ちょっとそのままね」
「アマラが呪術使ってるとこ、初めて見たわ」
「初めて使ってるもの」
大した力使うわけじゃないけど、アマラの魂捜すために温存してた呪力だ。
正直、暴漢脅すのはほとんど口で混乱させただけ。あのポツポツはすぐ消える。ちょっと毛虫に刺された程度のもんだ。骨出されても俺がドン引くわ。
今日一力を使ったのは、リュナシェーラの痛みを引かせることだった。
聞けば、あの手の嫌がらせは何度かあったらしい。ここまで暴力的なのは初めてだったが、女性向けという謳い文句を、女性優遇だと思い込んだ馬鹿はままいたんだって。
「おう、こいつが雇われて暴れに来たこと吐いたぜ。筋肉のつき方が素人じゃねぇとは思ったんだ。こいつは連行してソムランさまに報告する。悪いがアマラも今日は戻れ。リュナシェーラもいいな?」
ザナンは口だけで笑って目が笑ってない。しかも、置いて行かれた暴漢の首根っこを軋むほどに掴んだままだ。
これ、相当怒ってるな。
「あーいう奴こそボコボコに殴りたいのに」
辻本の心からの願望が漏れた呟きを、俺は聞かないふりをした。
隔日更新、全十六話予定。
次回:あれ、猪になってる?