7話:みんな楽しんでない?
なんかソムランは体を鍛え始めたらしい。
「いやー、どう考えてもあの体型は成人病まっしぐらだからな。仕事の忙しさにかまけて適度な運動も拒否されていて、どうやる気にさせるか悩んでたんだ」
「で、俺が筋肉に興味持ったから、やる気になったって? …………変なフラグ立てんなよぉ。あいつ、アマラに気があったのかよ?」
俺は元同級生女子の辻本だったザナンと一緒に、木製のボールに入った液体をガチャガチャかき混ぜながら文句を言った。
いや、美少女なのは認めるし、妙にリュナシェーラがソムランの妾推してくる理由考えたらそうなんだなって納得するけど。するけどー!
「俺にその気はねぇ!」
「ま、どう仕上がるか見てからにしろよ。今のところ、ソムランさまの下から出て生活なんてできない無能呪術師なんだから」
「無能って言うな! たぶん力さえ回復すれば俺でも呪術使えるんだ! てか、使いたい!」
「男の子だなぁ。ま、俺はそんな実体のないものより、こっちのほうが断然いいと思うがな」
「隙あらばポーズを決めるな! おら、その筋肉飾りじゃないならさっさと混ぜろ!」
「もう混ぜ終わった」
「早!?」
ザナンの差し出すボールを覗き込むと、そこには白くとろみのある半固形物がある。
「おー、ちゃんとマヨネーズっぽい」
「思ったより緩いけどこれでいいのか?」
「うちの母親が作ってたのはこんな感じだったんだよ。…………まさかおかんの手作り調味料に頼る日が来るとはな」
「頼るっていうくらいなら、ちゃんと分量覚えておけよ」
呆れてボールを置いたザナンは、次のボールに手を伸ばす。
そこには卵黄と酢が別々の分量で分けられたボールが五つ並んでいた。
油は別の皿に入れて少しずつ混ぜてる。んで、塩と胡椒はあったけど、レモンはなかったから別の青い柑橘類で代用した。
けど、ちゃんとした分量なんて覚えてないから、ほぼ失敗に終わる。
やっぱり、冷蔵庫に貼られたメモのうろ覚えじゃ限度があるか。
「一番近いのは、卵黄一個に酢を一振り、油は指の第一関節くらいまで、と」
「グラムって偉大だなと思うよ」
ザナンは失敗したマヨネーズもどきを肉につけて食べながらそう零した。
本当に、言ってすぐ通じる単位とか、その単位に合わせた器ってあるとないとじゃ、手間が大違いだ。
俺がザナンの手を借りてマヨネーズを作ろうとしてるのは、マジで女性客目当ての外食に手を出すことになったから。
最初に作ったのは、ちょっと狡いけど、ザナンが覚えていたサラダチキン。
腹が減った時にコンビニで買い食いしてたけど、あれ、家でも作れるんだな。
鶏肉に塩と砂糖と胡椒を擦り込んで寝かせて、後は煮るだけ。こんなお手軽なもん金出して買ってたのか、俺…………とかちょっと思っちまった。
「何これ、美味しい!」
そう喜びの声を上げたのはリュナシェーラだった。
そこから何故か、女奴隷たちが料理に目覚めて、胸焼けしない料理を考え始めてしまってる。もちろん先頭に立ってるのはリュナシェーラだ。
「アマラ、マヨネーズもどきだけだと、飽きるぞ」
「マジか。チップスできたからマヨネーズ欲しいと思ったんだけど」
ポテトっていうかジャガイモなかったから、手に入る根菜類を適当に薄くして揚げたら野菜チップスができた。
けど、ポテチ並みに薄く切ることができなくて、野菜は野菜だ。ジャンキーなあの味に近づけたくて、俺は母親が手作りしてたマヨネーズを思い出した。
「そう言えば、親父はいつもマヨネーズに一味ぶっかけてた」
「いいな、辛子マヨ。そうだ、ポテチにサワークリーム味とかあっただろ。あれは作れないのか?」
「あれは確かヨーグルトが必要だったなぁ。おかんメモにあった。こっち、乳って言ったら山羊だから、たぶんできないんじゃないか?」
「あぁ、チーズはあるけど癖がすごいからな。ヨーグルト作っても別ものか?」
ちなみにチップスも好評で、リュナシェーラたちは塩ふって食ってる。
俺はそれじゃ物足りないんだよなぁ。
「ヨーグルトがあれば、タルタルソースも作れるんだけどな」
「本当!? ちょ、それちゃんと再現できるの!?」
「だー! いきなり女言葉に戻るな!」
「何よ! 学校で味薄くて不味いなんて文句言ってた親不孝者! しっかり母の味を思い出しなさい! 確かケチャップも手作りしてたでしょ!」
太い褐色の腕にガクガク揺すられてちゃ、返事もできねーよ!
くそ! 母親が中学頃から手作り調味料にはまりさえしなければ!
いや、そもそもお前、警備担当者がちょいちょい顔出しすぎなんだよ! 実はお前、料理ちょっと楽しくなってるだろ!
「黄みがかってて見た目がなんか嫌」
「もっと酸っぱくしよう?」
「なんかぬるっとすのね」
「味薄くない、これ?」
せっかく上手くいったマヨネーズを試食させたリュナシェーラたち女奴隷の感想がこれだ。好き勝手言いやがって…………! 今までごめん、お母さん!
「まぁまぁ。目新しさはあるんだ。作り方も難しくはない。味を変えるのも可能らしいから、皆でもう一度味の方向性を話し合うといい」
ソムランだけが文句言わなかった上に、なんか取り成してくれた。
本当、こいつ見た目で損してるよなぁ。
なんてじっと見てたら、鍛え始めたばかりで変わり映えのしない肉に埋もれた顔を向けられた。
「何か、また必要な材料があるか?」
うーん、トマト探してとか、やっぱりジャガイモ欲しいなとか、言いたいことはあるけど、言うとなぁ。
「もう胡椒大量に買ってもらったからいいよ」
欲しいって言ったらポンと取り寄せてくれたけどさ。
胡椒は金と同じ重さで取引されるって、ザナンに聞いちゃったんだよね。
麻袋一杯の胡椒とか、どんだけしたんだよ…………。これで何も考えずに言ったら、どうせまた何も言わずに買うんだろ? 大金出してさ。
そういうのは貢ぐ甲斐のある奴にやれよ。
「そうか…………? そうだ、アマラはこれを欲しがっていると聞いたんだが」
そう言ってソムランが手を上げると、控えていた給仕のお姉ちゃんが素焼きの器を持ってきた。
なんか布で蓋してある。開けると、そこには乳白色の上澄みの中に真っ白な塊があった。
「…………おい、これ欲しがってるって、誰に聞いたんだよ?」
「ザナンだが? 違ったか?」
ヨーグルト!
あの野郎、どんだけサワークリームとかタルタルソース食いたかったんだよ!?
聞いたら、遊牧民が水牛から作ってる物らしく、胡椒よりずっと安く手に入るそうだ。
食べてみると無糖のヨーグルトに近いけど、舌触りが違うし、チーズ風味もする。
これ、甘くしたらチーズケーキっぽくなりそうだな。
「…………いっそ甘い物も作ってみるか」
「え、甘くするの!? これ、肉料理のソースに使うものよ?」
リュナシェーラはヨーグルトを知っているらしく、俺の呟きに金色の瞳を見開いた。
聞いてみたら、塩で味つけただけの肉に添えたり、煮込み料理に入れたり、本当にしょっぱい物のイメージらしい。
こういう時、イメージを共有できるザナンがいてくれたらありがたいんだけど。
ザナンも警備の責任者だからそうそう俺の相手はしてられないみたいだ。
まぁ、タルタルソースできたとでも言えばすぐ来るんだろうけど。
…………タルタル…………チキン…………南蛮…………。
なんだっけ? パン粉じゃないな。小麦粉でもないし…………あれは…………。
「なぁ、ソムラン。片栗粉ってある?」
「さて、聞いたことがない。商人に当たってみよう」
「いや、一回ザナンに相談して、代用できる物がないか探してから頼むよ」
「…………そうか…………」
見るからにしょんぼりするなよ。
なんかリュナシェーラがめっちゃ見てくるんだけど。そんな責めるような目で見るなよ。
俺の心は男なの! 見た目は今美少女でも、中身は男!
お金持ちで貢いでくれてちょっとの失敗も咎めないくらい甘い対応してくれるソムランでも、まず性別の時点で対象外なの!
うん? ってことを言ったことないな。
ここはちゃんとソムランにお断り入れておいたほうが男らしいか?
心を決めてソムランに体を向けると、突然目の前にリュナシェーラが移動して来た。
完全にソムランとの間に立ちはだかられてしまう。
「はいはい、アマラ待ってぇ?」
「な、何、リュナシェーラ? なんか笑顔が険しいよ?」
「何言おうとしたのかしら?」
「え、そりゃソムランに好みじゃな…………い!?」
俺の顔面に衝撃が襲う。
側頭部には食い込む指がきりきりと締めつけて来た。
な、何故いきなり俺の顔面にアイアンクローを仕かけたの?
質問に答えられないどころか、喋れないんだけど?
「ちょっと余計なことは言わないでねぇ?」
「ふぉぁい」
自分で聞いておいて、瞳孔かっぴいらいて圧をかけて来ないで。
もうそれ、イエスorはい、しか解答権ないじゃん。
うぅ、女の園の番長怖い…………。
アイアンクローを解いてもらって顔をさすっていると、なんか外から慌ただしい音が聞こえて来た。
警備の奴がソムランの合図で様子を見行く。
けど、俺は窓のほうから漂ってくる気配に思わず立ち上がった。
「来やがった!」
「誰が?」
俺の叫びにリュナシェーラが困惑すると、二階の窓に外から人の手がかかった。
「僕だよ!」
「帰れ!」
「勇者さま!?」
ソムランが驚いて声を上げると、池谷はカッと目を見開く。
「アマラちゃんがお料理にはまってると聞いてやってきたら、なんだこのハーレム!? 豚のくせにうらやま、じゃなくて、けしからん!」
「なんでそんなこと知ってんだよ! 気持ち悪いな!」
勇者の闖入に、騒ぐことになった後日、害がない程度の俺の情報が勇者に売られていたことを知った。
地味にショックだわ。
なんか、ソムランがやり手の奴隷商人だってこと忘れてた…………。
隔日更新、全十六話予定
次回:要は金儲けだろ?