6話:好きすぎじゃない?
日本人だった頃の面影なんて毛ほどもないザナンは、俺を眺めて考え込む。
「誰? 知り合い? 変質者に追いかけられたの中学の時だし、その頃?」
あ、やっぱりこいつ辻本かよ…………。
うわぁ、うわぁ…………。
「…………劇的ビフォーアフター」
「よーし、わかった。この筋肉を味わいたいな?」
ザナンは筋肉で膨れた大きな体で俊敏に動くと、俺を背後から締め上げ始める。
「と言うか、中学の変質者について知ってる男子、多くないのよ! しかも、その空気読まない発言に、妙に意固地なとこ、あんた佐藤でしょ!」
「あた、当たり当たり! だから、放し、て…………!」
ふっとい腕を精一杯叩いて解放してもらった俺は、改めて変わりすぎた元クラスメイトを見つめた。
「…………お前、いつ死んだの?」
「高一の夏休み。公園から飛び出した子供庇ってね。なんか漫画みたいでしょ?」
「全然、知らなかった」
「そりゃ、小学校挟んで反対に家あったんだし。中学で三年間同じクラスにならなきゃ、お互い知り合ってなかったんじゃない?」
確か辻本は高校女子校行ってたよな。
卒業以来全く接点なくなったんだった。
…………まさか、一年も前に死んでたなんて、思わねぇじゃん。
「全く、ここの暮らしに慣れた今になって、かつての俺を悼まれるなんてな」
暗くなる俺を意識したのか、口調を変えてザナンは笑った。
「被害者の佐藤には悪いが、俺はこの状況を喜んでさえいる。勝手に同情してくれるな!」
「あぁ、うん。そうみたいだな」
わかったからバイセップかなんかいうボディビルポーズしないで。
いや、いい笑顔だな。
相当気に入ってんのな、その体。
「で、えーと、なんの話だったっけ?」
「あぁ、中身違うみたいだから、警備担当者として確かめようと思っただけなんだ。まさか知り合いとは思わなかった。…………念のために聞くが、あの勇者との面識は?」
「ない! お近づきにもなりたくない!」
「そうか。…………私にそれくらいでなんて言ってた佐藤がねぇ、ふーん?」
「その節は本当に心ない暴言を吐きました。ごめんなさい」
「ま、なんでも当事者にならなきゃわからないことはあるさ。朝一元気な息子なんて、この体にならなきゃ知らなかったし…………」
「あぁ、お前んとこ妹だけだっけ?」
そっか、俺が女の体知らないように、辻本も男の生理現象知らなかったわけか。
「あれ? ってことは…………!」
俺はある可能性に気づいてザナンの分厚い褐色の手を両手で握り込んだ。
んだけど、分厚!? 両手使ってんのに握り込むので精一杯だぞ!?
「どうした? は、まさか!? 佐藤もこの筋肉の魅力に落ちたの!?」
「違うわ! 本当に好きだな、その体!」
「いやー、女ってどんなに鍛えてもこんなに筋肉育たないんだもん!」
なんだよ、筋肉が育つって!?
「今はそれどころじゃねぇ! ちょっと知恵貸してくれ!」
「そんなに切羽詰まってどうした?」
「実はさ、リュナシェーラに講習受けろって言われてて、嫌なら代わりに役立つ商売発案しろってなってんだよ」
「あぁ、房事の」
「俺が濁した気遣い!」
「はいはい。聞いてる聞いてる。これでもこの屋敷の警備だからな。誰が何処に移動してるかも把握してるから、その話も部下に聞いた」
話が早いな。っていうか、もしかしてこいつ有能?
なんて思ってる間に、しっかり握ったつもりの両手を簡単に振り払われた。
「で? 女の園のあけすけな話にいたたまれずに逃げたいけど、いい案が浮かばないから、女心の分かる俺に協力を求めたいと?」
「本当に有能だな!?」
なんでわかったの? え、ちょっと怖いよ。
「実は、警護ついでにソムランさまに愚痴られた。確か商売の判定はソムランさまのはずが、いつの間にかリュナシェーラがうんと言わなければ認められないようになってるってな」
そうなんだよ。
いくつか商売になりそうなもん、日本の頃考えて言ったんだけど却下されてんだ。
服屋とか食い物屋とかなー。
「聞く限り、リュナシェーラが却下するのもわかるけどな。服とか、日本の感覚でやるのは無理だ。服はオーダーメイドが主流の世界なんだから、まず布作るか選ぶところからなんだ。量産なんてできないんだから、コーディネート考えて店頭に並べること自体、無理だし無意味だな」
「…………食い物屋も、俺が言うやつ再現できないって、言われた」
「そりゃ、調味料も何もないのに、どうやって和食作るんだよ」
「似たもので、なんとか、代用する、とか?」
「代用品探すにしても、まずお前は料理できるのか? 発案者が実物作れないのに、和食知らない奴に説明して作らせるなんて無理だろ」
リュナシェーラよりも的確に駄目だしされた。
けど俺だって提案した理由くらいあるんだぜ?
「このひらひらした服とか動きにくいだろ? あと脱ぎ着もしにくいし。そこを改善できたらって思ってさ」
「化学繊維じゃないから重ねないと布地が痛むだけ。脱ぎ着しにくくても着てないと日中の日差しや夜間の冷えに対応できない。デザインには民族や家の歴史が刻まれてるから、軽々しく変えられないんだよ」
「うぬぬ…………」
「はぁ。まずお前はこの世界を知ることからやらないと、何を発案しても的外れだろうぜ」
「…………ごもっとも」
「一応聞いておくけど、なんで和食だったんだ? 和食好きだっけ?」
「いや、なんかこっちの食べ物合わないのかあんまり量は入らなくて。さっぱりした物食いたくなった」
「あー、基本的に油で揚げるか炒めるのがこっちの料理法だしな。胸焼けしてるんだろ」
胃の辺りを無意識にさすっていた俺に、ザナンは当たり前のように言った。
「胸焼けって、胃の辺りが重いんだけど?」
「そうだろうけど、それ胸焼けって言うんだよ。別に胃もたれって言ってもいいけど、胃に入る前につっかえたような嫌な感じしないか?」
「するぅ…………。マジか。これ胸焼けだったんだ?」
俺と同じくらいしか食べない奴ちょいちょいいるけど、もしかしてみんな胸焼けしてる?
「あれ? 食事の時、リュナシェーラもよくここ摩ってるけどもしかして?」
「あー、体型維持に力入れてるって聞いたけど、無理に食べてるのかもな。そう言えば、この国って色んな人種混じってる交易地なんだが、女の体型は太いか細いかの両極端だ。もしかしたら、食事の合わない女性が一定数いるんじゃないか?」
俺はもう一度ザナンの分厚い手を握った。
「てーつーだってー! 俺一人じゃその辺りの説明も難しいんだよー」
「うーん、説明とか説得は俺じゃなくてソムランさまの得意だ。まずあの方に食事の改善を申し入れて、リュナシェーラを動かせないか相談すべきだろう」
「わかった! それで行こう!」
「お、おい! 俺も連れて行く気か?」
「ザナン、頼りになるー!」
俺のおざなりなよいしょに盛大な溜め息をついて、ザナンは一緒にソムランの執務室について来てくれた。
「…………食事の改善の件はわかった。その、体調は大丈夫なのか、アマラ?」
「ソムランさま、特別働いて労力を使っているわけでもないのですから、心配は不要です」
「なんかその言い方だと、俺が極潰しみたいじゃん」
「そう思われているからリュナシェーラに商売を考案してみろと言われたんだろう」
「ぐ、じゅ、呪術師っていう職はあるだろ」
「開店休業中だがな」
ザナンが辛辣!
いや、辻本の時からこういう奴だった!
察してほしいっていう女女した面倒臭さはないけど、男心の繊細な部分にまで切り込んでくる感じ!
悔しさに肘でザナンを小突いてみたけど、壁かな? ってくらい腰回り硬い…………。
「そういうわけでソムランさま、本当に細い女たちの食に合うようなら、外食産業に手をつけることも可能かと」
俺の小突きなんて意に介さずザナンはプレゼンしてる。
「ザナン、外食産業とかってあるの?」
「街区には多い。と言うか、家で食事を賄うのは基本的に金持ちだけだな」
まず竈を持ってる家が金持ちだけなんだって。風呂もそうだけど燃料使う設備ってお高いらしい。
ただアマラのような村育ちはまた別だ。家の規模が村一つだもんな。外で食うのも家で食うのも変わらず、一族の食事だ。みんなで食料均等に分け合ってたし、竈も村で一つを共同管理してた。
「…………ずいぶん仲が良くなったようだな」
またモジモジしながらソムランが言った。
そう言えばザナンとまともに口きいたの今日が初めてなのに、慣れ慣れ過ぎて不自然だよな。
「えっと、話してみたら案外気が合って」
「共通の話題もないように思うが?」
ソムランが心底不思議そうに首を傾げた。だから、なんで見た目豚がそうあざとい行動するんだよ!
って、そう言えばこいつ、マッチングが仕事なんだ。変な言い訳すると余計に不信感持ちそうだな。
助けを求めてザナンを見ると、歯を見せて笑った。
任せろってことか?
「ソムランさま、これです、これ!」
言って、ザナンはいい笑顔で腕の筋肉を見せつけた。
「なんでだよ!? お前たんにポージングしたいだけだろ!」
「ふ、照れるな照れるな。お前の視線がこの躍動する筋肉に引きつけられてるのはわかっている」
「いや、それだけ自己主張の強い筋肉なら見るけどな。別に筋肉すごいから気が合うとかそんなんじゃないから!」
「なんだと? この鍛え抜かれた肉体に興味がないなんて言うつもりか? どうだ、この美しく割れた腹筋。八つに割れているんだぞ?こんな肉体美見たことがあるのか?」
「いや、ないけど…………」
うわ、本当だ。腹八つに割れてる。え、すごいな…………。
思わずまじまじと見てると、ソムランが重い溜め息を吐き出して、肉に埋もれた目をザナンに向けた。
「ザナン、たまには、体を動かしてみようと、思うんだが…………」
「…………お止めはしませんが、短期で鍛えても短期で戻ります。じっくり行きましょう」
「うむ、高望みはしないが、その…………」
「わかっております。こちらで計画を立て改めてご相談に上がります」
ザナンのいい笑顔に、ソムランは重々しく頷いた。
えっと、なんの話? 俺の商売発案、房事回避の計画どうなった?
なんでソムランは頬を染めて俺をチラ見してるの?
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