5話:おや、ムッキムキバッツーンの様子が?
「また来たよ!」
「来んな!」
ちょっと会話してもいいかなとか思ってたけど、相変わらず胸に話しかける池谷に俺は渾身の拒絶を叩きつけた。
なんで三日しか経ってないのにまた来てんだよ!
勇者って暇なのか!?
上手く助けて気に入られてるらしいお姫さまの相手してろよ!
俺の胸に視線釘づけの池谷に蹴りでも入れようかと思ってたら、警備担当者に肩を叩かれた。
相変わらず褐色の肌は筋肉でムッキムキバッツーンだ。
「王宮の者とソムランさまが会談中だ。小一時間は相手をするように」
「げぇ…………」
どうやらソムランから時間稼ぎを命じられているらしい。
命令ってことは、俺が拒否して逃げても今度はこの警備担当者が俺を追ってくることになるってわけだ。
「攫われそうになったら盾になってくれよ?」
「触らせないよう、ソムランさまから言いつかっている」
そりゃ良かった。
俺はちょっと安心して、池谷の向かいに座る。
お互いクッションを背にして同じ絨毯の上。間には歓待の印だとかいう食い物が幾つも並んでいた。
周りには給仕をする他の女も用意されてるから、池谷は俺から目移りもしてる。
これなら、大丈夫か?
「それで、なんの用だよ?」
「…………え、アマラちゃん?」
「最初にお前の幻想打ち砕いとくけど、俺はこういう性格で、こういう口調の残念美少女だ!」
親指で自分を指して宣言すると、池谷はぽかーんとした。
他の給仕のお姉ちゃんたちや警備の奴らも口開けて俺を見てる。
ただ、褐色の警備担当者だけが、一拍置いて噴き出した。
それで正気づいた池谷は、斜め四十五度に顔を背けて、横目に俺を見る。
「そんなアマラちゃんも、ボーイッシュでいいと思うよ!」
「うるせーわ! お前なんでもいいんだろう!」
決め顔してんじゃねーよ!
お前の顔見る度にこっちは鳥肌もんだってのに!
こいつに助けられて惚れ込んだとか言うこの国のお姫さま、吊り橋効果長すぎじゃないか!? それとも純粋に趣味が悪いのか!?
「いや、ホントに。こんな強気な子が、あの時助けてなんて震えてたのを思い出すと、来るものがある」
「純粋にキモイ!」
やめろ! 本当にやめろ! お願いします!
俺をそういう目で見るな!
ちょっと軽く泣きそうだぞ!
すぅ、はぁ…………。よし、落ち着こう。うわ、二の腕さすったらすっごい鳥肌。
給仕のお姉ちゃんにも見えてるみたいで、なんか同情した目を向けられた。
「…………おい、一つ言っとくけどな、あの時俺が怖がってたの、お前もだからな?」
「何を言ってるんだい?」
心底わからない顔で首を傾げるな!
いちいち腹立つなこいつ!
「こっちの身になって考えろ! いきなり抜き身引っ提げて押し入ってくる奴に、丸腰で怯えない奴がいるか!?」
「え? アマラちゃん、一体いつそんな危険な目に!?」
「お前と初めて出会った日のことだよ!」
「僕が?」
「お前が、ここに、押し入って、来ただろ!?」
「抜き身を?」
「剣だよ! タペストリー切り飛ばしたろ」
「…………!」
ピコーン! みたいな音しそうな顔すんな!
そして照れるな! なんで今赤面してんだ!?
呪いたい! こいつにこそアマラが親族にした下痢の呪いかけたい!
けど腹立つことにこいつ勇者なんだよ。善の精霊の加護ついてるから、そう簡単に呪い通らない。状態異常無効みたいなバフかかってやがるんだよ。
あーイライラする!
「そんなに見つめられると、照れる」
「お前が怖いんだよ。包丁持って近づかれるだけでも怖いのに、完全に人間殺せる刃物持ってた奴とか、何するかわかったもんじゃねぇ」
だから照るな! 頬を染めるな! 瞬きを増やすな!
「出会いが悪ければそれだけこの先の関係は好感うなぎ登りに…………」
「なるかー! ポジティブが過ぎるわ!」
もう無理! 俺の精神がもたない!
俺は救いを求めて褐色の警備担当者に目で訴えた。
んだけど、あれ? なんか険しい顔で見られてる。
あ…………時間稼がなきゃいけないのに、めっちゃ罵倒してた。
ま、まずいかな?
池谷全然応えてないみたいだけど?
なんて冷や冷やしてたら、結局ソムランの話し合いが終わったことを言いに来たリュナシェーラに連れ出される形で池谷との面会はお開きになった。
…………池谷はね。
「なんで、俺、こんな所に連れ込まれてるんでしょうか?」
俺の目の前にはムッキムキバッツーンな褐色の胸。
はち切れそうな胸だけど、男の鍛え抜かれた筋肉でできた谷間とか、嬉しくない!
「なんだ、敬語は使えるのか?」
「えーと、はぁ…………。それで、いきなり小部屋に引き摺り込んだ理由を教えてくれませんかねぇ?」
「俺の名前は知っているか?」
「いいえ」
「ザナンだ。戦奴としてソムランさまに買われたが、今は屋敷の警備を任されている」
「へ、へぇ?」
戦奴って、何?
買われたってことは、このザナンって言う奴も奴隷ってこと?
「…………セクハラだなんだと騒ぐなよ。ここじゃそんな概念存在しないからな」
「いや、セクハラとかそんな…………はぇ?」
あれ、今、セクハラって言った?
な、なんで? いや、もしかしてこいつ!
「やっぱり、意味わかるのね」
「ごっぶふぅ!?」
いきなり女言葉になった!?
いや、ちょっと待て! ってことはこんな筋肉しててこいつってまさか?
「中身女か!?」
「そういうあなたは男みたいね。言葉遣いからして学生? あの勇者と同じくらいの歳だったりするの?」
「ま、待って…………ごめん、口調、戻して…………」
目に見えてる情報と、耳に聞こえてる言葉の差が激しすぎて、なんか受け止めきれない。
「自分にも当てはまってるってことを、自覚をすべきだな」
あ、男言葉に戻してくれた。
良かったぁ。褐色の筋肉オネエがお仲間とか、池谷との会話で削られてた俺の精神がへし折れそうだった。
「あの、なんで?」
「なんで気づいたか? さっき、ポジティブって言ってただろう。ボーイッシュくらいは聞き流してたまたま噛み合ったのかと思ったが、さすがに自分から言ってるならな」
「お、おう…………。無意識だったわ」
ザナンは狼狽える俺を見下ろして、押さえつけるように掴んでいた手を放して距離を取る。
扉はザナンの向こうだから、俺に逃げる手段はない。
「それで、だ。お前はいつからアマラになった? 俺は一年ほど前だ。日本でちょっと交通事故に遭ってな。死んだと思ったら死にかけのこのザナンの中にいた」
「俺は…………、ついこの間、ソムランに会った日に」
俺はザナンに促されるまま、アマラに生贄にされたことを説明した。
「…………なんっつうもん買ってんだよ、あのご主人さまはよー!?」
「それは俺が言いたい!」
本当になんでソムランは呪術師の爺さんに言われたからって、アマラみたいなの買っちゃったのさ。
「まぁ、こっちからすれば、アマラがお前で良かったってことか」
「良くない! なんで俺が奴隷美少女にならなきゃいけねぇんだよ!」
「ぶっふー! 奴隷、美少女って…………、自分で美少女とか、言わないでよ、ぶふぅ」
「自分のことじゃねぇもん」
なんか、見た目あれだけど、普通の女子って感じだな?
こいつももしかして、俺や池谷と同じくらいだったりする?
「なぁ、ザナン? お前、もしかして日本人?」
「あら、やっぱりあなたもそうなのね。この世界、何処か日本と繋がってるのかしら? 召喚された勇者も日本人だし」
「いや本当その褐色マッチョの姿で女言葉はやめてくださいお願いします」
見ないように目を閉じてみるけど、ひっくいいい声してんだよ。
なんだろうな、この暴力的な違和感。
「こほん。俺もこの姿に見合う言葉遣いを意識しているからな。口調が崩れるのは本意じゃない」
「えっと、それは元の体の持ち主に対する義理立てか何か?」
「おいおい、これを見てもそう言うのか?」
言って、ザナンは太く立派な二の腕を俺に見せつけ、力こぶを作る。
「この鍛え上げられた肉体美! 躍動する筋肉の張り! 俺の口調一つで舐められるなんて、勿体ないだろう!?」
「はぁ!? おま、お前、中身女なんだろ? どんなに見た目良くてもなんかこう、受け入れがたいとこあるもんじゃねぇの!?」
「ふふん! そんな貧弱な体に入れられたことは同情しよう。そんな細腕じゃ、変質者に追いかけられても逃げ切れるかわからないだろう。追い詰められる恐怖に震えるしかないだろう。パンツを覗き込む下種の視線に唾を吐くしかないだろう。痴漢に遭っても罵倒するしかないだろう」
「嫌に具体的だな。お前、大丈夫?」
「心配無用! 安全ピンを仕込む必要もない! そう、今の俺にはこれがある!」
そう言って、今度は両腕を肩より高く上げて上半身の筋肉を誇示する。
…………うん、今のお前にセクハラしようとする奴は、ただの命知らずだな。
「そうだ、一応教えておこう。ここではザナンって呼んでもらって構わないが、俺の元の名前は辻も」
「辻本!?」
思わず指を差して食いぎみに名前を呼ぶと、ザナンも絶句した。
おいおいおい! 聞いたことある罵詈雑言だと思ったら!
こいつ、中学の同級生かよ!?
隔日更新、全十六話予定。
次回:好きすぎじゃない?