2話:これが女の勘?
いや、誰だよ!?
っていうか日本人? マジで? 実はここ日本なの?
俺が混乱している間に、ソムランのほうが不審そうな顔をして、学生っぽいイケメンに声をかけた。
よく考えたら、あいつ不法侵入だよな。
「異国の御召し物、象牙色の肌、奇怪な行動…………。あなたは噂に聞く善なる精霊が遣わした勇者さまでしょうか?」
「ふ…………。そうだ、僕が勇者。僕こそが正っ義!」
うわ、なんか独特の溜めのある喋り方する奴だな。
あと、ソムランにさりげなくディスられてるの気づいてない?
「勇者さま、こちらの常識というものに未だ慣れておられないようですが、抜刀した状態で他人の家に入り込むのは強盗の行いです」
あ、ソムランが無慈悲にマジレスし始めた。
「はぁははは! この勇者である、僕! 池谷 命斗に向かって強盗とは、ね!」
いや、うるせぇよ池谷。
こいつが同じ日本人なのが恥ずかしいわ。
どれだけ勇者になったのが嬉しいんだよ。異世界召喚されて浮かれてんじゃねぇよ!
こちとら生贄召喚で美少女に性転換させられた上に今まさに豚から襲われそうになってんだぞ!
こんなアホそうな池谷を羨みたくなんかないけど! 俺と立場交換してください、この野郎!
「では、今一度正規のルートで訪問していただきましょう。どうぞ、正門からおいでください。もちろんその際、剣は一度預からせていただきます」
そしてソムランは徹底してマジレスだな。
いや、大人の対応ってやつか。タペストリーぶった切られてるし、たぶん怒っていいぞ?
「敵を前に武器を捨てろとは、勇者に向かって何を言ってるんだ?」
お前が何を言ってるんだ?
敵って、このソムラン? そういや、入って来た時に悪徳奴隷商って言ってたな。もしかして、悪事の証拠を持って捕縛に来たとかそういうことか!
「敵とはなんのことでしょう? 勇者であるあなたの敵は、荒野に巣食う邪竜のはずでは?」
わー、竜とかいるの? やっぱりここ、異世界か?
なんか池谷が気障ったらしく斜め上を見始めた。
「ふふん、そんなのは呼び出された理由に過ぎない。僕はこの荒廃した無秩序な世界に平和をもたらすの、さ!」
「秩序はございますので、ご心配なく。そも、今現在不法侵入及び街区における戦闘行為という秩序を乱す行いをしておいでなのは、勇者さまです」
本当に冷静だな、この豚。
と思ったら、額に汗浮いてる。
手も、緊張してギュッと握り締められてる? 実は内心ガクブルだったりするのか?
そりゃそうだよな。いきなり剣持った奴に押し入られてんだから。
いったいどんな悪行したんだか?
…………あれ? これって俺、逃げ出すチャンスじゃないか?
善は急げと動いたら、布の擦れる音で池谷と目が合った。
瞬間、鳥肌が立つ。
ヤバい! こいつは駄目だ!
そんな胸に湧く嫌悪感と危機感は、池谷の笑顔を見た途端確信に変わる。
「うっは、エッロ…………」
ぎゃー! 人の胸見て何言ってんだこの野郎!
なんだこいつ! 笑った途端、下心がだだ漏れじゃねぇか!
顔が良くても、カバーしきれない下種な魂胆とか、気持ち悪ぃ!
またしてもごめん、辻本以下、中学同級生の女子たち!
鼻の下伸ばしたおっさんに、キッショ、キッモ、マジナイ、見んな、なんて言いすぎだとか言ってごめん!
あんな目で見られたら、全力で拒否するわ! 拳で殴る代わりに言葉で殴りに行くわ! 今理解した!
俺は思わず胸を両腕で隠す。
けど、女の体に不慣れなせいで、寄せてあげるような形になってしまった。
ぎゃー! 舐め回すように見るんじゃねぇ!
しかも今気づいたけど、スカートがめっちゃ捲れ上がってた! 膝上まで捲れてるじゃん!
池谷のエロイ視線で気づいたよ! 最悪だ!
「ふ…………、この勇者が来たからには、何も怖がることはない。すぐに僕が助けてあげるから、んね!」
キモいし腹立つ! ウィンクしてくんな!
絶対あいつ、俺を助けようとしてるの正義感からじゃねぇ!
断言できる! 勘だけど、アマラの体もやめとけって警報鳴らしてる気がする。これが女の勘ってやつか!?
震えあがる俺を見下ろしたソムランが、池谷の視線を遮るように一歩前に出た。
「王宮において身を挺し姫君をお助けした義侠心溢れるお方と聞いておりましたが…………。この者は私の奴隷です。勇者ともあろう者が本当に強盗を働きに来たのですか?」
ソムランの言葉に、池谷が初めて真面目な顔をする。
お前、そっちのほうがイケメンのままでいられるぞ。っていうか、もう俺に笑いかけるな。二度と。
「同じ人間を奴隷にして虐げている現状をおかしいとも思わない、その醜い心がお前の本性だ。この悪徳奴隷商め」
「悪徳と仰いますが、私は誓って法に反することはしておりませんし、善の精霊に恥じる行いもしておりません」
「奴隷を売っておいて悪じゃないわけないだろう!」
「ですから、暴利を貪ることも、権利者を侵害することもない、全うな商売を」
「人間を売ることを恥ずかしげもなく全うな商売だとか言うな!」
あ、あー。こりゃ、噛み合わねぇわ。
日本の常識だと、池谷の言いたいことはわかる。
けど、アマラの記憶からして、この世界は奴隷がいてこそ成り立ってるし、奴隷も社会に根差した一つの身分、職業だ。
そこを池谷はわかってない。
いや、俺もわかってないけど、少なくともこのアマラは奴隷として売られるくらいにはやらかしてる。親族一同を呪って腹痛で寝込ませるとか、ちょっとしたバイオテロしてるからな?
だからこそ、権利者であり被害者であるアマラの父親から売られて奴隷になってる。いわば、アマラはちょっとした罪人だ。奴隷って罪人に対する強制労働の側面もある。
「俺は可哀想な女の子を見捨てることはしない!」
「落ち着いてください、勇者さま。乱暴はいけません」
「乱暴しようとしていたのはお前だろう、悪徳奴隷商! 女の子を追い詰めて襲おうとしていたくせに!」
「何か誤解があるようですが…………。ともかく、一度剣を降ろしてください」
「誤解なんかない! 僕がここでお前を倒してその子を助ければ全て丸く収まる! 悪を滅ぼしてこその勇者なんだから、ね!」
あれ? もしかしてこいつ、ラノベとかによくあるパターンしたいのか?
異世界召喚された勇者が、通りかかった奴隷商人のところから女の子の悲鳴を聞いて飛び込んで助けるみたいな?
奴隷美少女を仲間にしてラブラブとか、良くある話だし。正義感少しはあるみたいだけど、池谷もそれ狙ってるのか。
「…………となると、セオリー通りにすれば、俺、助かる?」
金出してアマラを買ったソムランには悪いけど、俺も被害者だ。
ここは全力でこの状況に乗らせてもらおう!
「見苦しい時間稼ぎにつき合う気はない! 雑魚は雑魚らしく大人しくやられろ!」
「勇者ともあろうお方が何を!?」
池谷がソムランに斬りかかろうとしたところで、俺は横座りになり胸の前で軽く拳を握り、渾身の可愛い声で叫んだ。
「きゃ~~! 助けてぇ!」
我ながら、か弱い感じの声が作れたと思う。
弱々しく俯いてるのもそれっぽくない?
とか思ってソムランと池谷をチラ見したら、ガン見されてた。
…………え、なんで? やっぱ、男がやっても可愛くない?
「んふーー! 今助けるからねー!」
ぎゃー! やっぱこの池谷キモイ!
目がギラギラしてる! 下心っていうか、ギトギトのスケベ心が透けて見えてマジで無理!
は…………! お、俺、こいつに助けられたら、そのまま押し倒されるんじゃ?
やっちまってから気づいた俺が本気で怯えると、ソムランが池谷から俺に向かって体の向きを変えた。
アッー! ここにはケダモノが二人いたんだったー!
「は! 彼女は渡さないぞ!」
ソムランの動きに気づいて、池谷がなんか体に光を纏った。
かと思ったら、加速してソムランを回り込み、俺を抱き上げて距離を取る。
え、何それ? カッコいいな! 俺もそれやりたい!
とか思ってたら、ソムランが猛然とタックルして来た。
巨体の一撃を受けた池谷は、俺を手放し、ソムランと一緒に壁にぶち当たる。
その衝撃で、池谷の手から剣が落ちて、二人は揉み合いになった。
「この豚め! どけ!」
いや、俺も思ってたけど、それ本人に言うのどうなの、池谷?
んで、勇者の名前は伊達じゃないんだな。体重差倍はありそうなのに、ソムラン蹴り飛ばしやがった。
「くそ! まだ邪魔をするのか!」
蹴り飛ばされたソムランは、息を荒くしながら俺に近づこうとした池谷の足に抱きついて止めた。
必死の形相のソムランは、口の端を切ったらしく、血を流しながら叫ぶ。
「ふぅ、ふぅ! い、今の内に部屋の外へ逃げろ! 早く!」
「違う、逃げるんじゃなくて、僕が助けるんだ!」
「早く行くんだ! 私が押さえている間に!」
え、え? 何この状況?
えー!? お前が俺を助けるの、ソムラン?
いや、めっちゃボコボコにやられてるけど、それ、俺を逃がすための時間稼ぎだったの!?
「ぐ…………! ぐふ、け、怪我をしない内に、早く行け!」
誰だよ、ケダモノなんて言った奴!? 俺だよ!
身を挺して守ろうとしてくれるとか、紳士じゃねぇか!
ごめん! 豚とか呼んでてマジごめん!
ちょっと、さっき部屋の前にいた人呼んでくるから!
隔日更新、全十六話予定
次回:人は見かけによらないってやつ?