12話:お前は何をしに来たんだ?
最近、池谷を見ないと思ったら、邪竜討伐に出かけてたらしい。
ようやくかよって感じだけど、なんか討伐自体は池谷の力でちゃっちゃと終わったそうだ。
俺がそれを知ったのは、街で大々的な凱旋パレードが行われたから。
ソムランが倒れたり、業務分担の見直ししたりして忙しかったから、全然知らなかった。
「はい、アマラ。今月の売り上げ計上よろしく。それとこれ、お昼にどうぞ」
「ありがと、リュナシェーラ。またわざわざ店まで行ったんだ?」
「アマラが考えた豆入り挽肉の焼き物、売れ行き気になったんだもの」
リュナシェーラは暴行されたにも拘らず、ヘルシー志向の飲食店に足を運んでる。自分を売っぱらった父親に突撃かますくらいの行動力は未だに健在だよな。
俺に差し出してきたのは今言った新メニューの豆入り挽肉の焼き物。要は豆のかさ増しハンバーグだ。
蜂蜜と酢で作った甘酢ダレと合わせるよう助言してくれたのはザナンこと、かつてのクラスメイトの辻本だった。
「やっぱり目新しいとなかなか手を付けてもらえないみたいよ」
「また試食でもするか?」
「うーん、目新しい物売ってるのはお客さんもわかって来てるから、最初の時みたいに全く売れないわけじゃないそうなの」
じゃ、様子見してもいいのかな?
かさ増しハンバーグを食べながら、俺は片手で売上が入った袋の中身を十ずつにわける。
「うん…………、だいたいいつもどおりだな」
暗算して端数まで計算するためより細かく纏め始めると、リュナシェーラがじっと俺の手元を見つめてるのに気づいた。
「アマラが旦那さまの仕事を手伝うと言い出した時、呪術で何かするのかと思ってたのに。思わぬ才能よね」
「計算なんて覚えれば誰だってできるって」
「あたしできなかったじゃない。なぁに? アマラなりの皮肉ぅ?」
「ち、違うって! 慣れだよ、慣れ!」
どうもリュナシェーラは計算が苦手らしく、唇を突き出して俺に絡み始める。
俺より異世界生活が長いザナン曰く、小さい頃から計算に慣れてないと、数という概念を理解するところから始めなくてはいけないんだそうだ。
概念なんて難しいこと、日本の小学校じゃ教えてたらしい。
コインが一つあることはわかるけど、コインが一という数字に置き換わる概念がわからないとかなんとか。言ってて俺も良くわからなくなってきた。概念って難しいな…………。
とか思ってたら、なんか外が騒がしくなった。
「アマラ!?」
「ソムラン? そんなに慌ててどう…………あ」
外がめっちゃ騒がしい。
俺知ってる。
これ知ってる。
思わず頭を抱えると、案の定、窓から池谷が現れた。
「アマラちゃーん! 邪竜倒してきたよー! 君のために、ね!」
「そこは国とか世界とかのためにしておけ! そして帰れ!」
「勇者さま、再三申し上げておりますが、お出での際には正門よりお入りください」
そう言って俺を後ろに引っ張るソムランは、もう池谷を前に怯えてはいない。
体重そうなのは変わらないけど、その分パンチも重そうな感じに鍛えてるし。
腕の筋肉もりもりになってんの、ザナンの趣味かな?
「正門から入ろうとすると無駄に時間をかけることになるから、こうして直接会いに来ているだけ、さ」
池谷は相変わらず喋りがウザい。
けど邪竜倒した勇者だし、王さまもソムランも無碍にはできないんだろうなぁ。
「それに、正門から行こうとすると何処かの奴隷商が三回に一度くらいしか会わせないようにしているからね」
あ、気づいてたんだな。
「こちらにも予定というものがございます。ご覧のとおり、アマラは今業務の途中。勇者さまのためとあらば仕事の手を止めることも吝かではありませんが、何ごとも順序というものがございます」
そう言えば、池谷が飛び込んで来たせいで、せっかく十ずつに分けてた金がばらけてる。
「は…………! いたいけな少女に強制労働!?」
「何を見てその妄想を口に出した!?」
思わず突っ込むと、池谷は真面目な顔して俺が数えていた金を指す。
「アマラちゃんが稼いだ金だろう? 違うのか、悪徳奴隷商」
「いえ、確かにアマラが稼いだと言えばそうですが」
「言い方に語弊がある!」
何頷いちゃってんだソムラン!?
自分で聞いといて殺気立つな池谷!
ナニして稼いだと思ってんだよ!?
「俺が発案した料理屋やってるって言っただろうが。そこの売り上げだよ」
「む、そんな地味な仕事をこんな美少女にさせてるだけだとは到底思えない!」
「うるせー、このすっとこどっこい! 脳みそピンク! 俺が地味に働くのの何が悪い!」
「アマラ、待て。さすがに邪竜討伐を成した勇者さまにそこまで言うのは」
ソムランは俺の身の安全を心配して止めてくる。
邪竜って、荒野を占拠するとんでもモンスターらしい。
体でかいし、魔法使うし、刃物あんま効かないし。ともかく人間の生活の邪魔にしかならないから、勇者を召喚して退治してもらおうって池谷は呼ばれた。
役目終わったならさっさと元の世界帰せよって思うけど、なんか倒したら倒したで大々的に祝ってもてなさなきゃ、国の名折れらしい。
本当、なんでこいつが勇者で俺は奴隷美少女なんだかな。
「アマラちゃんが魅力的なのはわかるけど、いい加減王宮に呼びたいんだよ、僕は?」
「王宮に? 何言ってんだ?」
池谷はソムランを睨んで俺に答えた。
「僕は前からアマラちゃんを奴隷から解放して僕の庇護下に置くよう言っていたんだ。それを、所有者から奴隷を奪うのは強盗だなんて、王さままで! いつまで人間を物として扱うんだ、この悪徳奴隷商!」
「庇護もくそもある…………もご」
罵ろうとしたら、リュナシェーラが俺の口を覆った。
笑ったように細められた金色の瞳が、黙ってろって言ってる。
え、怖…………。
けどさ、そろそろ池谷もソムランが悪徳奴隷商じゃないってわかってもいい頃だと思わねぇ?
何回か言って聞かせたけど、言わされてるだの、脅されてるだの人の話聞かないでさ。
「お前の目がある所では、アマラちゃんは怯えて正直に話せないんだ! いったいどんな脅迫をして、アマラちゃんに悪人じゃないなんて言わせてるんだ!」
こいつ本気で俺が脅されて庇ってると思ってたのかよ!
そしてお前はモジモジするな、ソムラン! 悪人じゃないって言われて嬉しいのはわかるけど今するな! 乙女のように恥じらうな!
あー! 突っ込みたいのに口塞がれてて言えねぇ!
俺を物理的に黙らせてるリュナシェーラが、溜め息をつきながら囁いて来た。
「そういうことは、本人に言ってあげなさいよ。喜ぶわよぉ」
「ふん!」
ソムランを喜ばせたくて言ってんじゃねぇ!
って気持ちを込めて声を出すと、伝わったみたいでリュナシェーラは勿体ないとか勝手なこと言ってる。
勿体なくねぇ!
無駄な恋愛フラグは立てる気ねぇんだよ、俺は! 相手がソムランだろうと池谷だろうとな!
「勇者さま! 勇者さまはいずこー!?」
「どうやらお迎えがいらしたようですが」
「く、王宮の使者か」
バタバタとこっちに向かって走って来る足音と、勝手に飛び出す勇者を追いかけ回す羽目になってる王宮の使者の声がした。
聞いた話、本当に思い立った途端、王宮の窓から池谷は飛び出していくそうだ。
王宮の使者は常時馬車を用意させていて、いつでも池谷を追いかけられるよう準備してるんだとか。
「あぁ! こちらでしたか!」
飛び込んで来た王宮の使者は、なんだかいつもと様子が違った。
いつも急いでるから疲れて息乱れてるんだけど、今日は顔色が悪い。その上脂汗かいてガタガタ震えてた。
そんな姿にリュナシェーラも驚いて俺の口を塞いでいた手を放す。
「如何なされた?」
いち早く動いたのはソムランだった。
王宮の使者を支えて、口元に耳を寄せる。
「た、大変で、ございます! 邪竜が、邪竜の、幼体と、思われるものが、こちらに!」
「邪竜の幼体? こちらにと言うことは、この街に向かっているのですか?」
ソムランの確認に何度も頷く王宮の使者。
当の池谷は、顎に手をかけて首を傾げていた。
「幼体って、なんだ?」
「馬鹿! 子供ってことだろ! 親の仇でも探してるんじゃないのか!?」
「なるほど、僕狙いか。身のほど知らずだ、な!」
恰好つけるな!
余裕ありすぎると頼もしさより不安が勝るわ!
「と、ともかく勇者さまには、武装を、整えるため、お戻りいただかなければ」
息も切れ切れに訴える王宮の使者に、池谷は恰好つけた指の差し方をして笑った。
「どうせ子供なんだろう? 親さえ僕一人でなんとかなったんだ。わざわざ武装しに戻る必要なんてないさ」
「確かに、は、発見が遅れてもう、すぐそこに迫ってはいますが」
「なら、急がなきゃね!」
一度は俺に背を向けて窓から出ようとした池谷は、何か思いついた様子で俺を振り返った。
「アマラちゃん! 僕の雄姿をその目に焼き付けてくれ、よ!」
「さっさと行け! これだけ素っ気ない態度なのに、なんでまだ諦めねぇんだよ、お前は!?」
どエムか!?
俺の罵り文句を聞かない内に、池谷はやっぱり窓から出て行く。
「あぁ、また窓などから…………。いつもいつも、勇者さまの行いに目を瞑っていただき」
「いやいや、こちらも無礼な振る舞いを寛容に受け入れていただき」
なんかソムランと王宮の使者が頭下げ合い始めた。
もしかして、無礼な振る舞いって、俺? 俺、だよなぁ。
なんてソムランたちのほうを向いて窓に背を向けたら、俺の呪術師としての勘に、這い寄る何かの気配が引っ掛かった。
身構えて振り返ると、そこには紫色で粘液を纏った触手。ドゥルッとしたそれは、池谷が出て行った窓にへばりついてる。
「ひぃ…………!?」
俺の声に気づいて振り返ったソムランたちも、声を上げられないまま粘液垂れ流してうねる触手に身を硬くするしかなかった。
隔日更新、全十七話予定
次回:邪竜ってなんだっけ?




