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更なる罠

「今日は一段と賑わってるわねぇ」


 嬉しさ半分ため息半分のリンちゃんの言葉に、頷くことで同意する。

 早朝にフィーアスへと降り立ったはずの私たちは、まだ6時過ぎだと言うのにいつもの倍は混雑している門の前に立っていた。


 イベントの()()()

 このダンジョンイベントもようやくロスタイムに入ったと言うべきか、佳境に至ったと言うべきか。

 金土日という追い込みの3日間、街はいつも以上に賑わっていた。


 元より金曜に始まり木曜日に終わるイベント日程には無理があった、とはリンちゃんの言。

 プレイヤー層の大半を占めるであろう社会人と学生を、バッサリと切り捨てるようなものだったからだ。

 結果として期間は3日延長されて、私たちのように日々ランキングを目指して周回を重ねていた層にとってはロスタイムへの突入と言えた。

 逆にゲームを楽しんでいるプレイヤーにとっては、ここからがフィーバータイムと言ったところだろう。


 ちなみに告知が入ったのは直前という訳でもない3日目の昼だ。サクちゃんと遊んだ日の昼だね。

 週末に予定を入れていた人はご愁傷さまかもしれないけど、週が明ける前に告知していた訳だから、運営としてはギリギリセーフなタイミングと言えると思う。


 ともかくここからが星屑の欠片集めのピークだ。

 今日も気合を入れて周回を頑張らなきゃ。


「ナナは大丈夫?」


「うん。ログインしたらスッキリした」


 ほとんど何も覚えていないんだけど、どうも私は今朝ベランダで寝ていたらしい。

 夢遊病かな? と思ったけど、夜風に当たりたくてベランダに出たのは覚えてる。

 まあ私の事だから風が気持ちよくて寝てしまったんだろう。公園のベンチでいつの間にか夜だったこともあるし、よくあるといえばよくある事だ。


 とはいえ朝は少しぼーっとしてたから、リンちゃんが少し心配してくれてるみたい。


『なんかあったの?』

『体調悪いなら寝て』


「んー、ベランダで寝ちゃってねー」


『風邪引くぞ』

『体調悪い説』

『お庭じゃないんだ』

『リンネハウスのベランダ広そう』

『ベランダにプールありそう』


「あはは、みんなが想像してるほどは広くないと思うよ」


 最初の方はリンちゃんだけがやっていた配信も、余裕が出てきた辺りから私も一緒にするようになった。

 私の視点というのも割と需要があるらしい。

 リンちゃんの4分の1もいないけど、それでも私の配信を見てくれている人はそれなりにいる。

 イベントが始まってすぐあたりは私もなんかこう興奮しちゃってまともじゃなかったし、落ち着いてきてようやく配信ができるという感じなのだ。


「今日辺りからもう1段くらい難易度上がりそうだよね」


「そうねぇ。難易度上がる条件も未だによくわからないけど」


 モンスターハウスの追加から先、今週に入ってから目立った難易度の上昇はほとんどない。

 いくつかの即死トラップが追加されたくらいで、その即死トラップもすごいわかりやすく設置されているから引っかかる方が間抜けなだけだ。


 ただ、モンスターハウスの数はかなり増えた。具体的には1周毎に2部屋以上はある感じで、だいぶ頻度が上がってきたように思える。

 小部屋でも一部屋潰せばボス戦一回分くらいの収穫は得られるので積極的にクリアしているけど、レアスキルは最初の大部屋以来ドロップしていない。


 レアスキル《歌姫の抱擁》。かなり特殊な条件下で発動する代わりに、その効果はレアスキルの名に恥じない強力なものだ。

 《餓狼》の様にデメリットがあるタイプではなく、発動条件自体が特殊なタイプ。

 その効果を発動できたことは未だないけれど、このスキルに関してはプレイヤーによっては完全に死蔵してしまう事もありうる。

 私はこのスキルを発動できるであろうスキルを持っているけれど、もし仮にそれが発動する事があるとすれば、それこそアリアクラスのモンスターとの戦いになると思っている。


 とにかく、元々のイベント日程だった7日目まで星屑の迷宮は沈黙を保っているのだ。

 今日から何かが起こると考えるのは自然なことであり、私もリンちゃんもこのところ緩みがちだった気持ちを少しだけ引き締めていた。


「それじゃあ行こっか」


「そうね。今日もがんばりましょう」


 リンちゃんと視線を合わせてから、私たちは門を潜った。


 門の先に広がるワープゾーンとでも言うべき不思議空間を通るのはほとんど一瞬のことだけど、その刹那の時間に空間そのものが大きく揺らいだ。


「きゃっ!」


「リンちゃん!」


 揺らぎに飲まれそうなリンちゃんの腕を、咄嗟に掴んで抱き締める。

 揺らぐ空間の中を振り回される。私もリンちゃんも声を出すこともできず、まるで無重力空間のように不安定な世界の中で翻弄される。

 一瞬の浮遊感の後、リンちゃんの下敷きになる形で私たちはその空間から放り出された。





「……えっ?」


 目に映ったのは、ダンジョンの天井。

 そして数え切れないほどのモンスターと、あまりに広すぎる部屋の造りだった。

 ほとんど無意識に影縫を抜き、リンちゃんを守るようにモンスターの動きを精査する。

 本来ならばセーフルームを通してダンジョンへと入るはずなのに、私たちが落とされたのはダンジョン内部。

 それを囲むのは100を優に超える、数えるのも馬鹿らしくなるほどのモンスターの群れだ。

 つまり私たちが落とされたのは、ローグライクゲームで最悪のトラップフロア。


 すなわち、フロア全域がモンスターハウスのパニックフロアである。


「《エレキバリア》!」


 リンちゃんも一瞬で状況を理解したのか、最初に発動した魔法は《エレキバリア》という雷属性の上級防御魔法だった。

 視線を合わせる必要さえない。アイコンタクトなんてなくとも、私とリンちゃんはやりたいことがハッキリと分かっているから。


「飢え喰らえ、狼王の牙!」


 初手で最大火力が要る。

 私は《餓狼》の起動を行うと同時に、目の前のメタルベアに向かって思い切り影縫を投げつける。

 ぐしゃりと音を立ててメタルベアの脳髄を貫いたのを確認してから、一瞬で死体と化したソレを踏み台にして飛び上がる。

 空中で瞬間換装。両の手に合わせて4本の投げナイフ。それを、先程見渡した中で厄介そうだったモンスター目掛けて放つ。

 当たる。それがわかっている以上、結果をいちいち見ている暇はない。

 着地点にいたキラビットを踏み潰し、死体が消えたことで地面に落ちようとしている影縫をキャッチする。


「おりゃぁ!」


 影縫を掬い上げるように振り上げ、プチゴーレムを吹き飛ばす。殺すのではなく、あくまでも吹き飛ばすのが目的だ。

 これは言わばプチゴーレム砲。狙うはモンスターの群れの奥に隠れているモンスターだ。


 最初にざっと見ただけでもホブゴブリン・ハイアーチャーが8匹見えた。

 アレはモンスターハウスの中でもぶっちぎりに厄介なモンスターだ。目を潰すか指を落とさない限り、常に狙撃の恐怖と戦わなければならない。

 先程の投擲で目を4つ潰し、リンちゃんへの射線が通っているのは2体。そのうち1体は今のプチゴーレム砲で潰せたはずだ。

 もう1体は一番近くにいたやつだから、普通に殴り殺しにいける。相手もそれは分かってるだろうから、おそらく今は必死に逃げているはずだ。

 残りの2体はかなり奥の方に見えていたから、しばらくは問題ないだろう。

 冷静に状況を分析しながらも動くのは止めない。リンちゃんの露払いをするように、影縫を振るって3体のモンスターを消し飛ばした。


「ふはははははは!」


 影縫を振るう。振るう。振るって振るって振るいまくる。

 1体1体丁寧に頭蓋を砕いてやれば、一瞬にしてポリゴンへと変わっていく。

 それが楽しくて、私は思わず笑ってしまった。


 2日目のモンスターハウスから先、上がったレベル分のボーナスを全て筋力に注ぎ込んだ私の筋力値は既にあの頃の比ではなくなっている。

 ボスとの連戦、モンスターハウスの連続踏破。レベルにして70を優に超え、筋力値はついに300の大台に乗った。

 打撃武器スキルの熟練度が300を超えたことによる武器攻撃力倍率の上昇も相まって、今の私はもはやあの時の私とは一線を画す火力を得ているのだ。

 それに加えて餓狼の発動。そもそも前回は餓狼を発動していなかったから、その時点で火力は1.5倍だ。そこに諸々の上昇値が纏めて乗るから、ざっと見ても当時の2倍は優に超えていた。


 ただでさえ、ほとんどのモンスターは適正レベルが50に満たないフィーアス周辺のモンスターだ。

 もはや部位破壊の必要さえない。

 クリティカルヒットひとつで敵が消し飛ぶほどに、このレベル帯での私の火力はぶっ飛び始めていた。


 とはいえ、ホブゴブリン・ハイアーチャーに限らず強力なモンスターも混じっているのがモンスターハウスというものだ。

 規模が大きくなればなるほど、モンスターの強さも玉石混淆になっていく。

 まずは厄介な飛び道具持ちを殺しつつ、モンスターの総数を減らす必要がある。

 そのためには私以上に、リンちゃんの魔法が必須だろう。


 リンちゃんは多くの魔法を使い分ける知恵も知識も実力もあるけれど、本来のリンちゃんのステータスはガッチガチの魔法特化。

 すなわちリンちゃんは、広域殲滅型の魔法使いなのだ。


 私が10数体のモンスターを屠った瞬間に、リンちゃんの歌声が響いてくる。

 エレキバリアによる守りは強力だが、長時間は持たない。

 私がある程度のヘイトを稼いだことを見越して、リンちゃんは詠唱を始めたのだ。


 指揮をするように振るわれる両腕で描く補助魔法と、全20節に及ぶ歌で奏でる上級雷魔法。

 使い勝手のいいライトニング・バリスタとは異なる、言わば最高に使い勝手の悪い、雷魔法の問題児。


「《ライトニング・ボルテックス》!」


 大きな声で、リンちゃんはその魔法の名前を叫んだ。

 魔法を放ったリンちゃんを中心に、文字通り雷撃の大渦ボルテックスが広がっていく。

 降り注ぐのではなく、術士を中心に拡散する雷撃の嵐。

 リンちゃんほどの魔法使いでさえMPの3割以上を消費してようやく放てるほどの魔法は、リンちゃんの周囲のみならず全方位へと破壊の嵐を吹き散らした。


 周囲にいたモンスターの中にそれを耐えきれる魔防の持ち主はおらず、リンちゃんは半径20メートルほどのモンスターを消し飛ばした。

 私が稼いだヘイトよりも遥かに大きなヘイトを一瞬で稼いだリンちゃんにモンスターの視線が集まる。

 その僅かな空白の時間で、私はモンスターを踏み台にしながらこの群体を飛び越えた。



 フロア全体に広がるタイプのモンスターハウスは、その実全てのモンスターがプレイヤーに対してヘイトを向けているとも限らない。

 特にここにいるモンスターはモンスターたち自身の密度が尋常ではない関係で、そもそもプレイヤーの存在に気づいていないモンスターが存在するのだ。


 その中に、居るか居ないかでモンスターハウスの難易度が遥かに変わる非常に危険なモンスターを見つけてしまった。

 幸いにしてまだ私たちに気がついていないソレを狩るために、私はリンちゃんの傍を離れてまでモンスターを乗り越えたのだ。


「オラァ!」


 空中で逆手に持ち替えた影縫を、流星の如く投擲する。

 轟音と共に風を切って進む影縫が貫いたのは、ローブを纏ったヒトガタ。

 綺麗に頭を吹き飛ばしたおかげで、幸いな事に何一つされることなく倒す事ができたようだった。


「よっしゃ!」


 今のモンスターの名前は《ロールプレイヤー・タイプバッファー》。第6の街(ゼロノア)から先のダンジョンに現れるという、名前の通り厄介なバフスキルを使ってくるモンスターだった。

 《ロールプレイヤー》というモンスターは、本来ならば4体1組で出現するパーティモンスターだ。

 タイプウォリアーなら戦士、タイプマジシャンなら魔法使いと言った具合にそれぞれが別の役割(ロール)を持つ。

 ぶっちゃけて言えば、単体性能で見ればゴブリンの上位互換のようなモンスターなのだ。


 ゴブリンと違う点はその体が人形であり、良くも悪くも機械的な思考しかしないこと。

 戦いとなれば情けも容赦もなく、ゴブリンにありがちな甚振るような行為もない。

 常に命を狙ってくるキリングドールである。

 これがバッファーになると、MPが尽きるまでひたすら支援魔法を連打するクソモンスターとなる。

 それでもパーティで出現するのであれば支援魔法をかける対象が限られているからそれほどの脅威ではなくとも、このモンスターハウスという環境においてこの特性は地獄を産む。

 膨大なモンスターに延々とバフをかけ続けられる恐怖は、想像よりもずっと怖いものだった。



 そんな恐怖体験を思い出しながらも、影縫に気を取られたモンスターを足場に武器を回収しに行く。

 突如飛んできてロールプレイヤー以外にも数体のモンスターを屠った影縫は、良くも悪くもモンスターの気を引いてくれていたからだ。

 着地の際に一瞬だけメテオインパクト・零式を取り出して、足元にいたモンスターをスタンピングしてからしまい直す。

 そのまま遠巻きに影縫を眺めるモンスターたちの間を縫って影縫を拾い上げて、勢いのままに目の前のモンスターを吹き飛ばした。


「次ぃ!」


 全力で投擲すればそれだけで数体のモンスターを消し飛ばす自分の筋力と影縫の威力に震えるけど、まあ気持ちいいしいいかと思い直す。

 後ろから飛んできていた魔法を目の前のプチゴーレムを掴んで盾にして防いで、そのまま再びプチゴーレム砲を打ち上げて魔法を使用していたと思われるホブゴブリン・メイジを押しつぶす。

 プチゴーレム砲、軽い質量兵器だなぁ。モンスターで野球するのは楽しいんだけど、影縫の振り抜きに耐えてくれるのがプチゴーレムしかいないのは問題だ。


「……《ボルトアロー・デスレイン》!」


 私が面倒なモンスターを処理している間に、リンちゃんがまた広域殲滅用の魔法を発動している。

 《ボルトアロー・デスレイン》は、名前の通りボルトアローを雨のように降らせるシンプルな魔法だ。

 ボルトアローを初級魔法と侮るなかれ。

 知力が高ければ高いほど、魔法の威力は高くなる。

 それがたとえ初級の魔法であったとしても、リンちゃんのステータスで放てば文字通りの死の雨が降る。


「わー、えっぐい」


 ボルトアロー・デスレインのボルトアローは、操作しようと思えば照準を操作できる。

 大体50から100本。難易度のイメージとしては、それだけの本数の手を同時に操るような感じだ。

 普通ならできない。人間は2本しか手がない生物なのだから。

 けれど、残念ながら。

 そういうのはリンちゃんの得意分野だ。


 全ての矢が正確にモンスターの急所を貫き、動きを止めさせる。

 一撃で倒せない敵には2発目を。そうでなければ3発目を当てていく。たかがボルトアローだけで、周囲のモンスターに動くことさえ許さない。

 リンちゃんの周囲数十メートルは、まさしく不可侵領域の如く。

 降り注ぐ雷鳴がダンジョン内に響いていた。

大部屋モンスターハウスに出てくるこうそくいどう持ちモンスター……一瞬で四倍速……うっ頭が……。

ロールプレイヤー・バッファーはだいたいそんな感じのモンスターです。何においても見敵必殺が最善手。脆いので倒すの自体は簡単です。


メルティ「なんで3日も伸びたのかしら……」

創造神「日程ミスった」

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― 新着の感想 ―
[一言] モンスターハウス…高速移動…4階行動…うっ、頭が
2022/12/07 14:00 コンカッセ
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