掴んだ物
大盾……鈍器……打撃武器……( ゜∀ ゜)ハッ!
片手に大盾、もう片方の手には片手剣を。
どちらもこのイベントで手に入るイベント武器である《スターダスト》シリーズを最大強化したものだ。
「イベント限定アイテムだし、どっちもいつか使うかもしれないから」と、これまで溜め込んでいた星屑の欠片を使って交換したナナは、夜闇に淡く煌めく星を思わせる2つの武器を手にして最前線で戦っている。
「よっ、ほっ、はいダメー」
器用に片手剣を操り、プチゴーレムの腕の繋ぎ目を切断する。あれだけ自在に動いているのに刃の通し方が繊細で、動きの流麗さに惚れ惚れする。
しかし普段なら金棒で受け止めたり受け流せる攻撃でも片手剣では受けられないのか、所々に差し込まれる大盾のせいかいつもよりスピード感はなかった。
普段のスタイルとは大きく違った戦い方だけど、それでもナナはとても楽しそうだ。
魔法を大盾で受けきれるのが気に入ったのか、あえて魔法系のモンスターを残して戦っているみたい。
10数体のモンスターに囲まれているとは思えないほど安定した立ち回りで、全ての攻撃を大盾ひとつでいなす姿からは、思った以上に上手に大盾を使いこなしているという印象を受ける。
「さっきまではあんまり理解できてなかったすけど、やっとリンネさんの言うことがわかりました。確かにあれはお手本にはならないすね」
「そうなの?」
そんなナナの姿を見ての感想は、私とブルームで異なっていたらしい。
私は自分が思っていたより堅実なナナの立ち回りを見て感心していたんだけど、ブルームの目にはそうは映らなかったみたいだった。
「スクナさん、まだかすり傷ひとつ受けてないんすよ。つまり、あの沢山のモンスターの攻撃を全部捌ききってるってことです。リンネさんもわかると思いますけど、タンクの敏捷ステータスじゃあんなことできません。だってタンクは攻撃を受ける前提だからこそ耐久ステータスを上げるんですから」
「……なるほど。確かにそうね」
「多分、全部のモンスターが見えてるんすよね。あの人、バイトの時もホールの状況全部把握できてたもんな……」
タンク。壁役とも呼ばれたりするこのプレイスタイルは、バランスのいいパーティには必須の重要な役割だ。
あらゆるモンスターにはヘイト、つまりモンスターが攻撃対象を選ぶための値が設定されている。
攻撃を与えればそのヘイト値が上がり、攻撃を与えたプレイヤーにモンスターの標的が移る。
回復やバフも同様にヘイトを稼ぐ行動だし、モンスターの行動を妨害するのも同様にヘイトを稼げる。
この様に戦闘中は、モンスターのヘイトが目まぐるしく変化している訳だ。
そこらを歩いてるようなモンスターならヘイト管理とかはあまり気にしなくてもいいんだけど、ボス戦になるとこのヘイトを管理するのが非常に重要になってくる。
ボス戦ともなれば、高いHPを削りきるために強力なアーツや魔法を使用する必要がある。
しかし、ヘイトという物はプレイヤーが強力な技を使えば使うほど、より大きく溜まっていく。
特にヒーラーが落とされてしまえば、パーティは崩壊する。それを防ぐためにヘイトを自分だけが受けるように管理するのがタンクの役目なのだ。
アタッカーやヒーラーが安全に強力な技を放てるように大きくヘイトを稼ぐアーツを使い、モンスターの攻撃を一身に受け止める。
当然モンスターの攻撃を全て受けるということで、耐久力は必須だ。主に頑丈と魔防、HPにステータスを多く振り分けるのが鉄板の構成と言える。
「それでもあの、スクナさんの受け流しのやり方。あれだけは参考になるかもしれないです」
「ナナからすれば、金棒より受け流しやすいとか思ってるわよきっと」
「はは! パリィってただの防御よりはるかに難しいんすけど、金棒よりは流石に大盾の方が楽すね」
ブルームが言うように、ナナの行っている受け流しはパリィとも言うそれなりに難しい技術だ。
基本的に、飛んできた攻撃を弾き返すことを指してパリィと言う。重要なのは、受け止めるのではなく弾き返すということ。
受け止めるだけならば反動のみしか相手に返らないけど、弾き返すことでより大きな反動と、力の方向を逸らすことで相手の体勢を崩すことができる。
この体勢を崩すというのが何よりもパリィの強力な所だ。
欠点は、相手の攻撃を正確に弾き返す必要があるため、きちんと見切りができなければ使えないということ。
そして、相手よりパワーが低い場合に力づくで押し切られてしまうことだろう。
どの道、対人戦闘や乱戦の中でパリィを決めるのは難しいから、基本的には攻撃パターンの決まっている対モンスター用の技術に近いものだ。
「元々ナナは一度見た動きは完璧に覚えられるのよ。そしてあの子の運動神経に身体能力と器用さが合わさって、それを正確にトレースする事もできるの」
「なるほど……バイトの時に包丁さばきとか凄かったのはそれが理由ですか」
「多分そうね。そして完璧に覚えられるからこそ、戦うほどに相手の攻撃パターンを蓄えて、封殺できる。そして覚えた動作を組み合わせたり改良することで、あらゆる局面に対応できるようになる。「進化する怪物」なんて陳腐な表現だけど、ナナにはよく当てはまるわね」
滅多に使うことはないけど、ナナはいくつかの護身術を修めてる。
なぜなら、あの子は私のボディガードでもあったから。
あの犬に襲われた事故の日から先、ナナは私の親友であると同時に私を守るボディガードの役目も負っていたのだ。
大人のボディガードでは共にいられないような状況下でも、同い年の同性ならば常に一緒にいることができる。
そんな理由で、ナナは私の両親からこっそりとボディガードを頼まれていたのだ。
まあ、そんなのはあくまでも建前上の話だけどね。
実際には、何よりもナナが私と一緒にいたがったからこその措置。
幼少期から危険に塗れた私の周囲にいる以上、ナナにだって危害が及ぶ可能性は大いにある。
その可能性を減らすために、私の両親がナナに護身術を身につけさせてあげたというのが本当のところだ。
見ただけで覚える、というナナの才能を見出せたのはこの時。
漫画のコピー能力者みたいな才能だけど、事実ナナはそれができてしまう。
今のナナは、これまでの周回の中でダンジョン内のほぼ全てのモンスターの動きを完全に見切っている。
どのモンスターがどの程度のスピードで動けるのか。
そのモンスターが使う技はどのくらいの威力で、どんな効果があるのか。
さらに言えば、囲まれた時にどのモンスターが優先的に前に出てくるのかとか、そういったアルゴリズムの部分まで本能的に判断して、最適解を導き出している。
後はそれを順番に対処するだけ。ナナは多分、そういう戦い方をしているのだろう。
「つまりスクナさんは……全部のモンスターの動作を理解しているから、あれほどのモンスターの攻撃を捌けると?」
「そうなるわね。とは言っても、安定こそしてるけどやっぱりあの子にタンクは向いてないわね」
「そうすか? 壁タンクと回避タンクのいいとこ取りみたいに見えますけど……」
「一見するとね。でも、アレはナナがブルーム程の耐久を持っていないのと、魔法に対して致命的な弱点を負ってるからこその立ち回りよ。さっきアナタもナナがダメージを負ってないことを指摘していたけど、要するにナナは「自分が」ダメージを受けないための立ち回りをしているの。味方を守るための戦い方ではないわね」
とはいえ、これに関してはナナの戦い方に問題がある訳ではない。
ブルームがナナにお願いしたのは大盾の使い方を教えて欲しいということであって、タンクとしての戦い方を見せて欲しいとは言わなかった。
だから、ナナが今やっているのはただ単に「大盾を使う方法」の実演に過ぎない。
そもそもナナはタンク用のヘイト管理スキルを持っていないから、モンスターの攻撃を釘付けにできている時点で立派なくらいなのだ。
「ま、言われた事しかしないナナらしいっちゃナナらしいか。ごめんなさいね、期待外れだった?」
「いや、スクナさんに見せてもらったのだけで十分すよ。元々見たかったのは大盾の使い方すから。いやぁ、やっぱあの人凄いなぁ」
笑顔のまま瞳に純粋な憧れと喜びを浮かべるブルームを見て、私は少し懐かしい気持ちになった。
思い出すのは、プロとして結果を残すために努力を続けてきた試行錯誤の毎日。
ここ数年はトッププレイヤーとの付き合いを優先していて、ブルームのような子とゲームをする機会もほとんどなかったけど、こういう目は久しく見ていなかった。
強くなりたい。上手くなりたい。ゲームを真剣に楽しんでいる人だからこそ、そういう欲求が生まれるのだ。
ナナは初めから絶対的に強い子だ。そして自然と強くなっていくタイプだから、そういう壁に苦しんだことはないだろう。
トーカもどこか一歩引いたところでゲームを楽しんでいる子だから、ブルームのような気持ちを抱いたことはきっとない。
「……私もまだまだ、これからかしらね」
「どうかしたんすか?」
「うふふ、私もまだ成長できると思ってね」
頭の上で疑問符を浮かべながら首を傾げるブルームの頭をポンポンと叩く。
ブルームの目を見て久しい気持ちを思い出した。
少しだけ奮い立つ気持ちを抑えながら、私は雑談している間にモンスターを殲滅しきったナナを迎えてあげるのだった。