ブルームのお願い
「菜々香先輩、凄い……」
片手剣でキラビットを切り捨てたブルームは、遠目でモンスターに囲まれているナナを見ながらそう言った。
私も片手で魔法を描きつつ、一度に10数体のヘイトを受け持つナナを見て笑うしかないなと感じていた。
「ブルーム、名前」
「あっ、すんません。でもリンネさんもスクナさんのことナナって呼んでますよね」
「私はいいのよ。だって私だから」
「理不尽だ……」
ナナ1人に莫大なヘイトが集まっているお陰で一体ずつモンスターを処理をすればいい私たちは、雑談をする余裕さえある。
4度目となるモンスターハウス戦。
ブルームにお願いされて、ナナは大盾を持ってモンスターの群れと渡り合っていた。
☆
きっかけは、トーカが今回の約束を寝過ごしたことからだった。
「あの子はほんともう……お馬鹿さんね」
「使用人さんに起こしてもらえなかったのかな?」
「使用人って……トーカさんってお金待ちなんですか?」
「まあね。私の親族だし」
「なるほど」
私の親族。この4文字で全てを悟ったのか、ブルームは若干虚ろな目でカクカクと頭を縦に振っていた。
私は出自を隠したことはないし、私の実家が隔絶したお金持ちであることも周知の事実だ。
トーカも私もボディガードは常に控えているし、あの子は実家暮らしだから使用人もいる。
あの子はアレでものすごく甘えん坊だから、家事とか朝の準備とかは全部使用人任せなのだ。
とはいえトーカの使用人も優秀なはずだから、あの子がただ約束について伝え忘れていたか、何か起こさない方がいいような状態にあったと見るのが妥当だろう。
今重要なのはあの子がいつ来るかわからないということ。
ただ待つというのも味気ないし、かと言ってブルームを映して配信するのはそれはそれであまりよろしくない。
これはとても面倒なことなんだけど、私の配信で無名のリスナーとのコラボ配信はできないのだ。
理由は簡単。私が有名だから。
配信それ自体を一種の金稼ぎとして成り立たせている以上、コラボ配信にはいくつかの制限がかかってしまうのだ。
ありがたいことに、私とコラボしたいという申請はどのゲームをやっていても毎日のように来る。
その理由はアイドルにお近付きになりたいというシンプルな欲求から、踏み台にして名前を売りたい、単純に上手さを体感したいとか色々あるとは思う。
どれだけ条件を落としきったとしても、最低でも「配信者」であることがコラボの絶対条件。
かつ、私の格を落とさない程度に有名であるか、実力があれば言うことはない。
お高く止まっていると言われればそれまでだけど、これはブルームに向いてしまうであろうヘイトを考えるとしなければならない対策だった。
人の嫉妬というのは怖いものだ。
ナナに配信者兼プロゲーマーという肩書きを乗せたのも、結局はそういう理由からなのだから。
逆にそのゲームのトッププレイヤークラスであれば、配信者でなくともコラボなり通話配信なりをすることは許される。
なぜならトッププレイヤーとの切磋琢磨はプロゲーマーとしての本分だからだ。
特にFPSやTPS、格ゲーなどの対人ゲームでは、強いプレイヤーと戦うのは成長に大きく関わってくる。
だから、そういう強いプレイヤーはリスナーから許される。
ゲームに限った話じゃない。古今東西全ての界隈に言えることだ。
「強ければ許される」
それは全てに共通する真理なのだから。
まあ、あくまでも極論だけどね。
「しかし、どう時間を潰しましょうか」
「そもそも来るかもわからないしねぇ」
私とナナがうーんと唸っていると、ブルームが少し緊張したような様子で口を開いた。
「あ、あの、スクナさんって色んな武器使ってますよね」
「まぁね」
「もしかして……大盾とかも使えますか?」
「大盾……うーん、多分使えるよ」
ナナは少しだけ考えてから、特に気負うこともなくそう言った。
ナナに使えない武器はない。剣でも槍でも刀でもハンマーでも、あるいは暗器の類でさえも、ナナにとっては手足の如く使える武器だ。
「最近、大盾の使い方で行き詰まってて……同じクランの先輩は先の街にいるし、なかなか教えてもらう機会がなくて……スクナさんなりの使い方を見せてもらうだけでいいんで、一度戦い方を見せてもらえませんか?」
「私はいいよ〜。リンちゃんは?」
「どうせ暇だしね。トーカの反応を待つ間、1周くらい配信なしでダンジョンに潜るのは構わないわよ。と言うより、別に配信するのも義務ではないしね」
「ほんとすか! やった!」
大盾の使い方に悩んでいるというブルームの申し出を、ナナはすんなりと了承する。
一応私に確認を投げたけど、私もナナの後輩が悩んでいるというのなら助けてあげるのはやぶさかではない。
当然のように許可は出してあげた。
ブルームは喜び、ナナはそれを見て少しだけふんわりとした雰囲気を醸し出していた。
この間リアルのカフェで会った時も思っていたけど、ナナは結構ブルーム……サクのことを気にかけているらしい。
距離感的にはトーカに近いだろうか。
2人とも飼い犬のように無条件にナナを慕っているから、その分だけナナも2人に構ってあげてるのだろうとは思う。
ナナはとても人間関係に淡白な子だけど、好意には好意を、悪意には無関心を返す。どんな形であれ、好意や信頼を向けてくる相手を無下に扱うことはないのだ。
しかし、それはそれとしてひとつ問題もある。
「ブルーム」
「はい?」
「ナナの戦い方はあまりお手本にはならないから、ああいうのもあるくらいに思っておきなさい」
「……? わかりました」
ナナはあらゆる武器を扱える。ただし、それはあくまでもナナの我流でしかない。
型や流派のようなものはない、ナナが動きやすいように組み立てた型のない戦闘スタイル。
「ナナ流」とでも言えばいいのか、ほとんどの場合ナナの運動センスや動体視力、予測力や読みに加えて身体能力ありきの動きになるため、よくリスナーや匿名掲示板で言われるように「参考にならない」のだ。
もちろん、ナナにお手本となる動きを動画などで見せてあげれば、完璧にトレースした形で戦うことはできる。
けれど、そういったお手本を与えなければ、ナナは自分が動きやすいようにしか戦わない。
そういう意味で、戦いのお手本としては全く向いていない。ナナの戦い方をトレースしたければ、最低でも同じだけの運動神経くらいは持ち合わせていないと厳しいだろう。
「見てればわかるわ。さ、ダンジョンに行きましょうか。今日も欠片集めを頑張りましょう」
「はーい」
「はいっす!」
元気な2人の返事を受けて、私たちは3日目のダンジョンへと向かうのだった。