ドラゴとリンネ
「ドラゴ、アナタなんでフィーアスなんかにいるの? ゼロノアで攻略に勤しんでたはずでしょ?」
カフェでモーニングコーヒーを飲みながら、私はドラゴに問いを投げかけた。
「少し事情があって直前にフィーアスに来ていたんだ。今回のイベントはフィーアスだろうがグリフィスだろうがゼロノアだろうが、どこで始めても難易度は変わらないだろう? 移動の時間も勿体ないし、今回はこちらに居を構えることにしたのさ」
「ふーん……まあ、帰るくらいなら私でもそうするけど。で、なんの用があってわざわざブルームについて来たのよ」
「リンネ女史と少し話をしたかったんだ。今回のイベント、君はどう思う?」
「……まあ、ダンジョンに関する情報が少ないとは思うわ」
ドラゴがこの街にいる理由なんて正直どうでもいいんだけど、彼女の曖昧な質問の意図は何となく読み解けた。
事前に公開された情報と、今現在攻略しているダンジョンの情報の差。はっきり言って今回のイベントは、明確に運営が情報を絞っている。
昨日からスレを阿鼻叫喚とさせているモンスターハウスもそう。アナウンスなしで唐突に追加された要素である。
ダンジョンイベントと表示された時点でモンスターハウスの存在を予期していなかった訳ではないけれど、初日に一切モンスターハウスの出現が報告されていなかったせいで誰もが「無い」と判断し、油断していたのは確かだ。
今回のモンスターハウスの追加要素は見方によっては確かに効率アップに繋がるけれど、普通のプレイヤーからすれば結構悪辣な内容だと思う。
何せこのゲーム、デスペナを食らうと基本的に6時間ものステータス制限がかかってしまう。
イベント期間中はそれが2時間に短縮される仕様みたいだけど、それでも一度デスペナを食らえば2時間はダンジョンに潜れないに等しいのだ。
これが告知ありで追加された要素なら、みんな警戒もしただろう。
しかし今回の要素追加は一切の告知なしであり、私達のようにモンスターハウスに引っかかったプレイヤーは相当数存在する。
私達の場合はナナがひとりで全部殲滅しちゃったから事なきを得たけれど、アレの被害にあったプレイヤーは少なくないのだ。
どうでもいい話だけれど、ナナのモンスターハウス攻略動画の再生数は一日で10万を超えていた。
どんなモンスターが出るのか、どれくらいのモンスターが出るのか、ランキングを目指すプレイヤーたちはどうやって攻略したのかよりもそういった情報収集に使っていたようだ。
そもそも攻略動画としては参考にならなさすぎる。PS一辺倒のお化けだもの。
「どうやら認識は共通のようで安心した。私個人の見解としては、おそらくあのダンジョンはあと最低2回は難易度が上昇するだろう」
「ひとつは「10人目の騎士」よね。もうひとつは?」
「モンスターハウスを潰していく中で、恐らく君たちが手に入れていないであろうとある資料を手に入れたのだがな」
これを見てくれと差し出されたのは、一枚の石板。資料と言うからには何かしらの文章が記されているのだろう。
書いてある内容を見て思わず顔を顰める。いくつかある予想の中でも、最悪ではなくとも面倒だと考えていた要素の筆頭だったからだ。
「要はトラップの追加ってことであってるかしら」
「うむ。そういう意味ではモンスターハウスの追加から先、既にその石板の内容は始まっているのかもしれない。あれもダンジョントラップの一種であるからな」
そう考えると、ドラゴが最低2回という言葉を使った理由は、ダンジョン構造が何度変遷するか定かではないという予測からだろう。
現状ダンジョンで見かけるトラップは基本的なブービートラップの他に状態異常系、それからモンスターハウスくらい。
追加で考えられる要素はいくつかあるけれど、例えば今回のダンジョンだと、落とし穴やジャンプ床のような階層をまたぐタイプの罠はプレイヤーを利する方向に働くと思う。
ただ、地図を読んだり道を覚えるのが苦手なプレイヤーには有効な罠になるかもしれない。
洞窟型のダンジョンは目印が少ないため、唐突に別の階層のどこかに飛ばされた時自分の位置が把握できなくなったりするからだ。
他に考えられるのは……と思考を回していると、ドラゴが微笑みを浮かべながら私を見ているのに気づいた。
「なによ」
「ふふっ、君のその予測の組み立ての速さには相変わらず惚れ惚れするな」
「予測は予測でしかないわ。昨日は甘い判断でナナを危険な目に遭わせちゃったし……私もまだまだね」
「スクナ女史か。昨日の動画は見させてもらったが、戦っている時とこうして平穏の只中にいる時、随分と雰囲気が違うな」
少し離れたテーブルでブルームと一緒にパフェをつつきながら談笑するナナを見て、ドラゴは不思議そうに呟いた。
実は私自身、ナナが戦闘に入るとガラッと雰囲気を変える事には結構な驚きを持っている。
私の知る限り、ナナは本来感情を昂らせるようなタイプじゃないからだ。
正確には、昂らせた感情を決して表に出すようなタイプではない、か。
このゲームを始めるまでは、あんな風に昂って笑うような姿は見た事がなかった。
まあ、そもそも笑う事自体が超絶レアな事象だったのよね。私以外の誰も感情を読み取れないくらいに昔のナナは無感情だったから。
「いずれ戦ってみたくはあるが……私は彼女とは相性が悪いな。このゲームで彼女と対等に渡り合えそうなのはアーサー女史やシュウヤ氏のような同類か、我がクランならばネミくらいか。最低でもスピードタイプのステータスがなければ話にならんだろうな」
「ロウは結構いい勝負したらしいわよ」
「《殺人姫》が? 一体いつ戦ったというんだ」
「アリアを倒した2日後とかだったかしら。ほら、黒竜が湿地で暴れた事件があったでしょ。あの渦中での話らしいわよ」
「ふーむ……話題の尽きない人だな、スクナ女史は」
「まあどの道黒竜の襲撃で勝負は水入りになったみたいだし、レベル差が縮まった今ならロウでもナナを崩すのは難しいと私は思ってるけど」
《殺人姫》は今なお最前線でふらりと現れてはPKを繰り返しているが、最近はより精力的にレベリングをしている他、PKの頻度が上がったらしい。
面倒な相手だ。純粋にステータスが高い他、丁寧で悪辣な戦い方。特に魔法職だと手も足も出ないとか、タンクだと状態異常にやられるとか。
ダブルスコア以上のレベル差をつけられていたナナがあれを捌ききれたこと自体がおかしいのであって、純粋に殺意を持って殺しにくるPKプレイヤーを相手に普段通りの冷静さを保つのは難しい。
「話はそれだけ?」
「いや、もうひとつ。不確定な情報だが君の耳に入れておきたい事がある。攻略スレで見かけたのだが、実は――」
真剣な表情で語られた話を聞いた私は、懸念事項が増えたことに思わず額に手を当てるのだった。