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三日目の朝

「ナナ、今日は少し早めにログインするわよ」


 朝6時。昨日の疲れは取れたのか、大きな欠伸をしつつもパチリと目を開いたナナに声をかける。

 ちょうど焼きそばパンにかぶりついていたナナはキョトンとした表情を浮かべてから、まるで吸い込むようにパンを飲み込むと首を傾げた。


「朝7時よりも早く?」


「そうよ。今日はね、ちょっと約束があるのよ」


「なんの?」


「アナタの後輩のサクっていたでしょう? ほら、彼忙しくてアレからまだフィーアスに留まったままらしいのよ。で、トーカも今日は時間取れるらしいから……」


「また4人でお茶でもするの?」


「そんなところね」 


 なるほど、と呟いてから一番近くにあったあずきのコッペパンを頬張るナナは、本当に話を聞いていたのかわからないくらいに思考はぼんやりしているようだった。

 佐藤咲良……確か本名はそんな感じ。ナナの言い方を借りるならサクちゃんは、2週間ほど前に連絡先を交換したナナの後輩の男の子だ。いや、今風に言うなら男の娘だろうか。

 トーカと同じく学生であり、なかなかゲームの時間が取れないという彼は、それでも前に会った時点でフィーアスにはたどり着いていたなかなかの強者だ。


 世界樹洞にせよ焔の古代遺跡にせよ、溜息をつきたくなるくらいに長大なダンジョンだ。

 まとまった時間が取れないでいる彼は、未だにグリフィスまではたどり着けていないらしい。

 そんな中イベントまで始まったものだから、一旦先に進むのは諦めたんだとか。

 ナナはあれ以来なんだかんだでサクとの連絡を取ってはいないらしいから、彼の近況とかは知らないのだろう。

 この子は本当に、他人に興味のない子だから。


「そう言えばナナ、サクは竜の牙のメンバーらしいわよ」


「ふぁぅ……んぐ、子猫丸さんと同じだね」


「そ。あそこは大きなクランだから、フィーアスレベルだと中堅プレイヤーって感じかしらね」


 クラン《竜の牙》。恐らく今回のイベントの上位の半分くらいはこのクランが占めるのではないかと思われる、現在ストーリー開拓の最前線を走っているクランだ。

 人海戦術で隅々までクエストを探させつつ、精鋭によって最前線を開拓していく。

 層が厚く、とにかくバランスのいいクランであるというのが総評だろうか。

 円卓の騎士のように、トップの圧倒的なカリスマなどではなく、ありきたりなことを大規模に行える安定したクラン性が竜の牙の強みだった。


「確か……リーダーが強いんだよね」


「そうね……アーサーやナナとはまた違った強さだけどね」


 クランリーダーのプレイヤー《ドラゴ》は大剣使いの真っ当なアタッカーだ。

 そして、このゲームで初めてネームドを倒したパーティのMVPプレイヤーでもある。

 それはつまりナナやロウと同じ、ネームドウェポン持ちのプレイヤーであるという事だった。


「間違いなく今回のイベントではランキングに入賞するはずよ。だってアイツ、睡眠と食事以外ずーーーっとゲーム内に籠ってるんだもの」


「へぇ、ほんとに廃人って感じなんだねぇ」


「ま、私たちもあまり大差ないんだけど、流石にアイツほどストイックにやる気は起きないわ」


 廃人。かつてはネトゲ中毒者に向けられた蔑称だったそれも、だいぶカジュアルな使われ方をするようになった。

 まあ、最近のニュアンスならゲームに物凄くのめり込んでいる人、あるいは物凄くそのゲームが上手い人なんかを褒めたり揶揄う意味合いで使われる言葉だ。

 当然私自身廃人と呼ばれる類のものだし、プロゲーマーなんてやってるようなのは大抵みんなゲーム廃人だ。

 ただ、そんな私でもなおドン引きしたくなるくらい、ドラゴのゲームにかける情熱が計り知れないと言うだけの話である。


「とにかく、食べたらちゃっちゃとログインしちゃいましょ」


「ふぁーい」


 10個はあったはずの菓子パンをいつの間にか全て腹に収め、最後のひとつを頬張ったまま、ナナはくぐもった返事をした。





「……で? 何でドラゴがここに居るのよ」


 ログイン早々帰還札を利用してフィーアスに戻った私たちがサクとの約束の店に行くと、待っていたのは2人のプレイヤー。

 なかなか厳ついマッスルボディの剣士と、全身をバトルアーマーに包んだ女戦士の2人組だった。

 ナナはナナで2人のことをキョロキョロと見比べてから、何で2人もいるの? とでも聞きたそうな眼を私に向けていた。


「すいませんリンネさん。楽しみでソワソワしてるのを見つけられちゃって……」


「うむ。前にブルームからプロゲーマーのリンネと会ったと聞いていてね。彼が君の大ファンだというのは知っていたから、ピンと来て問い詰めたのだよ。そうしたらリンネ女史、君と会う予定があると聞いたからついて来させてもらったのだ」


「別にいいけど……2人ともフレンドなんだからどっちかメッセのひとつくらい入れなさいよ」


「すまない、気をつけるよ」


 私の言葉を聞いて、女戦士は深く頭を下げた。

 数秒その体勢をキープしてから、女戦士は顔を上げた。


「スクナ女史。君とははじめましてになるね。クラン《竜の牙》のクランリーダーを務めているドラゴという」


「ほぁ……男の人だと思ってた……」


 ナナは真面目に驚いたのか、目を大きく見開いてそう言った。

 ドラゴ。

 またの名をVR専門のプロゲーマー《ドラゴン》。

 ネカマではなく、彼女はれっきとした女である。


「ふむ、よく言われるのだが、なぜみんな私を男だと思うのだろうか……」


「名前でしょ」


「そうか……名前か……」


 顎に手を当てて真剣に呟くドラゴを放っておいて、若干萎縮して動けなくなっているサクの方に意識を向ける。


「ごめんなさいね、変なのに絡まれちゃって大変だったでしょ?」


「い、いえ! クランリーダーにはよくしてもらってますから……それに、謝らなきゃならないのは俺の方です。リーダーの頼みとはいえ、断りもいれずに連れてきちゃって」


「うぉぉ……サクちゃんマッチョ~」


 私とサクが割と真面目に話している横で、ナナがサクの筋肉を興味深そうにムニムニと摘んでいる。

 元々それほど身長が高い訳ではなかったサクだけど、このゲームではゴリゴリのマッチョスタイルだ。

 それが珍しかったのか、ナナは不思議そうにサクの筋肉を揉んでいた。


「あ、先輩。こっちではブルームでお願いします」


「マッチョな見た目にしては乙女な名前だね」


「うっ」


「コラ、ダメでしょ」


「あ、ごめんね。可愛くて私は好きだよ」


 それは慰めとしてはイマイチだと思う。

 サク……ブルームは、リアルの女の子っぽい自分とは違う自分を楽しみたくてこういうキャラメイクをしているはずだ。

 まあ確かに名前は可愛らしいなと私も思ったけど……。


「談笑中すまないが、とりあえず落ち着ける所に入らないか? 如何せん目立つのでな」


 ドラゴから声をかけられて、私たちはフィーアスのカフェテリアへと入るのだった。

スレでドラゴさんは吾輩とか言ってましたが、実際にはそんな一人称じゃないです。おちゃめな使い分け!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゲームの上位陣が女がくそ多いのなんなの??男も多めにして均衡を保って欲しい
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