初配信!
やっと配信始めました。
「あー、あー、テステス」
翌日。再びログインした始まりの街で、私は初めての配信というものに挑戦しようとしていた。
目の前にふよふよと浮かび上がる撮影用の宝玉に手を振ったりマイクテストをしたりしていると、開きっぱなしにしていたコメント掲示板に文字が表示されていく。
『初見』
『初見』
『はつみ』
「あ、初見さんいらっしゃいです。初配信なんで上手くできてるかわからないんですけど、声とかちゃんと聞こえてますか?」
『聞こえてる』
『ばっちり』
『初見』
『高級マイク並みの音質イイゾー』
『↑それはゲームの機能だよ』
『しょけん』
ぴょこぴょこと表示されていくコメントを見て少し嬉しい気持ちになりながら、声が届いているようで安心した。
「よかったー。あ、初見さんはどうもです。それじゃあ配信始めていきますね。私はスクナって言います。昨日のリンちゃん……リンネの放送を見てた人なら知ってるかな?」
昨日、最終的にレベルを1上げたところで放送を終えた私とリンちゃんだったけど、その時に翌日の放送について宣伝してもらったのだ。
題して『スクナの初配信』。シンプルながらわかりやすい、そんなタイトルの配信だった。
現在時刻は朝の6時過ぎ。早朝ゆえにまだ微妙に眠いのが正直なところだ。
『見てたで』
『リンネの知り合い?』
『スクナたんね覚えた』
『ライバーズの公式アカフォローしたよ』
『↑HEROESの新規メンバー』
『リンちゃん呼びほんと好き』
『ふぁっプロゲーマーってこと?』
昨日のリンちゃんの放送で宣伝してくれていたからこそではあるけれど、こんな最初から人が見に来てくれるのは嬉しい。
そこそこのペースで増えていくリスナーの数に合わせて、コメント欄も忙しなく動いている。
というか公式アカウントフォローってまじか。昨日作ったばかりでほとんどフォローされてないはずなんだけど……。
ちなみに《ライバーズ》というのはWLOと提携している有名動画サイトのこと。
ライブ配信の視聴はここから出来るようになっていて、タイムシフトの保存や普通の動画投稿もできる優れもの。
ちょっとした広報も可能で、好きな配信者をフォローすると配信の通知などが届くようになっている。
「えーっと、一応『HEROES』のVR部門プレイヤーなので、プロゲーマーって事になるのかな? 私も実感ないんだけど、その内そういう案件もやることになると思います。あ、このチャンネルがライバーズ認定アカウントだからよかったらフォローしてね。配信の告知もこっちに出すよ」
『ふむふむ』
『フォローした』
『フォローしますた』
『HEROESの公式よりリンネの方が早くフォローしてるの笑う』
『愛……ですかねぇ』
そもそもアカウント自体リンちゃんが用意してくれたやつなので……。
それはさておき。人が集まり始めたのだから、早速動き出すべきだろう。
「今日はね、南の平原を抜けて《果ての森》に行ってレベリングをしようかなと。ウルフじゃ経験値が足りないんですよね」
『もう南行ってるの?』
『もうっていうか最初から』
『リンネのスパルタレベリング講座』
『↑スパルタ、そう思っていた時期が(ry』
『最後の方作業だったもんな』
『ウルフを笑顔で撲殺する悪鬼』
『鬼っ娘だからね仕方ないね』
「あ、悪鬼って……モンスターだからセーフでしょ?」
ウルフが紙装甲なのが悪いと思います。
そう言ったらリスナーたちに鼻で笑われた。解せぬ。
「と、とにかく南の平原を抜けていきましょう! 果ての森を目指していざ!」
初配信なのに既に慣れ親しんだ友人のような距離感のリスナーたちに憤慨しつつ、何とか取りまとめて話を進める。
配信を始める前にNPC鍛冶屋で耐久を回復させた金棒を背負って、私は早朝の草原へと歩き出した。
☆
「よっほっせりゃっ」
特にアーツを使うことも無く、グシャッと漫画みたいなシンプルな打撃音を立てて、3匹のウルフが爆散した。
「金棒って耐久が高いのが魅力みたいなんですけど、耐久の減り具合ってよくわからないんだよね」
あまり足しにならないリザルトをさっと確認しながら、私は独り言のように呟いた。
配信者あるあるだと思うんだけど、敬語とタメ口のバランスが分からなくなる。
そこら辺、めちゃくちゃなのはご愛嬌として流して欲しいな。
リンちゃんみたいにタメ口オンリーで行けたら楽なのかもだけど、知らない誰かの前で話す時は敬語の方が安心するのも確かなのだ。
平原も半ばを過ぎ、ウルフの群れを3つほど潰しての行軍中である。
そんな中で私は、減ったり減らなかったりする武器の耐久について語っていた。
私はてっきり攻撃1回で1消費とかだと思っていたんだけど、数えてみると2回に1回くらいしか耐久を消費していなかったりするのだ。
『教えてえろいひと』
『急所に正確に攻撃を入れる、ヘッドショットや首狩りで即死させる、そういう行動では耐久消費されないよ』
『この間わずか5秒である』
『タイピングが速すぎる』
有識者のリスナーさんが高速の回答をくれるのをみんなで讃えている。
なるほど、比較的柔らかい部位を殴っていればワンパンできてしまうようになってから、脳天や顎を狙うことをしなくなっていたのは確かだ。
その雑なプレイが金棒に負荷をかけていたということになる。
「つまり耐久が減ってるのは私が手抜きをしていたから……?」
『脳筋過ぎる』
『手を抜かなければ急所を狙い続けられるってマジ?』
『急所狙いの鬼』
『対人戦で容赦なく金的蹴り上げそう』
『↑鬼畜すぎて笑う』
『笑えないんだよなぁ……股間がヒュッとした』
「き、金的なんか狙いませんー! アレよっぽどの不意打ちじゃなきゃ当たらないからね。対人戦ならまず足を砕きにいくでしょ? それか目を奪う?」
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ひぇっ』
『ひぇっ』
「えっ」
機動力を奪ってから念入りに倒すのが基本戦法だと思ってたんだけど、どうやらそうでもないらしい。
案外自由に動かせる胴体と違って、体を支える都合上足だけでは大きな回避をしづらい。胴体ごとステップなりジャンプなりするしかないのだ。
距離を詰めてから下段への攻撃さえ上手く出来れば、あっという間に木偶の完成である。やったね。
目を狙うのは難しいけど、視界を奪えば上手く行けば足以上にアドバンテージになる。
とはいえこのゲームに眼球の欠損が設定されてるのかは知らないので、身をもって体験したように四肢をハジくのが鉄板だろう。
「って、なんで私は人体破壊について考えてるんだろ」
『人 体 破 壊』
『ふっ……と怖いこと言うのやめて』
『やっぱり撲殺鬼娘やん!』
『時代は殺戮系女子だった……?』
徐々に遠慮が無くなっていくリスナー達。
まあコメントが盛り上がっているならいいということにしよう。
「んおっ?」
『どうした』
『何かあったん?』
『変な声出してて笑った』
「いや、マップがね……というかそんなに変な声出てたかな!?」
遠い目をしてちょくちょくコメントと会話しながら歩いていると、不意に悪寒が走った。
というのは冗談で、《探知》スキルで表示されたマップに大きな波紋が生まれた。
見たことのない現象に首を傾げ、少しいじってみるも反応はない。
「あれは……なんだろ、赤い狼?」
マップが役に立たないのならと視界を網羅するように目線を走らせると、明らかな異物が目に映る。
それは、この平原では見た事のない、少し渋みのある赤の体毛を持つ狼だった。
アレは間違いなくこちらを見ている。いや、待っている、と言うべきなんだろうか。
私が視線に気づいたのを見てか、赤狼は緩やかな歩みでこちらに近づいてきていた。
『どうかしたんか』
『なんか近づいてきてるな』
『赤いウルフとか初めて見た』
「モンスターかな。でっかいね」
遠目では正確な大きさは分からないけど、大雑把に見てもその体躯はウルフの優に3倍はあるだろう。
じわじわと詰まる距離を見て、一応モンスターであるならばと不意打ちを警戒する。
『アリアだ』
そんな中、不意に視界の端を流れるコメントのひとつが目に入った。
「アリア?」
この焦りを感じさせる高速タイピングは、さっきの耐久度説明兄貴! なんて茶化す間もないほどの速さでレスポンスが返ってくる。
その内容はとても分かりやすく、私を驚愕させるには十分な情報を秘めていた。
『南の草原のボスモンスター!』
「うそん」
そのコメントを読んだ時、私の目の前には既に赤狼がいて。
その鋭い隻眼に闘志を滾らせて、孤高の狼は気高い咆哮を上げた。
――《孤高の赤狼・アリア》
――レベル、28。