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成長

「らぁっ!」


 ナナが鋭い発声と共に振るった影縫が、防御を破られたプチゴーレムの身体を砕き割る。

 実に3度目のモンスターハウス攻略。

 HPを全損し消滅した場所に現れた宝箱が、今のプチゴーレムがモンスターハウス最後の一体であったことを証明していた。


「ふぇ~」


 ドスリと音を立てて地面に座り込んだナナは、使い込んだビーズクッションのように潰れてヘタっている。

 モンスターハウスはいざ攻略できるとなれば報酬的には非常に美味しいものの、ナナありきの強行突破は当然ナナに酷く負担をかける。

 本当に疲れたのか、ナナは両腕を大の字に広げて寝転がり始めた。眠ってこそいないものの、目を閉じている以上疲れているのは間違いない。

 宝箱を一旦置いておいて、私は倒れたナナの方に向かった。


「お疲れ様。だいぶ安定してきたわね」


「そうだねぇ。やっぱ初撃で大きいのぶち込めると楽だね~」


 私自身で3回目、ナナは初回の大規模モンスターハウスを含めると既に4度目のモンスターハウスクリアというだけあって、だいぶ作戦が立てやすくなってきたのは事実だ。

 ナナいわく「匂いが違う」とかで、私にはよくわからないけど階層内にモンスターハウスがある場合はすぐにナナが発見してくれる。

 そうしたら部屋に入る前に詠唱を開始して、部屋に入って湧き出したモンスターに先制でサンダーストームあたりをぶち込んでやればいい。

 後は混乱しているモンスターの中にナナが突っ込んで暴虐の限りを尽くし、私はそれをサポートするように立ち回る。

 私とナナのモンスターハウス攻略は、だいたいこんな感じの大雑把な内容になっていた。


 ちなみに、「大規模」という言葉を使ったように、モンスターハウスは部屋の大きさ毎に難易度の差が生じる。

 ナナが最初に殲滅したあの大部屋のモンスターハウスは、少なくとも現状でクリア報告はない。

 それほどの難易度。部屋の広さ故に物量が他と段違いに多いからだ。

 逆に今挑んでいた小部屋のモンスターハウスは、30体程度のモンスターしかいないのでそれほど苦労する難易度ではなかった。実際にそれなりのクリア報告が出ている規模のものだ。


「ま、報酬はイマイチよね」


 ナナを寝転がらせたまま、私は宝箱を開いて中身を確認する。入っていたのは星屑の欠片とフルポーション。

 フルポーションはHPの完全回復が可能な上級ポーションのひとつだ。高レベルになればなるほど効果的に使えるアイテムだけど……私にはそれほど必要ない。HPが高いナナにあげてしまおう。

 星屑の欠片が2人で1000個ずつ。純粋にダンジョンを駆け抜けるよりは効率よく稼げてはいるものの、一階毎の疲労や消耗を考えると必ずしも収支が浮いているとは言い難い。


「んぁ~……ぐぅ」


「こら、寝ないの」


「ぐぇっ」


 だらしない声を上げて本格的に睡眠の体勢に入ろうとするナナを無理やり引き起こすと、少し体勢に無理があったのかヒキガエルを潰したような声を出した。

 今の一瞬でいくらか回復できたのか、少しだけ目がぱっちりしている。

 私の腕を抜けてぴょんと立ち上がったナナは、体の調子を確かめるようにぐぐーっと背伸びを始めた。


 兎にも角にもあのモンスターハウス殲滅以来、ナナの消耗は看過できない程に積み重なっている。

 配信開始から5時間経った頃に中休みという形で一度休憩は取ったものの、依然としてナナの表情から疲労は抜けていない。

 まあ、あれからまた5時間近く経ってるから疲れもピークなのは間違いないんだけどね。


 それでも私がナナを止めなかったのは、ナナが一切動きの精彩を欠かなかったから。

 いや、むしろ疲れれば疲れるほどに、ナナは動きの精細さを増していく。まるでそれを望んでいたかのように、強く鋭く研ぎ澄まされていた。


 戻ってる、とか。

 見たことがない、とか。

 私もロン姉も少し勘違いをしていたのかもしれない。


 成長しているのだ。

 ナナが自分の枷を外せるこの世界での経験が、たった3週間にも満たない時間の流れが、未だかつてないほど急速にナナを成長させている。

 元々人間離れしていたナナの能力は、生まれつき努力とは無縁で与えられていた力は、琥珀やアポカリプスという壁との出会いを経て初めて試練を前にした。

 その力を存分に振るえるこの世界にあって、ナナは初めて成長の機会を与えられたのだ。


「行かないの?」


「ん、行きましょ」


 見た目上はいつも通りなナナからの声掛けに、私は少しだけ感じる不安な気持ちを振り払って応じた。

 成長の機会を与えられたのか、その必要に駆られたのか……。

 前を歩くナナの後ろ姿が、昨日から変わることなく揺らいで見えた。




『……くっ、ここまでか』


 膝をつき、そんないかにも力及ばずだったみたいな雰囲気を出すセイレーンの騎士の一人、《リネット》。

 実際には私たちにタコ殴りにされて為す術なく倒されてるんだけど、若干そういう演技に酔ってる感じの厨二病騎士っぽいので突っ込むのは流石に可哀想だった。


 そして何より、HPが全損してなお死ぬ事なく言葉を遺そうとするその気概に免じて聞いてあげることにした。


『よくぞ我らセイレーンの騎士を討滅した。……しかし努努(ゆめゆめ)忘れるな。我らは所詮数合わせ、真なる騎士たるかの御方より任命されただけの偽りの騎士であると』


「《デッド・ウィンド》!」


『ぐわああああああああああっ!』


 私が放った上級風魔法の《デッド・ウィンド》 を受けて、ちゅどーん! という若干ギャグ調な効果音と共にリネットは消えていった。


「リンちゃん、いいの?」


「ああ、うん。多分また難易度が上がるって話だけだろうし、なんかどの騎士も似たようなこと言うみたいだから」


「ああ、もう情報出てるんだ」


「そゆこと。むしろ私たちが時間かかりすぎなのよね」


 9人の騎士を倒し切った段階で、「真なる騎士」とやらの情報が明かされるのは初日の時点で既出の情報だった。

 私たちは9人目となったリネットを倒すまでに12ミラージ3ハッシュとサーバーIVに出やすい騎士たちが随分ダブったので、もう2日目も終わりに差し掛かろうというこのタイミングでやっと聞けた訳だけど。

 というかミラージが出すぎなのだ。もう少し均等に出てくれないと飽きが来るという話である。


「ま、真なる騎士とやらとは別にモンスターハウスっていう難易度上昇要素も出たし。まだまだ仕掛けはあるんでしょうけどねぇ。ま、ナナのお陰でモンスターハウスを潰せる分効率は上がってるし、今日はこの辺りにしておきましょ」


「うぃっす」


 ナナから聞くのは珍しい返事が返ってきて、思わず私は立ち止まる。


「何それ」


「リスナーの人がよく使う返事みたいなやつ」


「ふーん……可愛いからありね」


 リスナーのコメントを拾っていると、何ともいらない知識を拾ってきてしまうのはあるあると言えばあるあるだ。

 ナナがそういうのを拾ってくるとは思わなかったけれど、配信中はちょこちょこリスナーのコメントを読んでるみたいだし、案外楽しんでストリーマー生活を送っているのかもしれない。

 最近は私が配信してるからナナは配信自体はしていないけど、明日あたりはナナの視点で配信させてあげるのもいいだろう。

 私のリスナーとナナのリスナーは近くて遠い。配信主の私たちが近いから自然とリスナーは被るけれど、それでも片方の配信しか見ないリスナーというのは存外に多いものだ。


 例えばチーミングゲームのプロチームでも、ある特定のエースプレイヤーだけがとても人気があり、残りのメンバーがぼちぼちの人気で落ち着いているということもある。

 しかしその残りのメンバーに対する熱烈なファンがいたりもする。FPSで得意武器が同じだとか、使っている武器が好きだとか。

 例えばナナであれば鬼人族というビジュアル面がひとつ、打撃武器を使うという配信者でもやや珍しい部分がひとつ、人間離れした戦い方がひとつ、投擲の上手さ、若干配信慣れしていない初々しさ、etcetc。

 そう言った要素を組み合わせて、初めて固定のリスナーというものは生まれてくる。


 私は自他共に認めるリスナーの多さを誇るゲーマーではあるけれど、私のプレイは基本的にナナのような奔放なものではない。

 そういうのを望んでいるリスナーからは、ナナの視点の方が楽しめたりするだろう。


「はぁ~……疲れた」


「そりゃそうでしょ。今日はピザにする?」


「うーん……お寿司!」


「はいはい」


 なんにせよ、昨日や今朝に比べればいつも通りの雰囲気に戻りつつあるナナを見て安心しつつ、モンスターハウスのソロクリア祝いにせいぜい特上寿司でも頼んであげようと思うのだった。

リンネは食事にあまり興味のないタイプ。

意外と食費はかけてないです。

ナナはカロリー最優先の子供舌。

出費のほとんどが食費です。

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