殲滅の報酬
誤字脱字報告、ほんと助かってます。
どうしても見落としちゃうんですよね……。
「もう20分も経ってるわね……」
反対側の入口も当然のように閉じていて、落胆とまではいかなくとも多少の諦めを胸に入口(出口?)の前で座り込んでから、既に20分が経つ。
『リンネもちつけ』
『死んでないんでしょ?』
『ナナなら大丈夫やろ……多分』
『そうだよ……きっと』
『めいびー』
『↑なんか言えw』
「あのねぇ……励ます気あるの?」
全くもって励ましにならないリスナーたちの言葉。
いつもの通りの雰囲気でコメントをしてくれるおかげで、少し気が楽になっているのも確かなんだけど。
ナナに関する事になると、私は普段では考えられないくらいに弱くなってしまうらしい。ただのゲームでの出来事だと割りきれないくらいに、今の私は不安と焦りを感じていた。
それでも、コメントであったように悪いことばかりではない。
20分が経ったと言っても、パーティメンバーとして見ることが出来るナナのHPは3割程度しか減っておらず、状態異常なんかにもかかっている様子はない。
最初の5分ほどで一気に2割近く減って以来、ほとんど減っていないのだ。
「あら……?」
ガコッ、と。
ナナを心配しつつ、出来ることもないのでリスナーたちと戯れていると、再び聞き覚えのある稼働音が耳に届いた。
モンスターハウスの扉が開く。開き切るのを待つ余裕もなく、通れそうな大きさになってすぐに部屋の中へと駆け込む。
ナナは部屋の中央で、何かの上に座って私を待っていた。少し項垂れているせいか、私が部屋に入ってきたことには気付いていないようだった。
「ナナ!」
「……あ、リンちゃん」
興奮もなく、冷めた様子でもない。少しだけぼんやりとした様子は、紛れもなくいつものナナのものだった。
座ったまま私の方を見上げるナナを見て、私は駆け出した。
「わぷっ」
「大丈夫だった!? 怪我はしてない?」
「リンちゃん、ここゲームの中だよ?」
「クスッ、そうね。……よかった、よかったわ」
無事な姿に安心して思わずナナを抱き締めると、ナナから指摘された事で自分がどれだけ焦っていたのかを理解して思わず笑ってしまった。
ナナは、本当にあの数のモンスターを殲滅してしまったのだ。
「ねぇリンちゃん。これ見てよ」
「ん? そういえば何に座ってるの?」
「宝箱。モンスター全部倒したら出てきたの」
ナナが椅子にしていたものは、錆び付いた宝箱のようだった。
流石にジュエリーボックスという訳じゃないとは思いたいけど、果たしてこれはなんだろうか。
錆の下にうっすら見える装飾は相当に豪華なもので、あの規模のモンスターハウスを突破した報酬と考えると少し期待してしまうのも仕方ないことだった。
「リンちゃん、開けていいよ」
「いいの?」
「うん、私はあまり興味ないから」
ぼんやりとした様子でそう言ったナナは、本当に興味がないのか宝箱に視線を向けてはいない。
それどころか私が宝箱を開けようとする姿を見てさえいない。少し顔を逸らして、どこか違うところを見ているような……。
その時、滅多に聞いた事のない音が、ナナの方から聞こえてきた。
「……は……ぁっ」
それはナナの口から漏れる吐息。小さな小さな呼吸音。
違う。ナナは興味がないんじゃない。
今のナナは「疲れてる」。それもあまりにも極端に、戦いの後宝箱に座って休んでいなければならないほどに。
当たり前だ。100を超えるモンスターを倒すなんて、あまりにも常軌を逸しすぎている。
疲れないはずがない。本当なら強制ログアウトしてしまいそうなほど、今のナナは疲弊していた。
確かに、大部屋とはいえモンスターが溢れかえっていたあの状況は、小回りの利くナナに取っては動きやすくはあっただろう。
ターン制バトルのローグライクと違い、モンスターたちもある程度動きが制限されたはずだから、ナナは上手く同士討ちなんかも狙っていたのかもしれない。
ナナには赤狼装束もあるし、とっておきの《月椿の独奏》もあるから、SPに関する心配もなかったかもしれない。
けれど、限度というものがある。
できるはずがないのだ。たった3割しかダメージを受けないまま、100を超えるモンスターを殲滅するなんてことは。
なぜならこのダンジョンは魔法を使うモンスターも多数存在する。それこそ、そのほとんどがナナにとっては致命的な一撃であり、それはすなわち先程の戦いでナナは魔法を一発も受けていないということの証明でもある。
そうでなければ、回復アイテムのひとつも使わず、全てのモンスターを倒すなんてことはできない。
全てのモンスターの動きを把握しでもしない限りは。
「っ……!」
ゾッとした。
宝箱にかけた手が震える。
どれほどの集中力であれば、そんな事が出来るというのか。
私の知っているナナは、もっとずっと……。
「……リンちゃん? 開けないの?」
「え、ええ、ごめんなさい。錆び付いてて鍵の場所がわかりづらくて」
ナナの言葉で、嫌な思考を振り払う。
ナナが大金星……というより、偉業を成し遂げた。それでいい、それでいいのだ。
ついでに後で、ナナのプレイアーカイブを見せてもらおう。編集なしで動画サイトに投稿するだけでも莫大な再生数を稼げそうな気がする。
ちなみにプレイアーカイブというのは、無配信録画設定とでも呼ぶべきものだ。
配信オプションを最大グレードのフルオプションで購入しているプレイヤーは、毎月相応額の課金を強いられる代わりに配信外でも自身のプレイを全て録画する事ができるようになっている。
お値段なんと月々5万円。録画データの保存期間も一週間と短い。まあ、VRの動画データは莫大な容量になるので、色々考えるとそれでも安いくらいだ。
ナナの配信投げ銭額はアルバイトをしていた時の月給の3倍はゆうに超えてるから、月5万払っても余裕のはずだけどね。
まあ、そこら辺はどの道私のポケットマネーで事足りる。ナナに出させるまでもない。
「さ、開けるわよ……!」
ギシギシと音を立てて、錆び付いた宝箱を開く。
煌びやかな光はなく、厳かな雰囲気もない。
開いた宝箱の中身は、「透明な星屑の欠片」と「1冊の分厚い本」だった。
「うーん……?」
「本? 珍しいね、このゲームではあんま見ない気がする」
「そうねぇ」
少し疲れが取れたのか、ナナも宝箱の中身を覗きに来た。
ナナの反応に納得しつつ、私はこのふたつのアイテムについて思索を巡らせた。
星屑の欠片は金平糖のような見た目という言葉の通りに、インベントリから取り出した時の個々の色は割とランダムだ。
大抵が純色に半透明の白を加えたような、まさしく金平糖というような見た目をしている。
対してこの星屑の欠片は、ガラス細工のようにはっきりと透明だった。
もうひとつの本については理解のしようがない。とりあえず、ハードカバーの古びた本ということぐらいしかわからなかった。
「私は本を見てみるわね」
「お願い。私は欠片の方を見てみるよ」
とりあえずナナが読まなそうな本に手をつけ、星屑の欠片はナナに渡した。
インベントリに入れた本の名前は《スキル書:歌姫の抱擁》。その効果をざっくり言うと「使用者は、レアスキル《歌姫の抱擁》を習得できる」というものだった。
「レアスキルのスキル書と来たか」
スキル書。それ自体は割とオーソドックスなアイテムだ。
ほとんどの初期スキルはスキル書を使って覚えるもので、それを発展させてより強力なスキルを入手するのがWLOにおけるスキルの覚え方。
例えば初期に選べる武器のスキル書なんかは、どれも店で1000イリスくらいで買える。
ほとんどスキルをそのまま買うようなもので、使い方もコマンドひとつだからほとんどのプレイヤーはスキル書が本であることさえ認識していないかもしれないくらいだ。
逆に、スキル書を挟まないで直にスキルそのものを手に入れることもある。
ネームドボスのような強力なモンスターからのドロップの場合は、スキルそのものをプレイヤーのスキル欄に追加されたりするわけだ。
似たような物なのに、なぜ分けるのか。
それは、基本的にはスキル毎の価値の差だろう。
スキル書の場合は所持者から譲って貰えば他人でもそのスキルを覚えられるが、ドロップの場合は倒したプレイヤー限定でしか手に入れられない。
ナナの持つ《餓狼》や私の持つレアスキルのように、強いスキルは強いモンスターを実際に倒して手に入れろという運営の意図から来るものだ。
とはいえ今私の手にあるスキル書のように、レアスキルのスキル書というものも存在はするようだ。
まあ、今初めて知ったんだけどね。しかしこの《歌姫の抱擁》というスキル……効果を見たところ、私よりも「ナナ向け」のスキルだろう。
「リンちゃん、これも地味にスゴイよ。ただの星屑の欠片だったけど、見てこの個数」
「どれどれ……ん゛っ!?」
思わず変な声を出してしまった。
ナナのメニューカードに燦然と輝く「星屑の欠片×5000」という文字。もしかして星屑の欠片って、個数ごとに纏めることで色が変わったりするんだろうか。
ナナの話だと今の5000という数字は自分が今持っている星屑の欠片とは別に、透明な星屑の欠片を解凍した結果手に入ったものらしい。
さっきの透明な星屑の欠片は、周回10回分くらいの量をたったひとつで賄うアイテムだったということだ。
「ナナ、これはアナタにあげるわ」
「え? いいの?」
「元々ナナがひとりで勝ち取ったものよ。魔法スキルだったらさすがに勿体ないから私が貰ったかもだけどね」
「確かに、私が魔法スキルなんて覚えても宝の持ち腐れだもんね」
疲れもだいぶ取れたのか、微笑みながらそう言って自虐するナナ。
ナナは魔防の低さに注視されがちだけど、MPも知力も果てしなく壊滅的だ。普段必要ないから言われないだけでね。
だからこそ、魔法以外の部分でしっかりとスキルを整えなければならない。今返したスキル書は、間違いなくナナにとって必要なものだった。
「歌姫の抱擁かぁ……セイレーンと関係があるのかなぁ」
「間違いなくあるでしょうけどねぇ……」
ナナがスキル書を使ってスキルを覚えるのを傍から見つつ、私はナナの漏らした言葉に同調する。
セイレーンとは本来、歌に関係する化け物の名前。海難事故を起こすだとか、そういう言い伝えがあるモンスターだったような記憶がある。
《歌姫の抱擁》という名前でセイレーンと関係がないとは考えられないだろう。
「んー……スキル枠が足りないぞ……」
「今はなんのスキルをつけてるの?」
「《打撃武器》《片手用メイス》《両手用メイス》《素手格闘》《探知》《餓狼》《投擲》の7つに、それからレベル50で取った《瞬間換装》スキルかな」
「《瞬間換装》って、複数の武器の熟練度を上げると出てくるやつ?」
「多分ね。投擲武器を一瞬で装備できて楽なんだー」
なるほど、どうやって投擲アイテムを取り出しているのかと思ったら、そういうスキルも手に入れていたのか。
《瞬間換装》は、確か3つ以上の武器スキルを熟練度50にすると入手できるスキルだ。派生武器スキルでも条件を達成できるから、入手条件としては難しくない。
確か、予め専用の換装用インベントリに入れて置いた武器であれば、SPを消費する事でノーモーションで装備変更することが出来る。
その効果が投擲アイテムにまで及ぶのは初めて知ったけれど、投擲スキル自体が人気無さすぎて全然開拓されていない以上は当たり前のことだった。
そもそも瞬間換装自体が、複数の武器をそこそこの練度で扱えるプレイヤーにしか縁のないスキルだ。
そんな風に中途半端にスキルの熟練度やプレイヤースキルを磨くくらいなら、一本の武器に絞るのがVRの常道である。
さらに言えばタダでさえ使用者に多彩な技術を求める瞬間換装に加えて、完全プレイヤースキル依存の投擲スキルを持っていて、両方実践レベルで使うとなると3万人の人がいるにしても片手の指で足りるかどうか。
ぶっちゃけ現状で両方を使いこなせてるのはナナだけだと思う。
それでもナナの発見は投擲スキル持ちにとっては革命的なものだ。投擲武器を身につけたりインベントリから取り出すのは、想像以上に手間なものだ。
瞬間換装自体は決して入手の難易度が高いわけではないし、投擲スキル持ちにとっては積み得スキルになっていくかもしれない。
「どうしよっかなー」
「ナナ、それパッシブスキルよ。どうせ今は影縫しか持たないんでしょ? 両手用メイスか素手格闘のどっちか付け替えちゃえば?」
「ぱっしぶ?」
「常時発動スキルってこと」
スキル制のゲームなら、どんなゲームでもアクティブスキルとパッシブスキルの2つのスキルは存在するものだ。
アクティブスキルは、自分の意思で発動タイミングを選べる基本的なスキルの事。アーツを使えるスキルはだいたいこれに当てはまる。
逆にパッシブスキルは、ステータスや耐性に関わるような常時発動型のスキルの事である。
例えば、《片手剣》スキルを熟練度100まで上げると、「片手剣装備時攻撃力1.1倍」というスキル効果が発動する。
これは装備さえ付けていれば常時発動しているタイプなので、パッシブスキルに当たる訳だ。
逆に《スラッシュ》のような能動的に発動するアーツは、完全なアクティブスキルと言えるだろう。
「と言うかナナはパッシブスキルくらい知ってるでしょうが」
「えへへ」
私が突っ込むと、ナナは照れくさそうに笑った。
ナナにだって、私と一緒にどれだけのゲームを制覇してきたかもわからないくらいにはゲームに傾倒していた時期があるのだ。ゲーム知識に関してはそれなりにあるはずである。
まあ、あの頃は私がやらせていただけってところがあるから、あまり意識していなくても無理はないけど。
「ん? リンちゃん、これってもしかして……」
「ええ、今のナナにピッタリでしょ?」
スキルの効果を確認したのか、驚いたような表情を浮かべて私のローブをちょいちょいと引っ張るナナに、私は少し得意気な笑みを返すのだった。
レアスキルのスキル効果はまだ内緒。
ちなみに瞬間換装スキルはあまり人気がありません。
戦闘中に武器を多彩に持ち替えたとして、有利になる事が少ないからです。多彩な属性武器が多くのプレイヤーの手に渡ったら、また違った評価になるのかも?