ダンジョンの地図
「お帰りなさいませ、旅人リンネ。無事のようで何よりです」
ワープゲートを潜った私達を出迎えてくれたのは、見送りの時から変わらずに待っていたイリスだった。
「おかえり〜」
少し先に帰ったナナには既に挨拶を済ませていたのだろう。星屑の欠片をインベントリから取り出して、部屋の隅でジャグリングしていた。
星屑の欠片は見た目的には大きな金平糖のようなアイテムで、サイズは野球ボールくらい。
普通のインベントリとは別の特別な枠に入っているようで、いくつ手に入れても重量制限で敏捷が下がったりはしないようだ。
ちなみにパーティを組んでいると、総入手数を人数で割っただけの数がダンジョンクリア時もしくはパーティ解消時に振り分けられる。
でもこの仕様だと、最初から最後までパーティを組んでプレイしてたら2人に同じだけの星屑の欠片が割り振られてしまう。
仮に同一個数で最終ランキングの集計を迎えた場合、双方の順位はどのように定められるんだろうか。
そんな疑問を抱いたのでイリスに聞いてみると、彼女は一度頷いてから答えてくれた。
「ランダムです」
「は?」
「完全な乱数により順位が決められます。また、パーティの人数で割り切れない端数はランダムに振り分けられます」
「ああ、そうなの……ま、私はいいんだけどね。ギリギリでソロやって個数調整してもいいし」
まあ、乱数で決められてると言われれば仕方がない。
そもそも今回のイベントのランキング報酬はかなりアバウトなのだ。
サーバー毎に1位から6位までが最高報酬。
そこから100位までが次点の報酬。
更にその次が1000位。
残りのプレイヤーは全員同じだ。
各順位報酬はそれぞれレアなアイテムがひとつずつ減っていく感じで、最高レアアイテムは今回なら「蘇生ポーション」と言えるだろう。
それに、どうしてもランダム要素が嫌なら最後に1人ずつで潜ればいいことだ。
ソロで潜れば手に入れた星屑の欠片のカウントは全て自分に付くのだから。
ちなみに私たちが今回の周回で手に入れた数は500ちょっと。ミラージからは100個ほどドロップしたみたいだから、やっぱりボスは効率がいいみたい。
2人で割るからひとり頭250は自由に使えるだろう。
「早速だけど交換ってできる?」
「星屑の欠片の交換ですね。こちらがカタログになります」
「カタログ……」
ぽんと手渡された雑誌のような何かを受け取って試しに捲ってみる。至って普通のカタログだ。
なんかこう……うん。急に現実に引き戻された気分になるからせめてメニューカードとか間に挟んで欲しいわ。
気を取り直して中身を検分すると、《初級ポーション》《中級ポーション》《ポーション飴》《MPポーション》……ポーションだけでも3ページくらいある。
MPポーションがあるのはありがたい。これは結構作成が難しいアイテムで、NPCショップでもかなり高価なのだ。
中級ので欠片100個。あの強さのボスのドロップ品がこれだと思えばまあ……悪くはないわね。
「ん〜っ」
ジャグリングに飽きたのか、ナナが私の読んでいるカタログを覗き込みに来た。
身長差があるので若干体を伸ばしているナナに配慮して少しカタログを持つ手を下げてあげる。
「えへへ、ありがと」
「どういたしまして。……何か欲しいのある?」
「ん〜、考えてたんだけどね〜、マッピングアイテムってないのかな〜って」
ふにゃりと笑いながらそう言ったナナの言葉にハッとする。
今回の周回は、一周で2時間半くらいだった。
もちろんそれなりにしっかりと探索をしている以上ある程度は仕方ないとはいえ、毎度こんなに時間をかけていては効率的に欠片を稼げない。
何より、私達は毎日たくさん時間を使えるからいいとしても、こんなペースで時間を取られるイベントじゃ一般のプレイヤーが楽しめない。
やり込めば強くなれて、そうでなくともある程度カジュアルに楽しめるゲームが今どきは主流なのだ。
これが周回系のイベントである以上、周回すればするほど「周回を楽にするアイテム」が手に入ると思うのはある意味当然の考え方だった。
「イリス、攻略に関わるアイテムはどれ?」
「それでしたら、帰還札より後の項目をご覧下さい」
パラパラとカタログを捲ってみると、確かに帰還札から後の項目は《地図》や《探知キット》などの攻略に役立ちそうなアイテムばかりだった。
地図はかなり交換レートが高く、1枚につき200個の星屑の欠片が必要。《探知キット》は探知スキルの代用品で、これはランダム確率で壊れる代わりに探知スキルと同様の効果を発揮してくれるらしい。
「ナナ、とりあえず2つ分地図にしたいんだけど」
「いいよ〜」
「イリス、私たちにひとつずつ地図をちょうだい」
「《地図》ですね。それでは1人につき200個ずつの星屑の欠片をいただきます」
私たちからそれぞれ星屑の欠片を徴収し、イリスから地図が付与される。
インベントリから取り出してみると、左上の部分に《マップNo.16》と記載された地図が現れた。
ナナが取り出した方には《マップNo.11》と表示されている。描かれた内容も違うので、別の階層の地図と見てよさそうだった。
「ナナ、ちょっと貸して」
「覚えられそう?」
首を傾げて問いを投げかけるナナに大丈夫と視線を送り、目を閉じる。
さっきの攻略で通り抜けてきたルートから構築していた脳内地図と、手に持った地図の内容を頭の中で照らし合わせる。
5分ほどかけて念入りに確認した結果、分かったことがあった。
今回交換した地図2つは、一度目の攻略で通ってきた階層と重なるものがひとつと、そうでないものがひとつ。
実際に通ってきた方と構造が重なった地図は、奇しくもあのジュエリーボックスが出た階層のものだった。
もちろん記憶と道順が酷似しているというだけだけど、わざわざ地図と銘打ってこんな普通に交換アイテムを置いてあるんだから、恐らく同じ階層のものと思っていいはずだ。
No.16という事は、最低16種類。最大数はわからないけれど、恐らくこのダンジョンの規模やイベントの期間的に多くても20程度だと思う。
これをランダムに10階層分組み合わせて、あのダンジョンはできているのだ。
「…………うん、2枚とも覚えた。私はもう要らないからナナにあげるわ」
「ありがと。流石の記憶力だねぇ」
「それだけが取り柄みたいなものだしね。……とりあえず地図を集めるにももっと沢山の欠片がいるわね」
「すぐに行く?」
「いえ、せっかくだからカタログはしっかり見ていきましょ。ほら、イベント限定武器ってのもあるわけじゃない?」
暴れたくてうずうずしてるのか、目をキラキラさせて扉を見つめるナナを引き止める。
そう、地図というわかりやすい目標ができたものの、今回のイベントはイベント限定アイテムが幾つか存在している。
むしろ普通のプレイヤーはそれを入手・強化するのが目標と言ってもいいだろう。
例えば、今回のイベント限定武器の名前は《スターダスト》シリーズ。防具の名前は《星屑》シリーズ。英語か日本語かの違いでしかないけれど、武具をはっきり分けるという意味ではわかりやすいネーミングだ。
強いのかと聞かれれば、特段に強くはない。初心者からフィーアスまで使える程度だから、トリリアの店売り武具くらいの性能だ。
武器種としても細かな派生までは対応していない。基本スキル+派生スキル分くらいまでの種類なので、人によっては使ってる武器種がないということもあるだろう。
それでも、イベント限定というだけで価値が生まれるし、初心者から見れば破格の性能なのも確かだ。
「金棒はないね……」
2人でカタログを眺めていると、ぽつりとナナがそんなことを呟いた。
割と本気でショックなようで、しょんぼり顔で目を伏せている。ナナ、アナタいつからそんなに金棒に取り憑かれてしまったの?
実際の話、影縫も含め金棒は片手用メイスの区分だから、同じ武器種だと《スターダスト・メイス》という名前の武器がナナの手に入れるべきイベント武器に当たる。
私の場合は《スターダスト・スタッフ》という杖の武器ね。
交換した時点での性能は、初期設定時に貰った《初心者》シリーズの武器と全く同じだ。
それぞれ欠片が250個から交換できて、それに+して100個ずつで5回まで武器に対応した強化素材も交換できる。
つまり、ひとつの武器につき750個の欠片を集めることで、トリリアの店売りくらいの性能まで上がるという事だ。
また、交換出来る強化素材自体は普通のプレイでも見かけるようなものだから、最悪イベント中に強化しきれなくてもイベント後に集めれば強化はできる。
最悪250個集めておけば強化は何とかなるので、コンプ勢はそれを目標にするのだろう。
ちなみに、一見すると繋ぎ用程度の性能しかないように見えるこの武器にも、ある理由からかなり便利な用途がある。
とりわけナナのような打撃武器使いにとっては、切り札たり得るある用途が。
ナナは恐らくまだ気づいていないけれど、説明している時間はなさそうだ。
いい加減疼きが収まらないのか、ナナがゆらゆらと体を揺らしているのを見て、私はそう思った。
「さ、とりあえず2周目行きましょうか。さっきよりはペース上げてくわよ?」
「ふふ、ちゃんとついてきてね?」
金棒ショックから立ち直ったナナと共に、再び扉を潜り抜ける。
イリスは何も言わず頭を下げ、静かに私たちを見送るのだった。