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宝石箱と鎧の騎士

「なんだろうねぇ、これ」


 べしべしと影縫で宝箱をつつくナナ。

 探知スキルは使っているんだろうけど、これがトラップモンスターなら探知スキルを掻い潜ってくる可能性もある。

 そんな可能性を完全に忘れて興味津々に箱をつつく姿は、いつものナナからは考えられないほどに幼く見えた。


「モンスターかもしれないんだから気をつけてね」


(というか、機嫌よすぎじゃない?)


 一応注意はしておきつつも、心の中で隠しきれない驚きを呟く。

 ナナがこんなにも好奇心を露わにしていたのなんて、それこそ本当に幼かった時くらいだろう。

 私と出会った時にはもう、この子は好奇心を示すなんて言う当たり前の感情すら持っていなかったんだから。


「よーし……ん?」


 何もないと判断したのか、ついに宝箱の口に手をかけたナナは、軽く持ち上げただけのはずなのにひとりでに開いていく宝箱に首を傾げる。

 そんな姿を後ろで見ていた私は、予想通りすぎてなんとも言えない気分になってしまった。


「うわぁ!」


 ガチン! と音を立てて宝箱の口が閉じる。

 突然牙を向いた宝箱……もといトラップモンスターである《ジュエリーボックス》に驚いてか、ナナが大きな声を出した。

 普通なら心配する所だけど、反射的に殴り飛ばしてるのを見てしまうと心配するだけ馬鹿らしく思えてしまう。


 いざ攻撃に移ろうとする前に殴り飛ばされて、ジュエリーボックスは既に瀕死状態だった。

 なんだかもう、ここまで何もさせてもらえないとモンスターに同情してしまう。

 ぶっちゃけて言うなら、ジュエリーボックスはトラップモンスターの割には強力なモンスターではない。擬態を解いた状態で倒すだけならむしろ簡単な部類だ。

 このモンスターは攻撃に成功するとアイテムを盗んで逃走する、いわば嫌がらせモンスター。

 ダンジョンの同フロア内にランダムで転移するため、貴重なアイテムを盗まれると結構面倒なことになる。

 主にプレイヤー間のトラブルで……ね。


「ねーリンちゃん、星屑の欠片たくさん取れた〜」


「沢山?」


「ほらほら」


「どれどれ……あら、ほんとに沢山ね」


 同情してる間にナナに叩き殺されて塵と化したジュエリーボックスのリザルトに表示されていたのは、50を超える星屑の欠片だった。

 基本的にほとんどのモンスターが4から8個の間でしか欠片を落とさないことを考えると、確かに一体のモンスターから出る量としては多い方だろう。

 それに加えて「コランダム」のドロップ。これは加工することでランダムにルビーやサファイアと言った宝石に変化する素材アイテムだ。

 ごくごく稀にジュエリーボックスがドロップするダイヤモンド程ではなくとも、必ずジュエリーに変化するという意味ではそこそこ価値のあるアイテムだった。


「そこそこ美味しいわね」


「もっと探す?」


「いえ、見つけたらラッキーくらいでいいわ。ランダム配置だろうし、周回速度優先で行きましょ」


「は〜い」


 ナナは元気よく返事をすると、再び軽い足取りで迷宮を歩き出す。

 ナナの頭の中では次の突き当たりくらいまでは地図ができてるのか、その足取りに迷いはない。

 進む方向に迷いはないものの、右に左にふらふらとしている姿は、本当に熱に浮かされているみたいだった。


 そろそろ階段かなというくらいに歩いた時、ちょうどポップした熊型のモンスター《メタルベア》を見たナナは、目をぱちくりさせてこう言った。


「なんで土の中に熊さんが?」


「なんででしょうねぇ」


 「今の」ナナの感覚では、このダンジョンは土の中ということらしい。

 どんどん下に降り続けているからだろうけど、別にこの迷宮は土の壁って訳じゃないのよね。


「さてはおめぇ土竜だな〜?」


「いや、何言ってるのナナ」


『草』

『ワロタ』

『ど、土竜』

『↑モグラって言ってんだよなぁ』


 今のナナはほんとに何を言い出すのかさっぱり予測がつかない。

 襲い来るメタルベアの腕を躱しながら顔にカウンターを叩き込み、仰け反ったメタルベアの顎を打ち上げ、脳を揺らされてたたらを踏んだ所で胴を薙ぐように《叩きつけ》。

 ゆるっゆるの雰囲気でなんてえげつないコンボを……。


「ちゃんと地面に潜っててね〜」


 そんなセリフと共に倒れたメタルベアの頭を迷宮の床にめり込ませる勢いで叩き潰したナナは、鼻歌を歌いながら迷宮の先へと進んでいく。


『えっぐ』

『容赦がなさすぎる』

『動きが全然見えないんじゃが』


 洗練されているとは言い難い。技術らしい技術もない。

 ただ一方的に気持ちよく殴り抜く事だけを考えている。

 戦いを楽しんでいる訳じゃない。私が許可を出したから、縛りなく自由に力を振るっていいことに興奮しているのだ。


「ふふふん、ふんふん、ふふふふーん」


『すげぇ』

『うっま』

『体操もできるん?』

『金棒でバトンしてて草』

『器用だなぁ』


 手持ち無沙汰になったからか、要求筋力値200を超えるはずの影縫でバトン回しのような事をし始めたナナ。

 盛り上がるコメントを他所に、私は思った以上にご機嫌なナナをどう扱ったものかと考えるのだった。





 星屑の迷宮、地下10階層。

 いかにもボス部屋らしいだだっ広いフロアに出た私達は、フロアの中心に佇むボスを見て立ち止まる。

 ひと目で言うなら、全身鎧の騎士。ただしそのサイズは3メートルほどもある、とても大きな鎧の騎士だった。

 大きな剣を正面に突き立てその上に両手を乗せるという王道のポーズで待ち受ける騎士に近づくと、兜の隙間に赤い光が点った。


『我が名はミラージ、セイレーン様に仕えし騎士なり』


「うわぁ、喋った」


「セイレーン?」


 鎧が喋ったことに驚くナナと、聞いたことのない名前を思わず聞き返した私。

 そんな私たちの声に反応することもなく、ミラージと名乗った鎧の騎士はギシギシと音を立てて剣を構えた。


『いざ、尋常に!』


「ちょっ、いきなりっ!?」


「っらぁ!」


 最初の名乗りからほとんど間を置くことなく襲いかかってきた騎士の剣を、気勢を上げてナナが受け止める。

 この手のパワー対決では私は役に立たないので、とりあえず私は2人から大きく距離を取った。

 2人のパワーは拮抗しているのか、鍔迫り合いながら闇色の金棒と鈍色の大剣が火花を散らす。


『ほう、我が剣を止めるか』


「まあねぇ」


『ならばこれはどうだ』


 鍔迫り合いをやめて後ろに引いた騎士の剣に光が走る。あれは恐らくアーツを発動する兆候だ。

 ナナもそれは勘づいているのか、何が来ても問題ないようにリラックスした脱力状態で構えている。

 ギリギリと引き絞られた腕と、力を貯めるように曲げられる膝。数秒の間を置いて、騎士は勢いよく飛び出した。


『暴風連斬!』


 切っ先が地面を裂き、剣閃が上に昇る。 

 ギャリリッ! と石の床を切り裂く程に低く深い位置から放たれた渾身の切り上げがナナを襲うも、ナナはつまらなそうな顔で当たらない位置に体をズラした。

 一見すると渾身の一撃をスカされたように見える。

 しかし十分な高さまで跳ね上がった刃はピタリと静止すると、踏み込みと共に凄まじい音を立てて振り下ろされた。


 剣閃は鋭く重く、風を切り轟音を立てる。

 なるほど、《暴風連斬》とはよく言ったものだ。

 確かにナナは、まるで暴風に晒されているような斬撃の嵐の只中にいた。

 やってる事は全力の斬撃を絶え間なく放っているだけ。けれど、全力で振るった攻撃の勢いを止めるのはそんなに簡単な事じゃない。

 あれほどの威力の斬撃を隙間なく放てる時点で、かなり驚異的な技だと言えるだろう。

 ただしそれは……。


「ふあぁ……」


 相手がナナじゃなければ、の話だけれど。

 ナナは心底つまらなそうに欠伸をしながら、騎士の斬撃を身のこなしだけで回避している。

 切り上げ、切り下ろし、横薙ぎや兜割り。多彩かつ高威力の連続攻撃は確かに驚異的だ。

 けれど、ナナにとっては単発攻撃が連続で飛んでくるだけの大味な技でしかない。

 回避に徹すればあの通り、掠る事さえなく避け切れてしまう。


『当たってないの?』

『???』

『全部避けてら』

『今欠伸してなかった?』


「あれは相性が悪いわねぇ……」


 あの鎧の騎士はかなりシンプルな重戦士タイプのボスだろう。範囲攻撃を持っている可能性はあるものの、あのタイプのモンスターは基本の攻撃が大味になりがちだ。

 タンクのように攻撃を受け止めるプレイヤーや魔法使いのように頑丈が低いプレイヤーとは比較的相性がいいんだけど、ナナのように攻撃を見切って隙を突くタイプのプレイヤーとはすこぶる相性が悪い。

 いやまあ、そうは言っても。もっと剣速が速かったら当たるのかと言われると、今のご機嫌なナナならあっさりと躱しきってしまうような気もする。


 なんでナナがあんなにご機嫌なのか。いくつかの要素が重なってああなっているんだろうけど、今のナナは恐らく絶好調に近い調子のはずだ。

 ナナは普段あまり感情を表に出さない分、感情が昂れば昂る程に調子と集中力を上げていく。

 私の知る限りでは、おそらくこの2週間で1番調子が上がっていたのは赤狼アリアとの戦いだろう。

 あの時のナナは感情を剥き出しにして、極限の戦いを楽しんでいた。


「ね〜、もうおしまい?」


『ぐああっ!』


 暴風連斬を躱し切ったナナは、最後の回避でミラージの股を抜けると、アーツの技後硬直で動けないミラージの膝裏部分を狙って《四連叩きつけ》を叩き込んだ。

 そこを狙ったのは装甲が薄いとかそういう理由ではないと思う。

 反撃を回避しやすい後ろ側に回った時、ミラージが単純にデカくて急所を狙いにくかったから足から潰そうとしたんだろう。

 モンスターにはHPとは別に、部位ごとの耐久もある。尻尾を切ったり羽根を砕いたり、まあハック&スラッシュなら当たり前のことだけど。

 ミラージの視覚化されたHPは2本。四連叩きつけで一本目が2割弱削れているから、それほどHP自体も高い訳ではないのだろう。


『ふふ、今の技はそれなりに自信のある技だったのだがな』


「なるほど?」


『しかしこの技ではお前を倒すのは難しいようだ。さて、次の攻撃は見切れるかな?』


 このミラージってモンスター、AIが積まれてるのかプログラミングされた通りに話してるのかが判断しづらい。

 とはいえ周回前提のモンスターに考えて会話を行うAIを載せる理由はほとんどないから、多分決められた状況で決められたことをするタイプのNPCモンスターなんだろうとは思う。

 周回の度にこれが出てきてくれるならありがたいんだけど。この調子ならナナひとりでメタれるから。


「さてと、ナナが頑張ってくれてる間に準備しましょうか」


『おっ』

『おお』

『アレやんの?』

『珍しい』

『最近ボス戦なかったかんなぁ』


「そうねぇ。……ちょっと集中するわよ」


 魔法は、想像しているよりずっと自由な力だ。

 発動に必要なファクターさえあれば、歌でも言葉でも音でも文字でも、何を踏み台にしても発動する事ができる。

 だから、魔力さえ足りていればさっきの私のようにいくつもの魔法を同時に発動することも出来る。

 逆に言えば。

 魔法を構築するために必要なファクターを描き出す方法を、どれかひとつに絞る必要は無い。

 いくつもの方法を組み合わせて、最終的に魔法が発動するように組み立ててやればいいのだから。


 右手で文字を。左手で陣を。口笛で音を奏でて、瞬時に強力な魔法を構築する。

 今回用意したのは、間違ってもナナを巻き込まないように注意を払った単体高威力の上級魔法、《ライトニング・バリスタ》。

 本来ならば6節の詠唱が必要なこの魔法を、5秒とかからず発動させる。

 初級魔法であるアロー系の比ではない速度と威力を誇り、雷属性の上級魔法としては珍しく範囲攻撃ではないためMP消費も少ない、非常に使い易い魔法だ。


 慎重に狙いをつけようとして、ナナと目が合う。

 騎士のアーツを回避しながら笑みを浮かべて頷いたナナを信じて、私は騎士の胴を貫くようにバリスタを撃ち放った。


『ぐあああああっ!』


 雷速には遠く及ばないものの、それでも他の属性の魔法に比べれば圧倒的に速く駆け抜けたライトニング・バリスタがミラージを貫く。

 悲鳴を上げて身体を硬直させるミラージだったが、そんな隙を見逃すほどナナは甘くない。

 鉄が鉄をひしゃげる様な音を立てて、影縫が振るわれた。


「隙だらけ〜」


 ナナはミラージの懐に潜り込んでいながらも弾けた雷にすら当たることなく、高威力の魔法で怯んだミラージの足を徹底的に叩いていく。

 特に念入りなのが足の先と太股を狙ったもの。それに加えて先ほども狙っていた膝の裏を狙っての打撃は、恐ろしい程に正確にクリティカルヒットを叩き出す。


『ぐっ、おのれにんげ……ぐぅぅぅっ!』


 ミラージがライトニング・バリスタの雷撃とナナの猛攻から立ち直った時には、既に次弾が3つほど用意出来ている。

 一定時間の間、魔力を消費し続けることで魔法をストックし、待機させるレアスキル《魔法保持》。

 かつて私がネームドの討伐に参加した時に報酬として与えられたレアスキルのうちのひとつであり、私が先程から使用している高速の詠唱と非常に相性のいいスキルだ。

 雷鳴と共に放たれた3本の矢は、胴と頭、そして足をそれぞれが貫き、痺れと共に大きなダメージを蓄積させた。


「あは、うふふふふ、殴り放題だぁ」


 そう言いながらもバリスタの余波だけをきっちりと回避しつつ、ナナは《連続叩きつけ》を同じ場所に繰り返し叩き込む。

 一方的な攻撃は恐ろしい程の速度で部位耐久を減らしていき、ついに騎士が片膝をつく。


「えへっ」


 ナナはようやくだと言わんばかりに笑みを浮かべ、膝をつこうとして自然と下がってきた全身鎧の兜を跳ね上げた。

 ミラージの大きな体が揺れる。ナナはそのまま影縫で首を狙ったり、胴をひしゃげさせるように同じ場所を執拗に狙い続けた。


 一度分かってしまえばもうどうしようもない。

 ほとんど嵌め殺しに近い形で、私達はミラージを追い詰めていく。

 私の魔法がミラージを貫き、ナナの渾身の叩きつけで首が変な方向に曲がるまでに、5分とかからなかった。


『見事、なり……』


 首が折れ曲がったまま賛辞を送ると、ミラージはそのまま倒れて消えていく。

 最後の方は私が手を出すまでもなく、ナナの猛攻だけでHPを削り切ってしまった。


「ん〜……弱い?」


「そうねぇ」


 ナナの呟きに同意する。いくらナナと相性が悪いと言っても、魔法で簡単に怯んだり鎧が直ぐに禿げてしまったりと、耐性面ではアーマード・マウントゴリラの方が遥かに強い。

 何よりHPが低すぎる。周回前提とはいえ、あれじゃあ拍子抜けにも程がある。


「リンちゃ〜ん、なんか出た〜」


 いつの間にか部屋の端っこに移動していたナナが、ボス部屋の最奥の壁に現れた揺らぎの前で手を振っている。

 あれが脱出用のワープゲートだろう。集まった星屑の欠片はいくつくらいだったか。


「後で考えましょうか」


「どうかした〜?」


「なんでもないわ。帰りましょ」


 かなりゆっくり攻略しても数時間程度の内容。どの程度のランダム性があるのかはわからないけど、今回のルートは全て記憶できた。


「今日明日で周回方法を確立させましょうか」


「うーん……任せた!」


『完全に思考放棄してて草』

『頭わるわるやん』

『完全に子供』

『でも二人ともにじゅういっさうわなにするやめ』

『逝ったか』

『女性に年齢の話は禁句なんだよなぁ』

『女の子は永遠に17歳。いいね?』

『それはそれで痛々し……』

『おいやめろ』


「あのねぇ……」


 ご機嫌なまま戻ることもなく、ひょいとワープゲートを潜って行ったナナ。

 それを見て変な話題で盛り上がるリスナーたちに呆れつつ、私は頭をかきながらナナの後を追うのだった。

ヤツはセイレーンの騎士の中でも最弱……。

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