影縫
「おおー……」
ここ数日はフィーアスを拠点に色々と素材集めに勤しんでいたけれど、英雄像の前がいつになく騒がしい。
それは噴水広場にドデンと設置された大きな門に、多くのプレイヤーが押しかけているからだ。
今日は平日の金曜日とはいえ、なんだかんだでこれが初イベントの盛り上がりというやつなのだろう。
「へぇ、結構大きいのね」
「ねー。大きな神社の鳥居くらいのサイズはあるよね」
一緒にログインしたリンちゃんと門を見上げながら、お互いにそんな感想を抱いた。
門は既に開いているみたいなんだけど、門の中は不思議なゆらぎのようなものしか見えない。
あれがいわゆるワープゲートのような物になるんだろう。実際のダンジョンは別の空間的な感じみたいだし、何より早くから並んでいたプレイヤーが続々と門の中に入っていくのが見えるからだ。
そう、一応みんなちゃんと並んでるみたい。帝国軍の兵士がある程度は整列させてるようで、現時点ではトラブルのようなものもなさそうだった。
「なんだかんだ、サーバーは結構バランスよく分かれてるみたいだね」
「そうね。人数が少ないサーバーほどランキングには載りやすいかもしれないけど、どのサーバーが多くてどのサーバーが少ないかなんて私たちにはわからないもの。結局はフィーリングで選ぶしかないし、自然と偏りは薄れるわよね」
「私たちは《サーバーIV》だから、この緑の印を装備してればいいんだよね?」
「ええ、そうみたい。さっき装備し忘れて弾かれてた人もいたから、忘れないようにしないと」
今回のイベント《星屑の迷宮》は、ダンジョンを攻略してポイントのようなものを稼ぎ、アイテムを交換したりするものだ。
ランキングは5つのサーバーに分かれており、そのポイントを沢山稼いだ人がランキングの上位になれる。
サーバーはローマ数字で《Ⅰ》から《Ⅴ》までの計5つから自由に選ぶことができて、私たちは《IV》のサーバーを選んだのだ。
理由はフィーアスが第4の街だから。ありきたりだけど、こういうのを選ぶ理由なんてそのくらいがちょうどいい。
それらを見分けられるのが、運営から送られてきた色違いの《印》。赤、青、黄色、緑、紫の5色の印を各々が好きな所に付けているので、パッと見ただけでも見分けはついた。
「ん? そうねぇ、機嫌はいいわよ」
「どうしたの?」
「ああ、コメント。見てわかるくらいにご機嫌なのかしら、私」
「そうだねぇ」
今日はリンちゃん側で配信をしているから、私からはコメントなどへの反応はできない。
自分で配信してる時は気にしたことなかったけど、改めて傍から見てるとこんな感じなんだなぁと思う。
リンちゃんがいつもどんな風に配信してるのか詳しくは知らないけど、少なくとも今のリンちゃんはとても自然体な感じだ。
私から見ればいつも通り。朝起きて、一緒にご飯を食べて……そういう、いつも通りの雰囲気をしていた。
それをリスナー達がご機嫌というのであれば、私としても嬉しいことだ。リンちゃんが私と一緒に過ごす時間を大切に思ってくれてるって事だから。
「そう言えばナナ、ソレが用意してた新装備?」
「うん、そうだよ。昨日の深夜に完成したみたい」
リンちゃんが目線を向けたのは、はるるから送られてきた金棒。金属であるはずなのに光を飲み込む、つまり光沢のない闇色で、全体的に艶がないためしっとりとした見た目が印象的だった。
――
アイテム:影縫
レア度:レア・PM
要求筋力値:208
攻撃力:+82
耐久値:2005/2005
分類:《打撃武器》《片手用メイス》
仮にその一撃が躱されようとも、その衝撃は影さえ縫い止める。夜闇に溶ける重撃は、耐える者なき破壊の一撃。
――
パラメータ上はこんな感じだ。
フレーバーテキストも含めてのはるる謹製武器である。
銘は《影縫》。
これまで使ってきた金棒と造形自体はほぼ変わらないものの、その性能はずば抜けている。
攻撃力は82と、比較的低めの攻撃力で落ち着き易い金棒の域を超えており、これまで使ってきた《金棒・穿》のほぼ倍。
武器種としての攻撃倍率の差があるとはいえ、それを差し引いても《メテオインパクト・零式》を優に上回る数値だ。
金棒特有の耐久度も侮れない。実に2000を超えるその耐久度は、もはやどうやったら壊れるのかわからないレベルだ。
そして何より、要求筋力値がぶっ飛んでいる。ついに200の大台に乗ってしまった。
おかげでメテオインパクト以降プールしていたボーナスポイントはほとんど筋力に振り分けることになり、着々と脳筋キャラに近づきつつある。
その分ちょっとしたラッキーもあったからいいんだけど。
気になるお値段は40万イリス。素材持ち込みでなおこの値段になってしまったのは、オーバーヘビーメタルの精製にかなり貴重なアイテムを利用したことによるものらしい。
きちんと調べたところ、そのアイテムは確かに現状ではかなりレアなもので、価値と労力を考えればその値段は妥当なものだと私は判断した。
ついでに言えばミステリア・ラビを見つけ次第屠ってお金に余裕があったので、気前よく一括で支払っている。
と、スペックは現状の最前線にもなかなか無いレベルの高さを誇るみたいなんだけど、使用感はわからない。
なぜならこれが届いたのは先程も言った通り深夜である。その時私はぐっすり眠っていたし、ログインしてからはまだモンスターと戦っていないのだ。
とはいえ、昨日の時点で予めはるるから「完成がギリギリになる」ということは伝えられていた。
オーバーヘビーメタルというのは精製にも加工にも非常に手間がかかるものらしく、相当な根気を強いられるのだそうだ。
私がはるるに素材を持っていったのは3日前だから、むしろ他の依頼もある中よく完成させてくれたとさえ思う。
かつてないほど重く、そして力強いこの武器を振るうのが、今からとても楽しみだった。
「リンちゃんは前と武器変えてないんだね」
「ええ、これも一応ネームドの素材で作った武器だから。と言っても、《魂》は使ってないからネームド武器ではないんだけどね」
「そっか、よくよく考えればそういうのもあるんだね」
ネームドの《魂》は、ネームドボスモンスターのいわゆるレアドロップに相当するアイテム。
本来なら極低確率でしかドロップしない《魂》は、全プレイヤーの中で一番最初にそのネームドを倒したプレイヤー、もしくはパーティやレイドのMVPに100%の確率でドロップする。
私の頭装備《月椿の独奏》や《殺人姫》ロウの持つ《誘惑の細剣》を見れば分かるとおり、《魂》を使用した武具の性能は絶大だ。
ただ、言うまでもないことだけど、ネームドの素材は《魂》以外でも十分すぎるほどに強い。
それこそ、街のひとつやふたつ先なら余裕で通用するくらいに、その性能は同じ帯域のモンスターよりぶっちぎりで高いのだ。
その上、ネームド特有の特殊効果が付く。
現に私の《赤狼装束》は《軽さ》と《速さ》と《耐久》を併せ持っているのだから。
リンちゃんがネームド素材の武器を2週間前から変わらずに使っているのは、そういった理由からなのだろう。
「私もそれなりに準備は整えてきたから、今日から7日間、頑張りましょうね」
「ちなみに目標は?」
「1日15時間くらいかしら」
「おぉぅ」
笑顔で言い切ったリンちゃんの言葉に、私は思わず感嘆する。
それは必要最低限の時間以外全てをWLOに捧げるという事だ。
「次の者!」
「はーい。とりあえず頑張ろっかー」
「ええ、行きましょ」
雑談をしている間に、私たちが門に入れる番が来た。
どの道長丁場になるのなら最初から気張っていってもしょうがない。私たちは比較的緩い雰囲気のまま、星屑の迷宮へと続く門を通り抜けるのだった。