それぞれの一日
みんなの視点をちょこっとずつ。
「……ふぅ」
朝、というには少し遅めの9時過ぎ。
目を覚ましたリンネは、枕元のミネラルウォーターで喉を潤してから吐息を漏らした。
そのリンネの隣では、ナナが寝息のひとつも立てずに眠っている。
昔から変わらない。寝ているナナに対し、リンネは繰り返しこの感想を抱いていた。
ナナは基本的に生活音を立てない。それは歩く時もそうだし、眠る時もそう。気配もないので、まるで忍者のようだと幼いリンネはそう思ったこともある。
きっとナナは寝落ち配信をしたとしても何も聞こえないに違いない。
そんなどうでもいいことを考えながら、リンネは遮光カーテンの隙間から漏れる日光に目をやる。今日も馬鹿みたいにいい天気のようだ。
今日はイベントの前日。リンネとしてはフィーアスまで戻らなければならないため、少し忙しい一日になる予定だった。
ナナもやることはいくつかあるはずなのだが、起きる気配は微塵もない。
とても静かな様子で、ナナは眠り続けていた。
つい先日丸一日以上寝ていた時から、リンネの目が覚めた時にナナが眠っている頻度が多くなった。
平均睡眠時間が3時間程度でもなんら問題ないはずのナナが、リンネより早く寝て遅く起きている。
リンネ自身睡眠は大切にする主義のため、毎日6時間は欠かさず取っている。それにも関わらず、毎日のようにこの現象が起こるのだ。
8時間以上眠る姿なんて、珍しいとかいうレベルじゃない。ナナをよく知るリンネとしては、その感想を抱かずにはいられない。
ナナの寝顔を見ていられるのが至福の時なのは間違いないとはいえ、起きた時にそっと寄り添っていてくれたり、エプロン姿で出迎えてくれるのも捨て難いとリンネは思っていた。
とはいえ、ナナがこうなったのは初めての事ではない。
リンネの記憶する限りでは3回目だ。
だから心配はしていないが、なかなかゲーム内で一緒にいられない事を考えると、リアルに居る時くらいはイチャイチャしていたいというのがリンネの本心だった。
「ナナ、ナナ」
「……ん」
軽く呼びかけながら肩を揺らすも、ナナが起きることはなく、代わりにリンネが手を握られた。
これは起きる気がないという意思の現れだ。
手を握れば絶対に離されないと無意識でもわかっている。ナナが昔から甘えたい時にしていた癖だ。
「もう……しょうがないわねぇ」
こうされると弱い。ナナがリンネのお願いに弱いように、リンネもまたナナに甘えられて断れるはずもない。
それ以上に、ナナにとって手を繋ぐということは非常に勇気のいる行為だとリンネは知っているのだ。
ナナは、自分から人肌に触れるということ自体に恐怖を抱いている。
ずっとずっと幼い頃、大切な母の手を握り潰してしまった時から。ナナはずっと、大切な人を壊してしまうことに怯えて生きてきた。
幼い頃から、ずっとずっと。リンネと一緒にいるようになって、力を加減できるようになってもなお、ナナは自分に怯えているのだ。
「大丈夫、私はここにいるから」
少しだけ苦しそうな表情を浮かべていたナナをさすりながら、リンネは布団から出るのを諦めて寄り添うように寝転がる。
嫌な夢でも見てるのだろうか。恐らくそうなのだろう。今のナナは6年前のあの時に酷く似ている。
一度は忘れてしまったはずなのに、それでも忘却の彼方からあの記憶はナナを苦しめている。
それでも、こればかりはリンネが手を出して何とかできることではない。そう、彼女は理解していた。
リンネにできるのはナナに寄り添ってあげることだけ。
ナナが自分で乗り越えなければならないのだ。過去のトラウマを、封じてしまった感情を。
後はほんの少しのきっかけさえあれば、きっとナナは思い出す。ただ、そのきっかけについてどうすればいいのか、リンネは答えを持っていなかった。
「なるべく早く、その時が来てくれればいいんだけどね」
横向きに寝転がるナナの背中をゆったりと撫でてやれば、顰めていた表情が少しずつ氷解していくのがわかる。
単なる予感でしかなかったが、今回のイベントでそのきっかけが訪れるかもしれないと、リンネはそう思っている。
その時の訪れを、リンネはただ待つしかない。
「でもまあ……とりあえず、明日からが楽しみね」
初日以来。そう、ナナと遊ぶためにWLOに誘ったのに、2週間近くもリンネはナナとプレイできていないのだ。
色々と思う所はあるものの、リンネにとって最優先なのはナナと一緒にイベントを楽しむ事だった。
☆
「はぁ……はぁ……」
燃え盛る炉の前で、はるるは苦しげに息を吐きながら鋼を叩く。
黒より黒く、光をさえ飲み込む闇のような鋼を、叩いて叩いて叩いて。光沢すら失せたその鋼は、叩く度にはるるの腕に恐ろしいほどの負荷を返す。
オーバーヘビーメタル。重金属であるヘビメタを溶かし、混ぜ、純度と密度を上げることで完成する超重金属。
はるるの周りに10以上も転がっている闇色のインゴットは、その全てがオーバーヘビーメタルインゴットだった。
「ふふ……ふふふふ……」
ゴォン……ゴォン……。そんな、鐘の音色を思わせる重厚な音がはるるの工房に鳴り響く。
はるるは今にも倒れそうな様子で、しかし楽しそうに笑いながら槌を振るう。
全ては、コレを使いこなしうる才覚を持つスクナの為に。
そう、それはつまりはるる自身の願望の結晶。あるいはその第一歩になりうる武器だ。
一定のリズムを刻みながら、はるるは延々と打ち続ける。
かれこれ2時間を超える、一心不乱の鍛治。
オーバーヘビーメタルによる鍛造は、佳境を迎えようとしていた。
☆
第5の街、グリフィス。
そこに用意されたクランハウスの中で、アーサーはとても緩やかな速度で刀を振っていた。
これはアーサーにとって、ルーティンとでも呼ぶべき行為だ。
彼女いわく「最も重要な鍛錬」。誰一人その言葉の意味を理解することは出来なかったが、アーサーはそれ以上を語らなかった。
「アーサー様。今集まれる円卓の騎士8人、揃いました」
「ご苦労じゃったな、スリュー」
舞うように刀を振るうアーサーは、スリューからの呼びかけに応えて納刀する。
今日はイベントに向けて、アーサーが円卓のメンバーに招集をかけたのだ。
円卓の騎士。それはクラン《円卓の騎士》において上位11位の実力を持つ者に与えられた称号。
各月毎に変わる予定とは言えど、今の騎士達は「始まりの選定」の11人。始まったばかりのゲームと言えど、現状トップクラスの実力を持つ剣士プレイヤーである。
アーサーは専用に用意された椅子に腰掛け、クランハウスの中で彼女の登場を待っていた騎士達を見回した。
「さてさて……よく集まってくれたのぅ。特にレオ、えるみ、ヌシらには迷惑をかけたの」
「とんでもない。むしろリーダーはもっと我らを扱き使うべきなのです」
「うんうん、そうそう」
アーサーから呼びかけられた2人の剣士。第1位のレオと第4位のえるみは、第6の街から駆け付けたというのに不満のひとつも見せることなく、アーサーの前で跪く。
「他の者もよく時間を作ってくれた。イベントが終われば再び《選定》の時が来る。その前に一度ヌシらの顔を見ておきたかったんじゃ」
《選定》とは、ひと月に一度クラン《円卓の騎士》内で行われる選抜PvPトーナメントの事だ。
トーナメントの結果はそのまま円卓の序列に反映される。
すなわちそれは、今アーサーの前にいる8人は最初の選定の生き残りである訳だ。
「ふむふむ、みな3週間前とは顔つきが違うのぅ。特に乱回胴。随分と腕を上げたようじゃな」
「え! そうですか!? 嬉しいなぁ」
アーサーに褒められたフルアーマーの騎士、乱回胴は子供のように喜びを顕にする。
彼の順位は第6位。円卓の騎士として選ばれてから誰よりも「強くなるため」に努力してきた彼は、強さを認められたことが何よりも嬉しかった。
その姿を微笑ましそうに見守りながら、アーサーは目に付いた順に声をかけていく。
「驕らず精進せよ。シューヤは最近どうじゃ?」
「んー、まあボチボチっす。あ、こないだカブトムシ料理の店見つけたんで、後でロケ送っとくっす」
こいつは何をしてたんだ……という視線を全員から受けながらも、アーサーの好みを把握して新たな店を探してくる手腕だけは認めざるを得ない。
何よりアーサーがシューヤを気に入っているのは、その手腕があってこそなのだから。
「でかした! ……ふむ、メリィとベリィは武器を変えたか」
「はい。私は大剣に」
「私は曲刀に」
「うむ。このイベントでしかと身につけるようにな」
次に声をかけたのは、双子の剣士2人。それぞれがドレスアーマーを纏う、戦乙女のような装いだった。
2人の序列は8位と9位。早々に片手剣を放棄し己の道を選んだ彼女らに対し、アーサーは鷹揚に頷くと激励をかけた。
「ベノベノン、この間殺人姫に殺されたそうじゃな?」
「うひぃ」
第5位、ベノベノン。彼の武器は短剣二刀流という極めて珍しいものだ。
そんな彼は、アーサーから声をかけられて縮こまった。
「返り討ちにしてやれるように鍛えなければのぅ」
「はいぃ!」
PKに殺されたからといって、失うものがある訳でもない。
しかしそれはアイテムやイリスの話。円卓の騎士はクランの顔だ。仮にも大規模クランのエースがPKプレイヤーに負けたとなればそれなりに泥を塗られたことになる。
そんな事を気にするアーサーではないが、主にレオが気にするだろう。
クランリーダーとして発破をかけるつもりで、彼女はベノベノンへと声をかけた。
さて、と前置きを置いてから、アーサーは口を開く。
「先日、スクナが会いに来た。シューヤが声をかけてくれてのぅ」
「へぇ。来たんすね、あの子」
意外そうな表情で言うシューヤだったが、誘った彼自身がその表情を浮かべたのは、試しに声をかけた以上の理由はなかったからだ。
ただ、トーカとアーサーに繋がりがある以上、そうなるのは当然かとシューヤは思い直した。
「何かと話題のプレイヤーじゃが……ふふ、いい友になれそうじゃったよ」
「ま、マスターの友って……ゲテモノ……食べれるんですね……」
果たしてそういう意味でアーサーが言ったのかはさておき、クランメンバーとしての共通認識として、アーサーが友人と呼ぶのは共に食事をした者だけであるということになっていた。
それ故の若干引きながらの乱回胴の言葉に、全員の心が同調した。
アーサーはそんな空気の変化を気にすることなく、再び話題を変えていく。
「さて、イベントの話をしよう。ワシはランキングを狙う気はないが、ヌシらはどうする?」
アーサー自身は再び繁忙期間に入るため、イベントでランキングを狙うほどには時間が取れない。
とはいえ、今回のイベントは今後の攻略にそれなりに影響を与えそうだと読んでいるアーサーとしては、円卓の騎士の誰かにランキング上位入賞して欲しいのが正直なところだった。
全員が同時に意見を言えば聖徳太子でもなければ聞き取れない。
故に彼らは静かに挙手で意思表示をした。
レオ、えるみの最前線攻略組の2人は真っ先に手を挙げ、ベノベノンも気まずさからか手を挙げる。
メリィとベリィ、そして乱回胴は手を挙げない。彼らもまたアーサー同様、イベント期間中にそれほどには時間が取れないプレイヤーだからだ。
「レオとえるみ、ベノベノンはまあやるじゃろな。ほう、シューヤ、お主もか?」
アーサーにとって意外だったのは、昼行灯のシューヤが遅れながらも手を挙げたことだ。
「ええ、まあ。ちっとばかし暇取れたんで」
「よいよい♪ 楽しくなってきたのう」
楽しそうに笑うアーサーに、スリューは特に意見をすることはなかった。
アーサーの付き人。それがスリューにとって最も重要視すべきプレイスタイルだからだ。
アーサーがイベントを本気で回さないと言った以上、スリューもまたアーサーに合わせるだけである。
おおよその流れは決まった。
若干緩み始めたクランハウスに緊張が走ったのは、次の瞬間だった。
「どれ、せっかく集まってくれたのじゃ。希望者がいれば少し手合わせしてやろうかのぅ」
アーサーの手合わせ。それはアーサーの剣技に憧れて円卓の騎士を目指した彼らにとって、奇跡とも呼べる時間である。
ゆるりと刀を抜いたアーサーを前に、全員の視線が交錯する。
誰が1番に指導してもらうか。イベント前最大のバトルが勃発しようとしていた。
☆
第5の街からほど近くに広がる大樹海。通称《迷いの森》の奥地を目指して、琥珀はひとり森の中を歩いていた。
スクナと別れてから数日。黄昏時の迷いの森は、所々に暗闇という名の影を落とし始めていて。
朱の光が僅かに差し込む場所に着いた時、琥珀は不意に足を止めた。
「そろそろ出てきてもいいんじゃないかな」
大きな声ではなくとも、不思議と深く遠くへと届く。
琥珀が誰かに邪魔される事のない場所を選んで呼び掛けたのは、ここ数日間ずっと感じていた視線の主だ。
「うふふ、気づかれてたのね」
闇を纏うようにして現れた金髪紅眼の少女を見て、琥珀は思わず息を飲んだ。
それは吸血種にのみ許された《色》。
異なる世界から訪れる異邦の旅人を除けば、この世界でこの色を持つ者はたったひとりしかいないのだと知っていたからだ。
「こんにちは、鬼人のお姫様。はじめましてでいいかしら?」
「そうだね、私たちが交わす言葉としてははじめましてが適切だろう、最後の吸血種。《天眼》と、そう呼んだ方がいいかな?」
「お好きにどうぞ。私が名前を呼ばれたいのはこの世界でひとりだけだもの」
そのひとりを想ってか、恋する乙女のような表情で言葉を紡ぐ吸血種の姿を見て、なるほど噂通りだなと琥珀は内心で思う。
最強の英雄であり、絶対者。琥珀から見てもなお遥か格上だと言うのに、その姿は幼い少女のよう。
世界最後の吸血種、メルティ・ブラッドハート。
何十年という時を重ね、世界有数の強者となってもなお出会うことのなかった怪物との邂逅に、琥珀は驚きを隠せなかった。
「それで、用事はなんなのかな? 鬼人の里を滅ぼしにでも来たのかい?」
「あはっ、案外ユーモアがあるじゃない」
おどけた様に問う琥珀。かつて吸血種を滅ぼしたのが鬼神であったという事をお互いに知っているからこそ成り立つブラックジョークだが、メルティは笑って受け流した。
「明日、《門》が開くのは知っているでしょう?」
「ああ、もちろん。昨日世界中でお告げがあったよ。今回は8年ぶりかな。相変わらず星は気まぐれだ」
唐突に切り出したメルティだったが、しかし琥珀は予想通りの話題だと言わんばかりに頷いた。
通称・試練の門。それは、七星王が己の眷属たる《使徒》を送り込むための大穴を、創造神が限りなく小さな入口へと変化させたものだ。
「星はそういう物ですもの。前回は私が尻拭いをしてあげたけれど、今回は趣向が違うみたいね。異邦の旅人たちにとっての試練であり、この世界に住む者にとっての娯楽になるでしょう」
「彼らの探究心と創造神のもたらす報酬を考えれば、そうなるのは道理だろう。何より彼らは死の概念を持たない。この世界の人間が命を削りながら門を閉じるよりは、彼らに任せてしまった方がいいのも確かだ」
七星王の使徒。あるいは七星王の眷属とも呼ばれるそれは、異なる位相に住む七星王による侵略の尖兵であり、人類の大敵だ。
倒せなければ人類は滅ぶ。故に創造神は人類を守るために、大穴を門へと縮めて使徒の侵攻を遅らせる。
門の奥に渦巻く七星王の力を削げば、降臨する使徒の強さは格段に落ちていく。
故にこれまで多大な犠牲を払ってでも、この世界の人類は門が開く度に派兵し使徒を倒してきたのだ。
それが今回は、異邦の旅人たちに任せられると言う。死を超越した存在である彼らなら、延々と戦い続けることでかつてなく使徒を弱体化させられるだろう。
そういう意味では、琥珀としては全く問題を感じなかったのだが、心配な事もあった。
「とはいえ彼らはまだ幼く未熟な戦士達だ。どれほど弱体化させたとしても、使徒を屠れるかは微妙な所だね」
琥珀の懸念は尤もだった。
門の奥でどれほど七星王の力を削ごうとも、使徒は決して死ぬことはない。
力を削ぎ、異界に隔離し、創造主に選ばれた戦士達が最後の戦いを挑み、そこで倒すことが出来て初めて死を迎えるのだ。
異界での決戦に敗北してしまえば世界にその姿を現し、8年前の災禍の再来となることは想像に難くなかった。
「かといって私たちが出張ってしまえば彼らの成長を阻害してしまうわ」
「人命が失われる可能性を考えれば、致し方ないことさ」
「……どの道、私が出ると使徒と一緒に周囲も廃墟にしてしまう。今回はアナタに任せるわ。もちろん、彼らが倒せなかった時にはという仮定だけれど」
使徒は強い。彼らもまたネームドクラスのモンスターか、ネームドそのものであるが故に。
つまるところ、メルティは琥珀にこれを頼みに来たのだろう。大規模破壊をせずに使徒を殲滅しうる者を探して、探し当てたのが琥珀だったのだ。
そう納得した琥珀は、肩の力を抜いた。
「それで、今回の出現予定地は?」
「私の観た未来では、始まりの街。最悪のセレクトね」
「最弱の地か。もし使徒が顕れてしまえば酷い災禍になるね」
「お告げを聞いていたなら分かるでしょうけど、今回の門は7日間で破綻する。それまでに始まりの街へたどり着くことを、しっかり頭に叩き込んでおくことね」
「ああ、君ほどの実力者に頼られたんだ。確実に守ってみせるよ」
その琥珀の返答で十分だったのか、メルティは安心したように頷くとその身を翻す。
完全に想定外の邂逅だったが、琥珀にとっても最強の英雄と出会えたと言うだけで価値ある時間だった。
「ねぇ、アナタ……鬼神を復活させたいの? それとも、新たな鬼神を生み出したいの?」
不意の問い掛けに、去りゆく姿を見守ろうと気を抜いていた琥珀は思わず固まった。
その問いの意味が全く理解できなかったからだ。
「生み出す? それは一体、どういう……?」
「いえ、分かっていないのならいいわ。アナタは紛れもなく善の存在、疑いをかけるだけ失礼な事ね」
琥珀の方を見ることなくそう言うと、メルティは闇へと溶けていく。
「神の封印には意味がある。その事だけは忘れないようにしておきなさい」
メルティの姿は完全に消え、その残響のような声だけが琥珀に届いた。
すべてを押しつぶすような圧倒的な存在感も解け、完全に去っていったのだと理解した琥珀は大きく息を吐いた。
「……封印の意味、か」
そんな物、とっくの昔に知っているよ。
自嘲するようにそう呟いた琥珀は、鬼人の里に向けて再び歩き始めるのだった。
強い奴らは意味深な発言だけで会話が通じるからタチが悪い。
次回から本格的にイベント編です。