鍛治師としてのはるる
トンファーキック!
「ふーむ……イマイチですねぇ……」
作り上げた試作品を工房の片隅に立てかけて、ため息をつく。
依頼主の要求通りにスペックは確保したものの、それ以上でも以下でもない陳腐な剣になってしまった。
商売人としてはそれで問題はないのだろう。しかし、私はあくまで鍛治職人。作りたいのは常に最上最善のスペックを持った武器なのだ。
「剣の製作は気乗りしないんですよねぇ……」
鍛治師としてあるまじきことかもしれないが、私は刀剣の類を作るのがあまり好きではない。
嫌いな訳ではないのだが、とにかくやる気が乗らないのだ。作る以上は真剣にやっているつもりだが、全てを込められているかと言われるとそれは否だろう。
止まらないため息をどうにか抑えて、今日最後の依頼品に金槌を打ち付ける。
システム的にこの行為を挟む事で若干性能が上がるとはいえ、ぶっちゃけた話をすれば素材を指定してスキルを発動すればそこそこの品をパッと作成することもできる。
それをしないのは、私なりの拘りだ。
インスタントに生産できるとわかっていても、炉の前で金槌を振るう事こそ鍛治師としての仕事なのだと思うのだ。
とはいえ、私も俗に簡易製作とでも言うべきその方法を使用することはある。
なぜなら簡易製作では、一度作成した武器を再生産できるのだ。例えるなら料理のレシピのようなものか。全く同じ素材を用意すれば、一度作成した武器と同一の性能を持つ武器を作成できる。これは防具やアクセサリーに関しても同様だ。
逆に言えば、一度作成した物でなければ簡易製作は使えない。鍛治師としてレパートリーを増やすのなら、横着せずに炉の前で金槌を振るうしかないのだ。
それでも投擲アイテムのような数や均一な品質を重視するアイテムは、簡易製作で量産するのがベターだったりする。
畑違いではあるが、ポーションなどは開発と販売で製作方法を使い分けないと利益が出なかったりするそうだ。
時間にして10分と少し。私は作り上げた大剣を棚にかけて、工房を出た。
面積のほとんどを工房と倉庫に場所を割いている私の家にも、休憩するためのスペースくらいは確保してある。
今日は20本以上の生産依頼があったから、もう4時間近く通しで鋼を叩いていて流石に疲れてしまった。
「ふぅ……イベントが近いとはいってもぉ……こうも気乗りしない生産ばかりだと疲れますぅ……」
打撃武器が作りたい。
私の心の中では、ずっとそんな思いが燻っている。
そうして思い出されるのは、一週間ほど前に出会った一人のプレイヤーだった。
初めてソロでネームドを倒したプレイヤー。鬼人というマイナー種族を使い、打撃武器を好んで使用し、投擲という不人気スキルを使いこなすプレイヤースキルの鬼。
試しに渡してみた分銅なんていうお遊びアイテムを戦闘で使っているところを見た時は、流石の私も笑ってしまったのを覚えている。
その後に売りつけた鉄球などは分銅以上に上手に使ってくれているみたいで、ああ、あれ程鍛治屋冥利に尽きる事もないだろう。
クーゲルシュライバーを半日と経たずに破壊されたのは若干ショックだったものの、戦ったのは上客のひとりである《殺人姫》。
その上、正体不明のネームドとも戦ったらしいから、流石にそれを責めようとは思わなかった。
渾身の傑作であるメテオインパクト・零式は未だにちょこちょこ使ってくれているみたいだし、ヘビメタ・ガントレットもお披露目は十分にしてくれていた。
彼女に似合う武器はいくらでも思いつく。ブラックジャックのような近接打撃用武器も、ヌンチャクや三節棍のような特殊な武器でもいい。
両手棍スキルは取ってくれたようだからシンプルに頑丈な《棒》を作るのも捨て難い。
メテオインパクト・零式のようなハンマータイプではなく、正統派なメイスタイプの両手用メイスも似合うだろう。いや、逆に錘のような武器も、見栄えとしてはとてもいい。あれを両手に持たせて振り回させたらさぞかし面白いはずだ。
鞭もいいな。彼女なら悠々と扱ってくれるだろう。テクニカルだが非常に柔軟な戦い方ができる武器だし、鞭なら切断属性も付与しやすい。
何よりつい先日発見されたあのスキルさえ手に入れてくれれば《双棍》なんかも作りたいし、それを手に入れてくれれば「アレ」を作ることだって……!
「はっ……いけませんいけません……疲れで欲求がぁ……」
しかし何よりも悔しいのは、彼女のお気に入りの武器が店売りの金棒であるという点。
あんな量産品ではなく、私特製の金棒を彼女に持たせて上げられれば、もっともっと強く美しく戦えるはずなのだ。
そうだ、今日はこれから金棒の設計をしよう。今彼女が使っている軽鋼合金製の金棒に比べて、より破壊力に特化した物がいい。
衝撃鋼と火属性素材を利用する事でインパクトの瞬間に衝撃を生むというのはどうだろうか。
耐久消費は大きくなるが、一撃一撃の破壊力は倍近く跳ね上がるはず。ヘビメタを芯に据えることで耐久を確保して……でも一撃ごとにそんな事をしていたら戦闘からスピーディさが消えてしまうか。なら機構として組み込めないか?
「うふ、うふふ、うふふふふふふふぅ……おやぁ?」
設計図に仕様を書き殴っていると、玄関をノックする音が聞こえた。
来客の予定はなかったはずだが。そう思いながら玄関に向かい、扉を開ける。
「おやおやぁ……これはこれは、待ち人来ると言ったところですねぇ……」
「何言ってるの?」
扉の先に立っていたのは、赤錆色の着物を纏った黒髪の鬼人族。
今まさしく、私の妄想を掻き立ててくれていたプレイヤーの登場に、私は正直興奮が抑えられなかった。
「まあいいけど……ひさしぶり、はるる」
「えぇ、お久しぶりですぅ……スクナさん」
☆
「つまりぃ……イベントに備えて複数本の武器が欲しいと言うことでよろしいですかぁ……?」
「うん。素材は色々持ってきたから」
「おやぁ……素材持ち込みもしてくれるんですねぇ……それなら少し安く済みますぅ……」
前回は素材も加工も全てこちらで受け持っていたのでかなりの値段を付けざるを得なかったが、素材を用意して貰えるのであれば話は別だ。
「よかった。今日はこれくらい持ってきたんだけど」
頬を緩ませてメニューカードをいじるのを、期待しつつ待つ。
「これなんだけど」
「……なんとぉ……」
スクナさんの提示した素材の量は、ひとりで抱えて来るには重量的に問題がありそうな程に大量だった。
「ヘビメタのインゴットが40以上……よく持ってこられましたねぇ……」
「あれから筋力しか上げてないからね。それでも重たかったけど」
「ほほぉ……思い切りましたねぇ……」
「あと、この辺の素材は使えそうかな?」
スクナさんがフォーカスしたのは二つの属性素材。
クリムゾンジュエルと水の竜結晶だった。
2つとも知識はあるものの、クリムゾンジュエルの方は恐らく今は使えない。これはあくまで金属素材に火属性素材を合成するためのキーアイテムであり、これ自体が炎属性を有している訳ではないからだ。
いや、もちろんスクナさんが火属性の素材を持っているのであれば話は変わってくるものの、私の情報網によると現状このアイテムを使うほどに強力な火属性素材は発見されていない。
それなら先程の素材に紛れていたレッドメタルでも十分に間に合うし、レアアイテムは残しておくべきだろう。
反面、水の竜結晶はそれ自体が高い水属性を保有しているために使用できなくはないのだが、こちらは逆に金属素材との相性が悪い。
そう説明すると、スクナさんは新たにいくつかのモンスター素材を見せてきた。
「使えそうなのはあるかな?」
「無くはないですがぁ……正直に言って、今は使わないのが吉ではないかと思いますねぇ……」
「そっか。ならいいんだ。一応レアな素材だから、はるるに聞いておきたくてさ」
元々それほど期待していなかったのか、スクナさんは大した落胆も見せない。
レア素材を手に入れたら直ぐに使いたくなる気持ちはわかるが、オールインワンのネームド素材と違ってこういうのはそれひとつで完結するものではない。
まあ、そのネームド素材もキーとなる《魂》がなければ優秀なだけの素材でしかないのだが。
彼女のあの髪飾り、恐らく《魂》が具現化したものなのだろうが、一体どんな効果を持っているのかとても気になっていたりする。
私自身《誘惑の細剣》を製作したのだ。ネームドの《魂》がどれほどぶっ飛んだ効果を持っているのかは把握している。
簡易製作用のレシピが精製されなかったのを鑑みるに、《魂》を使った生産はそれなりに特別な意味があるのだろう事も。
ただ、私が作った時はヒヒイロカネは現れなかった。他の2つもそうだし、武器と防具の差なのかとも思うがなかなか不思議な話だった。
ただ、金属に限らず素材という物はそのレアリティが高ければ高いほど強力な効果を付与できる。
ヒヒイロカネという最上級の金属にどんな効果が付与されたのか知りたいと思うのは、決しておかしなことではないだろう。
「さてぇ……今回は私の方からもいくつかご提案がありますぅ……」
「提案?」
先程まで色々と妄想していたが、スクナさんが実際に来て、これほど大量の素材を置いていってくれるのであれば、私としても試して見たいことがある。
「えぇ……スクナさんに使っていただきたい打撃武器は山ほどあるのですがぁ……今回のイベントはダンジョンイベントということでぇ……あまり長物は作れませんですぅ……」
「そうだね。使えない事はないけど、片手で持てるサイズがいいかも」
「そこでですねぇ……今回持ってきていただいたヘビメタを利用してぇ……《オーバーヘビーメタル》の精製をしてみようと思うんですぅ……」
「オーバーヘビーメタル?」
《オーバーヘビーメタル》。それは、ただでさえ密度が高く高重量なヘビメタを大量に溶かしこみ、少ない不純物を更に限りなく取り除く事で初めて精製できる超高密度重金属の事だ。
精製にはかなり高い《鍛治師》スキルが要求され、失敗するとゴミしか生まれない。
ヘビメタインゴット10個を使い、2つか3つ精製できれば上出来。武器をひとつ作ろうと思えば、ヘビメタインゴットを20個は集める必要がある上に、ヘビメタより遥かに重たいせいで持てる人がほぼいない。
その分耐久度と攻撃力は飛躍的に増加し、その超重量を除けば現時点では最も打撃武器に向いている素材とも言えた。
「ひとつのオーバーヘビーメタルを作るのにヘビメタインゴットが2つ必要でしてぇ……私は精製成功率50%程度なのでぇ……40個だと、合わせて10個のオーバーヘビーメタルが精製できれば上出来ですぅ……」
「それだけあれば武器は作れるの?」
「5つ有れば確実にひとつは作れますねぇ……」
「うん、じゃあお願い。はるるに任せるよ」
とてもあっさりと、スクナさんはヘビメタを私に譲渡してきた。
まだ契約さえ結んでいないのにだ。
「あの、スクナさん……契約の方はぁ……」
「あ、忘れてた。うーん、でもオーバーヘビーメタルは確実に精製できる訳でもないんでしょ? じゃあそれが精製できたらでいいんじゃないかな」
確かにそうだ。とはいえ、ヘビメタを全てダメにしてしまった時の保険とか、そういうのは考えないのだろうか。
契約は必ずしも武具の作成時にしか結べないものではない。あくまでも、双方の合意を確かめるためのものだ。
「ん? どうかした?」
私がなぜ戸惑っているのかわからない、そんな表情で彼女は私を見つめていた。
多分この人は、あまり人を疑う事を考えないタイプなのだ。無条件に信用しているというよりは、裏切られたらさっさと諦めて相手を切り捨てられるタイプ。
だから知らない人とも軽率に絡みを作れる。反面、恐らくそれを切り捨てる事にもほとんど頓着しないのだろう。
スクナさんは真摯に付き合えばとてもいい人として接してくれるし、気のいい友人にもなれる人だ。冗談を解する鷹揚さもあるし、ノリも決して悪くはない。
ただ、信用を失えばその時点で繋がりは絶たれる。ある意味では優しく、ある意味ではとてもドライな精神構造なのかもしれない。
「とりあえず、金棒は作って欲しい。その他はオーバーヘビーメタルの数次第かな?」
「そうですねぇ……そうなると思いますぅ……」
「おっけー。じゃあ、精製が終わったらメッセージ飛ばしてくれる?」
「わかりましたぁ……詳しい武器の作成についてはまたメッセージでやり取りしましょうかぁ……武器の納品もメッセージ経由でいいですよぉ……」
私がそう言うと、スクナさんは首を傾げた。
「あれ、武器の納品ってメッセージでやり取り出来るものなの?」
「逆になんでできないと思われたのですぅ……?」
「いや、ほら。この間のロウの時、あの子はデュアリスまでわざわざ来てた訳で。てっきり受け渡しは直接会わなきゃできないのかと」
「あぁ……あの人はちょっと特殊ですからぁ……」
スクナさんの疑問の理由はわかったが、殺人姫に関してはそもそもメッセージを受け付けない設定をしてやがるのだ。ちなみにあっちから送信はできる。
だから、わざわざ私がデュアリスの外まで出向いて受け渡ししなければならないのである。
どうやって受け渡しのタイミングを判断してるのか? と聞かれれば、実際に会った時に受け渡しのタイミングを決めているだけ。あとは、フレンドなのでログインしているかどうかくらいはわかるのだ。
「ログインしてるならどうせ暇でしょう?」なんて平然と言い放たれたのは記憶に新しく、その時はもう力が抜けてしまった。
金払いと素材納品がいいので気にはしていないが、利益がなければ御遠慮したいタイプの拘りがあるプレイヤーだったりする。
まあ、ああいう人とも関われるのがゲームの良い所ではあるのだが。
「スクナさんは今回、イベントをぶん回すおつもりなんですよねぇ……? それなら、デュアリスなんかに長居していちゃいけませんよぉ……」
「そうかな……うん、じゃあ早いとこフィーアスに戻ろうかな」
「そうしてくださいなぁ……あぁ、でもぉ……投擲武器、切れてきたなら補充していってくださいぃ……お金はいただきますけどねぇ……」
「ふふふ、お金はいっぱいあるんだよ」
嬉しそうにそう言ったスクナさんは、私が用意した投擲アイテムのほとんどを買い取ってくれた。
ぶっちゃけこの人しか買ってくれないので、在庫が残っても困るのだ。
「じゃあ、また今度ね!」
「お気をつけてぇ……」
沢山のアイテムの他に武器をひとつ買ってくれたスクナさんは、元気よく手を振ると意気揚々と去っていった。
彼女の後ろ姿を見て、今日は何だかとてもいい日になる気がした。
「さてぇ……第三陣の有望株を探しつつ、オーバーヘビーメタルの精製にかかるとしますかぁ……」
仕事は仕事。私は炉の温度を普段の倍以上まではね上げると、譲ってもらったヘビメタのインゴットを炉の中に放り投げるのだった。