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子猫丸とオークション

「はぇ〜、人がいっぱい」


「スクナくん、先に行き過ぎだよ」


「ごめんなさい、子猫丸さん」


 初めて来た場所なのにずんずんと前に進んでいく鬼人の少女を追いかけて、帝都のオークション会場への道を歩く。

 何やらスクナくんはあれから更にミステリア・ラビを討伐したらしく、金欠がすっかり解消された事で今日のオークションには乗り気のようだった。


「買えるものがあったら、入札していいんですよね?」


「もちろんだよ。今日のオークションは定例オークションと言って2週間に1度行われるものだそうだから、レアアイテムは少ないだろうが……まあ、今回は出品もしているしね。気楽に楽しもうじゃないか」


「そうですわね。私もアクセサリーの素材を買えれば良いのですが」


 私の言葉を肯定するように、隣を歩く妻――ワンダがそう言った。


 今日はスクナくんと約束していたオークションの日だ。予定では私とスクナくんだけで行くことになっていたが、今日になって妻がついてくることになったのだ。

 妻はワンダというプレイヤーネームでアクセサリー制作に精を出している。互いに生産職ということで素材を融通し合ったりと仲良くプレイ出来ているのは間違いない。

 スクナくんに贈った赤狼装束のデザインはほとんどが妻の考えたもので、着けているチョーカーも同様に妻の制作した物だ。

 戦闘の絡まないシーンで一度会っておきたい。鬼気迫る表情でそう言った妻を、私は止めることは出来なかったのだ。


「ワンダさんは狙いのアイテムとかあるんですか?」


「出品リストの中だと……虹色瑪瑙にじいろめのうあたりでしょうか。鉱石系はアクセの鉄板ですもの」


 若干不安要素はあったものの、2人はすぐに意気投合してくれた。今も、2人でオークションの内容について話している。

 さながら引率の気分だが、私と妻の年齢を考えると娘がいればこんな気分なのかもしれないと感じてしまう。

 数日前に会ったとはいえ普段は配信でしか姿を見ないからか、心なしかスクナくんの機嫌もいいように思える。

 いや、機嫌がいいというよりは……とてもリラックスしているようだ。雰囲気としてはアーカイブで見たリンネくんとの配信の時に近いだろうか。

 何故かはわからないが、緊張されているよりは余程いいだろうと思い直す。


「何かいい武器があったら買いたいな〜」


「素材だけでも手に入るといいですわね。第三陣も本日からの参戦で、四日後にはイベントも始まりますし、準備はしておくに越したことはないですわ」


「まあ、買えるに越したことはないけれどね。一応私達も出品してる訳だから、そちらの売値も気になる所だ」


「そうでしたわね。まあ、そのお金がスクナさんに必要なのかは微妙かもしれませんが」


「昨日沢山稼いじゃったから……へへ」


 ちょっと恥ずかしそうな表情をするスクナくんだが、話を聞けばミステリア・ラビを乱獲したというのだから驚きだ。

 一日で100万近い額を稼いだらしいが、それは下手をすれば安い家を買える額だ。


 攻略を頑張っているスクナくんにとっては持ち家など無用の長物だろうが、それにしたって100万あれば現状最前線クラスの装備でも余裕で買えてしまう。

 イベント終了までしばらくの間はミステリア・ラビを狙おうかな〜なんて鉄球とナイフを持って微笑む姿は、なかなかに震えさせられた。


 実際にこの子がミステリア・ラビを倒すシーンは私も配信で見ていたし、だからこそ実際に買い取りをさせてもらった訳だが、スクナくんの投擲技術はもはや異常だ。

 数百メートル先まで物を投げられること自体はおかしくない。重量のある武器ならさておき、投擲用のアイテムはそもそも飛距離が普通のアイテムよりも大きく設定されているからだ。

 それに加えて高いステータスがあれば、数百メートル先まで攻撃を届かせること自体は可能だろう。事実スクナくんはそれをやっている訳だしね。

 問題は、未来を読んでいるのかと思えるほど正確かつ精密なその投擲技術の方だ。


 大前提として、WLOの投擲の命中率は完全なるプレイヤースキル依存だ。投げて当てられるかどうかは全て、プレイヤーの投げ方に左右される。

 ある程度のアシストがあるにしても、それはブレなくまっすぐ投げられるというだけで敵を追尾してくれる訳じゃない。

 投げた方向が違えば当たることはないし、敵が動いたことで当たらなくなることもあるだろう。

 まず当てる技術が必要で、その先に行くと予測、先読みといった力が必要になってくる。

 スクナくんがなぜ投擲を選んだのかはわからないが、このゲームで彼女ほど投擲が上手なプレイヤーはいないだろう。

 彼女のソレはもはや狙撃だ。それも、偏差まで考慮したとびきり高度な。百発百中なんて普通はありえないのだ。


 しかも彼女の場合、跳弾の仕方や角度も見えているらしい。どこにどの程度の力でどう当てればどういう方向に跳ねるのかが見ただけでわかるんだとか。

 それを聞いた時、私とワンダは流石に唖然としてしまった。あの日の配信でNPCの琥珀くんも言っていたが、彼女の眼の良さは本当に異次元なのだろう。


「あなた? どうしたの?」


「ああ、すまない。考え事をしていたみたいだ。入場チケットはこれだよ」


 オークションの受付で入場チケットを2人に渡す。会員制という訳ではないが、予め購入しなければならないものだ。

 妻の分はもうひとり増える可能性を考慮したものだが、トーカくんは今回来られなかったようだからちょうど無駄にならなくて済んだ。



 定例オークションとは言っても、ステージで一品ずつ入札を決めていくような創作でよくあるタイプではなく、実際の内容は漁港の競りに近い。

 まず、大きなオークション会場に商品が展示されていて、それに各々が入札金額を申請していく。

 商品毎に設定された入札時間を過ぎて、一番の金額を申請していた人が商品を購入できるという仕組みだ。

 私の出品は胴体防具。ミステリア・ラビの宝玉を利用した逸品で、今回はマントを作成した。


 《イリュージョン・マント》という名前で、虹色の見た目とは裏腹に隠密効果がついている、現時点ではかなり高性能な品物だ。

 ただ、効果は高性能なものの、肝心の防御力が皆無。残りの部位とアクセサリーで補うしかないと言った欠点もある。

 《イリュージョン・マント》は10万イリスからオークションスタート。

 宝玉代15万をスクナくんに払い、制作に使った他の素材を考慮するなら、20万以上は値がついて欲しい所だった。


「虹色瑪瑙は1万からですわね……とりあえず入札をかけてみましょうか。あら、白曜石なんて珍しいものが。出品リストにはなかったですわよね……まあ、予算の範囲で入札してみましょう」


「白曜石ってなんですか?」


「割れず、とても柔らかいという性質を持つ特殊な鉱石ですの。鉱物ですが打撃に強く刃物に弱い性質があるんですわ」


「へぇ〜」


 自分の商品が売れるかどうかも気になる所ではあるが、私もオークションに来たのは初めてなのだから、楽しまなければ損だ。

 楽しげに商品を見て回る2人を見習って、私も楽しむとしよう。


「あら……あなた、これ見て」


「ん? どうしたんだい、ワンダ」


 妻に呼ばれて見に行った先にあったのは、《フレアメタル》と呼ばれる上位属性金属のインゴットだった。

 これはレッドメタルの純度がより高まったもので、現状入手の手段はない。いや、正確にはこのオークションしかないと言うべきか。

 出品リストにはなかったから、シークレットだったか単純に申請が遅かったのだろう。

 初めて見たレアな金属素材に思わず興奮してしまう。焦熱岩窟で取れるレッドメタルに比べ、深紅とでも言うのか非常に濃い赤色をしている。光沢は鈍く、しかし重みのある光を放っていた。


 鍜治や服飾などの生産をやっていると、こういうレアな素材の情報は結構集まってくるものなんだが、それにしても上位属性金属をこの目で拝めるとは。

 入札の初期値は20万で、既に100万を超える値段がついている。恐らく、上位の冒険者あたりが目を付けているのだろう。

 私も少し心惹かれたが、さすがにこれを買う金銭的余裕はない。ただ、今後もこのオークションに参加すればこういったアイテムが手に入れられるかもしれないと思うと、少し心が踊った。


「もう少し安ければ、スクナさんにおすすめして差し上げたかったですわね。確かメネアスから、属性結晶を与えられていたでしょう?」


「ああ、残念だ。しかしまあ、ゼロノアの周辺でも未だに上位属性金属は見つかっていないんだ。武器の性能はなるべくプレイヤーのレベルに合わせた方が楽しめる。まだ必要はないだろうさ」


 妻の言葉に同意しつつ、少し離れた所で商品を見て回るスクナくんに視線を向ける。

 何やら興味を惹かれる物があったようで、少し目を輝かせているのが見えた。


「スクナくん、何かあったのかい?」


「あ、子猫丸さん。これ見てください」


 これ、というスクナくんの見る先には一見すると何もないようにしか見えない。

 何を言っているのかと訝しんでいると、幻でも見ていたかのように唐突に、目の前に商品の入ったガラスケースが現れた。


「うわっ!?」


「どうしたんですか?」


「いや、今突然……スクナくんには見えてたのかい?」


「……? まあいっか、そんなことよりここ見てください」


 私が何に驚いているのかわからない様子のスクナくんは、考えるのが面倒になったらしい。

 あまり気にしない様子で、出品者の商品説明を指で指し示した。

 先に商品を見ると、何やら艶やかな白い糸のようなものだった。見た所、何かの体毛のようだ。


「《白狼の幻影毛》……もしや、ネームド素材かい?」


「そうなんです。出品者曰く倒した訳ではなくて、拾ったものみたいなんですけど」


「拾えるのか……」


 思わず困惑したような声を出してしまった。

 スクナくんの配信で琥珀くんが語ったこの世界の設定については、WLOの考察班の間で盛んに議論されている。

 そういう設定が好きな者にとっては格好のネタであり、私もある程度情報がまとまる度に見に行っているのでそれなりに設定には詳しいつもりだ。

 白狼、そして幻影というワードが重なれば、《幻想の白狼》なる、《孤高の赤狼》や《群像の黒狼》に並ぶネームドボスモンスターの存在が思い浮かぶのは当然の事だった。


「本物かわからないけど、割と安いから入札してみようかと思って」


 確かにネームド素材という割には価格が安い。比較的弱いパーティネームドでも素材ひとつの価値は計り知れないというのに、入札の始まりがたったの1万イリスだ。

 その上、これまで誰も入札をしていなかったようで、スクナくんが提示した1万1イリスのみが履歴に残っていた。

 明らかに安すぎるし、これだけ話題性のある商品がスルーされているのもおかしな話だ。

 けれど、つい今しがた起こった謎の現象から考えると、推測は導き出せる。

 単純な話、スクナくん以外の誰もが気づいていない。

 幻影とはよく言ったものだ。素材自体がとてつもない隠密ボーナスのようなものを放っているのだろう。


「いいんじゃないかな。仮に偽物だったとしても、1万くらいなら今の君なら問題ないだろう?」


「ですです」


「何をしてらっしゃるの……っ!?」


 何もない所で嬉しそうに頷くスクナくんと私が気になったのか、妻がこちらに向かってくる。

 その途中で突如現れたガラスケースに気づいたのか目を見開いていたが、私のように露骨な反応は示さなかった。


「これを入札したんですよ」


「あら、モンスターの素材ですか……いいですわね。アクセサリーにしやすそうですわ」


 私と違ってあまりゲームの設定に興味のない妻は、純粋に素材の見た目だけを見てそう言ったようだった。

 確かにこの絹糸のような体毛は、加工もし易そうだし編み込むにしてもなかなか便利そうだ。

 防具にするには量が全く足りないが、アクセサリーの一部に使うくらいならちょうどいいだろう。


 それにしても、と思う。

 スクナくんがこれを見つけられた理由を縁が深いからだと考えるのは、このゲームの設定の深さを見れば納得が行くからいいとして。

 問題はこの素材を「拾った」という出品者の方だ。

 何をどうしたらこんなものを拾い、あまつさえオークションにかけたりなど出来るのだろう。

 しかもスクナくんが見つけられなかったら、下手をすれば売ることさえ出来ずに終わっていたかもしれないのにだ。

 そもそも拾ったというのがよくわからない。モンスターは死ねばポリゴンとなって消え、素材をドロップするのみだ。

 ならば白狼を倒して入手した? いや、未だに黒狼ですら名前だけしか判明していないのに、白狼を倒すなどプレイヤーにはできない。

 できるとしたら、それこそ琥珀くんのような超強力なNPCか、最近何かとNPCが話題にしている《天眼》とやらだろう。


 いや待て。確かその《天眼》は、数日前にこの帝都フィーアスを訪れて、だからこそ話題になったのではなかったか。

 そのNPCが自身の持つ素材をオークションに捩じ込んで、適当な理由を付けて売り出した。

 ここに白狼の素材があるということに関しては、これで一応辻褄は合う。

 しかし……結局の所、白狼の素材が誰の手にも渡らなかったら? という疑問は解消できていない。

 試しに立ててみた仮説だったが、深読みのし過ぎなのかもしれない。


「案外、本当に拾ったものをたまたま出品しただけだったのかもしれないな……」


「あなた、あっちでメタルウルフの毛皮の競りが始まってますわよ」


「何っ!? すぐに行くよ!」


「ウルフも種類が多彩だなぁ」


 良いものが手に入りそうで気が抜けているスクナくんの感想を聞き流しつつ、私はメタルウルフの競りに急ぐ。

 白曜石とは逆に、毛皮素材にしては切断に強い良いアイテムなのだ。

 レアモンスターだから素材もそうそう集まらないし、何より出現するのがグリフィスとゼロノアの間の《廃棄された鉱山》ということでそもそも取りに行けるプレイヤーが少なすぎる。

 手に入れられる時に手に入れたい一品だった。


「打撃武器が全然ない……」


 会場の中で新しい武器を探していたスクナくんが、残念そうに呟いた。


「ふふ、プレイヤーもNPCも、打撃武器はあまり人気がないからね」


「先程あちらに両手棍がありましたわよ」


「えっ! 見てきます!」


「まあ。ご案内しますわ」


 嬉しそうに反応したスクナくんに気を良くしたのか、妻も笑顔でスクナくんを引き連れていく。

 結局、私達は休憩を挟みながら、半日近い時間をオークション会場で過ごす事になったのだった。

子猫丸さんの妻、ワンダさん。

可愛いものが好き。可愛いものを飾り付けるのも好き。

2人には息子がいますが、娘はいないのです。

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