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ギルド職員の困惑

「聞いた? あの《天眼》が皇帝に謁見しに来たらしいわよ」


 フィーアスの冒険者ギルド。早朝の忙しい時間帯を終えて受付で少し暇を持て余していたラリーは、同じく暇を持て余していた先輩のティアから話を振られた。


「聞きました、結構街中で噂になってますよね」


「今回は7年ぶりだったっけ」


「8年ぶりですね。この所はあの方が出張らなきゃ行けない事案もなかったですし」


 ラリーが言うように、《天眼》のメルティが動くのは国家の危機クラスの災害のみである事は周知の事実である。

 8年前に現れた時は、ラリーの記憶が正しければ七星王の眷属との戦いに際してだったはずだ。

 帝国軍と冒険者ギルドが決死の覚悟で挑んだ巨竜を、不意に現れた《天眼》がわずか2発の魔法で消滅させたのは記憶に新しい。

 とはいえ、《天眼》が容易に動けないのにも理由がある。彼女の戦いは規模が大きすぎて、周囲への被害が壊滅的なのだ。

 あの戦いも人的被害こそ最小限ですんだものの、フィールドをひとつ焼き尽くすほどの戦いに発展した。

 危うく第二の永久焦土を生み出してしまうところだったと考えると、震える他ないというのが一般人であるラリーの忌憚ない感想である。

 とはいえ人類にとっては紛れもない大英雄であり、彼女を崇め称える宗教があるほどに《天眼》の名は偉大だ。

 それが久しぶりに帝都に現れたらしいという、ただの噂で人々が色めきたつくらいには。


「ギルドの所属であると言っても、名前を貸してもらってるだけだしねぇ。一度お目にかかってみたいもんだわ」


 若干諦め顔でため息をつくティア。

 それに対し、ラリーは薄れ掛けていた記憶を思い出す。


「私、一度見た事ありますよ」


「嘘っ! 羨まし~……ねね、どんなお姿なの?」


「見た目は普通に吸血種のものでしたね。女の私でも見惚れるほどでしたけど」


「そっかぁ。でも、あの強さなら女も魅了する魔性の女とか言われても納得いくわねぇ」


 ラリーとしても、何年も前の記憶を鮮明には思い出せない。

 けれど、あの美しさと強さだけは印象に強く焼き付いている。

 それを見てしまったからこそラリーは冒険者を志し、才能のなさを諦めきれずにギルドの職員になったのだから。


「うーん、それにしてもどうしてあの方が動き出したのかしら」


「始まりの街に異邦の旅人が訪れ始めたからだとは思いますけど……最近は名持ちのモンスターも何度か討伐されているそうですし」


「あの赤狼も倒されたんだっけ。異邦の旅人は死を超えた存在だとは聞くけど、まさか始まりの街の旅人に倒されるなんてねぇ」


 冒険者ギルドの職員ともなれば、知識面においては一般人やそこらの冒険者を遥かに上回る。

 七星王という存在や名持ちのモンスターに対する知識は常識として持っているし、だからこそ赤狼という存在の意義を理解している。

 そうは言っても、未だかつて倒されたことのないモンスターが倒されたとなれば驚かずにはいられないものだ。


「噂によると鬼人の女の子らしいですよ」


「へぇ、鬼人なのね。冒険者登録はしてないのかしら」


「そういう話があれば流石に通達がありそうですけど……」


「確かにね。鬼人と言えば琥珀さんが橋を渡って行ったのはそのせいかしら?」


「間違いないと思います」


 存在自体が伝説とも言える《天眼》とは違い、《破城》の琥珀は比較的親しみやすいヒーローであると言えるだろう。

 穏やかで揺らがない精神と、全てを破壊する力の共存。

 内に秘めた激情もまた、鬼人である彼女の魅力だ。

 各地を飛び回る彼女とは、ティアもラリーも実際に会ったことがあるし、受付として対応した事も一度や二度ではない。

 とはいえ彼女もまたひとりを好む冒険者である事もあって、プロフィールはそれほど細かには明らかになっていない。

 既に一生を遊んで暮らせる程度には資産を持つ琥珀が何故冒険者を続けているのかは、知る由もなかった。


「創造神様の考える事って全然わからないわ」


「そうですねぇ。でも、そういう神様ですから」


 創造神と呼ばれるこの世界を統べる神は、時に人に試練を与え、時に娯楽をもたらし、異邦の旅人を招き、モンスターに名前を与える。

 あまりに不規則な行動原理はまるで読めないが、そういうものであるからこそ最高神なのだろう。


 そんな風にラリーとティアが書類でも整理しながら雑談をしていると、不意にギルドの中がざわめくのを感じた。

 この時間帯にギルドに溜まっている冒険者は作戦会議をしているか、昼間から飲んだくれているか、単純に暇なのかのおおよそ三択だ。

 どの道大した人数は居ないのが常なのだが、それでも伝わってくる動揺に、二人は興味が湧いて窓口の外を覗いた。


 冒険者たちの視線を辿ると、どうもたった今入ってきた何かに視線が向けられているようだった。

 見たこともない錆色の着物を纏い、頭には緋色の金属で作られたアクセサリーをつけた鬼人族の少女。

 武器は金棒を背負い、荷物の類はないようだがメニューカードを持っているなら当然の事だろう。

 それだけなら珍しい装備の鬼人族の少女が来たと言うだけで済む話なのだが。

 ひと目見ただけではその特異さに気付けなかったラリーは、そのまま自分の担当領域に来た少女を出迎える。


「すいません、ちょっといいですか?」


 ほわほわとした雰囲気の少女だなとラリーは若干失礼なことを考える。

 なんというか、覇気がない。フィーアスの冒険者ギルドに登録しにくるのなんて、有名になってお金を稼ぎたいやつか、蛮勇を抱えてやってくるのが大半なのに、この少女は「ちょっと興味が湧いたから寄りました」とでも言いたげな緩さだ。

 とはいえ受付は元気よくがモットー。日々厳つい男共の相手をしているラリーにとっては、相手が可愛らしい少女であると言うだけでやる気が出るというものだった。


「冒険者ギルドへようこそ! 本日のご用件は……その証は!?」


 思わず笑顔を崩し、ラリーは驚愕の表情を浮かべる。

 少女が首からぶら下げている金属のプレートは《神鋼》と呼ばれる最硬の金属の中のひとつ、オリハルコンで出来ている。

 それは神に認められし者の証。名持ちのモンスターをたった一人で討滅した者にのみ与えられる、試練の証。

 ラリーも、先輩であるティアでさえ本物を見るのは初めてだった。

 ついさっきまで話していたからこそわかる。

 彼女こそが、つい先日始まりの街の周辺であの赤狼を討伐した鬼人の少女であるのだと。


「あはは……」


 この反応を既に貰ったことがあるのか、少女の反応は苦笑のみ。

 冷静でなければならないというのは分かっていても、気を抜いていた所に放り込まれた爆弾のせいでラリーの精神状態は大変な事になっていた。

 ギルドの冒険者達がざわめいていたのは、いち早くこれに気づいたからなのだろう。

 ある程度のランクの冒険者ともなれば名持ちの脅威はよく知っているし、この証の存在も同様だ。

 このどこからどう見ても強そうには見えない少女は、しかしそのたった一点のアクセサリーの存在だけで己の強さを証明していた。


 しかも今更ながら、この少女が頭に付けている髪飾り。これも《神鋼》のひとつ、ヒヒイロカネの煌めきに酷く似ているような……。

 ラリーはパンクしそうな頭をなんとか回転させ、受付としての仕事を果たそうと心を律した。


 努めて冷静に。冷静に。ティアはラリーが鬼人の少女――スクナにギルドの説明をしている間、ずっとうわの空のままなのを横目で見つつ、自分じゃなくてよかったと密かに思った。

 幸いにしてスクナは見た目通りの優しい性格だったのか、ラリーのうわの空な対応になにか苦言を呈することもなく、楽しそうにクエストを選んでいる。

 強い冒険者というのは往々にして癖の強い性格とセットなものだが、そういう意味では琥珀のようなさっぱりした性格の持ち主なのかもしれない。

 見ればコロコロと表情を変えながらクエストを吟味している姿が可愛らしい。とはいえ鬼人は見た目と中身の年齢が一致しない種族のひとつなので、幼く見えてもそこそこ高齢だったりするものだ。

 そういった鬼人ほど子供扱いを嫌うものなので、ラリーは決して口には出さなかったが。


「おっ、これなんか良さそう」


 クエストリストをペラペラと捲っていたスクナが選び出したのは、ミステリア・ラビというある意味で厄介なモンスターに関するクエスト。

 ある筋から常に需要があるために恒常クエストとして設置しているのはいいものの、肝心の討伐は月に一回あればいい方という現実。

 確かにクエストの内容だけを見れば一体のモンスターを討伐して素材を持ってくるだけで、高い報酬を貰える破格のクエストに見えるのが厄介なところだ。

 彼女の強さを疑う理由はないし、ミステリア・ラビ自体は弱いモンスターなのでそこも心配はいらないだろう。

 ただ、このモンスターは強さとは全く別のベクトルで特殊なのだ。と、諸々考慮してラリーはクエストの受注を止めたのだが、スクナはケロリとした顔で「狩ったことがある」などと言ってくる。

 もうどうにでもなーれと思いつつ、最低限のクエスト達成はできるようにと追加で受注を奨めるのが、ラリーにできる精一杯の仕事だった。





 それからわずか2時間余り。昼時で食事に来た冒険者で少し賑わう冒険者ギルドが再びざわめきに包まれた時、ラリーは「ああ、やっぱりダメだったんだ」と思いながらスクナの来訪を悟った。


「すいませーん」


「お待たせしました。クエストの達成報告ですか? それとも、受注の取り消しでしょうか?」


「えーっと、達成報告の方です」


 ふむ、少なくとも達成出来たクエストはあったらしい。

 まあ、兎肉の納品なんかはどのラビットを倒しても手に入るし、キラビットに関しても運良く見つけられればこのくらいの時間で倒しきれる範囲だろう。


「そうしましたら、まず納品物をこちらに移してください」


「ほー……ハイテクだ」


 冒険者ギルドには、メニューカードから直接納品が可能な特殊な倉庫が存在する。

 メニューカードと同様に創造神様から授けられたものらしいが、ラリーにはそこら辺の詳しい歴史はわからない。

 ラリーにとっては生まれた時から当たり前のように共にあるメニューカードも、昔はそんなことはなかったらしい。

 長命種の老人などはメニューカードを持っていなかったりするし、悠久を生きるという《天眼》もメニューカードは持っていないと聞いたことがある。

 これひとつあれば荷物を持ち運ぶという概念をひっくり返せる便利な道具であるが故に、扱いは慎重にしなければならないのだが。


 スクナのいう「はいてく」という言葉の意味はわからないが、なにやら感心しているのは確かのようだ。

 スススッとカードを操作して素材の納品を終えたスクナからメニューカードを渡されると、早速戦歴の確認を始めることにした。

 メニューカードの戦歴は命を奪った相手の数が記録されるものだ。

 前回の確認時から追加で倒したモンスターだけが表示されるため、いくらかは不正を防ぐのにも役に立つのだが、冒険者登録時に確認するのは「人間を」殺したかどうかなので、細かな戦歴を見たりはしない。

 先程それを確認していれば、ミステリア・ラビの討伐数も確認できたはずなのに、ラリーは緊張からすっかりド忘れしていた。


「デカラビットが10、キラビットが11、キャロラビが7……ミステリア・ラビが5……5体!?」


 表示された戦歴を見て、ラリーは思わず大きな声を出してしまう。

 先ほどの登録時にこれまでの戦歴は保存されているから、この2時間の間に狩ったことになる。

 高レベルの冒険者でも数日間真剣に追い回しても倒せないミステリア・ラビを、レベル40かそこらの冒険者がたった数時間で5体。

 異常だった。明らかに異常な事だった。

 目の前の少女は相変わらずぽわぽわとした掴みどころのない雰囲気のままで、とてもミステリア・ラビを何体も倒せるような実力の持ち主とは思えない。

 驚きをなんとか収めつつ、報酬を算出しなければとラリーは計算を始めた。


「お待たせしました。こちらが報酬の50万イリスになります」


 たっぷりと報酬が詰まったずだ袋をドスンと音を立てて受付のカウンターに乗せる。

 メニューカードを掲げれば一瞬で収納されるが、まあこういうのは見栄えも大事なものだ。

 味気のない受け渡しよりはこうして目に見える形で受け渡す方が冒険者ウケがいいのだ。


「おおー……すごい」


 実際に目を丸くしているスクナの反応に、ラリーは少しだけ達成感を感じた。


 はっきりと言ってしまえば、ミステリア・ラビの素材を求めるのはほとんどが貴族だ。

 帝都の周りに比較的多く生息しているにも関わらず、素材の流通は微々たるもの。

 当然需要と供給は噛み合わず、価値だけが際限なく釣り上がっていく。

 一体倒しただけで人によっては数十万イリスの価値を付けることも珍しくない、それがミステリア・ラビというモンスターだ。

 故に恒常クエストの中でもぶっちぎりに報酬が高いし、ランク評価にも大いに影響する。何より貴族に名前を覚えてもらうことが出来る。

 反面、期待させてからの失望は計り知れないため、万一受注して失敗などしたら冒険者としてのダメージは大きくなる。

 故に貴族のクエストは少し頭の回る冒険者なら受けることは無い。結局は基本的な事を積み重ねた方がいいと悟るからだ。


 ちなみに、単純な売値だけを見るならミステリア・ラビを冒険者ギルドに納品するのはあまり賢い選択ではない。

 前述の通りのメリットはあるものの、手数料などの中抜きが入るために若干安値をつけられるからだ。


「じゃ、また来ます」


「はい、お気をつけて」


 少し頬を綻ばせて帰って行ったスクナを見送ったラリーは、大きなため息とともに椅子に深く腰掛けた。


「お疲れ様。嵐の如くだったわね」


「ホントですよ……でも、あれが赤狼を倒した鬼人の子なんですよね。それにしては……」


「オーラがない、か?」


 ラリーが濁した言葉を継いだのは、話に割り込んできた低い声だった。

 ティアとラリーの背後にいつの間にか立っていた壮年の男性を前に、二人は少し緩んでいた体勢をぴしりと立て直す。


「マスター! すみません、少し緩んでました」


「いや、構わんさ。この後また忙しい時間になるからな。それにしても、面白い奴が来たもんじゃないか」


 マスターと呼ばれた壮年の男性は、そう言うとスクナが去っていった方向に目を向ける。


(ふむ、アレが《天眼》が言っていた鬼の娘か。名持ちが各地で倒されているというのは本当のことらしいな。となると数百年ぶりに星が堕ちる可能性もあるか。……ふふ、異邦の旅人達は予言通り、この世界をひっくり返してくれるかな?)


 数日前、唐突に訪れてこれから起こるであろう未来を語って行った吸血種の英雄の言葉を思い出し、心の中で笑う。

 急に現れ始めた異邦の旅人。8年の静寂を破った《天眼》の行動。七星王の現身を倒した鬼人。次々倒されていく名持ちのモンスター達。

 世界の胎動は、まだ始まったばかりだった。

メニューカードとかいうオーバーテクノロジー。掲示板の閲覧などを含め、プレイヤーとNPCでは機能が少し異なります。また、メルティのように自前で収納を持っている存在もいるので、なければ生きられない訳でもなく。身分証とお財布とスマホと収納を兼ね備えた便利アイテムだと思っていただければ間違いないです。

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― 新着の感想 ―
キャロラビ…人参大好物のウサウサ?
[一言] 盗賊とかも出るだろうし人殺しの経歴だけみたって仕方ないのでは??? まさか冒険者ギルドは襲われたら反撃しちゃ行けませんって教えをしてるの??
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