永久焦土の主
「結局、ヘビメタが取れる以外は何もない所だったね」
「そうですねぇ。インベントリはすごい埋まりましたけど」
トマットンの効果に余裕を持たせて3時間ほど散策した私達は、最奥部まで行ってもボスの欠片も見当たらない事実に若干落胆しつつ、焦熱岩窟から脱出していた。
ヘビメタの他にも軽鋼や《レッドメタル》という新たな鉱石のドロップがあったり、ドドロックの進化体のようなモンスター《ドドドロック》や進化前のモンスター《ドロック》などと出会ったり。
3時間程度の割には結構実りのある探索だったように思う。
それでもやっぱり、最奥に何かあって欲しいと思うのが人の性ってもので。
煮え切らない気持ちの私たちは、トマットンの効果が続く間だけ永久焦土を探索する事にしたのだった。
「とはいえ、こっちはこっちで何もないね」
永久焦土は焼き尽くされ燻り続ける大地のフィールドだ。大地はひび割れ赤く燃えたぎって熱を放出しているけれど、基本的には燃え尽きた真っ黒な地面があるだけで、木々もなければ生物もいない。
その中でも、焔の古代遺跡が存在する平坦なフィールドと、焦熱岩窟がある山のフィールドがあって、私たちがいるのは山の方だ。
焦熱岩窟ほどモンスターがいる訳でもないので、簡易な山登りのような気分だ。ピクニックと言うには少し荒廃しすぎてるかな。
「あまり時間もないし、一番近くの頂上に着いたら帰ろうか」
「そうですね。もう見えるところまで来てますし」
インベントリは容量ギリギリにしっかり収まっているとはいえ、余裕のあった私のインベントリも既にパンパンなので、長居する理由はない。
そんな訳で簡単な目標を決めて登り切った先は、焦熱岩窟の全体を展望できる広々とした場所だった。
「あの辺が焔の古代遺跡……かな?」
「永久焦土に空いた大穴ですから……アレですよね」
私たちの視線の先にある、平坦なフィールドにぶち抜かれたような大穴。燻る大地がミルフィーユのように重なっているのが見えるその穴こそ、焔の古代遺跡がある場所らしい。
世界樹を登っていく世界樹洞と違い、焔の古代遺跡は基本的に潜っていくような場所らしいけど、こうして見ると永久焦土のど真ん中を通っていくような形になるようだ。
となると、長時間の探索に必要な分のトマットンは用意しなければならないということなんだろう。
リンちゃんもアーちゃんも、私が知ってる人達はみんな世界樹洞の方を抜けてグリフィスへ向かうらしい。
リンちゃんは狭い遺跡内では魔法を自由に使えないから、アーちゃんは岩石系モンスターが多くて剣士向きじゃないからという理由で世界樹洞を選んでいた。
けれど、実際は熱耐性必須のダンジョンが嫌なだけというのもあるのかもしれない。
トマットンを食べていれば多少は緩和されるとはいえ、普通の場所を歩いてるよりはじんわり暑いことに変わりはないのだから。
まあ、何にせよあそこを攻略するのはイベント後の話だ。
今は確認できただけよしとしよう。
「じゃあ、帰ろ……トーカちゃん!」
「ふぇ? きゃっ!?」
突如感じた怖気に、咄嗟にトーカちゃんを抱き寄せる。
一体何がなんて思うまもなく、ドゴン! と音を立てて落下してきたのは燃え盛る巨岩だった。
空を見る。しかし、そこには何かの影はなく、追撃の巨岩などが降ってくる様子もない。
周囲に視線を巡らせるも、それらしき影はない。横から飛んでくるということもなさそうだ。
少し落ち着いて考える。まずおかしいのは、この巨岩が燃えているということだ。
永久焦土はあくまでも燃え尽きた大地と言うだけで、火山などではない。焦熱岩窟を見ればわかるように、この大地を掘り起こしたところで炎を纏うことはないはずだ。
となれば何かしらのモンスターからの攻撃であると考えるべきだろうか。しかし見る限りではそれらしい影はどこにも……。
「いや、アレか……?」
視界の遥か先、恐らく数キロは先だろうか。
大地が少しだけ盛り上がって、煙を吹いている場所がある。
遠距離でもはっきりと見える大きさから鑑みるに、近づけば相当大きいんじゃないだろうか。
遠目に光が弾けるのが見えた。その回数は5回。恐らく先ほどと同じものが飛んでくる。狙いは当然私たちだろう。
逃げれば多分追い打ちは来ない気がするけど、私はあれがどうしても気になって仕方がなかった。
「姉様、これは一体……」
「トーカちゃん、これから同じのが5個くらいここに向かって飛んでくる。これは推測だけど、多分アレは山頂に辿り着いたプレイヤーを狙ってるみたい。逃げればいいと思うんだけど……」
言葉を濁した私に対して、トーカちゃんは何かを悟ったように頷くと、メニューカードを取り出す。
「……分かりました。多分、こんなことになるんじゃないかとは思ってたんです。姉様はトラブルに巻き込まれてばかりですしね。姉様、これをどうぞ」
トーカちゃんは若干諦めたような表情でメニューカードを操作すると、アイテムの譲渡申請をしてきた。
「これって……」
「姉様に内緒で、ひとつ買っておいたんです。さすがに耐熱アイテムがトマットンしかないはずもないですしね」
トマットンに意識を持っていかれすぎて見落としてた私の落ち度を、トーカちゃんは見事にカバーしていてくれたらしい。
譲渡されたのは《耐熱ポーション》。効果時間は2時間とトマットンと同じだけど、耐熱効果がトマットンとは段違いに高い。
耐熱効果にはどうもレベルがあるらしく、トマットンは環境効果や弱い熱攻撃を軽減できるLv1、そして耐熱ポーションはLv3ということらしい。
「あれ、でもひとつってことは、トーカちゃんの分は?」
「本当ならついて行きたいですが……申し訳ありません、この後予定があって……」
「なるほど。ごめんね、付き合ってくれてありがとね」
「とんでもないです。姉様と一緒に遊べると言うだけで、私にとっては幸せです。それじゃあ姉様、ご武運を」
「うん、ありがと。無理しない程度にちょっかいかけて帰ってくるよ」
個数が多いからだろうか。先程とは違い、轟音が迫ってくるのがわかる。
トーカちゃんは巨岩に潰されないよう駆け足で山頂から駆け下りていき、私は空を見上げて当たらない位置を予測して回避した。
「本当はトーカちゃんが居てくれたら心強かったんだけどなー」
『???』
『何故当たらない』
『漫画で達人がよくやるやつだ』
『トーカちゃん帰っちゃったの?』
『学生らしいから仕方ないね』
「何事もリアル優先が一番だよ。さて、じゃあこの岩を飛ばしてくる元凶を拝みに行くとしますかね」
一人になったことでコメントを眺める余裕が出来た私は、追加で飛んでくる巨岩を躱しながらゆったりと下山を始めた。
きちんと偏差撃ち、つまり私の移動を考慮した位置に岩を落としてくるあたりは中々に頭の良さそうな気はするけど、上から降ってくるだけの岩石なら弾道を見れば回避は余裕だ。
速度と着弾までの時間的にかなりの距離がある。帰りの時間を考慮すると、そうゆっくりもしていられないか。
「ちょっと走るね」
『どこにいるの』
『何が見えて……うっ』
『双眼鏡か何か使った?』
『あの煙か?』
多分リスナーのほとんどには、まだあのよくわからない物体が見えていないんだろう。
私の言うことがよくわからないと言わんばかりのコメント群に苦笑しつつ、私は永久焦土を駆け抜ける。
時折現れるモンスターは巨岩の落下地点に誘導して潰し、なるべく止まらないようにしながら落石の雨を躱していく。
数分もすれば目的地が鮮明に見えてきた。
消費したSPを回復させつつ近寄ると、その大きさに圧倒される。
数十メートル級の粘性物質。
有り体にいえばスライムだろうか。
どんな原理なのかは知らないけれど、半透明な粘性物質の内側に炎を閉じ込めたような不思議な造形をしていて、どうも地面をくり抜いて砲弾を作っていたようだ。
十分に近づかれたからか、既に岩石の射出は止まっている。
代わりに目のようなコアのような6つの水晶が、私の事を見定めるように見下ろしていた。
《炎の遊体・メネアスLv89》
表示される名前は、ネームドボスモンスターのソレ。
メネアスという名を持つ巨大なスライムは、ボヨンボヨンと音を立てながら悠然と佇んでいた。